"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。

青花美来

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第二章

引き金(2)

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「お兄ちゃん、おかえり」

「……ただいま」

「何買ってきたの?」

「コーラ」

「えー、ずるい。私も飲みたい」

「それはちゃんと立花さんの許可取ってからにしろ」

「はーい」


飲み物を買って戻ってきた龍之介くんは、いつも通り美優ちゃんに呆れた視線を送っている。

私の方をちらりと見るから、目が合う。

口パクで、"美優には黙っとけ"と言っていた。

それに頷いて三人で談笑しているうちに昼食の時間になり。

運ばれてきたご飯を美優ちゃんと一緒に食べる。龍之介くんはコンビニで飲み物のついでに買ってきたらしいパンを食べていた。


「奈々美ちゃん、検査の時間だよ」

「はーい。じゃあ二人とも、行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

「行ってら」


二人に手を振ってから、立花さんと共に検査に向かう。

今回もいろいろな検査をしたものの、どうやら倒れてしまったことのはっきりとした理由や原因はわからないそう。

特にどこにも異常は見られないのだと言う。


「もしかしたら、何かその時に記憶に繋がるものがあったのかもしれないね」

「記憶に、繋がるもの」

「そう。思い出すための、引き金のようなもの」

「引き金……」


あの時のことを、もう一度思い出してみた。

天気の良い中庭。花壇があって、綺麗な花が咲いていて。

景色を見たくて、フェンスに近寄って。


「……そうだ、風が吹いたんだ」

「風?」

「はい。あの時、急に強い風が吹いて」


それから自分がおかしくなった。


「引き金は、風……?」

「その可能性は、無いとは言い切れないね」


東海林先生の言葉に、一つ頷く。


「でも。だからと言って頻繁に中庭に通うのは禁止」

「え、なんでですか?」


せっかく記憶に繋がるかもしれないのに。次は、何かを思い出すかもしれないのに。

そんな不満が顔に出ていたのだろうか。

「桐ヶ谷さん、よく聞いてね」と、東海林先生は私の左手をぎゅっと掴んで、幼い子どもに語りかけるように視線を合わせた。


「桐ヶ谷さんの記憶喪失は解離性健忘で、外傷からくるものではなくて心因的なものだって言ったよね?」

「……はい」

「つまり、もしかしたら桐ヶ谷さん自身が、何も思い出したくなくて記憶に蓋をしてしまった可能性もあるんだ」

「……」

「自分のことを知りたい気持ちはわかる。でも、それは決して急ぐようなことじゃない。もしかしたら、無理に思い出そうとすることによって脳に余計な負担をかけてしまうかもしれないんだ」


私を諭すように、優しく語りかけてくれる。

私は不本意ながらも、そっと頷く。


「もし、忘れてしまった記憶の中に桐ヶ谷さん自身を苦しめるものがあったとしたら。それを思い出した時に、もしかしたら桐ヶ谷さんが受け止め切れないかもしれない。精神的に耐えられないかもしれない」

「……」

「無理に思い出そうとしてまた倒れてしまったら元も子もない。そうならないように、ゆっくり、焦らずにいくんだ。まだ君は高校生だ。まだこれから先長い人生の半分も生きてない。だからこそ、急がなくていい。時間をかけるべきだ。焦る必要なんてないんだよ」


私を思っての言葉だということは理解できた。立花さんも私の肩をさすりながら頷いてくれる。

でも。


「それでも、……そうだとしても私は。……自分自身のことを早く思い出したい、です」


そう思ってしまう。


「自分のことを何も知らないままは、怖いです」


自分が誰かわからないなんて。そんな怖いことがあるだろうか。


名前も、歳も、誕生日も、家族も。


東海林先生や立花さんに比べたら、確かにまだほんの少ししか生きていない。それでも、私がどうやって生まれて、どうやって育ってきて、どうやって生きてきたのか。そしてどんな事故に遭ってこんな怪我をしてしまったのか。

私は、どうしても知りたい。たとえそれが、自分が忘れてしまいたくて蓋をしてしまったことだったとしても。

自分自身が耐えきれない可能性があるとしても。

このまま自分のことを何も知らないで生きていく方が怖いと思うから。

真っ直ぐに東海林先生を見つめる。

最初は同じように見つめ返されていたけれど、次第にやれやれ、と言うような表情に変わった。

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