【完結】この胸に抱えたものは

Mimi

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第3話 ノイエ③

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「一度、会っていただけたら」

「会う必要はないな」

春に行われるデビュタントのパートナーに、留学生アグネス・スローンを迎えたいと、ノイエは曾祖父に話したが。
返事は一言だけだった、彼女には会う必要はないと。
やはり純血主義の曾祖父に、外国人のパートナーは受け入れ難いか……
ノイエは唇を噛んだ。


「財務大臣の娘だったな?
 アグネス・スローンの事なら既に調べている」

言われて、そこで初めて気付く。
今ではない、恐らくバロウズで。
アグネス・スローンの事を調べていたのだろうと。
彼女はミハン叔父上の生徒だ、それもある程度親しい。
20歳程の年齢差があるのに、まさかその可能性を疑って調べたのか?

外国へ行っても、ストロノーヴァの目から離れられないことを改めて思い知る。
本家だからか、イシュトヴァーンの名前だからか、瞳が赤いからか……
ノイエは高等部を卒業したら、国を出たいと目論んでいたのだが、どこまで行っても行状を曾祖父に見られているのかも知れないと、改めてゾッとした。


「カタリンから話は聞いているか?」

「……養子の件でしょうか」

カタリンは母の名前だ。
つい先日、正式に母から話を聞かされた。
ノイエはアグネスをパートナーにしたいと言った。
特に相手が居ないのなら、寄子の子爵家の令嬢をパートナーにしたらどうかと、言われたからだ。
その令嬢の事は知っていたので、論外だった。
年下の癖に家の爵位が上だからと、いつもエリザベートにきつく当たっていた娘だ。
学院でもやたらと声をかけてくる。
デビュタントのパートナーなんかにしたら、都合良く受け取ってどんな態度を見せるか。


そこまでは母には言わなかったが、アグネスの身分を知ると満更でもない様子になった。
母は曾祖父ほど純血主義者ではない。
だが、公爵家の当主には話は通さなくてはならないと、今日公爵家の邸に送りこまれたのだった。

そして母からはついでのようにミハン叔父の養子になることを打診された。
自分がアグネスを認める交換条件のように。


「お前はどう思うんだ?」

どう? 俺の意思を尊重するとでも?
それを俺が信じるとでも?

黙っていたノイエに、曾祖父が言った。


「イシュトヴァーンと名前を変えて、そのだらしなく伸ばした髪を切れ。
 わしはまだ、ミハンに子が出来ることを諦めてはおらん。
 だから、今すぐに養子どうこうするつもりはない。
 お前が待っていても、ミハンに子が出来れば、そちらを優先する。
 それでも、お前にその覚悟があるのなら、外人だろうと好きにパートナーにすればいい」


養子になる前に、先に改名させるのは、ミハン叔父上に選択肢を与える為なのか?

ノイエにも、パートナーが外国人など駄目だと言うだけでよかった。
叔父に子供が出来るまで養子になれと命じるだけでよかった。
だが、曾祖父は。
やはり、叔父上にも、ノイエにも甘かった。
甘く譲歩の形を取ってくれた曾祖父に……


マルークからイシュトヴァーンになる事。
肩まで伸ばしていた髪を切る事に同意した。

『貴方の髪は癖がなくて、とても綺麗なのね』

いつだったか、エリザベートが言ったから。
その日から髪を伸ばしていた。
男の癖に手入れもして。
その分、見た目で軟弱だと言われないように、剣の腕も磨いた。
将来はオルツォ侯爵家が持つ子爵位を貰い、エリザを娶り……だがもう。
その将来は失くなった。


俺が幸せにしたかった、君に幸せにしてほしかった。
さようなら、エリザ。
さようなら、マルーク。


 ◇◇◇


自分は姉の代わりなのだと、彼女は言った。
だが、それでも彼女は彼を愛している。

アグネスはアシュフォード王弟殿下を愛している。
ノイエはまだ見ぬ王弟殿下に反発しか感じなかった。
同じ男として何やっているんだと。

アグネスに婚約だの何だの申込んでいるのに、3年間も会いに来ない。
自分とは違い、もう仕事をしている大人だ。
自由な時間は取れないのかもしれないが。
それでも。
手紙だけじゃ、贈り物だけじゃ駄目なんだ。
だから、彼女は泣いている。
自分は呪ったと、姉の代わりだと。

アグネスからはお優しい御方だと聞いていた。
目の前で泣かれたから許した、と。
女の前で泣く軟弱な男、そう思い込んで。



『今日は殿下がいらっしゃるから』

アグネスから聞いて、無理矢理に馬車に乗り込んだ。
どんな男か、自分の目で見たかったからだ。
男から見て、こいつは駄目だと思ったら、アグネスに忠告しようと思っていた。
君はまだ15じゃないか。 
身代わりを押し付ける男なんか、こっちから振ってやれ。
もっといい男が外には多くいる。


……そう張り切って。
正面から、バロウズの王弟殿下と対峙した。
静かな微笑みをたたえていて、胸の内を読ませない評判通りの美しい男だった。
金髪で青い目のアグネスと、それ以上に輝く金髪と紫の瞳のアシュフォード殿下は、7つも歳が離れているのに、お似合いに見えた。
多分、今彼女の隣に座っている同年代の自分よりも。


時間が経つ毎に、王弟殿下の微笑みは深くなり、却ってそれが怖かった。
特に調子に乗って『ネネ』とアグネスを呼んだ時。
殿下の瞳が暗くなり、それに気付いて、もう駄目だと。
自分でもわかっていた、膝と手が震えた。
それでも、アグネスの邸から退場するまでは、不敬な男を演じ続けた。


曾祖父はこの国では恐れられていた。
ノイエも恐れていたが、心底怖い思いはしたことがなかった。
単に本家の当主、ストロノーヴァ公爵閣下だったから、その持てる権力にひれ伏しただけだ。
それに、ストロノーヴァは王族ではない。

ノイエは生まれて初めて、王族を間近に見て。
王族であることと、王族に近いこと、その2つには大きな違いがあるのだと知ったのだ。

『この人を本気で怒らせたら、俺は簡単に消される。
 そして、それを曾祖父は止められない』

それは推察だったが、紛れもない事実。
あの場にアグネスと、彼女の祖母がいなかったら、俺は……
帰りの馬車でノイエは、天井に顔を向けて目を瞑った。
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