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第18話 チョロいかズルいか
「どうしたの?」
「お母様っ!!」
玄関を開けるなりその場に前転をする形で帰宅をしたシェイナにエスラト男爵夫人は慌てて駆け寄ってきた。
「チャ…チャ…チャールズがっ!」
「何かされたの?!」
「えっと…あの…」
シェイナは隠していても仕方がない。チャールズの性格からすれば使用人もいないエスラト男爵家に押し入ったり、忍び込んでくる可能性もないとは言えず、両親の身の安全も考えればあった事を全て話す方がよいと判断した。
話を聞いたエスラト男爵夫人はシェイナを責めなかった。
「後で話を聞く」と言ってしまった事は失言だが、そうしなければ切り抜けられなかった事を考えれば仕方がないとも言える。兎にも角にもシェイナが無事に帰って来たこと、それだけでも良かったと夫人はシェイナを抱きしめた。
「暫くの間は教会への届け物も職人に頼みましょう。工房に来る途中か帰る途中に寄ってもらうようにするわ」
「はい」
それが一番の策だと判ってはいるが、ライネルに会えなくなる。
その事だけがシェイナの胸に引っ掛かった。
ライネルはこの国に永住する訳ではなく、いつかはポメル王国に帰ってしまう。
どれくらいの滞在なのかは判らないが、教会の何もない部屋で過ごす事が出来るくらいだから長くはないだろうと思うと、もう数か月が過ぎている今、次に教会に行くことがあれば帰国してしまっているかも知れない。
そう考えると部屋に1人になって、涙が溢れて来た。
――私って贅沢者なんだわ。何時かは帰るんだって判ってたのに――
別れと決まった訳ではないけれど、長引くだけの調停。
工房の様子を見ていれば両親が生業としていた家業を畳んで何処かに引っ越すのではないか。その思いは日を追うごとに確信に変わっていく。
シェイナも疲れていた。裁判院に呼び出されるたびに同じ事を繰り返し言わねばならない。毎回違うことを言いだしてしまうガネル家に付き合うのも根気の必要なこと。
『我が家は事実だけを言う。それが同じ事の繰り返しになってもね。あれこれ言い出せばキリがないし、そこに憶測や希望、嘘が混じれば辻褄が合わなくなる。有った事だけを述べる。それに徹しよう』
調停が始まった時、父のエスラト男爵の言葉にシェイナも夫人も頷いた。
――なのになんなの?何をやり直すというのよ!――
シェイナは枕を掴んで振り上げた。
でも投げつける事が出来なかった。
今までチャールズと喧嘩も何度もした。その度にどちらともなく謝っていつも通りになった。だけど初めてだったのだ。チャールズが跪いて「自分がすべて悪い」と自ら非を認めのは。
――本当に悪いと思って反省しているのかも――
そう思って瞬時に
――そんなわけないし、許せと言っても許せないわ――
絆されてしまいそうになる気持ちを別の気持ちが打ち消す。
今日のチャールズの謝罪を聞くまでは「絶対に許せない」という気持ちしかなかったが、謝罪を聞いてしまうと「本当にそれでいいのか」と思ってしまう。
チャールズはシェイナの憧れの人であり、本当に好きだった男性。
その気持ちを全て消してしまっていいのだろうかともう1人の自分が訴える気がするのだ。
チャールズを前にしてシェイナは婚約した当時は良く見せようと必死だった。
懸命に化粧も覚えたし、可愛く見せる仕草も友人に教えて貰ったりもした。
しかし、取り繕ってもボロは出るものだ。
だからチャールズに「言いたいこと、思った事はちゃんと言い合って話し合おう」と言われて嬉しかった。大きくプラスに激振れした気持ちもあれば、今日のチャールズに驚きもあったが感じたのは恐怖と嫌悪。なのに必死なチャールズに少しだけ絆されてしまった。
「あぁーっ!もぉぉーっ!」
シェイナは寝台に突っ伏すと手足をバタバタと動かし暴れた。
声が聞こえると両親が心配するので顔は枕に押し当てて言いようのない気持ちを吐き出すように唸る。
色んな気持ちがシェイナの体の中を駆け巡る。
ライネルに会いたい。ライネルと話がしたい。その気持ちは間違いない。一番好きな人と聞かれれば迷うことなく答える事は出来る。でも、実る事のない恋、片思いなのだ。
同時に腹は立つのだ。物凄く。なのにチャールズに「やり直そう」と真顔で言われてしまうと「やり直したほうがいいのかな」とも考えてしまう。
チャールズに対しての感情が以前のような「好き」ではないのは確かでも、反省してやり直そうと言われると気持ちが揺らいでしまう。
――やっぱり私ってチョロい‥違う。ズルいんだわ――
「ウニャーッ!」シェイナはもう一度枕に顔を押し当てて吠えた。
「お母様っ!!」
玄関を開けるなりその場に前転をする形で帰宅をしたシェイナにエスラト男爵夫人は慌てて駆け寄ってきた。
「チャ…チャ…チャールズがっ!」
「何かされたの?!」
「えっと…あの…」
シェイナは隠していても仕方がない。チャールズの性格からすれば使用人もいないエスラト男爵家に押し入ったり、忍び込んでくる可能性もないとは言えず、両親の身の安全も考えればあった事を全て話す方がよいと判断した。
話を聞いたエスラト男爵夫人はシェイナを責めなかった。
「後で話を聞く」と言ってしまった事は失言だが、そうしなければ切り抜けられなかった事を考えれば仕方がないとも言える。兎にも角にもシェイナが無事に帰って来たこと、それだけでも良かったと夫人はシェイナを抱きしめた。
「暫くの間は教会への届け物も職人に頼みましょう。工房に来る途中か帰る途中に寄ってもらうようにするわ」
「はい」
それが一番の策だと判ってはいるが、ライネルに会えなくなる。
その事だけがシェイナの胸に引っ掛かった。
ライネルはこの国に永住する訳ではなく、いつかはポメル王国に帰ってしまう。
どれくらいの滞在なのかは判らないが、教会の何もない部屋で過ごす事が出来るくらいだから長くはないだろうと思うと、もう数か月が過ぎている今、次に教会に行くことがあれば帰国してしまっているかも知れない。
そう考えると部屋に1人になって、涙が溢れて来た。
――私って贅沢者なんだわ。何時かは帰るんだって判ってたのに――
別れと決まった訳ではないけれど、長引くだけの調停。
工房の様子を見ていれば両親が生業としていた家業を畳んで何処かに引っ越すのではないか。その思いは日を追うごとに確信に変わっていく。
シェイナも疲れていた。裁判院に呼び出されるたびに同じ事を繰り返し言わねばならない。毎回違うことを言いだしてしまうガネル家に付き合うのも根気の必要なこと。
『我が家は事実だけを言う。それが同じ事の繰り返しになってもね。あれこれ言い出せばキリがないし、そこに憶測や希望、嘘が混じれば辻褄が合わなくなる。有った事だけを述べる。それに徹しよう』
調停が始まった時、父のエスラト男爵の言葉にシェイナも夫人も頷いた。
――なのになんなの?何をやり直すというのよ!――
シェイナは枕を掴んで振り上げた。
でも投げつける事が出来なかった。
今までチャールズと喧嘩も何度もした。その度にどちらともなく謝っていつも通りになった。だけど初めてだったのだ。チャールズが跪いて「自分がすべて悪い」と自ら非を認めのは。
――本当に悪いと思って反省しているのかも――
そう思って瞬時に
――そんなわけないし、許せと言っても許せないわ――
絆されてしまいそうになる気持ちを別の気持ちが打ち消す。
今日のチャールズの謝罪を聞くまでは「絶対に許せない」という気持ちしかなかったが、謝罪を聞いてしまうと「本当にそれでいいのか」と思ってしまう。
チャールズはシェイナの憧れの人であり、本当に好きだった男性。
その気持ちを全て消してしまっていいのだろうかともう1人の自分が訴える気がするのだ。
チャールズを前にしてシェイナは婚約した当時は良く見せようと必死だった。
懸命に化粧も覚えたし、可愛く見せる仕草も友人に教えて貰ったりもした。
しかし、取り繕ってもボロは出るものだ。
だからチャールズに「言いたいこと、思った事はちゃんと言い合って話し合おう」と言われて嬉しかった。大きくプラスに激振れした気持ちもあれば、今日のチャールズに驚きもあったが感じたのは恐怖と嫌悪。なのに必死なチャールズに少しだけ絆されてしまった。
「あぁーっ!もぉぉーっ!」
シェイナは寝台に突っ伏すと手足をバタバタと動かし暴れた。
声が聞こえると両親が心配するので顔は枕に押し当てて言いようのない気持ちを吐き出すように唸る。
色んな気持ちがシェイナの体の中を駆け巡る。
ライネルに会いたい。ライネルと話がしたい。その気持ちは間違いない。一番好きな人と聞かれれば迷うことなく答える事は出来る。でも、実る事のない恋、片思いなのだ。
同時に腹は立つのだ。物凄く。なのにチャールズに「やり直そう」と真顔で言われてしまうと「やり直したほうがいいのかな」とも考えてしまう。
チャールズに対しての感情が以前のような「好き」ではないのは確かでも、反省してやり直そうと言われると気持ちが揺らいでしまう。
――やっぱり私ってチョロい‥違う。ズルいんだわ――
「ウニャーッ!」シェイナはもう一度枕に顔を押し当てて吠えた。
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