好きなのはあなただけじゃない

cyaru

文字の大きさ
19 / 34

第18話   壊された団欒の時間

しおりを挟む
冗談として笑って流してくれたから良かったものの、嘘で塗り固めて来たグレイクは「冗談でも嘘でもない」気持ちは確かにあった。

しかし、現実的に見れば問題もある。
グレイクは諜報員でその仕事を家族にすら明かす事は出来ないし、何より家族と言うのは唯一の弱みともなるので生涯を独身で貫く者も多いのだ。

帰宅してみれば家族が凄惨な状況で最期を迎えていたという諜報員は多い。
勿論、それでも家族を持つ者もいるが仕事内容次第でグレイクのように10年を超えて他国で生活をせねばならず、その期間は手紙を交わす事も会う事も出来ない。勿論、何処に行ったかも家族には言えず音信不通、生死不明状態になる。

グレイクが知っている「家庭持ち」は「配偶者」という存在がいればいいという書面上の関係であったり、会えない間もお互いの事を信用できる血縁以上の強い関係で結ばれている者だけだった。

諜報員の中にはどんなに辛く、屈辱的な拷問に耐える事は出来ても、家族に嘘を吐いて生きていくことに耐えかねて自死を選ぶ者だっているのだから簡単に家族を迎えようと決断も出来ない。

それでも思ってしまう。家族に、家庭に憧れがないといえばウソになる。と。

この2人が家族になってくれれば…そしてそこに「父さん」と呼んでくれる小さな存在がいたとしたら。その時は隣で屈託なく笑うファウスティーナが妻‥‥「妻?!」やはりそう考えると胸がドキドキする。

――中年にも手がかかった年齢なんだぞ。何を考えてるんだ!――


現実を見れば蓄えが底を突くまで余裕のある時間は残されていない。それでも和気藹々と温かい空気に溢れる部屋。グレイクは目の前の2人には「勝てないな」と感じた。


そんな部屋の薄い壁の向こう側。
今まさにドアをノックしようとしたオズヴァルドはノックしようとした手が宙に浮いたまま震える。

部屋の中とは違い、言葉が聞こえてくるたびに眉間の皺が深く谷間を作っていく。
そんなオズヴァルドを見ている目があった。

空き室の多くなった部屋に忍び込んだラーベ子爵のめいを受けた者達は、それがオズヴァルドだと直ぐに解ったが、仕事はファウスティーナをさらう事。
主の子息とは言え、人1人を攫うのに邪魔になっては堪らない。

いい加減ファウスティーナが仕事に行く事もなくなり、斡旋所に行くのは父と一緒。単独で動く時間は極めて少なく機会チャンスに恵まれていないのに更なる邪魔は勘弁願いたいものなのだから。



★~★

前向きで明るいルフィード伯爵とファウスティーナ。
冷や汗を流すグレイクと共に「みんなで夕食を作ろう」と今夜の夕食はシュガバータ王国では「夕食のおかずになるかならないか論争」も引き起こしている「オコノミヤキ」という品である。

「お父様は粉をお願いね」
「よし、任せろ。卵を入れて…水と混ぜるんだろう?」
「そうよ。グレイクさん。私はキャベツで良いわよね?…あれ?あれ?」

困った事に食材箱の中にはキャベツがなかったのだ。
よくよく考えれば昨夜の夕食にキャベツの芯を削ぐようにしてサラダに混ぜ込んだのだった。

キャベツの芯は葉っぱよりも甘く栄養価も高いのだが青果店で働いている時もグイっと抉って捨てていく客が多かった。そのまま齧っても甘かったのでファウスティーナは葉っぱより芯の方が好きだったりもする。

「なら、ジャガイモを使いましょう。あとはニラも少しあるので入れましょう」
「ジャガイモ?ジャガイモでもいいの?」
「王道はキャベツでしょうけど、白菜でもシイタケとかキノコ類でも良いんですよ。チーズをのせたりする人もいますし…こういうのに ”こうじゃないとダメ” って決め事するのも面白くないですしね」
「シュガバータ王国って自由なのね。羨ましいわ」
「まぁ、どの国にも1つの考えに凝り固まって押し付けてくる人はいるものですよ。シュガバータ王国にもいますけど…俺はそういうのには従わないっていうか…それはその人のやり方だと考えてるんです」


食材箱からジャガイモを取り出したファウスティーナは水魔法でジャガイモを洗う。

ファウスティーナの水魔法は野菜や食器を洗ったり、植物への水やりなどには使えるのだが、量を多く使う洗濯や湯あみは量的な問題があり、そして残念なことに飲料には適していない。生涯腹を下したい者などいない。水魔法だから何でも出来るという訳でもない。

尤も飲料水になる水が魔法で出せるのなら存在が解った時点で王家に囲われただろう。安心して飲める水と言うのはそれだけ貴重でもあるのだから。

ジャガイモを洗った後は湯搔く。そして皮のままブロック状に切って粉に混ぜて焼く。
今日もまたバラエティに富んだ味を堪能したのだが、夕食も終わった団欒の時間に来客があった。

「こんな時間に誰かしら」
「夜なんだから、父さんが出るよ」
「いえ、俺が出ます」
「いいよ。いいよ。グレイク君は座ってて」

グレイクとファウスティーナを手で制したルフィード伯爵が立ち上がって食卓からも良く見える玄関の扉を開けた。

「っっっ!!」

声を出す間もない。扉を開けた瞬間にルフィード伯爵はその場に崩れ落ち、グレイクの鼻は香ってはならない鉄の香りを感じた。

「ファティ!奥へ行くんだ!」

グレイクは声をかけると崩れ落ちたルフィード伯爵を踏みつけて押し入ってくる男達に向かって先程まで使っていた「オタマ」と「ヘラ」を握ると突進していった。


★~★

公開時間のお知らせにあった通り、作者の気まぐれでこの後22時22分に第19話が追加になります(*^-^*)
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

婚約者は…やはり愚かであった

しゃーりん
恋愛
私、公爵令嬢アリーシャと公爵令息ジョシュアは6歳から婚約している。 素直すぎて疑うことを知らないジョシュアを子供のころから心配し、世話を焼いてきた。 そんなジョシュアがアリーシャの側を離れようとしている。愚かな人物の入れ知恵かな? 結婚が近くなった学園卒業の半年前から怪しい行動をするようになった婚約者を見限るお話です。

皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]

風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが 王命により皇太子の元に嫁ぎ 無能と言われた夫を支えていた ある日突然 皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を 第2夫人迎えたのだった マルティナは初恋の人である 第2皇子であった彼を新皇帝にするべく 動き出したのだった マルティナは時間をかけながら じっくりと王家を牛耳り 自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け 理想の人生を作り上げていく

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...