あなたの瞳に映るのは

cyaru

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23:アルバートの正体

国境を超えて他国のライム子爵家にエルドゥと言う農業知識の先駆者がいると聞いて私は従者のカミル1人を共だって旅に出た。

齢30を超えて父上はまだ誰を王太子とするか決めていない。
第二王子のディートヘルムは狡猾だ。第三王子のジュリアスは年が離れているから度外視をするとしても、ディートヘルムだけは何としても出し抜かねば何処かの令嬢と婚姻し、王兄と言う立場を受け入れなくてはならなくなる。

王兄や王弟と言う立場は微妙だ。
王族でありながら貴族より。発言力はあるのだが貴族の手前迂闊な事も話せない。事業を進めるにあたっても王族管轄となるために失敗も許されなくなる。

国内の勢力はディートヘルムと拮抗していると言っていいだろう。

カドリア王国は戦争もなく平和な国。
それはそれで良い事なのだが、争い事が無いが故に台頭するのに骨が折れる。

母上は公爵令嬢を妃にと勧めてきたが、私は従順な女が大嫌いなのだ。
私の妃になる女は、賢くないとダメだが賢すぎるのもダメだ。
そして己を持っている女。誰かの言う事にただ従うだけの女は賢くても論外だ。

実家が資産家でなければならないと言う事もある。金は人を黙らせる事も従わせる事も出来る。偏屈者がいたとて金が無ければ生活は出来ないのだ。あるに越した事はないし、実家に金があれば有事の際にも運用が出来る。


ゆくゆくは国王になる私の隣に立つに相応しい女は「普通」では力量不足。
なんせ、その矜持をへし折られ屈辱に耐えながら私に忠誠を誓える女でなければならない。

なかなか伴侶には恵まれなかった私だったが、ついに見つけた。

エルドゥ氏に会いに来た甲斐があったと言うものだ。
一見普通の令嬢。それが初見だった。

国内で私の容貌を見て、頬を染めなかった令嬢などいない。
小窓から見えた私にそれまでの令嬢と同じく扉を開けて対応をするかと思えば素っ気ない。
だが、それだけで心が揺らいだ訳ではない。


決め手はエルドゥ氏が「庭を案内しなさい」と言った時に続いた言葉。
「気晴らしになる」だった。

令嬢の顔が少し曇った。私はゾクリと身震いをした。
何か大きな試練を乗り越えた者は心に小さな傷を持っている。その傷を知られまいとせんが為に己を奮い立たせる。トルデリーゼにはそれがあった。

庭を案内する時に、遠回しにではなく直接問うてみたが答えなかった。
答えに迷いつつ、私に知られまいとするその佇まい。

国は違うがマルス家と言えば大陸で知らぬ者はいない超資産家。
海の向こうの大陸とも交易をしていて、各国の貴族や商会、そして王族、皇族にも信頼が厚い。

エルドゥ氏の屋敷を出て、私は潜伏している間者に直ぐ渡りをつけた。
理由は直ぐに解った。

ありきたりな婚約解消にまつわる物語という事だが、面白いのは病的に傾倒していると誰もが思っていた令嬢が、自ら相手の男に引導を突きつけ、侯爵家を没落させたと言う。

――なんて面白い女だ――

その夜は興奮し、なかなか寝付けなかった。
昂ぶりも治まらず、翌朝は手に残滓をすり込んで女の家に向かった。

翌日に案内をして欲しいとは言ったが、明確な返事は貰っていなかった。
今までの令嬢ならそれでも用意をしているものだったが、トルデリーゼは違った。
私の事などすっかり忘れて暢気に朝食を取り、出掛ける素振りなど微塵もない。

誘いだしても侍女を付ける事は忘れない上に、求婚の言葉にすら靡かない。
翌日も、出立の日にすら優先してやったと言うのに形式的な言葉を並べるだけで全く私に靡かない。

堪らなかった。
その矜持をへし折りたくて堪らない。

私は物理的な距離を取って懐柔する事にした。
手紙であれば、目の前に相手はいない。
書かれている文面から相手を想像するのだ。

手紙を出す頻度はどんなに忙しくても週に1通。怠ってはならない。
これは「貴女への思いは変わらない」と相手に印象付ける狙いもあるが、週に1通と言う頻度が当たり前になれば、期待も高まるからだ。

そして文面には露骨に愛を出さない。敢えて友人枠を貫く。
だが、異性である事には変わらず目の前にいない事も幸いして思いを募らせる。

頃合いを見計らって再度訪問し、そこで気持ちが変わらなかった事、会えない日々手紙に癒された事など共通に感じたと思われる事を並べて落とす。

王子と言う立場も明かす。ここが最終試験だ。

苦痛で顔を歪めながらも求婚を受け入れるのなら別れだ。
何故ならそこに私の王子と言う立場を天秤にかけ、王子妃、ひいては王妃を願う女など掃いて捨てるほどいる。己の矜持が立場で揺らぐ女など必要ない。



だが、この作戦は失敗だった。

週に一度、手紙は書いているのだがトルデリーゼからの返事は月に1,2度。

半年の間に私が出した手紙は25通に対し、届いたのは10通に満たない。
私は何度も何度も手紙を読み返し、書かれている文字を指でなぞり、目を閉じても音読できるまでになった。

木乃伊取りが木乃伊になる。まさにその通り。

蜘蛛の巣のように張った罠にトルデリーゼを絡ませようとして自分自身が絡んでしまったのだ。

ここまで私の心を弄ぶトルデリーゼが何としても欲しくて堪らなくなった。
手元に置き、その罰を与えなければならない。

どんな罰を与えれば瞳に憂いを映すのか。
顔は醜く歪むのだろうか。寂しさに心が折られ私に縋るトルデリーゼ。
突き放す私に涙を流しながらも隣に凛と立つ姿が見たい。

そう思いつつ、私は第一王子として隊列を組み国を出立した。
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