国を滅ぼされた生き残り王女は、男装して運命を切り拓く。

青花美来

文字の大きさ
8 / 30

決意

しおりを挟む

 月明かりの下、リシェルはひとり剣を振っていた。

 何度も、何度も。

 肩で息をし、豆が潰れた手のひらから血が滲んでも、止められなかった。

 ――連れていきたくない。

 カイの言葉が耳に焼きつき、振るう剣は荒々しさを増していく。

 刃が岩に当たり、火花が散った。反動で膝をついた瞬間、背後から低い声が響く。


「……もう休め。そんな手で剣を振り回しても、斬れるのは自分自身だ」


 リシェルは息を呑み、振り返った。

 団長が腕を組み、暗がりの中で鋭い眼差しを向けていた。

 頭を下げつつ言葉を返そうとして、声が詰まる。

 やがてリシェルは唇を噛み、絞り出すように問うた。


「……団長。俺、本当に役に立っているんでしょうか」


 団長に拾ってもらった日。自分で、"役に立つ人間になるから連れて行ってほしい"と懇願した。役に立たない奴はこの傭兵団にはいらないと言われている。

 だとすれば、今の自分はどうだ。

 カイに連れて行きたくないと言われ、団長の役に立てているのかの自信は全く無い。

 これ以上迷惑をかけたら、本当に捨てられてしまうのではないか。そうでなくても、もう二度と任務に出してもらえなくなるのではないか。

 それもまた、怖い。

 短い沈黙が続く中、団長はゆっくりと歩み寄り、彼女の前に立つ。


「役に立ちたいなら、まずは立ち上がれ。倒れてる兵に、戦場で意味はない」

「……っ」

「お前がどうしたいかは知らん。だが一つだけ言える。強がるだけじゃ、生き残れない。お前はわかってるはずだ」


 リシェルの胸に重く響くその言葉。だが団長はさらに続けた。


「立ち向かわないと、恐怖は克服できない」

「……」

「立ち向かわないと、あの日の真実を知ることはできない」


 リシェルの瞳が揺れる。

 団長はさらに一歩近づき、鋭い声で言い放った。


「お前がこの五年間、どう生きてきたのかは俺が一番知っている。お前なら、立ち向かえると思っている。……いや、立ち向かわないといけない。だから敢えてこの任務を与えている。そのためにここまできたんだろう?」


 その言葉は胸を突き刺し、逃げ場を奪う。


「お前がここで立ち止まろうとも、ここを乗り越えて先に進もうとも、俺はどっちでもいい。団長として粛々と進めていくだけだ。そこに慈悲を持つつもりは無い。言っただろ。"俺は"特別扱いはしないと」

「……はい」

「お前が今恐れているのは、あの黒炎か? それとも、仲間に見捨てられることか? それとも、あの日の真実を知ることか?」


 問いかけに、リシェルは即答できなかった。

 剣を握る手がかすかに震え、唇を噛む。


(……私、いったい今、何を一番恐れているの……? 黒炎の正体? 仲間に置いていかれること? それとも、あの人の言葉に傷ついている自分? あの日の真実を、知ることなの?)


 団長はただ静かに彼女を見下ろした。


「カイが、お前を任務から外してほしいと言ってきた」

「……はい」

「だが、俺は断った。その意味がわかるか」

「……」

「お前の周りには、お前のことを考えてくれている奴がいる。役に立っていないと謙遜するのも悩むのも好きにすればいい。だが、それは相手の気持ちを踏み躙ることだということを忘れるな。お前は、常に一人で動いているわけじゃない。傭兵団という、この組織に所属しているんだ。仲間がいるんだ。それをよく覚えておけ」

「……はい」

「もう一度だけ言う。"俺は"お前を特別扱いすることは無い。……後は自分で決めろ」

「……ありがとう、ございます」


 団長は、お礼を言うリシェルの頭をグリグリと撫でてから去っていく。

 ぐちゃぐちゃにされた髪の毛を整えながら、リシェルは驚きでその背を見送ることしかできなかった。

 そのまま数刻が経ち、夜が更け砦の灯りも静まり始めた頃。

 仲間たちが眠りについたのを見計らい、リシェルはそっと浴場へ向かった。

 剣を振り続けた汗と、胸に残る靄を洗い流すように。そして、頭をすっきりさせて考える余裕を持つために。


 "特別扱いはしない"


 団長の二回目の言葉が、色々な意味に聞こえた。

 期待してくれているのだろうか。心配してくれているのだろうか。それとも、これが最後のチャンス?


 (……いや、団長はそんな人じゃない)


 特別扱いしないということは、全員を平等に見てくれているということだ。リシェルが黒炎の被害者だとしても、そんなものは関係無い、と。トラウマを呼び起こして倒れたとしても、それでも平等に任務をこなしてみろ、と。

 つまり、期待も心配もしていない。ただ、目の前の任務に行かせるだけ。ここに所属するということは、そういうことなのだろう。

 周りの仲間と協力して、任務をこなす。苦しい時は助け合い、支え合い。そうして、倒れてもまた立ち上がる。目の前のことに、集中すればいい。

 あれは、団長からの不器用な最上級の激励だったのではないか。


(それって、むしろものすごい特別扱いなんじゃ……)


 そう思ったら、なんだか笑えてきそうだった。 

 後は、自分で決めるだけだ。


(隊長は、一体どう思っているんだろう)


 リシェルは、頭をクリアにするためにお湯の中に顔を潜らせた。

 空気が鼻から抜け、段々と苦しくなってくる。そんな中で、自分がどうしたいのか考えた。

 もっと、頼ってもいいのだろうか。

 もっと、甘えてもいいのだろうか。

 ……考えても、わからない。





 一方その頃、カイは修練場をのぞきに行っていた。


「……また一人で剣でも振ってんじゃねぇだろうな」


 だが、そこに彼女の姿はなく。


「どこ行った……?」


 辺りを見回して歩いていると、浴場の方から湯気が立ちのぼっているのに気づく。


(こんな時間に……誰だ? 寝ろって言ってんのに)


 半ば呆れながら近づいたカイは、そこで見た中の光景に息を呑んだ。

 扉の隙間から見えたのは、湯に浸かる人の姿。

 湯の中から飛び出して髪をかきあげる姿に、目を奪われた。

 濡れた金の髪、肩をすべる水滴。呼吸するたびに揺れる胸元。

 その顔は、見間違えるはずもなかった。


(あれは……リシュ……? だけど、どういうことだ……?)


 カイが見た姿は、男ではなかった。

 湯から立ち上がった姿は、曲線を描く女特有の身体つき。


 (お、んな……? リシュが? 女?)


 頭が真っ白になり、声をかけることもできずに背を向け、入口で立ち尽くす。

 やがてリシェルが服を身にまとい、扉を開けて出てきた。


「う、わっ……びっくりした……! 隊長? そんなとこで何を?」


 目の前に立つカイに驚き、思わず身をすくめる。


「……あ、いや……なんでもない。……お前も早く寝ろ」


 目を合わせきれず、カイは言葉を切った。


「は、はい……?」


 首をかしげるリシェルを置き去りに、カイはその場を離れる。

 心臓がこれでもかというほどに速く脈打っていた。



 夜が明けると、傭兵団の拠点には冷たい風が吹き込んでいた。

 訓練場の片隅で、カイは既に剣を手にしていた。その背にリシェルは足を止め、じっと見つめた。

 ――一晩、考え抜いた。

 恐怖から逃げることもできた。でも、あの問いかけが心から離れなかった。

 リシェルは一歩踏み出し、声をかけた。


「……あの、隊長」


 振り返ったカイの視線は、いつもよりも鋭く感じられる。だが、彼女は瞳を逸らさずに続けた。


「昨日のお言葉の返事をしに来ました」

「……」


 短く黙って彼女を見据えるカイ。

 リシェルは拳を握り締め、かすかに震える声で告げた。


「行きます。恐くても……俺は逃げません」


 カイの目が僅かに細められる。


「……理由は?」


 喉が詰まりそうになりながらも、リシェルは必死に言葉を紡いだ。


「俺も、立ち向かわないといけないからです。逃げてばかりじゃ何も変わらない。だから……行きます」


 彼女の言葉に、カイはしばし沈黙した。

 やがて小さく息を吐き、背を向ける。


「……そうか」

「でも、俺一人じゃ無理なんです!」

「……どういう意味だ?」


 振り返るカイの視線は、動揺していた。


「隊長。俺、黒炎が怖いです。でも、その恐怖を克服したい。……迷惑ばかりかけてしまうと思います。だから、……その。厚かましいことは承知の上なのですが」


 そこまで言って、一つ息を吐く。


「しんどい時、……隊長に頼ってもいいですか」


 それが、リシェルの答えだった。


「……」


 カイはうっすらと目を見開き、そしてほんの少しだけ泳がせてまた背を向けた。


「……そんなの、いつものことだろ。今更だ」 


 それだけを残し、歩き出す。

 だがその背は、どこか安堵しているように見えた。


「はい。ありがとうございます」


 リシェルもまた、一つ棘が抜けたような穏やかな表情をしていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...