冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです

cyaru

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黒の女帝が望むもの

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腕の中で意識を失ってしまったアナスタシアをそっと寝かせ、名残惜しそうに髪を撫でる。

「空の向こうでも、海でもなんでも連れて行ってやろう」

暗闇の中男は寝台に腰掛けながら髪をひと房手に取るとキスを落とした。

「君にはこんな暗くて狭い塔の中ではなく居場所がある。この髪が陽の光りに当たり輝く場所にわれが引き出してやろう」

立ち上がり、雨除けで閉じていた木の扉を開くと月明かりが差し込んでくる。
光を浴びた男はもう人の形をしておらず、漆黒の色を身に纏ったカラスがそこにいた。

バサッバサッ

振り返ればもう一羽が向かいの木の枝に止まる。ただしこちらはアルビノ種なのだろう。白いカラスである。トットットと数歩歩き、翼を広げたカラスは空に舞い上がった。
枝に止まっていたカラスも飛び立ち、先程まで塔にいたカラスを追うように羽ばたいた。

ポっと小さな蠟燭の灯りほどの輝きがすると同時に二羽のカラスは消えた。






「グラディアス!グラディアスッ!」

甲高い声。ご夫人が頭から湯気が出そうなほどに顔を紅潮させて部屋に入ってくる。

専属執事に上着を渡している場に乱暴に扉を開けて入ってくるのはディタール帝国の皇太后エレオネーラである。まだ40代半ば。妖艶とも言えるその美貌は若い頃のままだが美貌だけでなく4年前に息子のグラディアスに夫が皇位を譲るまでは皇后とも黒の女帝とも言われていた。


ここはディタール帝国。
まもなく使節団がシュバイツ王国の王太子シリウスが会談をするあの帝国である。

非日常な魔法。ディタール帝国でもそれを使えるものは少ない。
貴族だけでなく一般の平民も魔法はお伽噺の世界のものでその目で見た事がある者はほとんどいない。

遠い昔に先祖たちはそれを駆使していたが、血の濃さに反比例するように魔力は減少し今では時折先祖返りをした者が微力な魔法を使えるだけとなっていた。
そんな中、今はその身を引いた上皇の子。現皇帝グラディアスとファーフィーは魔力を持っていた。

グラディアスとファーフィーは男女の双子でその下にはフローラとダウニフレアがいる。
女性でも皇位を継げるのだから4人もいれば安泰だが、フローラは子が望めぬ姫で、末っ子のダウニフレアは隣国の外交官だった侯爵子息をロックオンすると嫁に行ってしまった。

双子で同じ日に生まれたグラディアスとファーフィーは生まれながらに相反する魔法を保持していた。
グラディアスは黒魔法。ファーフィーは白魔法である。
よくこれで同じ腹の中に十月十日もいたものだと思うほどだった。



息を切らせて部屋に入って来たエレオネーラは「お茶を淹れて頂戴」と執事に頼んでいる。

「母上、ここは私の執務室ですが?」
「言われずとも、わかっておるわ」
「そのように息を切らせて。また血圧が上がりますよ」
「そう思うのなら、早よぅ孫を抱かせよ!また見合いを放り出し何処に言っておった!」

皇帝に即位してからと言うもの、見合いの話となれば逃げだしている。
エレオネーラの矛先は4年前に即位をした息子のグラディアスに向かっている。
あと数か月もすれば25歳になる息子。従兄弟たちには既に子があるというのに未だに独身。
4人も子がいるのに長男長女はまだ未婚、二女は子が産めない。三女には子がいるが隣国で遠く甘やかす事も抱っこをする事もままならない。

「わらわも早ぅ!孫自慢がしたいのじゃぁぁ!!」皇太后の口癖である。


皇太子時代から幾度となく見合いをさせるが、女よりも剣を取り戦で先陣をきる。
返り血を浴びたままの格好で見合いの場に現れ卒倒してしまうご令嬢多数。
気丈になんとか意識を保ったご令嬢もいるにはいたが

「返り血如きに驚いてなんとする。我の妃となればこの程度はその豪奢なドレスの刺繍と同じだ」

と、とどめを刺す。
一同は毎回その度に頭を抱え、肺に吸い込んだ空気を溜息で押し出してしまう。

しかし、未婚という点を除けば継承権を持つ者の中でも群を抜く冷酷さと上に立つ者の威厳を兼ね備えておりグラディアスは満場一致で皇太子に、そして皇帝になった。


ディタール帝国では【長子】が必ず頂点に立つとは限らない。
継承権の順位は便宜上ついているだけで、皇帝直系の子だからと選ばれるわけではない。
広大な領土を治め、民に慕われ支持を受けて国を統べる皇帝には多くが求められる。

皇帝である父の弟、妹が臣下となっても継承権は持っている。その子供たちもである。
その中で誰もが認める者となれば、例え女性でも女帝となって国を統べるのである。


「母上、その件なのですがもう少し待ってもらえませんかね」
「待て!待て!待て!聞き飽きたわ。いい加減に身を固めよと申しておるに」
「素よりそのつもり。2年を経てやっと蕾となりましたのでね」
「何っ?どこの令嬢じゃ?言うてみよ」
「母上も会った事はございますよ。確か…褒めていたと思いますが」
「にゃにゅっ?」

素っ頓狂な声をあげて思いあたる令嬢の顔を思い浮かべるも、今一つピンとこない。
首を傾げている様子は、カラスに擬態をした時のグラディアスによく似ている。

「判らぬ。誰じゃ?ザフィールは知っておるのか?」

話を振られる専属執事のザフィールは「さぁ?」と考えるふりをする。


「母上、まもなく使節団がシュバイツ王国に入りますね」
「考え中じゃ、話しかけるな」
「あの国との交渉はこれが最後となるでしょう」
「だから!考え事をしておると言うておるに!」


ニコニコと笑顔で母に語りかけるグラディアスにエレオネーラは気が付いた。
その途端に、ニヤリと笑いテーブルに置かれた菓子籠からクルミを手に取る。

「あの廃妃かぇ」
「皇后とするには十分でしょう」
「なるほどのぅ…この2年呆けておったと思うたが…ザフィールはどう思う?」
「さぁ?4年も拗らせた男の気持ちは判りませんので」
「これの拗らせなど取るに足らぬ。廃妃となっておれば問題はなかろう」

「それがですねぇ…」
「その廃妃に好いた男でもおるのか?いやあの娘は…それはないであろう。どうでも良い。腹に子が居らぬ事さえ解っておれば何とでもなるであろうに!」
「前の夫が未練タラタラ。その上殿下はまだ御身を曝け出す事も出来ないヘタレでして。先程もファーフィー様に迎えに行ってもらわねばならぬほどに魔力も使ってしまいましてねぇ」

ザフィールのため息交じりの声に「キッ!」となるエレオネーラ。

バギっ!

クルミを人差し指と親指で割ってしまった。
ごりごりと割れた空を手のひらで細かく砕いていく。

「ヘタレはお前もじゃ!さっさとファーフィーをどうにかせぬか!」

ヘタレは執事のザフィールもだったようである。
ファーフィー姫と両想いなのに執事のザフィールもかなり拗らせているのであった。

「ま、まもなく連れてきますから。母上も安心してください」
「誠じゃな?その言葉に嘘はないな?!」
「ありませんよ。私が狙ったものを逃さぬことは誰よりも承知しているでしょう」

グラディアスは椅子に座り、長い足を交差させて不敵に笑った。
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