【完結】まだ誰も知らない恋を始めよう

Mimi

文字の大きさ
23 / 66

23 愚かな企みがバレたわたし

しおりを挟む
「経済学部で、エルと同じクラス?」

「いえ? 彼女は史学部の優等生で有名で、俺なんかとは全然違う……」


 経済学部ではないとばれた!


「史学部? ……俺には経済学部って言ってたよな?」


 ……兄がわたしの顔を見ていた。
 きっと今わたしの頭の中に、わたしを信用して諸々の手続きを任せてくれた兄を騙して、史学部に入学した邪な計画が浮かんでいるんだろう。
 それを見た兄の顔が歪んで見えた。


「アイリーン・シーバスか!?
 あの女に近付いて、何をするつもりだった?」



 金曜日に最終学年ではアイリーン・シーバスのゼミの一員になり、国外活動にも参加してもいい、と本人から言われた。
 彼女の教えを受けたい、そのために史学部を選んだ事を、多忙な兄には黙っていた……違う、騙していた。


 大学を卒業して直ぐに魔法庁の特務で秘かに入庁し、そこから外務省へ派遣される、引っ越しする等の兄のどたばたに紛れて、受験願書も入学書類も兄の名前で自分で記入して。 
 悪巧みが見える兄の前では、その事を極力考えないようにして、別居する悲しみをずっと装って、経済学部に入学したと騙していたわたしだった。


「……俺を手伝おうとしたのか?」

 兄からこんな厳しい表情を向けられたのは、初めてだ。
 兄の能力は、その対象人物の全ての過去が見える訳じゃない。
 対象者が兄と対峙したその時に、頭に浮かべた邪な考えと、そこにたどり着く前の因果関係が見えるのだ。


 つまり、わたしはフィニアスが大学の話をしだしたので焦って、兄を騙していたと知られたくないと考え、それが兄に見えた。
『人を騙していること』は邪悪なものだからだ。

 わたしが瞬時に頭に思い浮かべた女の姿を兄は見た。
 3年掛けて、兄が『見える能力』以外の物的な不正の証拠を入手するために部下になった、外務省事務官のドナルド・シーバス。
 その妻が、王都大史学部教授のアイリーン・シーバスだった。


「3年も掛かってるのに、疑り深くて慎重なドナルドの物的証拠が掴めない。
 そんな情けない兄貴を手伝おうとしたのか」


 兄の声は怒っていると言うより悲しげで、罪悪感に胸が潰れる。
 兄を情けないなんて思っていない。
 潜入捜査に時間が掛かるのは知っている。
 犯罪者は簡単には人を信用しないからだ。
 わたしはもっと自分本位の考えで……


「……わたしの能力を、お父さんと兄さんに認めて貰いたかった。
 だからなの、兄さんがドナルド・シーバスに付くと知って、彼を調べて、妻のアイリーンの事も知って。
 夫よりも怪しい彼女の罪を暴こうと」

「……」

 
 それはまだ、大学受験前。
 事前に対象者ドナルド・シーバスの資料を渡されていた兄が、怒りを抱えていたのを感じたわたしは、彼の妻が大学の史学部に居ると知って、彼女に近付きたくて受験先を経済学部から変更した。

 歴史は得意だったから高校の成績は良かったし、入試選抜の提出レポートもそれなりに書けて、どうにか奨学金制度試験も合格して。
 3年間成績を維持して、雑用係として気に入って貰って。
 来年度には1番人気のアイリーンのゼミ生になれるところまで来たんだ。
 ここまで来て、簡単には引き下がれない。


 無言で睨み合うわたし達に挟まれて、身の置き所が無さそうに見えたフィニアスが、
「あのさ、全く無関係の俺が口出しするのは申し訳ないけど」と言い出して。
 その気の抜けた口調に、少しピリピリした空気が緩んだ。


「史学部のシーバス教授はうちの大学じゃ、いわゆるスター教授だろ?
 彼女の罪って何?」

 
 フィニアス本人が言う通り、彼には全く無関係の話なのに、何故だろう。
 彼が持つ、刺々しさの無い独特の雰囲気からなのか。
 ここで間を取り持つように、口を挟んできたのはわざとかもしれない。
 兄も緊張を解いて、肩をすくめている。
 これは話してもいい、と言うことかも。


「研究資金が潤沢過ぎる。
 彼女の専門は歴史美術史なの。
 うちの大学は王立でしょう、いくらシーバス教授がマスコミ受けする見映えのいい女性教授であっても、彼女1人に多くの予算は割り当てない。
 なのに、彼女が長期の休みの度に現地調査等の理由を付けて国外へ出る回数は、史学部の他の教授達よりも多い。
 お金持ちのパトロンが資金提供して後援している感じでもないし、夫のドナルドは外務省職員で、そんなには稼げない。
 それで考えられるとしたら、妻が手に入れた外国の歴史的な芸術品を、夫の外交ルートを利用して持ち込み、自分達は表に出ず人を使って好事家達にオークションで競わせて、高く売りつけて……」

「俺が夫を調べてるから、自分は妻の方を、ってことか……
 魔法庁も外務省もその上も、関係者を一斉に捕縛したいから、ふたりを敢えて泳がせているんだぞ?
 どうして勝手にそんな危険な真似をする?
 アイリーンだけを捕まえても、却って他の奴等を逃がすだけだ。
 自分の能力を認めて貰いたかった、って……
 親父も俺も、お前には好きな道を自由に選んで欲しいから、魔法庁には見つからないように……」

「だから! だからなの!
 わたしはお父さんや兄さんと同じ特務に進みたいの!
 来年、アイリーンの国外調査に同行して、現地で証拠を掴んで。
 それから兄さんには話そうと決めてた。
 勝手に捕まえるなんてしない。
 ……わたしだってマッカーシーの人間だもの、ちゃんと出来る、って兄さんに証明して……」


 わたしの愚かな企みの言い訳のような主張には、その先は無かった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

怖がりの女領主は守られたい

月山 歩
恋愛
両親を急に無くして女領主になった私は、私と結婚すると領土と男爵位、財産を得られるからと、悪い男達にいつも攫われそうになり、護衛に守られながら、逃げる毎日だ。そんなある時、強い騎士と戦略を立てるのが得意な男達と出会い、本当に好きな人がわかり結婚する。 ゆるめなお話です。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

隠された第四皇女

山田ランチ
恋愛
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

【完結】婚約を解消されたら、自由と笑い声と隣国王子がついてきました

ふじの
恋愛
「君を傷つけたくはない。だから、これは“円満な婚約解消”とする。」  公爵家に居場所のないリシェルはどうにか婚約者の王太子レオナルトとの関係を築こうと心を砕いてきた。しかし義母や義妹によって、その婚約者の立場さえを奪われたリシェル。居場所をなくしたはずの彼女に手を差し伸べたのは、隣国の第二王子アレクだった。  留学先のアレクの国で自分らしさを取り戻したリシェルは、アレクへの想いを自覚し、二人の距離が縮まってきた。しかしその矢先、ユリウスやレティシアというライバルの登場や政治的思惑に振り回されてすれ違ってしまう。結ばれる未来のために、リシェルとアレクは奔走する。  ※ヒロインが危機的状況に陥りますが、ハッピーエンドです。 【完結】

処理中です...