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第07話 第7王子モスキー
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突然の来訪にも笑顔で迎えてくれるのはメッサーラ王国第7王子のモスキー殿下だった。
「ようこそ。何もないんですけども、ないからこそ寛げる!と思って頂ければ」
「いえ、こちらこそ突然の訪問。大変な失礼を致しました」
「ダニエレからは色々と聞いておりますので。この度は大変でしたね。ささ、どうぞ」
国が違えば慣習も違うのだろうか。
使用人はいるのだが、私をソファに誘うのもポットを掴んで茶を淹れ始めるのも畏れ多い事に第7王子殿下だった。
ダニエレはと言えば、既に壁の一部となっていて素知らぬ顔をしている。
何をどう目の前の殿下に説明をしたかも判らない。
「どうぞ」と差し出されたのは濃い茶色をした液体。
紅茶の葉から極限まで色をとったよりもまだ濃い色をしているが香りは紅茶ではなかった。
「砂漠を超えて海を渡り、さらに空よりも高い山を越えた先にある国の茶です。女性には鉄分も補給できるので貧血防止にもなりますし、余分な脂肪を体に蓄えにくくなる成分も入っていると言われてるんですよ」
差し出されたのは ”烏龍茶” という茶。
初めて聞く名前だが、勧められて一口飲んで素直な感想は「体にいいだろうな」だった。
「癖が強い!なんて言われてるんですけど、飲みなれたらそうでもないですよ」
――飲みなれればね――
各国の珍しいものや美味しいものと言うのは王宮に居れば食する事がある。
総じて言えるのは「体に良いものは不味く、体に良くないものほど美味しい」という事だ。
「僕は温かい方が好きなんですが、冷たい方が飲みやすいと言う者もいます。メッサーラに来れば凍らせた茶もありますよ。ガツガツと削りながら食べるように飲むんです」
確かにメッサーラ王国は大陸の北側に位置する国で最北は1年間氷が溶けない土地もある国。この国では珍しい氷も日常にあるのだろう。
「僕はまどろっこしいのは嫌いなので率直に言いますね」
「なんでしょう?」
「今すぐの亡命は受け入れられません」
「そうでしょうね。この場合は私が駄々を捏ねている私情に過ぎません。私情を汲んで亡命を受け入れていたら大変な事になりますもの」
「ダニエレの言う通り冷静に分析をされていますね。そう。今のままでは単なる我儘です。無理矢理理由をこじつけるとすれば貴女の領地行きを制限する件に対し物申す程度。しかし、それすら不審者対策とされれば打つ手がない。関所を封鎖すれば金があろうとなかろうと通る事は出来ませんし、山越えをすれば不審者となりますからね」
第7王子殿下の言う通りだ。フレイザ領に行くと国王の前では言ったが早々に手を打つ事くらいは解っていた。フレイザ領と見せかけて逆の領地に出向く事も相手は想定しているだろうから日暮れまでに王都を抜けるのが無理な以上、実質の足止めを食らうのは私も判っていた。
正面突破が出来ない場合、気が急いているものは山越えをする。
だが、山越えをするにも見つかれば不法侵入者としてあっという間に捕まる。捕まれば言い訳は通用しないのだ。やましいことが無ければ関所を通ればいいだけ。
何より山に慣れているものですら夜の山には入らないのに不慣れな者が入るのは自殺行為。金を払って案内を雇えばいいなどと宣った文官もいたが、金で動くものほど信用ならない。
更に上乗せされた金を握らされればあっさりと乗り換えるのだから。
「しばらくはここにいるといいでしょう。部屋は沢山ありますし…少なくともダニエレのゴミで溢れた汚部屋よりは快適です。何よりここは大使館ですから」
「治外法権。敷地内は自国でありながら他国ですものね」
「そう言う事です。仮に貴女がここにいる事を知られたとしても我々は貴女を引き渡す必要はありません。どうしてもというのなら本国を通してくれと言えば半年、いや8カ月は日が稼げます。兄上なら・・・5年は引き延ばすでしょう」
「5年って・・・持ち帰ったばかりの条約の内容をご存じでしたの?」
「ハハハ。優秀な部下がいますのでね」
チラリと第7王子モスキーはダニエレを見て小さく手を振る。
全く隠す気が無いのか、それともただの馬―――危険な想像は止めて置こう。
そのダニエレは私に向かって親指をグっとあげてサムズアップ。
少なくとも餌付けは良い方向に実を付けたと思うしかないだろう。
私が当面住まう場として与えられたのはやはり王族。ここが大使館だとは言え警護の関係からモスキー殿下の隣室が私に与えられた部屋となった。
夕食の時間には従者が知らせに来ると聞いて、部屋に1人となった私は張り詰めていた緊張が一気に弛んでしまいフカフカの寝台に飛び込むようにうつ伏せになるとしばし夢を見ようと目を閉じたのだが…。
「ここっ?!ここなの?!」
「おい!誰か!この子たちを捕まえろ!」
現実と夢の境目まで辿り着いたのに物音で目が覚める。
むくりと起き上がってみれば見知った顔と初見の顔。
「お姉ちゃん!ベルク連れて来たっ!」
「ララもいるよ!」
「こらっ!こっちはダメだと言っただろう!」
従者によって足を床から離されたティトとベルクは暴れるが大人の男性の力に敵うはずもない。この兄弟妹がここに来たのは私がダニエレに何とか出来ないかと頼んだ事が発端だ。
なら放っておく事は出来なかった。
「その子たちを離してあげてください」
「しかし・・・こいつら汚いままなんですよ」
確かに汚い。でもそれは王族や貴族のように湯殿で体を洗ったり清拭をする習慣がないからでほとんどの平民とさほど変わるものではない。強いてあげれば一般的な生活を送っている平民は着替える事があるくらいだ。
従者に少し待ってほしいと願い出て、モスキー殿下の部屋に繋がる扉をノックする。
「入っていいよ」
許可の声に入室すると・・・そこは異世界だった。
「ようこそ。何もないんですけども、ないからこそ寛げる!と思って頂ければ」
「いえ、こちらこそ突然の訪問。大変な失礼を致しました」
「ダニエレからは色々と聞いておりますので。この度は大変でしたね。ささ、どうぞ」
国が違えば慣習も違うのだろうか。
使用人はいるのだが、私をソファに誘うのもポットを掴んで茶を淹れ始めるのも畏れ多い事に第7王子殿下だった。
ダニエレはと言えば、既に壁の一部となっていて素知らぬ顔をしている。
何をどう目の前の殿下に説明をしたかも判らない。
「どうぞ」と差し出されたのは濃い茶色をした液体。
紅茶の葉から極限まで色をとったよりもまだ濃い色をしているが香りは紅茶ではなかった。
「砂漠を超えて海を渡り、さらに空よりも高い山を越えた先にある国の茶です。女性には鉄分も補給できるので貧血防止にもなりますし、余分な脂肪を体に蓄えにくくなる成分も入っていると言われてるんですよ」
差し出されたのは ”烏龍茶” という茶。
初めて聞く名前だが、勧められて一口飲んで素直な感想は「体にいいだろうな」だった。
「癖が強い!なんて言われてるんですけど、飲みなれたらそうでもないですよ」
――飲みなれればね――
各国の珍しいものや美味しいものと言うのは王宮に居れば食する事がある。
総じて言えるのは「体に良いものは不味く、体に良くないものほど美味しい」という事だ。
「僕は温かい方が好きなんですが、冷たい方が飲みやすいと言う者もいます。メッサーラに来れば凍らせた茶もありますよ。ガツガツと削りながら食べるように飲むんです」
確かにメッサーラ王国は大陸の北側に位置する国で最北は1年間氷が溶けない土地もある国。この国では珍しい氷も日常にあるのだろう。
「僕はまどろっこしいのは嫌いなので率直に言いますね」
「なんでしょう?」
「今すぐの亡命は受け入れられません」
「そうでしょうね。この場合は私が駄々を捏ねている私情に過ぎません。私情を汲んで亡命を受け入れていたら大変な事になりますもの」
「ダニエレの言う通り冷静に分析をされていますね。そう。今のままでは単なる我儘です。無理矢理理由をこじつけるとすれば貴女の領地行きを制限する件に対し物申す程度。しかし、それすら不審者対策とされれば打つ手がない。関所を封鎖すれば金があろうとなかろうと通る事は出来ませんし、山越えをすれば不審者となりますからね」
第7王子殿下の言う通りだ。フレイザ領に行くと国王の前では言ったが早々に手を打つ事くらいは解っていた。フレイザ領と見せかけて逆の領地に出向く事も相手は想定しているだろうから日暮れまでに王都を抜けるのが無理な以上、実質の足止めを食らうのは私も判っていた。
正面突破が出来ない場合、気が急いているものは山越えをする。
だが、山越えをするにも見つかれば不法侵入者としてあっという間に捕まる。捕まれば言い訳は通用しないのだ。やましいことが無ければ関所を通ればいいだけ。
何より山に慣れているものですら夜の山には入らないのに不慣れな者が入るのは自殺行為。金を払って案内を雇えばいいなどと宣った文官もいたが、金で動くものほど信用ならない。
更に上乗せされた金を握らされればあっさりと乗り換えるのだから。
「しばらくはここにいるといいでしょう。部屋は沢山ありますし…少なくともダニエレのゴミで溢れた汚部屋よりは快適です。何よりここは大使館ですから」
「治外法権。敷地内は自国でありながら他国ですものね」
「そう言う事です。仮に貴女がここにいる事を知られたとしても我々は貴女を引き渡す必要はありません。どうしてもというのなら本国を通してくれと言えば半年、いや8カ月は日が稼げます。兄上なら・・・5年は引き延ばすでしょう」
「5年って・・・持ち帰ったばかりの条約の内容をご存じでしたの?」
「ハハハ。優秀な部下がいますのでね」
チラリと第7王子モスキーはダニエレを見て小さく手を振る。
全く隠す気が無いのか、それともただの馬―――危険な想像は止めて置こう。
そのダニエレは私に向かって親指をグっとあげてサムズアップ。
少なくとも餌付けは良い方向に実を付けたと思うしかないだろう。
私が当面住まう場として与えられたのはやはり王族。ここが大使館だとは言え警護の関係からモスキー殿下の隣室が私に与えられた部屋となった。
夕食の時間には従者が知らせに来ると聞いて、部屋に1人となった私は張り詰めていた緊張が一気に弛んでしまいフカフカの寝台に飛び込むようにうつ伏せになるとしばし夢を見ようと目を閉じたのだが…。
「ここっ?!ここなの?!」
「おい!誰か!この子たちを捕まえろ!」
現実と夢の境目まで辿り着いたのに物音で目が覚める。
むくりと起き上がってみれば見知った顔と初見の顔。
「お姉ちゃん!ベルク連れて来たっ!」
「ララもいるよ!」
「こらっ!こっちはダメだと言っただろう!」
従者によって足を床から離されたティトとベルクは暴れるが大人の男性の力に敵うはずもない。この兄弟妹がここに来たのは私がダニエレに何とか出来ないかと頼んだ事が発端だ。
なら放っておく事は出来なかった。
「その子たちを離してあげてください」
「しかし・・・こいつら汚いままなんですよ」
確かに汚い。でもそれは王族や貴族のように湯殿で体を洗ったり清拭をする習慣がないからでほとんどの平民とさほど変わるものではない。強いてあげれば一般的な生活を送っている平民は着替える事があるくらいだ。
従者に少し待ってほしいと願い出て、モスキー殿下の部屋に繋がる扉をノックする。
「入っていいよ」
許可の声に入室すると・・・そこは異世界だった。
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