国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

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怪しい気配

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 拠点の会議室に、団員たちが集められる。

 机の上に広げられた見取り図を指しながら、団長の低い声が響いた。


「昨夜を最後に、北の砦での黒炎の気配は完全に途絶えた。……だが油断はするな。いつまたどこで現れるかは分からん。警戒を怠るなよ」


 張りつめた空気が会議室を包む。

 団員たちは真剣な面持ちで頷き、武具の音だけが小さく鳴った。


「本日からは砦の再建に移る。生存者の捜索もまだ続けるつもりだ」

「とても生存者がいるようには見えませんでしたが……」

「それでも、一人は見つけたんだ。もしかしたらまだいるかもしれないだろ。砦の中だけじゃない。周辺も探して見つけ次第保護するんだ」

「了解しました」

「砦は国境からもさほど離れていない。そのためヴァルデン国にとって重要な土地だ。被害の調査、建物の修復をとにかく急ぐ。これは国からの指示だ。気を引き締めるように。そして異常を見つけた場合はすぐ報告しろ」

「はい!」

「いいか、些細なことでも見逃すなよ!」

「はい!」


 皆の返事を聞き、団長の視線が全員を舐めるように走る。そして最後にリシェルで止まった。

 ここにいること自体がリシェルの答えであり、それが団長にも理解できたのだろう。

 団長は何も言わず、再び全体へと視線を戻した。

 会議が終わると、団員たちは装備を整えるため散っていく。

 剣を背に括りつけながら、リシェルはどこか落ち着かない気持ちを抱えていた。

 黒炎は消えた。確かに消えたのだ。それなのに、どうして落ち着かないのか。

 この静けさが、かえって息苦しいくらいに感じる。

 あの消え方では消滅したかがわからないからだろうか。しかし、もう砦からは気配が無い。本当に消滅したのか。それとも違うのか。一体どうなっているのかがさっぱりわからない。

 それに、何度遭遇しても感じる。


 (あの黒炎は、確かに私を狙っている)


 胸元のネックレスをぎゅっと握る。

 その横でカイは無言で鎧を締め、ちらりと彼女を見た。


「リシュ」

「……はい」

「……昨日と今朝の話の続きだが」


 低く落とされた声。


「え?」


 リシェルは思わず顔を上げる。

 カイは視線を逸らしたまま、剣を持った。


「お前がそう決めたなら……俺はもう何も言わない。俺はいつも通りお前を支えながら先に進むだけだ」

「隊長……」

「……だから今のうちに、気持ちを切り替えておけ。忙しい日々になるぞ」


 一瞬、言葉を失う。

 だがリシェルは息を吸い、強く頷いた。


「……はい」


 短い返事に、カイはそれ以上何も言わず。

 ただ、どこか遠くを見るように黙り込んでいた。
 


 それから数日、砦に移動した一行は、忙しい毎日を過ごしていた。

 崩れた建物は一旦取り壊してから修復を進め、折れた柵も新しい木材に取り替えられていく。

 王都からも再建のための人員が派遣されてきており、団員たちは交代で森の警戒に当たりながら、黙々と作業を続けていた。

 黒炎の気配は、嘘のように消えていた。

 風も静かで、鳥の声さえ穏やかだった。

 だが――その静けさが、かえって胸の奥をざわつかせた。


(不気味なくらい、静かだ)


 リシェルは何度も森を巡回しながら、そんな予感を拭えずにいた。

 そして、その日。

 南の森で異変を発見したのは、偵察に出ていたカイだった。


「これは……」

「どうしました?」

「……転移魔法の痕跡だ」

「転移魔法?」

「見てみろ、ここ」


 カイが指差した場所には、黒く丸い印のようなものが残っていた。だが、リシェルは魔法の痕跡は見たことがあれど、その種類まではわからない。


「これが転移魔法の痕跡なんですか?」

「そうだ。俺も詳しいことは知らないが、昔見たことがある。これは確かに転移魔法だ」

「ということは、誰かがここで……?」


 ここで転移魔法を使ったか、あるいはここに移動するために転移魔法を使ったのか。……あるいは、その両方か。


「すぐに団長に報告だ」

「わかりました」


 カイとリシェルは立ち上がり、団長の元へと走った。

 報告を受けた団長は顔をしかめ、その現場に急いで向かった。


「確かにこれは……」

「転移魔法、それもかなり高度なものかと」

「……会議を開く。全員を招集しろ」

「了解しました」


 すぐに全員が砦の大広間へ集められた。

 机の上に広げられた地図の上に、赤い印が記されている。つい先ほど見つけた、魔法の痕跡の場所だ。


「南の森の外れで転移魔法の痕跡が見つかった。だが黒炎の反応があるかはわからない。今確認中だ」


 団長の低い声が響く。

 場の空気が一気に張りつめた。


「……黒炎と転移魔法に何か関係があるのですか?」


 誰かが問うと、団長は短く息を吐き、首を振った。


「それもまだわからない。ただ、痕跡が残っていたのは黒炎の出現地点のすぐ近くだ。無関係とは言い切れないだろう」


 重い沈黙が落ちる。

 カイが腕を組み、低く呟いた。


「転移ってことは、もうこの砦にはいないということですよね」

「そうだ。あれはおそらくここに転移したのとここから転移したのと、二回魔法を使っている。かなり高度なものだ。だが、問題なのは逃げた先だな……。たとえ魔力を探知できたとしても、場所までは追えない」


 団長の視線は地図をぐるりと回る。


「ここは国境から遠くない。国内の可能性もあるし、考えたくもないが国外からの侵入者という可能性もある」

「侵入者……」


 皆がその可能性に静まり返る中、


「団長! 至急ご報告したいことが!」


 団員の一人が慌てて大広間に飛び込んできた。


「どうした」

「それが……」

「なんだ、早く言え」


 団員の視線は一度泳いだものの、一度喉を鳴らしてから顔を上げた。


「国境近くで、ノクティアの魔導士の一行が確認されました」

「何? ……ノクティアの魔導士だと?」

「はい。現在一行は王都の方角に向かっているそうです」

「王都……」


 ノクティアと言えば、ここ、ヴァルデン国とは長年対立関係にある国だ。

 規模自体は大きくなく、どちらかと言えば小国の部類に分けられる。しかし、その力は甚大なものだ。

 武力を中心に国力を高めてきたヴァルデン国とは正反対に、高い魔力と高度な魔法を武器に力を強めてきた国だ。

 二つの国は過去に何度も戦争をしているものの、一つ前の王の代からは表立った争いはなかった。

 しかし、ノクティアの魔導士と言えば、その高い魔力故に実質国を牛耳っている集団だ。王族と同等の身分を持つと聞く。

 そんな魔導士がノクティアから急にやってくるとは、あまりに突然すぎて不自然だった。 


「……そうか。ノクティア……ノクティアか。……関連があるかどうか、すぐに確かめる必要があるな」


 頷く団長に、団員たちの表情が一斉に引き締まる。


「リシュ、カイ。行ってこい」


 短く告げられた任務。

 二人の他にも、数名が指名された。


「ただ、目的は偵察だ。絶対に見つかることは許さない。交戦は避けろ。とにかく情報を掴め」


「了解しました」


 リシェルは小さく息を吸い、頷いた。

 再び剣を腰に下げ、砦の外に出て広がる風を感じる。


(やっぱり、ここから黒炎が消えても終わりじゃなかった……)


 それでも、ようやくあの日の手がかりに近付けそう。


 (やっと。やっとだ。お父様、お母様、お兄様。やっと、何かがわかるかもしれません)


 見上げると、リシェルのはやる心とは反対に穏やかな空が広がっていた。

 その夜、砦は早々に静まり返った。

 出発を目前に控え、誰もが早めに休息を取っていた。



 夜が更け、砦の灯りがひとつ、またひとつと落ちていく。

 寝台に腰を下ろしたカイは、無造作に額を押さえた。

 窓の外では、風が草を揺らす音だけが響いている。

 ――湯気の向こうに見えた金の髪。

 もうあれから数日が経ったのに、その光景がどうしても頭を離れなかった。


(まさか、女だったなんてな)


 あの瞬間の驚きも、動揺も、まだ整理がつかない。

だが何より胸の奥を掻き乱すのは、彼女を“女”として見てしまった自分自身への苛立ちだった。


(くだらねぇ……今更何を気にしてる)


 小さく舌打ちし、寝台に背を投げ出す。

 カイにとって、リシェルは生意気な部下でしかなかった。

 小柄で、力も弱くて、全然食べなくて、体も細くて。剣もまともに握れなかった。

 しかし、子どもの頃は男女なんてほぼ変わらないから全く気が付かなかった。男だと思い込んでいたのもあるだろう。

 そういえば、いつだか女みたいに華奢だと感じたことがあったと思い出す。


 (……でもまさか本当に女だったなんて、思わねぇじゃねぇか)


 リシェルが女だと知ってしまった上で、カイは黙っていることを選んだ。それは、今までのリシェルを知っているからだ。


 (誰がこんなこと信じるんだよ。誰も信じねーよ。傭兵団に女だなんて、ありえねぇだろ。それくらい、あいつは"ちゃんと"男を演じてた)


 一番近くで見ていたカイがそう思うのだ。他の団員が知っているわけがないと思った。

 だから、何も知らないふりを続けることにした。いつの日か、リシェルが自ら話してくれるまで。

 ──たとえそんな日が、来なかったとしても。


 (でも、団長は知っているはず。……だから、"特別扱いはしない"……そういうことなのか? つーか、知ってて俺に預けたのかよ……)


天井を見上げても、まぶたを閉じても、落ち着かない。このざわめきの正体に気づきたくなかった。 


(なんにせよ、明日からまた任務だ。……余計なこと、考えるな)


 そう言い聞かせるように目を閉じた。

 だが、眠りは浅く、夜はやけに長く感じられた。
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