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第20話 ライネルの訪問
夕食の時間も終わり一息ついた頃、玄関のドアノックが音を立てる。
シェイナは既に部屋に戻っていて玄関入って直ぐのリビングにはエスラト男爵夫妻のみ。
「こんな時間に誰だろう」
「職人が忘れ物でもしたのかしら」
「だとしても工房の鍵は持っているはずだが」
夫婦で会話を交わし、エスラト男爵がドアを開けるとそこにはライネルが立っていた。
「あの…どちら様で?」
「教会の神父様に届け物を頼まれまして。私はここ暫く教会で厄介になっているポメル王国のライネル・アガトンと申します」
「アガトン…あぁ!えぇっとなんだっけ…サンライズゲージ?」
「サインランゲージですか?」
「そうそう!それだ。長い横文字はどうも覚えるのが苦手で申し訳ない。さぁお入りください」
「いえ、私は…」
「そう言わず。ちょっと神父様に言伝も頼みたいのでお入りください」
「では、お邪魔致します」
騎兵隊出身でもあり、国を代表してきている事もありでライネルは緊張しながらも失礼にならないようにと姿勢を崩さずに招かれるままに部屋に入った。
部屋の中はシェイナの持っている雰囲気のまま。目の前の夫婦もシェイナと同じ雰囲気を持っていた。
「どうぞお座りください」
「その前に、こちらは神父様より預かった荷物です。ご確認ください」
ライネルが持ってきた籠から瓶を取り出し、蓋を開けるとカモミールの香りがフワリと部屋に漂った。
「もう、あの子ったら。また神父様に」
「申し訳ありません。癖でしょうかね。その辺に生えていたり、ハーブ系は摘心をした時に捨てるのは勿体ないと茶にしてしまうのですよ」
「いえ、神父様も私も味と香りを楽しませて頂いてます」
「そう言って頂けると…なんとも有難い事です」
ライネルが持ってきたカモミールを早速湯で葉をひらかせ、夫人は茶を淹れ始めた。
「神父様に言伝が?」
「えぇ…神父様には我が家の薬などを受け取って頂いてましたが、それももう終わりにしようかと」
「改宗されるのですか?」
「そうではないのですが、当家の薬。噂は耳にされているでしょう?」
ライネルも心無い噂は耳にしていた。そんな事を気にするなと言いたいが目の前の夫婦はそれを生業としている。赤字が続くのを判っていて続けろとライネルも気安く言える立場ではない。
「それに…王都を離れようかと考えているのです」
「王都を?領地に行かれると?」
「いえ、領地ももう…。ただ色々と後始末をするのに手間もかかりましてね。ははは」
考えていた以上にエスラト男爵家が追い込まれている事にライネルは何も出来ない自分を恨めしく感じた。ただ手を貸そうにも他国の人間であり、体が自由になるのは週に1日だけ。仕事は所謂公務でもあるのでうっかり手伝えば1つの家に肩入れしていると言われかねない。
そんな猫の手にもならない助けは帰って邪魔にもなってしまう。簡単に「手伝います」とも言えなかった。
「どうぞ」
話が途切れた所に夫人がライネルに茶を勧めた。
一口飲めば家令の淹れてくれた茶を思い出し、気持ちも落ち着いてくる。
しかし、ライネルとしては一番気がかりな事があり、まだ言い出せていなかった。
「あの…お嬢様は…」
「あぁ娘ですか。ちょっと色々と御座いまして。当面教会への使いは職人の行き来に寄って貰おうと思っているのです」
「そうですか…差し出がましいのですが…もしや怪我など?」
「いいえ、元気そのものですよ」
そう言いながらもエスラト男爵の表情は晴れない。
――やはり何かあったんだ。俺は大事な時に何も出来ないっ――
茶の入ったカップを手で包むようにしてライネルが俯いた時、「あっ!」短く感嘆の声がした。
顔を上げるとシェイナが立っていた。
「ライさん。どうしてここに?」
シェイナの問いにはエスラト男爵が「神父様のお使いだそうだ」と答えを返した。
エスラト男爵夫人がライネルの安堵した表情を見て「ハハーン」奇妙な声を出す。
「シェイナ。お客様のお相手をしてくれるかしら。ちょっと探し物があるの」
「探し物?何?私、持って来るけど」
「いいのいいの。お父様と一緒に探さないと見つかりそうにないのよ」
空気を読んだのかエスラト男爵も「そうだった。明日必要なんだったんだなぁ」と席を立つ。
両親も気が付いてはいた。
チャールズの事をシェイナは本当に好いていて、婚約した時は飛び上がって喜んだ。それが一瞬で地獄に突き落とされたのだ。落ち込んでも仕方がないと慰める事に徹していたが、教会に行くたびにシェイナは元気になる。
ライネルがその原因なのであれば親として感謝しかない。
人によっては「寝て起きたら心変わり」と笑うものもいるだろうが、親にしてみれば娘が気落ちして生きる屍になるよりずっといい。
いそいそと奥の部屋に引いていくとリビングにはシェイナとライネルだけになった。
シェイナは既に部屋に戻っていて玄関入って直ぐのリビングにはエスラト男爵夫妻のみ。
「こんな時間に誰だろう」
「職人が忘れ物でもしたのかしら」
「だとしても工房の鍵は持っているはずだが」
夫婦で会話を交わし、エスラト男爵がドアを開けるとそこにはライネルが立っていた。
「あの…どちら様で?」
「教会の神父様に届け物を頼まれまして。私はここ暫く教会で厄介になっているポメル王国のライネル・アガトンと申します」
「アガトン…あぁ!えぇっとなんだっけ…サンライズゲージ?」
「サインランゲージですか?」
「そうそう!それだ。長い横文字はどうも覚えるのが苦手で申し訳ない。さぁお入りください」
「いえ、私は…」
「そう言わず。ちょっと神父様に言伝も頼みたいのでお入りください」
「では、お邪魔致します」
騎兵隊出身でもあり、国を代表してきている事もありでライネルは緊張しながらも失礼にならないようにと姿勢を崩さずに招かれるままに部屋に入った。
部屋の中はシェイナの持っている雰囲気のまま。目の前の夫婦もシェイナと同じ雰囲気を持っていた。
「どうぞお座りください」
「その前に、こちらは神父様より預かった荷物です。ご確認ください」
ライネルが持ってきた籠から瓶を取り出し、蓋を開けるとカモミールの香りがフワリと部屋に漂った。
「もう、あの子ったら。また神父様に」
「申し訳ありません。癖でしょうかね。その辺に生えていたり、ハーブ系は摘心をした時に捨てるのは勿体ないと茶にしてしまうのですよ」
「いえ、神父様も私も味と香りを楽しませて頂いてます」
「そう言って頂けると…なんとも有難い事です」
ライネルが持ってきたカモミールを早速湯で葉をひらかせ、夫人は茶を淹れ始めた。
「神父様に言伝が?」
「えぇ…神父様には我が家の薬などを受け取って頂いてましたが、それももう終わりにしようかと」
「改宗されるのですか?」
「そうではないのですが、当家の薬。噂は耳にされているでしょう?」
ライネルも心無い噂は耳にしていた。そんな事を気にするなと言いたいが目の前の夫婦はそれを生業としている。赤字が続くのを判っていて続けろとライネルも気安く言える立場ではない。
「それに…王都を離れようかと考えているのです」
「王都を?領地に行かれると?」
「いえ、領地ももう…。ただ色々と後始末をするのに手間もかかりましてね。ははは」
考えていた以上にエスラト男爵家が追い込まれている事にライネルは何も出来ない自分を恨めしく感じた。ただ手を貸そうにも他国の人間であり、体が自由になるのは週に1日だけ。仕事は所謂公務でもあるのでうっかり手伝えば1つの家に肩入れしていると言われかねない。
そんな猫の手にもならない助けは帰って邪魔にもなってしまう。簡単に「手伝います」とも言えなかった。
「どうぞ」
話が途切れた所に夫人がライネルに茶を勧めた。
一口飲めば家令の淹れてくれた茶を思い出し、気持ちも落ち着いてくる。
しかし、ライネルとしては一番気がかりな事があり、まだ言い出せていなかった。
「あの…お嬢様は…」
「あぁ娘ですか。ちょっと色々と御座いまして。当面教会への使いは職人の行き来に寄って貰おうと思っているのです」
「そうですか…差し出がましいのですが…もしや怪我など?」
「いいえ、元気そのものですよ」
そう言いながらもエスラト男爵の表情は晴れない。
――やはり何かあったんだ。俺は大事な時に何も出来ないっ――
茶の入ったカップを手で包むようにしてライネルが俯いた時、「あっ!」短く感嘆の声がした。
顔を上げるとシェイナが立っていた。
「ライさん。どうしてここに?」
シェイナの問いにはエスラト男爵が「神父様のお使いだそうだ」と答えを返した。
エスラト男爵夫人がライネルの安堵した表情を見て「ハハーン」奇妙な声を出す。
「シェイナ。お客様のお相手をしてくれるかしら。ちょっと探し物があるの」
「探し物?何?私、持って来るけど」
「いいのいいの。お父様と一緒に探さないと見つかりそうにないのよ」
空気を読んだのかエスラト男爵も「そうだった。明日必要なんだったんだなぁ」と席を立つ。
両親も気が付いてはいた。
チャールズの事をシェイナは本当に好いていて、婚約した時は飛び上がって喜んだ。それが一瞬で地獄に突き落とされたのだ。落ち込んでも仕方がないと慰める事に徹していたが、教会に行くたびにシェイナは元気になる。
ライネルがその原因なのであれば親として感謝しかない。
人によっては「寝て起きたら心変わり」と笑うものもいるだろうが、親にしてみれば娘が気落ちして生きる屍になるよりずっといい。
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