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晶side
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「……沙苗、来たぞ」
温かな風が頬を撫でる季節、俺は墓前でそっと手を合わせていた。
あれから一年。俺はまだ前に進むことができておらず、プロになると沙苗に宣言までしたくせに燻っている。
「はは……これじゃお前に顔向けできねぇと思ったんだけどさ……一応、命日だし」
持ってきた花を置き、ふぅ、と息を吐く。
あれ以来心には大きな穴が空いてしまった。
高校の卒業式からの一ヶ月間。あの期間に、俺には一体何ができたのだろうと自問自答する日々を過ごしてきた。
何かできたんじゃないか。そう思う自分と、結局何もできなかったんじゃないかと思う自分。
沙苗が死なずにすむ道は確かにあったはずなのに、命を削ってでも俺の絵を描きたいと言った沙苗の気持ちを知りたくて、考える日々だった。
だけど当然のことながら答えなど出るはずもなく、ただ毎日を過ごすことで精一杯。
こんな俺を見たら、お前は笑うか?バーカって、いつものお返しみたいに笑うんだろうか。
懐かしい声を思い出していると、ふと後ろに人の気配を感じて立ち上がった。
「……あ、おばさん。おじさん。ご無沙汰してます……」
「晶くん、久しぶりね。きてくれたの。ありがとう」
そこには沙苗の両親がいて、泣き腫らしたであろう真っ赤になった目を隠すことなく不器用に笑った。
横に移動すると、二人は「ありがとう」と微笑んでお参りをする。
俺はそんな姿を見ながら、溢れ出そうになる涙を必死に堪えていた。
「……晶くん」
「……はい」
「ちょっと今から時間あるかしら」
「時間、ですか?」
「えぇ。実はね、ようやく絵が完成したの」
「絵が……!?本当ですか!?」
それは、あの一ヶ月の間に描いてくれた、俺の絵だ。
沙苗の最後の作品。完全に乾くまで待っていてと言われていた、あの作品。
それが出来上がったと聞き、俺は前のめりで二人についていくことにした。
「時間がかかっちゃってごめんなさいね。なにせ、私たちには絵の知識がないもんだから、乾いたのかどうかもちゃんとわからなくて。高校の美術の先生にきてもらって、最後の仕上げまでしてもらったの」
「そうだったんですか……」
「えぇ。母親の私が言うのもアレだけどね、すごくいい作品ができたと思う。だから、約束通り晶くんに受け取って欲しくて」
久しぶりに入る沙苗の自宅。その二階にある、沙苗の部屋。
「沙苗の部屋にあるから、見てきてくれる?」
そう言われて、部屋の中央に置いてあるキャンバスにかかっている布をそっと捲る。
「う、わ……すっ……げぇ……」
そこには、見たこともない俺の姿があった。
窓の外を向いて、足を組んで偉そうに座っている俺の絵。窓からは陽が差し込んでおり、一言で言えば"綺麗"や"儚い"と言う言葉が似合いそうな絵だった。
それは正しく、あの一ヶ月間の俺のはずなのに。これは本当に俺の絵なのか?とわかりきったことを聞きたくなってしまう。
圧倒されるほどに大胆で、でもやはり繊細で丁寧なのがわかる。
その絵からは痛いくらいの沙苗の想いを感じる。
それを見て、俺は無言で涙をこぼした。
――好きなんだよっ!戻ってこい!沙苗!
ちょうど一年前、病室で沙苗の心臓が止まった時、気がつけばそう叫んでいた。
無駄だとわかっていながらも、叫ばずにはいられなかった。
だけど、次の瞬間聞こえた気がしたんだ。
――晶、大好きだよ。
そんな沙苗の声が。
その言葉と共に、沙苗は帰らぬ人となった。
俺が沙苗の病気を知ってから数ヶ月後の出来事であり、余命の通りだった。
あの声は俺の幻聴かもしれない。多分そうだ。都合の良い幻だったのだ。
そう、自分を納得させていた。そうしないと、後悔に押しつぶされてしまいそうだったから。
プロになったら言いたいことがある。そんな風にかっこつけて逃げた自分自身を恨んでしまいそうで。
……だから、この絵を見て俺は涙が止まらなかった。
もっと早く、自分の気持ちを言えばよかった。
もっと素直になればよかった。
そうしたら、また別の未来が待っていたかもしれないのに。
だけど、この絵を見れて嬉しいと思ってしまう俺もいて。
もう、わけがわからなかった。
「……すごいわよね、この絵」
「……おばさん」
「沙苗がこんなに力強い絵を描くなんて、私知らなかった」
俺の隣に並んだおばさんは、絵を見ながら切なげに微笑む。
そして、
「晶くん。実はこの絵の他に、もう一つ渡しておきたいものがあるの」
と言って、俺に一冊のスケッチブックを手渡してくれた。
「これは……」
「病室で、沙苗がデッサンしてたものよ」
そうだ、何度か見たことがある。
中身を見せてと頼んだら絶対に嫌だと言われてしまったけれど、楽しそうに描いていたように見えた。
「でも、沙苗は見ちゃダメだって……」
「うん。……ただ、中身を見て思ったの。これはきっと、晶くんが持ってたほうがいいんじゃないかって」
「え?」
「沙苗の想いが、全部ここに詰まってる。この絵を見ても思うわ。多分照れくさいだけで、本当は晶くんに見てもらいたいって心のどこかでは沙苗も思ってたはず。だから、これは晶くんに持っててほしいの」
「……ありがとうございます」
俺はスケッチブックを受け取り、沙苗が書いた俺の絵と一緒に自宅に戻った。
自室のベッドの上で、絵を眺めながらスケッチブックを開こうとしたりやっぱりやめたりを繰り返す。
本当に俺が見ていいのだろうか。沙苗は怒らないだろうか。
数十分悩んで、ようやくその表紙をめくった。
一枚目は、俺がお見舞いに持っていったものであろう、りんごの絵だった。
二枚目は点滴の絵、三枚目は窓の外からの景色。
そして四枚目を見て、俺は一瞬動きを止める。
五枚目、六枚目。ゆっくりページをめくっていた手が、いつの間にかパラパラと急ぐように変わっていた。
「これも……これも……もしかしてこれ全部……?」
四枚目以降は、全て俺の絵だった。
角度的に、お見舞いに行って椅子に座っている時の俺だろう。
顔を覚えておいて描いてくれたのだろうか。
全部同じ角度なのに、表情がそれぞれ少しずつ違う。
"毎日来る暇人"
"サッカー馬鹿"
"りんごよりいちご食べたい"
そんなコメントまでついていて、最初は俺をディスるようなものばかりだったのに次第に
"いつも来てくれる"
"ありがたいと思う"
と少しずつ変わっていって。
左手で絵を描くだけでなく、文字まで書くのは大変だっただろう。上手くいかずに泣いた日もあったかもしれない。
そう思うと鼻の奥が痛くなる。そして。
一番最後のページで、ついに俺は震えと涙が止まらなくなってしまった。
「んだよ……バッカじゃねぇの……」
そこには、俺がサッカーをしている絵と共に
"悔しいけど、サッカーしてるところが一番かっこいい"
と書いてあった。
その下に、本当に小さい字で
"好き、なんて言ったら晶を縛りつけちゃうよね"
"幸せになってほしい"
"私のことは忘れてほしいけど、あの一ヶ月のことは覚えていてほしい"
"勝手にキスしたことは許してあげるから"
"今更死にたくないなんて、みんなに怒られちゃうよね"
そんな、沙苗の秘められた想いが書かれていた。
「言えよ……言ってくれよ……わっかんねぇよ……。つーか、あんなのキスに入んねーだろ。もっと、ちゃんと俺はお前と……」
幻聴だと思っていたあの言葉は、本当だった。
本当に、沙苗の声が聞こえていたのだ。
それがどうしてかなんて、もうどうでもいい。
俺も、前に進まないといけない。
「……プロになったら、約束通り伝えに行かなきゃ、な」
あれが最後の沙苗の言葉だったのだとすれば、俺のすることは一つだけだ。
「こんなに好きなんだ。忘れられるわけねーだろバーカ」
今度はゆっくり、心をこめて。
窓から雲ひとつない青空を見上げた。
──end.
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