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第16話   突然の解雇

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グレイクは新たな悩みを抱えつつも平静を装いルフィード伯爵とファウスティーナに接して過ごし、3週間が過ぎた。

異変は先ずルフィード伯爵に起きた。

「え?木材の加工場?」
「すまない。帰りに仕事のあっせん所に寄ってみたが…明日も行ってみるよ」
「うん…いい仕事があるとあるといいわね」

ルフィード伯爵も仕事を掛け持ちしている。朝は魚市場。少し前までは夜明け前から出勤していたのだが国からのお達しで水揚げは午前9時からとされてしまい、漁師たちの大ブーイングはあったが逆らう事が出来ずファウスティーナの後で出勤する形態になった。

その後は午後に木材加工場で働いていたのだが、解雇されてしまったのだ。
理由は「人員整理」と言われてしまえば、不慣れな部分も多いルフィード伯爵は頷く事しか出来なかった。

「悪いと思っているのか退職金も貰ったよ」

その言葉は遠回しに「誰かが悪意ある抑制をかけた」と訴える。
通常、勤続1年にも満たないものに2か月分も退職金の名目で金が支払われる事はない。
かつての使用人の伝手と口利きがあったからこそ、経営者が気の毒に思って出してくれたのだ。

そしてその余波はファウスティーナにも及んで来た。
いつものように朝、青果店に仕事に出向いて朝の挨拶もそこそこに告げられた。

「ごめんね。アンタ目当てに来てくれる客もいるんだけど」

昨日、ファウスティーナが午後の雑貨店勤務に退出して行ったあと、青果店に野菜を卸す商会がやって来て「彼女を雇うなら野菜はもう卸せない」と言ってきたのだと話してくれた。

青果店としてもそれは困る。野菜の仕入れを諦めるかファウスティーナに辞めてもらうかを天秤にかけてどっちに傾くかなど解り切った事だ。

ファウスティーナの接客を気に入って必要以上に買って行ってくれる客は何人もいたのだが、ファウスティーナは仕方がないと「お世話になりました」即日の解雇を受け入れた。

その日の雑貨店はいつも通りの勤務だったのだが、内職をしていた仕立て屋からは「もう回す仕事がない」と内職を請け負う事が出来なくなった。

たった1日で父と娘は5つあった仕事のうち3つを失った。
がっくりと肩を落とし帰宅をすると、ルフィード伯爵は帰宅したばかりのファウスティーナに「すまない」と頭を下げた。

「市場の仕事も…解雇されたんだ。急いで仕事を探す。本当にすまない」

頭を下げる父にファウスティーナは「私もなの」と青果店と内職が無くなった事を告げた。

「おかしくないですか?」

グレイクが夕食の支度をしながら2人に話しかける。

「解雇がこんなに一気に来るなんておかしいとは思うが…仕方ないと受け入れるしかないのも事実。グレイク君にはいつも通りにしてもらっていいから気にしないでくれ」

努めて明るく笑うルフィード伯爵だったが、ファウスティーナもグレイクと同じく「おかしい」と言い出す。

「顧客も付いてたのよ?そりゃ店を維持できるだけの買い物をしてくれてた訳じゃないけど」
「だとしてもだよ。ファティ。仕入れが止まれば青果店も困るだろう?」
「そうだけど!こんなのあんまりだわ」


その翌日、ファウスティーナ雑貨店の仕事も失った。
引っ越しもしなければならず、借りる事が出来る家が無ければ店の2階に住んでいいと言われたのだが、昨夜隣の家から出火した炎が雑貨店も焼き尽くしてしまったのだ。

空き家となっていた隣家。放火か浮浪者でも住み着いていたのか、不良のたまり場になっていたのだろうと憲兵は言ったが、隣家はしっかりと施錠されていて「放火犯なら周囲も注意をしてくれ」と犯人を捜す気もない憲兵に誰もが溜息を吐いた。

雑貨店のある区画は青果店のある区画よりも治安が良いとは言えない区画。
誰もが「区画整備するのに便利だから何もしやしない」と諦め口調。

「ごめんね。見ての通りなの。暫くは休業…うぅっ…悔しいっ」
「店長…手伝えることがあれば言ってください。何でもします」

こつこつと働き、金を貯めて買った自分の城とも言える店。雑貨店の女あるじはこうなっても手伝うと申し出るファウスティーナに言った。


「私のことよりあなた。気を付けなさい」
「どういう意味です?」
「変な奴らが何度か来たのよ。貴女を解雇しないと大変な事になるって」
「そんな…」
「その度に追い返していたけど…きっと奴らの仕業だわ」
「私のせいです…」
「違う。ファティのせいじゃないわ。ファティを雇い続けるかどうかを決めるのは私だもの」

そうはいっても犯人を探す気がない憲兵。弱いものは泣き寝入りをするしかない現状。ファウスティーナは自分を雇ってしまったばかりに人生をかけて興した店も失った店主に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


★~★

同じころ、ラーベ子爵家ではラーベ子爵が使用人達を怒鳴りつけていた。
毎日のように届く苦情と返品、そして治療費や慰謝料などを求める訴状。

露店の店主が購入客から苦情を言われた頃から、取引をしている商会からも問い合わせの数が多くなった。
今までも「問い合わせ」は多かったが質が全く違う。

今までは「何時までに用意できるかを知りたい」と苗など領からの出荷を問い合わせるものばかりだったのが、クレームの嵐に変わった。

ラーベ子爵領から出荷される種苗が非常に品質が良く、苗を植えている僅かなポットの土ですら苗を植え替えた後に「買いとりたい」と申し出る者がいたほどだったが、ここ2、3か月の品質の劣化が著しい。まるで違うものを売っているんじゃないかと苦情が殺到していた。

ポットの土に入っている腐葉土が問題だろうと別の場所の土を使うように指示をしたまでは良かったが、種が発芽する率は6割まで落ち込んだ。

もともとラーベ子爵領の土は肥えた土ではなく領土の土は殆どが痩せた土。
ムカデなど外注がいるのは山林のある一帯だが、ファウスティーナは敢えてさらに湿度を持たせるように水魔法で落ち葉で埋め尽くされた地に水を撒いた。

何故かと言えばムカデやヤスデなど見た目は不快だが、益虫でもある。
生態系そのものが壊れてしまっているラーベ子爵領を根本から蘇らせるには虫の生態系バランスも人の手で作ってやらねばならなかった。

6割でも発芽するだけの土になっただけ僥倖。ファウスティーナが初めてラーベ子爵領で魔法を使った時、ラーベ子爵領の土ではどんなに痩せた土でも育つといわれるカボチャですら育たなかったのだ。

ルフィード伯爵に頼まれて残った技術者もニコライの処刑後は1人、2人とラーベ子爵領を去っていく。ラーベ子爵家の雇用となれば給与の額が大幅にかわり王都に暮らす家族との2つの家計を賄う事が出来なくなったからである。

技術者も逃げてしまい、売り上げどころか巨額なマイナス数字にラーベ子爵は使用人を怒鳴りつけるが、怒鳴って状況が良くなる訳でもなく、日を追うごとに悪くなる。

オズヴァルドの婚約者となったベアトリスの実家レンダール家は「結婚もまだなのに」と融資を渋る。頭を抱えたラーベ子爵は妙案を思いついた。

「あの娘を捕まえて、領地に縛り付ければいい。そうすれば全てが元に戻る」

忠誠心の厚い従者を集め、命じた。

「ファウスティーナを捕まえてこい。生きて魔法が使える状態なら四肢を切り取っても構わない」

レンダール家が融資を渋るのにはもう1つ問題があった。
ベアトリスは足繁くラーベ子爵家にやって来ては「良い嫁」になろうと奮闘をしているのに肝心のオズヴァルドがベアトリスに冷たく当たる。

オズヴァルドがそんな態度をとるのはファウスティーナが自分のものにならないからで、当てがってやればラーベ子爵はこれでオズヴァルドもベアトリスに対し態度を改める、そうすればレンダール家も融資をするだろうと考えたのだった。
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