売れ残り同士、結婚します!

青花美来

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お母さんの容態が急変した。その知らせを受けた日、ちょうど職場の研修中で少し離れた系列園に行っていた。急いでタクシーに飛び乗って病院に向かった私が見たのは、お母さんの手を握り号泣する雅弥と、静かに泣くお父さんの姿。

つい二日前にお見舞いに来た時は繋がれていた様々な管が、すでに外された後だった。

お母さんの手を握ると、最初は温かかったのにすぐに冷たくなってしまって。

間に合わなかった。

頭の中をその言葉が周り、放心状態だった。

目の前のことが信じられなくて、お母さんを何度も呼ぶけれど、当然返事など無く。
『姉ちゃんっ……お母さん、死んじゃったよぉ……』私の胸に顔を埋めて泣く、当時まだ小学生だった雅弥を震える手で抱きしめた。

私がしっかりしなきゃ。そう思ったら、泣いている暇なんて無かった。

お母さんの初七日を終え、四十九日も終え。お父さんと一緒に様々な手続きを終わらせた後はどこかぽっかり穴が空いてしまったかのような心地を抱きながら仕事をしていた。

そんな日々でも頑張れたのは、冬馬との約束があったから。

冬馬は今日も私と同じようにどこかで頑張ってる。そう思ったら、私も頑張らなきゃって。家族を支えないとって。

そう思いながら笑顔を作って、同僚たちに心配をかけないように職場では明るく振る舞って。

そんなある日、家に帰ってきて靴を脱いだ私に走ってきた雅弥が抱きついてきて、そこで言われたのだ。


『姉ちゃん』

『ん?』

『……泣いてもいいんだよ?』


雅弥は、私が一度も泣いていないことに気付いていた。

雅弥なりに私のことを心配して悩んで考えて言ってくれた言葉だった。

でも私は弟に心配かけている自分が情けなくて、安心させようと笑おうとした。


『……雅弥。私は大丈夫だよ』


今思うと、それは全然笑顔ではなかったのだろう。

だって、雅弥の顔が悲痛に歪んだから。


『大丈夫なんかじゃない!姉ちゃん、お母さん死んじゃってからすっごい苦しそうに笑ってる!今もそうじゃん。家族の前で無理して笑わないでよ。俺が泣いてたから?俺が頼りないから?まだ子どもだから?俺のせいで姉ちゃん泣けないの?』

『違うよ、違う。私は……』

『姉ちゃんだけ我慢してるなんておかしいよ!姉ちゃんだって……姉ちゃんだって。俺より悲しいはずなのに。俺より泣きたいはずなのに。頑張りすぎなんだよ。……俺がもっと大人だったら、姉ちゃんは泣けるの?』

『雅弥……』

『姉ちゃん、泣いてもいいんだよ。悲しい時は大人だって泣いてもいいんだよ。我慢しちゃいけないんだよ。泣きたい時に泣かなかったら、心が壊れちゃうんだって先生が言ってた。だから姉ちゃん、泣いてよ。今度は俺が抱きしめてあげる。受け止めてあげる。姉ちゃんの心が壊れちゃうなんて絶対ダメだよ。そうなったら、俺もうどうしていいかわかんないよ……』

『雅弥……』


心配と、悲しみと、深い愛と。

心が張り裂けそうなくらいの感情がこもった言葉に、今まで張り詰めていた気持ちをぎりぎりで抑えていた糸が、ぷつりと音を立てて切れた。

タガが外れたように止めどなく目から涙がこぼれ落ちる私は、そのまま雅弥にもたれるように倒れ込む。

玄関で泣き始めた私を雅弥は驚きながらもなんとか支えてくれて、リビングに連れて行ってくれた。

ソファに座って、小学生の雅弥が子どもみたいに泣き続ける大人の私をぎゅっと抱きしめてくれて、頭を撫でてくれて。

言葉通り、必死で慰めてくれた。

そのまま泣き疲れて眠ってしまった私と雅弥に、帰ってきたお父さんが布団をかけてくれていた。

朝起きたら、家族三人でたくさんの話をして。


『俺ももうすぐ中学生だから心配しなくても自分一人で全部できるから。姉ちゃん、ありがとう。もういいよ』

『今まで全部しずくに任せきりで本当に申し訳なかった。雅弥のことは心配しなくてもいい。これからは自分のことだけを考えて生きていきなさい』


雅弥がいつのまにか大人に近付いていて、驚いた。

もう、外で走り回っては怪我ばかりしていた子どもじゃないんだ。……ってことは、私、もういらない?

"雅弥のお姉ちゃん"じゃなくて、ただの"しずく"に戻るってこと?

急にそう言われても、何をどうしていいのかがわからなくて困り果てた。


私、今までどうやって暮らしてたんだっけ?


変わらずに毎日雅弥に世話を焼きたくなるし、癖で家のことも全部やってしまう。

そしてその後も何度も話し合いを続けて、お父さんと雅弥の勧めで一人の時間を作るために家を出ることに。

どこで暮らそう。近いところだとすぐに雅弥が心配になって帰ってきてしまうだろうからダメだと二人に言われた。その通りだ。

そもそも一人暮らしなんて初めてだから、不安も大きい。

だけど、どうせ遠くに行くなら、うんと都会に住んでみたい。密かにずっと憧れていた東京なんてどうだろう。加奈子や蘭ちゃんも上京しているから、話を聞いてみよう。

冬馬も都会の大学に行くって言ってたよなあ。もしかして東京だったりして。なんて、いろいろな想像をしてみたりして。

一気に世界が広がったような気がした。


冬馬はどんな大人になっただろうか。夢を叶えただろうか。あの約束のことを覚えているだろうか。

東京に来て、どんな仕事をしようかと考えたけれど、冬馬に保育士が似合ってると言われたのがどうしても忘れられず、いくつか見学した中で一番雰囲気が私に合っていると思ったにじいろ保育園に就職した。

最初は前の職場とやり方が全く違ったりとギャップに苦労したところもあるけれど、慣れてしまえばこっちのもので。

どんなに行事が多くて大変でも、子どもたちの笑顔を見ていれば頑張れる。

東京に来てから冬馬に会えたりしないかなと休みの日は意味もなく出掛けてみたりしたけれど、当然そんなばったりあえるわけもない。そもそも冬馬が東京にいるのかもわからなかったから、半ば諦めていた。

そのため冬馬を忘れようと二人ほどお付き合いした男性はいたけれど、どうしても冬馬と比べてしまって振られることが続いた。

結婚願望はあったのに相手を好きになることができず、"お前、恋愛向いてないよ"と言われたこともあり、元々無かった自分への自信が全く無くなっていった。

そんな調子だったから、"私は仕事が恋人だから"なんて自分にも周りにも言い訳して。

まだ二十代だしね、なんて励ましてもらって。

つまりは"冬馬"という理想を夢見すぎてしまい、現実の恋愛から逃げたのだ。

たとえあの約束が叶わなかったとしても、いつか冬馬と再会する機会があれば"私は売れ残ってしまったけれど保育士を頑張っているんだ"と胸を張って言おう。

そう心に決めて。
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