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荷の重さ
しおりを挟む拠点に戻ると、団員たちは疲れた足取りでそれぞれの持ち場へ散っていった。
武具を降ろす音や水をあおる音が、張り詰めていた緊張を少しずつ和らげていく。
だがリシェルの胸の心は落ち着かなかった。
あの黒炎の正体は何なのか。一瞬の光はなんだったのか。
思考が巡るほど、答えのない問いに心が押し潰されそうになる。
そんな中、団長が低い声で呼びかけた。
「リシュ」
振り返った彼女に、団長は鋭い視線を向ける。
「……俺は、お前を特別扱いするつもりはないからな」
それだけ告げて、背を向けて去っていく。
リシェルはその場に立ち尽くし、震える唇から小さく声をもらした。
「……わかってます」
けれど、その声が団長に届くことはなかった。
そのまま、扉が閉じて静寂が残る。
(特別扱いはしない、か)
それはリシェルにとってはありがたいことだ。
リシェルの過去を知っている人はごく僅か。それをこの五年間、誰にも言わずにいてくれたことだけでも感謝している。
そして特別扱いしないということは、どれだけリシェルが苦しくても申し出がない限り、リシェルをこの任務から外すことはないということだ。
それが今の彼女にとって、どれだけ力になるか。
ただ、それと同時にプレッシャーも相当のもので。
彼女は拳を握りしめ、胸の奥に重たい痛みを抱え込んだ。
団長が執務室の机に地図を広げたところへ、扉が荒々しく開いた。
「団長」
足早に入ってきたのはカイだった。
彼はためらうことなく近づき、低い声で切り出す。
「リシュをこのまま連れていくつもりですか!」
「何が言いたい?」
「このままあいつを連れて行くのは危険すぎます」
「……その理由は」
団長は机に視線を落としたまま問う。
「……まだ憶測ではありますが、黒炎とあいつは何か関わりがあると思うんです。昨日も今日も……あいつだけ狙われ方が異常でした。それに――」
カイは唇を噛み、声を強めた。
「黒炎の情報に触れるたびに精神的にもおかしくなっています。無理に強がっているが、あのまま戦場に立てば必ず潰れます。今度こそ死んでしまうかもしれない」
「……」
「それが嫌なんです。だから、連れていくのは反対です」
団長はようやく顔を上げ、静かに言い放った。
「……仮にそうだとしても、俺は特別扱いはしない」
「っ……! 団長!」
「行くか行かないか。やれるかやれないか。――決めるのはあいつ自身だ。そうだろ?」
カイは奥歯を噛みしめ、言葉を失った。
守るために行かせないのか、乗り越えるために行かせるしかないのか。
守ろうとする想いと、戦わせるしかない現実。
二つの想いがぶつかり合い、重苦しい沈黙が部屋を満たしていった。
団長とカイが執務室に消えてから、しばらくの時間が過ぎた。
リシェルは剣を磨くふりをしながらも、落ち着かない気持ちを抑えきれずにいた。
やがて扉が開き、カイが戻ってくる。
彼は広間にいるリシェルを一瞥するが、言葉をかけることもなく歩み去ろうとする。
リシェルは思わず立ち上がり、後を追った。
「……隊長! 待ってください!」
振り返ったカイに、胸の奥から絞り出すように言う。
「あの。ありがとうございました。……何度も助けていただいて」
短く息を吐いたカイは、わずかに表情を緩める。
「隊長として、当たり前のことをしたまでだ」
「……ありがとうございます」
リシェルは深く頭を下げた。
その仕草を見つめるカイの瞳が、ふと揺れる。
「……この任務、お前には荷が重すぎるんじゃないか」
「……え?」
戸惑うリシェルに、彼は真っ直ぐな声を投げた。
「抜けるなら今だ。どうする」
「……抜ける?」
「あの黒炎は得体の知れない相手だ。俺も初めて見る。正直、戦い方もわからない。それに……お前の様子もおかしい。俺としては、連れていきたくない」
その言葉は、不器用な心配の表れだった。
「今、団長にそれを進言してきたところだ」
だがリシェルには、ただ"役立たずだと思われている"ようにしか聞こえなかった。
「それで、団長は何と」
「何も。決めるのはお前自身だと」
「……」
「俺は反対だ。落ち着くまでは任務を外れた方がいいと思う。だが、団長の言葉も尤もだ。俺が決めることじゃない」
胸の奥に冷たいものが広がる。
――当たり前だ。自分は足を引っ張ってばかりだ。
そう思う一方で、どうしようもなく心が痛む。
何も言葉を返せないでいると、カイは淡々と告げた。
「……だから、どうするか一日考えろ。明日また返事を聞く」
それだけ残し、彼は背を向けて去っていった。
重たい沈黙が残り、息苦しい。
――やっぱり、自分は役に立たないんだろうか。
戦う力も足りない。心だって折れそうになってばかり。過呼吸を起こして運ばれて、いざもう一度対峙しても足がすくんで動けなくなる。迷惑をかけてばかりなのは、自分が一番よくわかっている。
それでも、ここで逃げたら。自分が生き残った意味は……?
答えの見えない思考に駆られ、リシェルは立ち上がった。
剣を手に取り、広間を出る。
向かうのは修練場。
せめて考える間だけでも、身体を動かさなければ。
そうしなければ、心が潰れてしまいそうだった。
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