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第36話
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「マリーって女、のこのこ出てくるかな?
ローラ宛の手紙なんて普通は罠だと用心して、出てこないだろ?」
イアンのその問いに、ジャーヴィスは自信たっぷりに答えた。
「来るさ、絶対に。
レディマッカートニーが教えてくれただろう?
マリー・ギルモアは、深く考えられない女だ。
今、あの女はローラじゃないとばれるのを恐れていて、少しでもそんな証拠があれば、握り潰したい。
エリンがウィラードから何を預かっていたのか、自分で確かめずには居られない。
あの女が初対面の俺達に、マリーかローラか、どちらを名乗るのか、今夜の酒を賭けようか?」
「無事に祝杯をあげられるなら、俺が支払ってもいい」
その言葉の通り、先に選ばせて貰ったが、敢えてイアンは負けに賭けた。
今日はミルドレッドが居ないので、ジャーヴィスに対するイアンの言葉遣いは緩い。
レイウッドに領主夫人を連れて行くわけにはいかないと、ジャーヴィスがいつもよりも厳しい顔で告げると彼女は納得してくれた。
「絶対に、メラニーちゃんの様子を確認してください」の言葉と共に。
ジャーヴィスは、このレイウッド領内で一番人気のレストランを1日貸し切りにした。
1日中と言っても、王都のレストランとは訳が違う。
レストランのオーナーが思いきって吹っ掛けてきたであろう金額に色を付けて、絶対に内密にするように誓わせた。
働いている給仕や料理人も急遽休ませたから、お茶を飲む為だけにウィンガムから使用人を連れてきた。
そして、ここにローラ・フェルドンの名前を騙っているマリー・ギルモアを呼び出した。
彼の手元には、エリンがウィラードから預かっていた誓約書が置いてある。
誓約書の作成者は、ウィラードだった。
娘の出生証明書を添付した、正式な形式の誓約書だ。
誓約相手は実の父親だったバーナード・アダムス。
その内容は『メラニーがレイウッド伯爵アダムス家の娘だと要求しない』という誓いと。
もし自分達夫婦に何か有った時だけ、娘に援助を願う、というものだ。
これを読むと、ウィラードが中等学校を卒業して働き出してからは、アダムスから援助を受けていなかったことが分かる。
エリンが語った話からも、スチュワートとウィラードは、援助をする者、される者の関係ではなく、対等に交流していたことも判明した。
この国の契約書や誓約書の類いは、作成した方が同列に並べられた右側の署名欄にサインをする。
ジャーヴィスは、左側に記されたバーナードのサインと右側に記されたウィラードのサインを確かめた。
これは、自分が生きている限りアダムスには関わらないと、ウィラード本人が決めて、その誓いを尊重した父親からサインを貰ったと言うことだ。
足が不自由で力仕事や立ち仕事が出来なかったウィラードは、西区の自宅で職人相手の契約書や書類作成、代筆の仕事に就いていたので、内容に不備はない。
日付は、3年前のメラニーの誕生日から半年後だ。
メラニーの誕生日は、エリンから教えられ、出生証明書ででも確認出来た。
ウィラードとローラは、スチュワートから金を受け取ってはいなかったが、マリーはそれを知らなかった。
それだけでも、全てを話していないローラがマリーを信用していなかったこともわかった。
もうすぐ約束の時間だ。
ウィラードが作成した誓約書の隣には、ジャーヴィスが持参した書類や契約書がある。
邪魔者が居ないこの場で、マリー・ギルモアにサインさせようと、大急ぎで用意された重要書類だ。
テーブルの上に積み上げられたその1枚1枚を、ジャーヴィスは見落としがないか、改めて確認している。
「……それも、本気で?」
「あぁ、ミリーからスチュワートの愛人が乗り込んで来たと聞かされた時から、この女は使えると考えていた」
「訪ねて来たのが、本物のローラだったとしても?」
「……本物のローラだったら、また別の方法を考えた。
だが本物は亡くなって、偽物がのさばっている。
利用したって、良心は全く痛まないね」
ミルドレッドが夫から何も聞かされていないと知り、マリーは適当に話をでっち上げ、自分がスチュワートの愛人だと思い込ませた。
誤解をさせるよう言葉巧みに誘導し、定期的に金を引き出そうとしたのは、平民が貴族の正妻相手に詐欺行為を働いたと見なせるだろう。
その罪を突き付ければ、マリーはこちらの言うことを聞くしかない。
「ヴィスが言っていた『有利なカードをリチャードより早く手に入れる』は、マリー・ギルモアだったと言うことか。
……このことアダムス夫人は納得済み?」
「気持ちは複雑だと言っていたが……
このままでは、レナードに嫁がなくてはならないだろう?
それを避ける為なら、仕方がないと言っていた。
それよりも、ミリーが心配しているのはメラニーのことだ。
家系図から消されているウィラードの娘を、あのリチャード・アダムスがどうするかは、ちゃんと確認しないといけない」
また、リチャード・アダムスの名前が出たなと、イアンは思った。
これまで特に重要人物だと思えなかったから、調べたこともない男だ。
前レイウッド伯爵であるバーナードの弟で、スチュワートの叔父。
アダムス家の男性陣が比較的若死にしている中で、ひとり長生きし続けている男。
「リチャードって、どんな奴?」
「御家第一主義で、ミリーとレナードの再婚をお膳立てした奴。
御家の為なら、黒い物でも赤い物でも、白いと言い張り、周囲にそれを強要する奴」
そんな男が一族を仕切っているのなら、メラニーは……どうなる?
リチャードの為人を知るミルドレッドの心配が、手に取るように分かるイアンだ。
ミルドレッドとは、全く血が繋がっていないのに。
両親に代わって保護をしてくれるはずだった祖父や叔父を失ってしまった、幼いメラニーのこれからを心配して、彼女は胸を痛めていた。
ローラ宛の手紙なんて普通は罠だと用心して、出てこないだろ?」
イアンのその問いに、ジャーヴィスは自信たっぷりに答えた。
「来るさ、絶対に。
レディマッカートニーが教えてくれただろう?
マリー・ギルモアは、深く考えられない女だ。
今、あの女はローラじゃないとばれるのを恐れていて、少しでもそんな証拠があれば、握り潰したい。
エリンがウィラードから何を預かっていたのか、自分で確かめずには居られない。
あの女が初対面の俺達に、マリーかローラか、どちらを名乗るのか、今夜の酒を賭けようか?」
「無事に祝杯をあげられるなら、俺が支払ってもいい」
その言葉の通り、先に選ばせて貰ったが、敢えてイアンは負けに賭けた。
今日はミルドレッドが居ないので、ジャーヴィスに対するイアンの言葉遣いは緩い。
レイウッドに領主夫人を連れて行くわけにはいかないと、ジャーヴィスがいつもよりも厳しい顔で告げると彼女は納得してくれた。
「絶対に、メラニーちゃんの様子を確認してください」の言葉と共に。
ジャーヴィスは、このレイウッド領内で一番人気のレストランを1日貸し切りにした。
1日中と言っても、王都のレストランとは訳が違う。
レストランのオーナーが思いきって吹っ掛けてきたであろう金額に色を付けて、絶対に内密にするように誓わせた。
働いている給仕や料理人も急遽休ませたから、お茶を飲む為だけにウィンガムから使用人を連れてきた。
そして、ここにローラ・フェルドンの名前を騙っているマリー・ギルモアを呼び出した。
彼の手元には、エリンがウィラードから預かっていた誓約書が置いてある。
誓約書の作成者は、ウィラードだった。
娘の出生証明書を添付した、正式な形式の誓約書だ。
誓約相手は実の父親だったバーナード・アダムス。
その内容は『メラニーがレイウッド伯爵アダムス家の娘だと要求しない』という誓いと。
もし自分達夫婦に何か有った時だけ、娘に援助を願う、というものだ。
これを読むと、ウィラードが中等学校を卒業して働き出してからは、アダムスから援助を受けていなかったことが分かる。
エリンが語った話からも、スチュワートとウィラードは、援助をする者、される者の関係ではなく、対等に交流していたことも判明した。
この国の契約書や誓約書の類いは、作成した方が同列に並べられた右側の署名欄にサインをする。
ジャーヴィスは、左側に記されたバーナードのサインと右側に記されたウィラードのサインを確かめた。
これは、自分が生きている限りアダムスには関わらないと、ウィラード本人が決めて、その誓いを尊重した父親からサインを貰ったと言うことだ。
足が不自由で力仕事や立ち仕事が出来なかったウィラードは、西区の自宅で職人相手の契約書や書類作成、代筆の仕事に就いていたので、内容に不備はない。
日付は、3年前のメラニーの誕生日から半年後だ。
メラニーの誕生日は、エリンから教えられ、出生証明書ででも確認出来た。
ウィラードとローラは、スチュワートから金を受け取ってはいなかったが、マリーはそれを知らなかった。
それだけでも、全てを話していないローラがマリーを信用していなかったこともわかった。
もうすぐ約束の時間だ。
ウィラードが作成した誓約書の隣には、ジャーヴィスが持参した書類や契約書がある。
邪魔者が居ないこの場で、マリー・ギルモアにサインさせようと、大急ぎで用意された重要書類だ。
テーブルの上に積み上げられたその1枚1枚を、ジャーヴィスは見落としがないか、改めて確認している。
「……それも、本気で?」
「あぁ、ミリーからスチュワートの愛人が乗り込んで来たと聞かされた時から、この女は使えると考えていた」
「訪ねて来たのが、本物のローラだったとしても?」
「……本物のローラだったら、また別の方法を考えた。
だが本物は亡くなって、偽物がのさばっている。
利用したって、良心は全く痛まないね」
ミルドレッドが夫から何も聞かされていないと知り、マリーは適当に話をでっち上げ、自分がスチュワートの愛人だと思い込ませた。
誤解をさせるよう言葉巧みに誘導し、定期的に金を引き出そうとしたのは、平民が貴族の正妻相手に詐欺行為を働いたと見なせるだろう。
その罪を突き付ければ、マリーはこちらの言うことを聞くしかない。
「ヴィスが言っていた『有利なカードをリチャードより早く手に入れる』は、マリー・ギルモアだったと言うことか。
……このことアダムス夫人は納得済み?」
「気持ちは複雑だと言っていたが……
このままでは、レナードに嫁がなくてはならないだろう?
それを避ける為なら、仕方がないと言っていた。
それよりも、ミリーが心配しているのはメラニーのことだ。
家系図から消されているウィラードの娘を、あのリチャード・アダムスがどうするかは、ちゃんと確認しないといけない」
また、リチャード・アダムスの名前が出たなと、イアンは思った。
これまで特に重要人物だと思えなかったから、調べたこともない男だ。
前レイウッド伯爵であるバーナードの弟で、スチュワートの叔父。
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「リチャードって、どんな奴?」
「御家第一主義で、ミリーとレナードの再婚をお膳立てした奴。
御家の為なら、黒い物でも赤い物でも、白いと言い張り、周囲にそれを強要する奴」
そんな男が一族を仕切っているのなら、メラニーは……どうなる?
リチャードの為人を知るミルドレッドの心配が、手に取るように分かるイアンだ。
ミルドレッドとは、全く血が繋がっていないのに。
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