【完結】まだ誰も知らない恋を始めよう

Mimi

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10 現実を思い知るわたし

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 悪魔だと決めつけられて、お祓いをされてしまった話を聞いて
「事情は分かりました、じゃあ、また」とフィンを早々に追い出せなくなってしまったわたしは、夕食に誘った。


 王子様の舌は肥えているだろうけれど、彼は庶民の味方の第3カフェテリアを気に入っているみたいだし、まぁ、いいでしょう。


「あー、あの、お誘いはすごく嬉しいけど、他のご家族には何て言うつもり?」

「わたし1人だから、大丈夫」

「1人? ……でも、厨房とか使用人には何て言うの?
 君1人の食事に、2人分の用意をさせるのは……」

「だから、わたし1人なんだって。
 うちには料理長や使用人は存在してないから。
 わたしが作る簡単な夕食でもいいなら、遠慮せずに食べて帰って」


 わたしが鍵を開けて、家に入ったこと。
 帰宅したのに、誰も迎えに出なかったこと。
 部屋に入るまで、わたし以外の誰の姿も見ないこと。
 わたしにお茶も出ないこと。 
 この応接室以外からは物音ひとつしないこと。

 これらから、フィンは我が家が普通ではない、と気付いていなかったのかな。


 父はまだこの国には戻ってこないし、仕事に追われる兄は普段は王城の職員宿舎に住んでいて、めったに帰らない。 
 母は夢ばかり追って家庭を顧みない父に振り回された挙げ句に、亡くなった。

 貧しくて使用人も雇えない小さなマッカーシー家には、わたしが大学に入学し兄が出た3年前から、ほぼ1人で住んでいる。
 
 家を出たとは言え、この家の税金や光熱費、その他諸々の生活維持費は兄が支払ってくれていて、わたし本人は食費を稼ぐくらいで済んでいる。


「お父上の……居場所とかは把握……出来てる?」

 簡単にざっと我が家の状況を説明すれば、フィンが言いにくそうに父の事を尋ねてきた。
 

「そうね、フィンよりは行方不明に相応しい父だけど。
 年に何回かはわたしを思い出して、現状報告みたいな手紙とお小遣いを送ってくれるの」

「お、こづかい……」


 そこから先は何も聞かれなかった。
 年に数回の手紙と送金ぐらいでは、フィンにとっては問題案件のままなのだろう。
 まぁ、他人事なので、ほっといてくれたらいい。

 自分の家が普通じゃないのは重々承知しているが、各家庭にはそれぞれ事情があって、うちはうちで今のところは上手く回っているからだ。



 取り敢えず、これから夕食を作る。
 1人分の食材を2人で分けるのだからメインは少ないが、結構じゃがいもがあったから、それを蒸かすのと揚げるのとで2種類作れば、どうにかなるな等と段取りを考えて立ち上がれば。


 またもや、おずおずとフィンがそれを口にした。


「こんな事を先に言うのは、君の気分を害するのかもしれない。
 でも、この件が無事に解決したら。
 君が言ってくれる金額を、出来るだけそのまま支払うようにする」

 彼が何を言ったのか、直ぐには分からなくて。
 返事が出来なかったけれど、わたしを見上げるフィンの目を見て……言いたい事が分かった。


「……つまり、貴方が見えるように、わたしが協力して。
 この状態が解決すれば、報酬は思いのまま、ってこと?」

「あぁ……ごめんなさい。
 何て言えばいいか思い付かなくて、失礼な物言いになったかもだけど。
 君への御礼に相応しいのは何なのか分からなくて、お金の話をしてしまった。
 もちろん、このままの状態で、俺が誰からも見えないままでも。
 どうにかして父か祖父には理解して貰うから、君にはちゃんと御礼をさせて欲しいんだ」


 フィンはすごく済まなさそうに、恐縮しているけれど。
 わたしは別に腹を立ててない。
 彼は単に、ひとりで居るのが寂しくて。
 自分が見えるわたしに懐いてここまで付いてきた、と思ってきたけれど。
 この問題を解決するには、誰にも見えない、誰にも声が届かない自分だけではどうしようもなくて。
 代わりにわたしに窓口と言うか、そんな風に動いて貰いたかったんだ、とようやく理解して。


 あぁ、そうだろうな、とようやく……
 そうだった、と思い出した。
 フィンとは知り合いでさえ、無かったことを。


 そんなことを思いながら、わたしは彼をぼーっと見ていた。
 自分を、馬鹿かと思いながら。


 これまで何度も大学構内ですれ違ったけれど、フィンは1度もわたしを見たことなど無かったのに。
 こんな状況だったから、彼はわたしの手を握り、笑顔を向けただけ。
 彼とは住んでる世界が違う、と分かっていたはずなのに。



 お金の話を持ち出した自分を恥じるように、フィンはわたしと目を合わさない。
 しかし、庶民に王子様の気遣いは無用だ。


 だから、わたしはフィンが……いや、フィニアスがこれ以上、この話題で気を遣わないように。
 明るく言ってのける。


「そんなの、気にしなくていいのに。
 だけど、あなたみたいな大金持ちには、遠慮した方が失礼に当たるね?
 御礼と言うなら、ものすごい金額を要求しようかな」

「……俺自身が金を持ってる訳じゃないけど……
 ……うん、是非そうして」
 
 
 そうだった、わたし達は元々……

 ダニエル・マッカーシーとフィニアス・ペンデルトンは、知り合いでさえなかった。


 その事実を、改めて思い知らされたような気がした。
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