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魔王城編

2.マイペースに魔王城探索

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 金持ちの大豪邸のような空間に似つかわしくない、人外の化け物たち。さしずめ魔物とでも言うのだろうか。
 だがこれで確信がついた。
 ――ここは魔王城だ。
 前言撤回、まだ魔王がいるとは決まってない。だからまだ判断は早い。
 さしずめ魔物たちの住処とでもしておこう。
「ジェイル様、おかえりなさいませ!」
 一階から上の階、そのまた上の階の魔物たちが声を揃えて彼の帰還を歓迎している。
 思わず、隣にいた僕も気圧されるほどだった。
「皆の者、ご苦労」
 その喉から、聴いていて落ち着く音域の低音ボイスが響く。
 なんだよこいつ、結構位が高い魔物だったのか?
 勝手に中ボスとか決めつけていた僕がおこがましいくらいだ。
 ジェイルが城の中を歩いて進んでいくのを見送って、僕は一旦壁に寄りかかった。
「(さて、どうするか……)」
 入ってみたはいいものの、特に何をしたいということもない。
 でもまあ、この光景は数ヶ月くらい見ていても飽きないかもしれない。
「(いや、その前に隠れる場所を確保しておくか)」
 〈隠密ステルス〉の発動可能時間はあと二時間半。もし城の中でその効力が消えたりしたら当然死ぬ。
 こういうときこそ、優先事項は見落としてはいけない。あと個人的に護身用の武器がほしいところだ。
 そうと決まったら、ちょっと散策しようじゃないか。
 僕はまず、正面の大きな階段を登って二階へと上がった。
 途中、角とコウモリのような羽根の生えた女性や、二足歩行で歩く礼服姿のトカゲ(ドラゴン?)、猫の耳をした幼女とすれ違った。
 ものすごく多種多様な種族の住むやしきらしい。その様はまるでモン●ターズイ●クのようだ。いや、どっちかと言えばモンスターホ●ルか?
 どっちみち伏せ字が多くなるのは良くない。  
 対峙したら怖そうなのもいれば、拍子抜けするくらい可愛らしいのもいる。
 現実世界でもこれくらい個性の認められる社会だったら面白いし、くだらない差別なんかもなくなりそうだ。
 二階には、図書館らしきスペースが大々的にとられていた。といっても本を読んでいるのは皆魔物だけど。
 物騒な姿の魔物たちが静かに本を読んでいる様子を見ていると、シュールで笑けてくる。
 これだけの本が揃っていることを鑑みると、この世界での紙の価値はそれほど高くないのかもしれない。
「(魔導書、剣術の書、槍術の書……)」
 まあ内容は彼ららしく物騒だ。
 なかには小説っぽいものもあったけど、当然じっくり読む気にはなれない。
 でもこの世界を理解するためにも、ちょっとの知識は必要だろう。
「(歴史書と⋯⋯地図でいいか)」
 とりあえず地図あるのは最強。
 バレなきゃ犯罪じゃない精神で、溢れ出す良心を押し殺した上でそれらをこっそり拝借した。
 図書館を出てふと思った。
 「(この〈隠密ステルス〉とか言う能力、一体どこまでステルスできるんだろう?)」
 そう思った僕は、突拍子もなく廊下で足を踏み鳴らしてみた。気づいた素振りを見せる魔物はいない。
 やたらデカい耳してる奴すら、まったく聞こえていない。なんのための耳だよ。
 一応声の方も試してみたけど、露骨に無視されてる感じがして悲しかった。
 ⋯⋯まあ、死ぬよりはマシだ。
「(それより、とりあえず寝床を探さないと⋯⋯)」
 僕はとりあえず、空いてそうな部屋を探しに出た。空き部屋が何部屋かあったので、そこに身を隠すことにした。
「はあ……」
 ようやくちょっと息がつける。
 改めて思ったが、これはやっぱり異世界転生――ではなく、異世界召喚だろう。
 赤子からやり直せないのは残念だが、この世界を探検するのは、珍しく興味が沸く。
「(そういえば⋯⋯僕のステータスよく見てなかったな)」
 レベル1だってことは覚えてる。
 けどそれ以外の情報は……
「(名前――ケイ……京太郎けいたろうからとったのか?)」
 勝手に決められてるのはちょっと納得いかない。
 あと安直すぎる。
「(職業――)暗殺者?」
 いやまてふざけんな。
 勝手に決められた挙句職業が殺し屋っておかしいだろ!
 でもまあ、そのおかげでステルスっている(?)わけだから文句は言えないな。
 それでも、僕はこの世界で人殺ししかできないってことなのか?
「暗殺者って言っても……僕今無防備だしな……」
 やたらボロめのシャツとスボン、そしてブーツという初期アバターのようなザコ装備。
 こんな僕が本当に暗殺者なのだろうか?
「でもそしたら、余計武器があった方がよくないか⋯⋯?」
 暗殺者ということには納得できていないけど、とりあえずそれっぽい格好でいた方が良さそうだ。
「魔王城だし、武器ぐらいそこら辺にあるよな⋯⋯」
 もう武器なら鈍器でも刃物でもなんだっていい。

 僕は適当にまた魔王城内を散歩することにした。
 長い廊下を歩いていると、一際大きな窓のある通路に出た。中庭のようなスペースがよく見渡せる感じだ。
「(ん?あれ、人か⋯⋯?)」
 大きな馬車が何台か停車して、そこからぞろぞろと人が降りてくるのが見える。
 そのいずれも、手を後ろで拘束されている。
「(奴隷……?)」
 その扱われ方から連想したのは、歴史の教科書で見た奴隷そのものだった。
 それらは途中で振り分けられ、幾人かの女性らしき人々は魔物の兵に連行されていく。
 ――そうだ、ここは魔王城で、彼らは魔物だ。
 危機感が薄れていたのかもしれない。
 魔物の彼らには、当然そういう側面もある。

 いまさらだけど、僕はとてつもなく危険な状況に身を置いているようだ。
 
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