【完結】この胸に抱えたものは

Mimi

文字の大きさ
4 / 13

第4話 ノイエ④

しおりを挟む
半月後アグネスから、王弟殿下から今までの説明と謝られた事を聞かされた。

食堂で久しぶりに会ったアグネスは明るい表情をしていた。
彼女が通り掛かったので声をかけると、一緒にランチを取っていたエリザベートが席を外した。


「では、またね、マルーク様」

離れて行く彼女の後ろ姿を目で追うノイエの横顔を、アグネスは見ていた。
何も聞かないが、多分ノイエの気持ちはアグネスにはばれているのだろう。


『マルーク様』と、捨てた名前で呼んでほしいと、エリザベートにだけ、頼んでいた。
彼女は兄をミドルネームで『マルコ様』と呼ぶ。
『マルコ』と『マルーク』。
似ているようで違うのに、そこに縋ってしまったノイエだった。
今は『イシュトヴァーン』になった彼を、以前の名前で呼ぶ事に躊躇したエリザベートには、学院のなかだけで良いからと、話した。

好きだった名前だ、もう少しだけでいいから、と。
彼女が1年先に卒業するまで、その名で呼んでと約束をした。
ふたりだけで交わす最後の約束だった。



それでも、今では普通にエリザと時を過ごせる様になりつつあった。
兄と彼女の幸せを願えるようになった。

……人の想いは、いつかは風化していく。


 ◇◇◇


アシュフォード王弟殿下が帰国される前に、デビュタントのドレスを発注した事を、アグネスから聞かされた。


「さすがは王弟殿下だね、リヨンのメゾンで注文するおつもりだったんだ」

ドレスを購入する為だけに、リヨンまで?
王族の感覚は理解できないなとノイエは思った。
そんなひとに対して、出任せとは言え、
『私がデビュタントの用意をします』と、言ってしまったノイエには教えますと、アグネスは話した。


「ネネの為にバロウズまで来てくださると仰ってくださいましたし、ネネはご報告させていただきました」 

「それ、もう言わないで……」

ノイエは両耳を塞いで俯いた。
思い出したくもない、若さゆえの過ち。


『勝手な話もするけれど、とりあえず黙って俺の横で聞いてて』
 
事前にそう告げたからか、何度も殿下と祖母の前で『ネネ』を連発されてもアグネスは黙っていたが。
ここでそれを持ち出されてやり返されるとは。
今更だけど、あれは寿命が縮まった。
一体何回『ネネ』と、言ったかな。
言う度に、殿下からは冷気が発生していた。 


留めは帰りに見送られた時、また明日と毎日会っているかの様に言って、軽く抱き締め頬を合わせた。
それはトルラキアでは、友人同士でも行う挨拶だから、外交を専門とする殿下なら平気かと思ったのに、その目はどうやってこいつをいたぶって殺してやろうかと、思い巡らせているのが読み取れて、背筋に寒気が走った。

あの日から2、3日は、どこからか現れたバロウズの影に拉致されないかと怯えていた事は、アグネスには話さない。


今回は何事もなく帰国してくださったみたいなので、ノイエは胸を撫で下ろした。
もう二度と殿下に対して、あんな真似はしないと誓う。


話題は、ミハン叔父上の研究の手伝いで催眠術にかけられた話に移っていた。
彼女はそこで『辛いことを話してご覧なさい』と、術者の伯爵夫人から勧められて、打ち明けたのだと言う。
話し終えて、今はすっきりしたし、殿下がやたらと『愛している』と、口にするようになったと、話した。


アグネスは淡々と、殿下から聞かされたこれまでの事情を説明していく。
それはアグネスの思い込みもあったが、とにかく殿下の不注意とタイミングの悪さと、周囲の善意という名のお節介と、様々な要因が重なった不運な出来事だと、ノイエには思えた。


結局は自分と殿下は同じだった。
本来はアグネスにパートナーを頼みたかったのに、幼くて頼めず、殿下の気持ちを知っていた姉が代わりに引き受けた。
殿下の計算違いは、アグネスが姉に憧れだけじゃなく、劣等感や疑惑などの複雑な感情を抱いていた事と、彼女の耳に要らない話を入れる人間達が居た事だ。  

それにお互いに気付いたんだから、もう大丈夫だろうと思った。

それもこれもミハン叔父上が行った、怪しい催眠術だ。
術にかけられたアグネスが本音を漏らしたことで、殿下は問題点を知る事が出来た。
結果的にいい方に転がったのなら、よかったけれど。
あの叔父上、楽しんでやっていたな。



「一つ一つにちゃんと理由があったんだ、良かったね。
 もうこれで、何の心配もなく婚約だね?」

「まだ婚約な……」

アグネスが急に左目を押さえた。


「どうしたの?  目をどうにかしたの?」 

「……わ、わかりません……痛くて……睫毛だと」

抜けた睫毛が目に入ったか。


顔を覗き込めないから、鏡を貸してと言うと。
アグネスは持っていないと言う。
あまり女性の習性はわかっていないが、演劇部の女子は皆が制服のポケットに手鏡を入れていて、少し休憩があると鏡を覗いて、こまめに前髪や顔をチェックしていた。
その姿に慣れたから、それが普通だと思っていたのだ。


仕方なく彼女の腕を取り、保健室に行こうとした。
エスコートではなく、連行すると言う言葉が頭に浮かんで笑ってしまった。

鏡を見るのは好きじゃないから、と言われて。
そんな女子もいるんだと、深く考えずに笑ったままでノイエは軽口を叩いた。


「俺が君の顔をしていたら、1日の大半は鏡を見て自分に見惚れているだろうな。
 本当に君は変わってる」

「……呪いの最後に、手鏡に姉にそっくりな自分の顔が映ったと言いましたよね。
 あの夜から、鏡で自分の顔を見られなくなったのです」


思わず立ち止まってしまった。
あの夜から鏡で、自分の顔を見ていない?


「3年もちゃんと鏡で自分の顔を見ていない、って事?
 いつもどうしてるの!」

「立ち姿くらいは大丈夫なんです。
 朝の用意でドレッサーの鏡の前でメイドが髪を整えてくれる時は目を瞑っています」


正直、病んでいると思った。
静かにゆっくりと。
アグネス・スローンは狂い始めている。
本人だってわかっているはずだ。
殿下は気付いていらっしゃらないのか?


もう殿下とは離れた方がいい。
人の想いはいつかは風化していく。
もう……ふたりとも楽になれよ。

その言葉をノイエは飲み込んだ。


しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

リフェルトの花に誓う

おきょう
恋愛
次期女王であるロザリアには、何をどうやったって好きになれない幼馴染がいる。 その犬猿の仲である意地悪な男の子セインは、隣国の王子様だ。 会うたびに喧嘩ばかりなのに、外堀を埋められ、気付いた時には彼との婚約が決まっていた。 強引すぎる婚約に納得できないロザリアは……? ※他サイトで掲載したものの改稿版です

【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ
恋愛
瑠璃色の瞳を持つ公爵夫人アリアドネは、信じていた夫と親友の裏切りによって全てを奪われ、雨の夜に屋敷を追放される。 絶望の淵で彼女が見出したのは、忘れかけていた薬草への深い知識と、薬師としての秘めたる才能だった。 持ち前の気丈さと聡明さで困難を乗り越え、新たな街で薬草師として人々の信頼を得ていくアリアドネ。 しかし、胸に刻まれた裏切りの傷と復讐の誓いは消えない。 これは、偽りの愛に裁きを下し、真実の幸福と自らの手で築き上げる未来を掴むため、一人の女性が力強く再生していく物語。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取
恋愛
伯爵令嬢エリシアは、幼いころに出会った優しい王子様との再会を夢見て、名門学園へと入学する。 しかし待ち受けていたのは、冷たくなった彼──レオンハルトと、策略を巡らせる令嬢メリッサ。 周囲に広がる噂、揺れる友情、すれ違う想い。 エリシアは、信じていた人たちから少しずつ距離を置かれていく。 ただ一人、彼女を信じて寄り添ったのは、親友リリィ。 貴族の学園は、恋と野心が交錯する舞台。 甘い言葉の裏に、罠と裏切りが潜んでいた。 奪われたのは心か、未来か、それとも──名前のない毒。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...