【完結】この胸に抱えたものは

mimi

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第2話 ノイエ②

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「わかりました。
 その御方が了承したら、受けてくださるのね」

エリザベートが微笑んだ。
その微笑みを久しぶりに正面から見て、ノイエは複雑な思いだった。
俺こそ……こんな出演の条件を、エリザが受けるとは思っていなかった。


例の新入生はものすごい美少女だと、噂になっていた。
1年生の教室まで覗きに行った奴等が、騒いでいた。
輝く金髪に、深い青の瞳。
首と手足が長く、他の少女より頭ひとつ出ているのに、大柄な印象を与えない物静かで儚げな異国の少女。
誰もが意識して気軽に近付けず、遠巻きに見ていた。
だから、名前も、どこのクラスかも、知っていたのに。



エリザベートの反応が見たくて。
その少女が相手役ならと、言ったのだ。
名前も知らないけれど、連れてきてくれたら、前向きに考える。
演技の素人が何様のつもりだ。
誰かしら声をあげると思ったのに、言い分が通ってしまった……



去年の夏から頼まれていた。
エリザベートが部長を勤める中等部の演劇部の次の公演。
『ヴァンパイアの花嫁』に、主役で出てほしいと。

ちゃんとした演技などしたことはない。
幼い頃にエリザベートと、ごっこで別人になりきって遊んだだけだ。
母の侍女やメイド、大人を巻き込んで。
母の誕生日プレゼントとして、ちょっとした寸劇を披露したくらい。
幼い頃、まだエリザベートと、邪な想いもなく抱き合うことが出来た……
幼い頃の遊び。
それでも内輪の拍手でも気分は高揚した。


中等部に入学した折りにも、エリザベートから演劇部に誘われたのを固持していたのだ。
彼女とは必要以上に近付いてはいけない。
気持ちが溢れてしまうから。
言ってはいけない言葉を、いつか発してしまうかもしれない。
それを聞かされたエリザベートに嗤われるのなら、まだいい。
だが、彼女なら……聞かされて苦しむのはエリザベートだ。
だから、離れていようと思ったのに。


「このヴァンパイア役は、貴方しか居ないの」

演じることは嫌いではなかったし、まだ中等部の2年生だ。
そこまで彼の学生生活に、両親は口出しをしてきてはいなかった。
本腰を入れて夢中にならなければ、演技をするくらい……
承諾するつもりだったのに、ノイエはあの少女を条件にすると、口に出していた。


それを聞かされたエリザベートは一瞬固まった様に見え、そして微笑んだ。


「わかりました。
 その御方が了承したら、受けてくださるのね」


2日後にはエリザベートから彼女とのセッティングを用意したと聞かされた。
幸運なことに演劇部の新入生が同じクラスにいて、親しくしているらしい。


「とても、控えめな御方らしいの。
 バロウズの侯爵家のご令嬢でしょう。
 お父様は現職の財務大臣なのですって」


後輩からの情報をエリザベートが教えてくれる。
ノイエは噂の美少女に興味があるのだと、思っているのがわかる。
そう思わせておけばいい。
そう思って貰えるように……少なくともこの芝居が終わるまでは。

美少女次第では事情を話して、この国を出るまで仮初めに付き合って貰うのもいいか。
彼女が自分に好意を持っていたら、そんな真似はとてもじゃないが頼めないけれど。
彼女が自分を見て、何とも思わなかったのがわかっていたから、事情を聞いて貰えそうな気がした。

ただ、ミハン叔父上と、同じ……
『王家の赤い瞳』を気にしただけ。
だから、叔父上に会わせてあげると言ったのに。
美少女アグネスには、断られた。


「君、本当に俺自身には興味がないんだね?」

「はい。全く、少しも」


物静かで、儚げな? 言い出したのは誰だ?
歯切れのいい即答だった。
『はっきり言うね』と言えば、『トルラキア語には不慣れなので』と、すまして言う。
続けて、心に決めたひとがいるのだと言い切った。

それを聞いて、やはり彼女だと都合がいいと思い。
学院内で会うと、声をかけた。
本当に自分に興味はなく、何なら話もしたくない感じだったが、それも面白くて話しかける。


「スローン嬢、あのさ……」

「お花を摘みに行く途中ですので、急いでおりますの」 

食堂で、昼食を乗せたトレイを手にして。
それを言うか?


「奇遇だね、何の本を借りるの?」

「これからお花を摘みに行くので、お話は出来かねます」

珍しく図書室で、貸し出しの行列に並んでいる美少女を見かけて声をかければ。
えっ、今は順番を待って並んでいるだけだよね?


意地のようにノイエが声をかければ、同じく意地のように毎回『お花を摘みに』と返された。
相変わらず面白いとは思っていたが、そろそろ終わりにしようと、思った。
あの、オルツォ・マルークがふられ続けていると、噂にもなりかけているし……


女性にふられたら、兄から注意されていたように、周囲から侮られるのかわからなかったが、アグネス・スローンに声をかけるのはもうやめようと決めた。


 ◇◇◇


『ヴァンパイアの花嫁』は控えめに言っても成功だった。
カーテンコール6回は新記録だと、エリザベートは大喜びだった。
ノイエも久々に滾るものを感じた。
ストーリーが進むと、彼の演じるヴァンパイアに観客が感情を揺さぶられていることを確かに感じた。

楽しくて嬉しくて。
どうか、この時間がいつまでも続くようにと、願わずにはいられなかった。
いつまでも……どうか……


終演後、ノイエは皆と握手した。
エリザベート以外とは、あまり交流はなかったのに、演出担当の女生徒や美術担当の男子生徒、3年生や1年生、皆と握手し抱き合った。
皆で作った舞台、全員で作り出した世界。
このまま、この世界で住み続けたい。
だが……

最後の挨拶で、これまでのお礼を口にした。
皆の支えがあったから、能力以上の力を発揮出来たと。
皆が泣き、ノイエも泣いた。
これから来年に向けてがんばりましょう、そう言われて。

……これが最後だと話した。
両親からも言われた、今回だけだと。
エリザベートの頼みだからと、シュテファンが味方に付いてくれたから、見逃してくれただけなのだ。

オルツォの人間が舞台など。
別の人生を演じるなど。
その時間は将来の為に使わねばならない。

残念です、皆そう言ってくれた。
ノイエは時間をかけて衣装を脱ぎ、丁寧に舞台メイクを落とし、いつもの自分に戻ったが、ここから離れたくなかった。
まだ興奮が抜けていなかった。



今は自分は両親の庇護下のガキだ。
家名から与えられるものは多く、物心共に恵まれている。
今直ぐに飛び出しても、自分は潰れるだけなのもわかっている。
だけどいつか、俺はこの場に戻ってくる。


必ず、時間がかかっても、戻ってくる。
そう決意した時に、声をかけられた。


振り返れば、いつも避けられていたアグネス・スローンが立っていた。
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