鬼神閣下の奥様は魔法使いだそうです

cyaru

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第26話   婚約の白紙と売られた男

式典の余韻がまだ残る時間帯。

どの家からも夜遅くまでサディス国王の在位15周年を祝う声が聞こえてくる中、ルーシュはベラリアと共にベラリアの借りている部屋までを歩いた。

2人がベラリアの部屋に入ると、後をつけてきたチームのメンバーはコートの襟を立てて顔を埋め、顎で近場にいた仲間に指示を出した。

カトゥル侯爵家に「大事な知らせがある」と男がやって来たのはその2時間後だった。


イルシェプとサディスの話は式典が始まる前に終わり、カトゥル侯爵一家は式典の後に開かれる夜会がお開きになる少し前に暇をして屋敷に戻っていた。

一家が帰宅をしたのは23時過ぎ。
張り詰めた緊張の糸が緩んだアナベルはつい馬車の中でうとうととしてしまい、半分だけ空いた眼を擦りながら侍女のマシャリに付き添われて自室に戻った。

男の知らせが届いた時、サロンにいたのはアナベル以外の面々。

カトゥル侯爵は怪しさはあるものの「ディック伯爵家に関する事」と聞き、王命が明日には出るが華を添えられるかも知れないと私兵の数を数人増やして男を招き入れた。

「こんな夜中に。いったいなんだと言うんだ?」
「この頃は物入りでしてね」

男は質問に答えずに遠回しな金の要求をしてきた。

「あぁ駄賃が欲しいのか。で?相場は幾らだったかな」

以前はカトゥル侯爵もルーシュが不貞行為をしていれば婚約破棄に持ち込めるとやっきになっていたが、正直今はどうでも良くなっていた。

あと数時間後には可愛い娘のアナベルが自由の身になる事が確定している。
気分が良い事に変わりはない。法外な値でなければネタを買い取ってやろうと考えた。

持ち込まれる情報には程度の差があるが、男は「特急品だ」と言った。

「なら金貨3枚。足りるかね?」
「3枚?!そ、そりゃ勿論!」

金貨1枚で100万ラス。3枚とは男も思ってもみなかった。
が、それだけの価値があるネタには違いがない。

なんせ朝になればルーシュが女の1人暮らしの家から出てくるのだ。
何もなかったか、それとも情事があったかは本人のみぞ知るだが、世間はそうは見ない。
性差の有る友人関係がなかなか人々に受け入れられないのはそこにある。

「朝、ベリー通り3番街にあるアパートメントから目当ての男が朝帰り・・・と言えば金貨3枚の価値はあるでしょう?」

男の言葉にカトゥル侯爵夫妻も兄夫妻も、そしてイルシェプも「神様は悪戯が好き」だと感じた。

「十分だ。だが、君はどうしてそのネタを売ろうと思ったんだ?」

へへっと笑った男は、「金も欲しいがもう用済みだから」と答えた。

「実はずっと以前からディック伯爵の消息が分かりそうだったんで、そちらのネタを売るつもりだったんです。でも、現物がもうないとなると信憑性に欠けるでしょう?」

男の言葉はディック伯爵がもうこの世にいないと示唆するものだった。
カトゥル侯爵は「ついでだ」と言って男に金貨をもう1枚手渡した。

気をよくした男はディック伯爵は失踪して半年後まではの愛人の家で過ごしていた事、その後行方が本当に判らなくなったが、昨年国境付近で見つかった行き倒れの骸がディック伯爵らしいと聞き、調べさせていたと語った。

「薬のやり過ぎだったみたいですけどね。最後の目撃では浮浪者にしか見えなかったそうで」
「そうか。しかし用済みとは穏やかじゃないね」
「そうですか?私はアイツを・・・いやディック伯爵家が落ちぶれるなら何でもしますけどね」
「落ちぶれる?もう十分に落ちぶれていると思うが?」
「まだでしょ。侯爵家との縁があると胡坐かいてる。だけどその侯爵家も行き詰った時に手を離したらどうなるかなって頃合いは見てたつもりですけど」


男の目は薄っすらと笑ってはいるが、その奥には憎悪の光があった。

両親の自業自得と言えばそれまでだったが、男の家はもう家名も爵位も返上した男爵家だった。
母親がエレナ夫人との付き合いで投資を持ち掛けられた。
1口だけ買ったのだが、「子」が更に投資をした上に「孫」を勧誘してくれないとエレナ夫人は儲けにならない。

当時怖いものなしで派閥も築いていたエレナ夫人に睨まれるという事は家の商売にも大きく影響をした。実際に2口目、3口目を渋っている時に、エレナ夫人の指示で男爵家との取引を中止する家が出てしまった。

姉と妹を嫁がせるために貯めた金を使う以外に方法がなく、投資をしたのがあのマージン総額キャンペーン中。

そしてディック伯爵が3倍の値段で買おうとした種苗。そうなった原因の水害で男の家の商売も立ち行かなくなった頃に投資詐欺だった事が判明。

「あんな詐欺に引っ掛かる家の娘なんて」と姉と妹の縁談は破談となった。

せめて姉妹のために貯めた資金があれば急場を超えられたかも知れないが投資で詐欺られたあと。
姉は裕福だが加虐趣味のある男の後妻になり、妹も娼館に売られた。
両親も慣れない力仕事で体を壊し、あっという間に天国に旅立った。
残ったのは男とその弟だけ。親類からも投資詐欺に加担したと見放された。

「なのに元凶のディック伯爵家はのうのうと暮らしてる。許せないでしょ?オタクさんカトゥル侯爵家も娘が婚約の解消は無理で焦ってた。最後の最後で不貞行為。慰謝料で行き詰ればいい。そう思っただけです。これで婚約破棄、慰謝料の請求も出来るんじゃないですか?」

カトゥル侯爵だけでなくその場にいた者が、この男は金のためではなく復讐のために行動をしたのだと感じ、その復讐を成し遂げたあとが気になって仕方がなかった。
瞳には光がなく、命を絶つのではないか、そんな気がしたのだ。

「では金貨をもう1枚。それで君と弟君に頼みがある」
「もう1枚?いや、要らないけど?」
「まぁ、そう言わず」


カトゥル侯爵は男に「番人をして欲しい」と告げた。

「番人?なんでまた番人を?」
「この先にある墓地がね、よく荒らされるんだ。人手が足らなくてね。2人探してたんだ」
「墓地って・・・舐めてんのかッ!」
「舐めてはいないよ。でもね。花を手向ける人もいなくなった墓標は寂しいよ」

男の両親がそこに埋葬されたかはカトゥル侯爵には判らなかったが、男の表情からするとだった。墓地の巡回までは侯爵家の仕事ではないけれど、侯爵家の仕事は防衛でもある。
国の民が、そしてその心が1人でも2人でも救えるのならひと肌脱いでもいい。

カトゥル侯爵はそう考えた。
それほどにその日は気分が良かったのだ。


その後、その男、名はグレマン。弟はブレッド。
数か月は話しかけても仏頂面で返事も返さなかった2人だが、笑みを浮かべるようになった頃には「私が死んだらあの墓地に埋葬してほしい」と事前予約が殺到する墓地の管理人となっていた。
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