最後の想い出を、君と。

青花美来

文字の大きさ
8 / 10

約束

しおりを挟む

入院してから、早いもので三ヶ月が経過していた。


「沙苗、晶くんが来てくれたわよ」

「沙苗、来たぞ」


晶は相変わらず毎日のように来てくれるけれど、そんな晶の声に返事をする体力は無い。


「晶くん、毎日ありがとう」

「いえ、他にできることないですし。おばさんもしっかり休んでください」

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、ちょっと今コンビニ行ってくるわね」


晶が来るとお母さんは適当な理由をつけて席を外す。

多分、気を遣ってくれているのだろう。気にしなくていいのに。

今の私は毎日が酷く眠くて、全身がだるくて、何もしたくない。

デッサンをするどころか、もう起き上がることもできなくなってしまった。


「沙苗?起きてるか?」


私の顔を覗き込むように見てくる晶に薄目を開いて頷くと、晶は


「なんだよ、また来たから暇なやつだとでも思ってんだろ」


とにやりと笑う。

晶の涙を見たのは私の病気がバレた日だけで、それ以降は晶は必ず私に笑顔を見せてくれる。

寝たきりで食べられなくなってひどい状態の私を見ても、引くわけでもなく眉を顰めるわけでもなく、ただ優しく笑ってくれる。

今までと変わらずに接してくれるその姿勢が、私にとってどれだけ嬉しいことか。

晶はここに来て何をするでもなく、ただ私に語りかけるように昔話をしてくれる。


「覚えてるか?中学のころ、お前が禍々しい絵を描いてて、俺が見ちゃった日のこと」


……覚えてるよ。


「最初誰かのこと呪ってんのかと思ったくらいビビったけど、あの時お前が泣きながら描いてるの見て、違うってわかった」


泣いてたっけ。それは覚えてないや。


「俺、確かあの時、お前の絵が好きだって話しただろ」


うん。その言葉が、スランプだった私の心にスッと沁みてくれたんだよ。

その言葉があったから、ここまで絵を続けてこれた。


「俺は絵の知識なんて無いけど、お前が描く絵はいつも丁寧で、繊細で、妥協って言葉を知らない感じで。自分の描く絵に正面から向き合ってるのがなんとなくわかるんだ。お前の真面目な性格が出てるって言うか……なんか上手く言葉にできないけど、好きなんだよな。何か訴えかけてくるものがあるんだよ。あのスランプ時期の禍々しいやつも、誰にも言えないようなお前の感情がそのまま出てるんだろうなあと思って。今思うと俺、あの絵も結構好きだったよ」


……そんなこと、言われると思ってなかった。

嬉しいこと言わないでよ。泣けてくるじゃん。

ていうか、結構好きだったんなら"禍々しいやつ"だなんて何度も言わないでよ。なんて。それは冗談だけど。


「なぁ、沙苗」


ん?なに?


「……俺、もう一度頑張ってみようと思うんだ。サッカー」


その言葉に、私は感情のままに目を強く開く。

すると晶はそれを見て面白そうに笑った。


「ははっ、驚いたか?……俺、沙苗を見てて今のままじゃダメだと思ったんだ。俺レベルじゃプロじゃ通用しないなんて、やってみないとわかんないよな。だからもう一回、プロ目指して頑張ってみようと思ってる。――応援してくれるか?」


こくり。

一度大きく頷くと、晶は幸せそうに笑ってくれた。


「さんきゅ。お前に応援してもらえたら、俺なんでもできそうな気がする」


買い被りすぎだよ。そう言えたらいいのに。


「あ……い、あ……」


声を出そうにも空気みたいなか細いものしか出なくて、あきらと言いたいのに上手く言えなくて。
それでも、晶は


「うん、呼んだか?」


私の言葉を掬い上げてくれる。

また、あの大舞台で晶が戦う日が来るかもしれない。

あのかっこいい晶がプロとしてテレビに映る日が来るかもしれない。

そう思ったら、頑張れ、と一言伝えたくて。

口を開き、ゆっくりと"がんばれ"と動かしてみる。

すると、晶は驚いたように目を見開き、涙を溜めながら


「あぁ。どうなるかはわからないけど、精一杯頑張るよ。約束する」


そう言ってくれた。


「……沙苗。あのさ」


続けるように口を開いた晶だったけれど、その先をなかなか言わない。

不思議に思い見つめると、晶は私を見てへらりと笑ったかと思うと


「プロになったら、お前に言いたいことがあるんだ」


と、どこか覚悟を決めたかのように深呼吸をした。


「だから、俺がプロになるところ、しっかり見届けてくれよ」


その言葉に、私はうまく頷くことができなかった。

それは無理だとわかっていたからだ。晶も今の私の姿を見ればわかっているはずなのに、この男はとことん私を生かしたいらしい。

私はもういつ死んでもおかしくないくらいに弱っていた。

正直、毎日のように夢の中であの光に包み込まれそうになる。

その度に晶の声が、私の身体を掬い上げてくれていた。

でも、さすがにもう無理だよ。

私は最近知ったんだ。あの光は、怖いものじゃないって。

確かにもう戻ってこられなくなってしまうだろうけど、でもそこは温かい気がする。
だから、もう怖くないんだ。

でも、どうしよう。

心残りが増えてしまった。

晶がもう一度大舞台に立つ姿を、この目で見てみたい。そう思ってしまう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

ハッピークリスマス !  

設楽理沙
ライト文芸
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

偽りのの誓い

柴田はつみ
恋愛
会社社長の御曹司である高見沢翔は、女性に言い寄られるのが面倒で仕方なく、幼馴染の令嬢三島カレンに一年間の偽装結婚を依頼する 人前で完璧な夫婦を演じるよう翔にうるさく言われ、騒がしい日々が始まる

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

【完結済】春を迎えに~番という絆に導かれて~

廻野 久彩
恋愛
辺境の村から王都の星環教会へやってきた研修生アナベル・ウィンダーミア。 門で出会った王族直属騎士団副団長ルシアン・ヴァルセインと握手を交わした瞬間、二人の手首に金色の光が浮かび上がる。 それは"番"——神が定めた魂の半身の証。 物語の中でしか聞いたことのない奇跡的な出会いに胸を躍らせるアナベルだったが、ルシアンの口から告げられたのは冷酷な現実だった。 「俺には……すでに婚約者がいる」 その婚約者こそ、名門ルヴェリエ家の令嬢セレナ。国境の緊張が高まる中、彼女との政略結婚は王国の命運を左右する重要な政治的意味を持っていた。 番の衝動に身を焼かれながらも、決して越えてはならない一線を守ろうとするルシアン。 想い人を諦めきれずにいながら、彼の立場を理解しようと努めるアナベル。 そして、すべてを知りながらも優雅に微笑み続けるセレナ。 三人の心は複雑に絡み合い、それぞれが異なる痛みを抱えながら日々を過ごしていく。 政略と恋情、義務と本心、誠実さと衝動—— 揺れ動く想いの果てに、それぞれが下す選択とは。 番という絆に翻弄されながらも、最後に自分自身の意志で道を選び取る三人の物語。 愛とは選ぶこと。 幸せとは、選んだ道を自分の足で歩くこと。 番の絆を軸に描かれる、大人のファンタジーロマンス。 全20話完結。 **【キーワード】** 番・運命の相手・政略結婚・三角関係・騎士・王都・ファンタジー・恋愛・完結済み・ハッピーエンド

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

処理中です...