国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

文字の大きさ
10 / 30
**

王都への道

しおりを挟む

 夜明け前、砦の空は淡い群青色に染まり始めていた。

 雨上がりの空気は、湿った土と焚き火の匂いが混じっている。

 荷をまとめる団員たちの間を、リシェルは静かに歩いた。

 剣の柄を確かめながら、何度も深呼吸をする。心の奥では、再び始まる"何か"への予感がうごめいていた。

 もしかしたら、あの日のことについて何か近付けるかもしれない。真実に、一歩でも近付けるかもしれない。

 そう思ったら、気持ちだけがどんどん焦っていく。


「おい、行くぞ」


 低い声に顔を上げると、カイが馬の手綱を引いて立っていた。

 朝の光が黒い髪を照らし、表情をさらに険しく見せている。


「はい」


 短く返事をして歩み寄ると、カイはちらりと彼女を一瞥した。

 その視線には、任務への緊張と……言葉にできない何かが混じっていた。浴場で見てしまった"秘密"が、まだカイの頭の隅を離れない。だが、それをリシェルに悟られるわけにもいかない。

 ……それでも、気にせずにはいられなかった。


「……無理はするな。偵察が目的だ。戦うな。自分の姿を向こうに見せるな」

「わかってます」

「それと、道中で黒炎が出ないとも限らない。警戒は怠るなよ」

「はい」


 そう答えながらも、リシェルの胸には別の覚悟があった。

 もしまた"あれ"が現れるなら。今度こそ逃げない。

 そう自分に言い聞かせるように、剣の柄を握り直す。

 カイはそんなリシェルを見つめるものの、それ以上かける言葉が見つからず。気にすればするほど説教じみた言い方になってしまうことに言いようのない気持ちを感じ、リシェルと同じように自分の剣の柄を握り直すことしかできなかった。

 日の出とともに、砦の門がゆっくりと開いた。

 外の風が頬を撫で、遠くで鳥が鳴く。彼らの影が、朝の光に伸びていった。 

 リシェルは小さく息を吸い、手綱を握る。カイが無言でその隣に並んだ。

 言葉はなくとも、二人の進む速さは自然と揃っていた。


 二人は魔導士の目撃情報があった場所から向かうことにした。馬を走らせれば半日もかからない距離。そこを調べてから王都を目指す予定だ。

 国境付近は人の出入りが多い。貿易商や兵士、他国から流れてきた民も大勢おり、皆王都に向かっているのだろう。情報を得るなら、なるべく急がなくては。

 馬を走らせてようやく辿り着いたのは、あまり深くはない森の中だった。


「ここか?」

「はい。この辺りのようです」


 地図と照らし合わせて頷くと、カイは馬を降りて辺りを捜索し始めた。

 大きな通りからは少し離れているためか、ここはあまり人通りが多くはなかった。 

 風が草原を撫で、遠くで荷馬車の車輪の音が聞こえる。


「……あった」


 カイの呟きに、リシェルは急いで向かう。隣にしゃがみ込むと、カイの指差す方へ視線を向けた。


「これ……」

「あぁ。砦近くにあった転移魔法の痕跡と、全く同じだ」

「ってことは……」

「砦に、ノクティアの魔導士が来ていたってことだな」

「そんな……」


 つい昨日見たものと同じ、黒い跡。それは、ノクティアが関わっていると示す確かな証拠だ。

 つまり、黒炎とノクティアが関わっている可能性が強まった。ということは、五年前も、もしかして……?


「後からここにも何人か調査に来るはずだ。ここは任せて俺たちは王都に向かおう」

「っ、わかりました」


 (ダメだ。今は目の前の任務に集中しないと)


 再び馬に乗ると、二人は王都に向けて出発した。

 道中で話を聞けそうな人を見つけると、二人は魔導士の行方を問いかけてみた。

 もちろん、王都に向かっていることはわかっていたものの、その理由を探る目的だった。

 しかし、目ぼしい答えは得られないまま王都が近付いてくる。


「リシュ、こっちだ」

「え、こっちは地図に載ってませんよ!?」

「大丈夫だ。昔、団長と走ったことがある。王都の手前の町まで続いている近道なんだ」

「そんな道が……!」


 カイの機転により近道することができ、予定より早く王都手前の小さな町にたどりついた。

 昼下がりの広場には人々のざわめきが満ちている。

 貿易商の声、馬の蹄の音、子どもの笑い声――

 一見、平和そのものの光景だった。

 だが、どこか得体の知れない緊張感に包まれているようにも見えた。


「ここで待ってろ。話を聞いてくる」

「俺も行きます!」

「いいから。隠れられそうなところを探しておいてくれ」

「……わかりました」


 膨れるリシェルを置いて、カイは近くにいる人に魔導士が通っていないか聞く。すると、まだここには来ていないらしい。


「リシュ、どうだ」

「はい。向こうに草が生い茂っているところがありました。馬は木に繋いであります」

「わかった」

「隊長の方は? 何かわかりました?」

「まだ魔導士はここには到着していないということだけだ」

「……ということは、これからここを通るんですね」

「そういうことだろう」


 二人はすぐに隠れられるポイントに身を潜める。

 すると、急に空気が変わったような気がして辺りを見渡した。

 人々が同じ方向をちらちらと見やっている。


「隊長、あれって……」

「あぁ、お出ましだな」


 視線の先には、ゆっくりと歩く馬。そしてその上に乗る、緑の中には似つかわしくない黒いローブを羽織った一行。

 フードを深く被り下を向いているため顔はよく見えないものの、それは紛れもなく魔導士の姿だった。


「数は五人。でも男か女かもわかりませんね」

「敢えてそうしてるんだろう。ノクティアは基本秘密主義なところがあるからな」


 五人並ぶ姿はとても異様で、王都の入り口付近を歩く民たちも視線を送らざるを得ない。

 民衆の間から、小さな声が漏れる。


「ノクティアの……魔導士たちらしいぞ……」

「どうしてヴァルデン国に……?」


 怯えと好奇の入り混じった視線が、一行を追う。 

 そして、敵国ということもありどこか近寄りがたい雰囲気がある。そのため皆が端に避けていく。

 気が付けば、魔導士の一行だけがまっすぐ王都に向けて進んでいるのを、たくさんの人が黙って見つめていた。

 リシェルは目を凝らし、一人ひとりの顔を見極めようとする。

 しかしやはり全員がフードを深く被り、素顔は見えない。


(一体どんな目的でこの国に……)


 ──その時だった。

 一行を、強い風が包み込む。

 それに歩みを止めてさらに下を向いた先頭の魔導士のフードが、ほんの少しだけ捲れ上がった。


「あ、れ……?」


 ……瞬間。時間が止まったように感じて息を止めた。

 黒いフードの影から覗いたのは、金の髪。

 そして、その隙間から一瞬だけ見えた、その顔。……それは、決して見間違えるはずのない顔だった。


「……っ!」


 胸の奥が掴まれるように痛んだ。

 思わず息を呑むが、声は出ない。ただ、理解が追いつかなくて頭の中で警鐘が鳴り響いていた。

 物陰に身を潜めていたため、相手はこちらに気づいていない。

 それでも、遠くからでもはっきりと分かった。


(あれは……あれは……)


 一歩足が前に出そうになるのを、カイが手で制する。

 それでも、身体は進もうと前のめりになっていく。


 (あれは……お兄様……!)


 喉の奥からその名を呼びそうになるのを、リシェルは必死に押し殺した。

 視線の先、彼は何事もなかったように再びフードをかぶり、手綱を握る。


(お兄様。お兄様……! 私、リシェルです! お兄様!)


 心の中で叫ぶけれど、当然その声は届かない。


(でも、どうしてお兄様が……? 見間違い? ううん、そんなわけない。私がお兄様の顔を見間違えるなんて、ありえない)


 リシェルの手が震えた。

 そして、隣のカイが静かに眉をひそめる。


「……どうした」


(だとしたら、お兄様はどうして生きてるの? どうして、ノクティアの魔導士としてここにいるの? 一体、どうして……)


 リシェルは答えられなかった。

 ただ、唇を噛みしめ、遠ざかっていくその背中を見つめていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

いや、無理。 (完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

処理中です...