【完結】この胸に抱えたものは

Mimi

文字の大きさ
2 / 13

第2話 ノイエ②

しおりを挟む
「わかりました。
 その御方が了承したら、受けてくださるのね」

エリザベートが微笑んだ。
その微笑みを久しぶりに正面から見て、ノイエは複雑な思いだった。
俺こそ……こんな出演の条件を、エリザが受けるとは思っていなかった。


例の新入生はものすごい美少女だと、噂になっていた。
1年生の教室まで覗きに行った奴等が、騒いでいた。
輝く金髪に、深い青の瞳。
首と手足が長く、他の少女より頭ひとつ出ているのに、大柄な印象を与えない物静かで儚げな異国の少女。
誰もが意識して気軽に近付けず、遠巻きに見ていた。
だから、名前も、どこのクラスかも、知っていたのに。



エリザベートの反応が見たくて。
その少女が相手役ならと、言ったのだ。
名前も知らないけれど、連れてきてくれたら、前向きに考える。
演技の素人が何様のつもりだ。
誰かしら声をあげると思ったのに、言い分が通ってしまった……



去年の夏から頼まれていた。
エリザベートが部長を勤める中等部の演劇部の次の公演。
『ヴァンパイアの花嫁』に、主役で出てほしいと。

ちゃんとした演技などしたことはない。
幼い頃にエリザベートと、ごっこで別人になりきって遊んだだけだ。
母の侍女やメイド、大人を巻き込んで。
母の誕生日プレゼントとして、ちょっとした寸劇を披露したくらい。
幼い頃、まだエリザベートと、邪な想いもなく抱き合うことが出来た……
幼い頃の遊び。
それでも内輪の拍手でも気分は高揚した。


中等部に入学した折りにも、エリザベートから演劇部に誘われたのを固持していたのだ。
彼女とは必要以上に近付いてはいけない。
気持ちが溢れてしまうから。
言ってはいけない言葉を、いつか発してしまうかもしれない。
それを聞かされたエリザベートに嗤われるのなら、まだいい。
だが、彼女なら……聞かされて苦しむのはエリザベートだ。
だから、離れていようと思ったのに。


「このヴァンパイア役は、貴方しか居ないの」

演じることは嫌いではなかったし、まだ中等部の2年生だ。
そこまで彼の学生生活に、両親は口出しをしてきてはいなかった。
本腰を入れて夢中にならなければ、演技をするくらい……
承諾するつもりだったのに、ノイエはあの少女を条件にすると、口に出していた。


それを聞かされたエリザベートは一瞬固まった様に見え、そして微笑んだ。


「わかりました。
 その御方が了承したら、受けてくださるのね」


2日後にはエリザベートから彼女とのセッティングを用意したと聞かされた。
幸運なことに演劇部の新入生が同じクラスにいて、親しくしているらしい。


「とても、控えめな御方らしいの。
 バロウズの侯爵家のご令嬢でしょう。
 お父様は現職の財務大臣なのですって」


後輩からの情報をエリザベートが教えてくれる。
ノイエは噂の美少女に興味があるのだと、思っているのがわかる。
そう思わせておけばいい。
そう思って貰えるように……少なくともこの芝居が終わるまでは。

美少女次第では事情を話して、この国を出るまで仮初めに付き合って貰うのもいいか。
彼女が自分に好意を持っていたら、そんな真似はとてもじゃないが頼めないけれど。
彼女が自分を見て、何とも思わなかったのがわかっていたから、事情を聞いて貰えそうな気がした。

ただ、ミハン叔父上と、同じ……
『王家の赤い瞳』を気にしただけ。
だから、叔父上に会わせてあげると言ったのに。
美少女アグネスには、断られた。


「君、本当に俺自身には興味がないんだね?」

「はい。全く、少しも」


物静かで、儚げな? 言い出したのは誰だ?
歯切れのいい即答だった。
『はっきり言うね』と言えば、『トルラキア語には不慣れなので』と、すまして言う。
続けて、心に決めたひとがいるのだと言い切った。

それを聞いて、やはり彼女だと都合がいいと思い。
学院内で会うと、声をかけた。
本当に自分に興味はなく、何なら話もしたくない感じだったが、それも面白くて話しかける。


「スローン嬢、あのさ……」

「お花を摘みに行く途中ですので、急いでおりますの」 

食堂で、昼食を乗せたトレイを手にして。
それを言うか?


「奇遇だね、何の本を借りるの?」

「これからお花を摘みに行くので、お話は出来かねます」

珍しく図書室で、貸し出しの行列に並んでいる美少女を見かけて声をかければ。
えっ、今は順番を待って並んでいるだけだよね?


意地のようにノイエが声をかければ、同じく意地のように毎回『お花を摘みに』と返された。
相変わらず面白いとは思っていたが、そろそろ終わりにしようと、思った。
あの、オルツォ・マルークがふられ続けていると、噂にもなりかけているし……


女性にふられたら、兄から注意されていたように、周囲から侮られるのかわからなかったが、アグネス・スローンに声をかけるのはもうやめようと決めた。


 ◇◇◇


『ヴァンパイアの花嫁』は控えめに言っても成功だった。
カーテンコール6回は新記録だと、エリザベートは大喜びだった。
ノイエも久々に滾るものを感じた。
ストーリーが進むと、彼の演じるヴァンパイアに観客が感情を揺さぶられていることを確かに感じた。

楽しくて嬉しくて。
どうか、この時間がいつまでも続くようにと、願わずにはいられなかった。
いつまでも……どうか……


終演後、ノイエは皆と握手した。
エリザベート以外とは、あまり交流はなかったのに、演出担当の女生徒や美術担当の男子生徒、3年生や1年生、皆と握手し抱き合った。
皆で作った舞台、全員で作り出した世界。
このまま、この世界で住み続けたい。
だが……

最後の挨拶で、これまでのお礼を口にした。
皆の支えがあったから、能力以上の力を発揮出来たと。
皆が泣き、ノイエも泣いた。
これから来年に向けてがんばりましょう、そう言われて。

……これが最後だと話した。
両親からも言われた、今回だけだと。
エリザベートの頼みだからと、シュテファンが味方に付いてくれたから、見逃してくれただけなのだ。

オルツォの人間が舞台など。
別の人生を演じるなど。
その時間は将来の為に使わねばならない。

残念です、皆そう言ってくれた。
ノイエは時間をかけて衣装を脱ぎ、丁寧に舞台メイクを落とし、いつもの自分に戻ったが、ここから離れたくなかった。
まだ興奮が抜けていなかった。



今は自分は両親の庇護下のガキだ。
家名から与えられるものは多く、物心共に恵まれている。
今直ぐに飛び出しても、自分は潰れるだけなのもわかっている。
だけどいつか、俺はこの場に戻ってくる。


必ず、時間がかかっても、戻ってくる。
そう決意した時に、声をかけられた。


振り返れば、いつも避けられていたアグネス・スローンが立っていた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

リフェルトの花に誓う

おきょう
恋愛
次期女王であるロザリアには、何をどうやったって好きになれない幼馴染がいる。 その犬猿の仲である意地悪な男の子セインは、隣国の王子様だ。 会うたびに喧嘩ばかりなのに、外堀を埋められ、気付いた時には彼との婚約が決まっていた。 強引すぎる婚約に納得できないロザリアは……? ※他サイトで掲載したものの改稿版です

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。 しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。 周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。 エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。 ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。 貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。 甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。 奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...