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私の初恋は貴女です
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「シャル、久しぶりですね……」
私の愛称を呼ぶ声に振り返りました。
私はシャーロット・バーミング・ガルテン。
お父様はカステード王国の伯爵位をいただいています。
私を『シャル』と呼ぶのは、家族や友人等親しくお付き合いをさせていただいている方々だけでした。
彼とは3年前に婚約を解消しています。
今更、愛称で呼んでいただきたくはない御方です。
私は彼に向かって、丁寧にカーテシーをしました。
「御無沙汰致しております。
ノーマン・ダドリー・ブライトン伯爵令息様」
◇◇◇
私は3年前の破談後、17歳で隣国レオパード帝国へ留学しました。
『ここには居たくない』と言い張る私にお父様が折れ、送り出してくださって以来、初めての帰国になります。
帝国学院最終学年での留学当初は、なかなか周囲に馴染めずに、自分から希望しておきながら祖国に帰りたいと、弱音を口にしてしまうこともありましたが。
やがて友人に恵まれ、充実した日々を過ごせるようになりました。
その留学時に帝国のダミアン皇太子殿下の知己を得て、現在私は皇妃陛下の侍女のお仕事をいただいています。
今回の帰国は皇太子殿下の使節団の一員として、随行させていただきました。
使節団の目的はこの度正式に縁組みされた、王国のメイベル第1王女殿下と帝国のダミアン皇太子殿下の婚約を王国内で披露するためでした。
そもそも、皇太子殿下が私を皇妃陛下の侍女にと、お口添えくださったのは、カステード王国から御興し入れされるメイベル王女殿下の為です。
「カステード出身のシャーロットが居れば、彼女も孤独は感じないだろ?
ゆくゆくは君には乳母になって貰うことも検討している」
殿下はそのご気性から、何事もはっきりと口に出される御方です。
「今回、メイベルと顔合わせして貰うよ。
もし、彼女が君とは合わないと言うなら、この話はなかった事にして、母上の侍女を続けてくれ」
「王女殿下は王国から仕えてくれている侍女を、お連れになるのではないでしょうか?
私など不要と存じます」
「侍女なんて同行させないよ?
彼女には一人で嫁に来てもらう。
婚前契約書に条件として盛り込んだよ」
「……」
「ひどいヤツだ、って言いたげな顔だな。
俺は皇太子妃の周囲に王国の人間を付けるつもりはない」
「私はカステードの人間でございます」
「君は王国に内通なんかしないだろ?
メイベルが頼れるのは夫だけにしたくてね」
王女殿下は殿下がこの様な独占欲をお持ちなのを、ご存知なのでしょうか……
夜会に先駆けて、控え室にて王女殿下にご挨拶させていただきました。
「とても心強いわ。
頼りにしています。
どうぞよろしくお願いします」
鈴をふるような可愛らしいお声で、跪く私に白く美しい御手を差しのべてくださいました。
王女殿下から個人的にお言葉をいただけるなんて、王国にいた頃は想像もしていませんでした。
天使のようなこの御方に決して辛い想いをさせてはならない、そう私は思いました。
(このような名誉をいただけるとは)
この身をレオパード皇家に捧げると、私は誓いを新たにしたのです。
◇◇◇
2日前から私は皇太子殿下のお許しを得て使節団を離れ、実家に下がらせていただいていました。
今夜の夜会のパートナーを勤めてくれるのは、義弟のギリアンです。
彼は私より1つ年下の従弟でした。
卒業後も帝国に留まりたいと言う私の我が儘を、お父様がお許し下さったので、昨年養子縁組し、ガルテン伯爵家の後継として迎えたのです。
私は伯爵家のひとり娘でしたので、本来は私の結婚相手が婿入りし、後継となるはずでした。
そのお相手がブライトン伯爵家三男のノーマン様だったのです。
我がガルテン伯爵家とノーマン様のブライトン伯爵家は、お母様同士が子供の頃からの親友の間柄でしたので、家族ぐるみでお付き合いをしていました。
ですから幼い頃に決まった私とノーマン様の婚約は、政略などではなく自然なものなのだと、私はずっと信じていたのです。
夜会が始まってすぐ、私はノーマン様に気付きました。
最初はおずおずと。
ですが時間が経つにつれ、彼の視線は遠慮がなくなり、遠くから不躾にこちらをご覧になっていました。
そんなノーマン様に傍らのギリアンも苦笑していました。
「招待状も無く、よく紛れ込めたものですね」
ノーマン様はご実家から除籍され、既に貴族ではなくなっていると、聞いています。
そんな彼に王宮からの招待状が届くことはありません。
「恐らく富裕層のマダムに連れてきていただいたのでしょうね」
貴族のご夫人やご令嬢が今のノーマン様を相手にされるとは
思えません。
最近は富裕平民と、呼ばれる方々が増えています。
彼等は低位貴族を凌ぐ財を持ち、王宮にも人脈を広げられているようです
ので、夜会等にもよくお顔を出されていました。
多分そちらのクラスのマダムにお願いしたのでしょう。
「礼服のサイズも合っていないようですよ」
「同伴にしてくれたパートナーはお洋服のご用意までは、してくださらなかったのね」
(それほど大切にされているのではないのね)
ノーマン様はマダムの愛人ではないのでしょう。
「今夜はブライトン伯爵家の皆様は、ご出席されていなかったわね?」
ノーマン様のご家族は王都のタウンハウスを引き払われ、ご領地の館に移られていました。
「義父上が是非にとお声がけしたのですが、義姉上に合わす顔がないと、手紙を送ってこられました」
私にいつも優しく接してくださっていたブライトンのおじ様とおば様、お二人のお兄様方のことを思い出すと胸が痛みました。
(だから私は破棄ではなく、解消を選んだのに)
「初恋の相手の落ちぶれた姿を見るのは、辛いですか?」
ギリアンは私の先程の表情から、ノーマン様のことを考えているように受け取ったのでしょう。
「いいえ、彼がサイズの合っていない貸衣装を着ていようと、特に何も思わないわ」
側を通った給仕からカクテルのグラスを受け取って、ギリアンは渡してくれました。
「これはキツくないので、どうぞ」
「あなたは初恋のご令嬢が変わっていたら、どう思うの?」
カクテルをいただきながら、からかうようにギリアンに尋ねました。
幼い頃から彼はどこか冷めたようなところのある男の子でしたので、そんな彼の隠された初恋の話を聞き出そうと、いたずら心を出した私でした。
「私の初恋は貴女です、義姉上」
私の愛称を呼ぶ声に振り返りました。
私はシャーロット・バーミング・ガルテン。
お父様はカステード王国の伯爵位をいただいています。
私を『シャル』と呼ぶのは、家族や友人等親しくお付き合いをさせていただいている方々だけでした。
彼とは3年前に婚約を解消しています。
今更、愛称で呼んでいただきたくはない御方です。
私は彼に向かって、丁寧にカーテシーをしました。
「御無沙汰致しております。
ノーマン・ダドリー・ブライトン伯爵令息様」
◇◇◇
私は3年前の破談後、17歳で隣国レオパード帝国へ留学しました。
『ここには居たくない』と言い張る私にお父様が折れ、送り出してくださって以来、初めての帰国になります。
帝国学院最終学年での留学当初は、なかなか周囲に馴染めずに、自分から希望しておきながら祖国に帰りたいと、弱音を口にしてしまうこともありましたが。
やがて友人に恵まれ、充実した日々を過ごせるようになりました。
その留学時に帝国のダミアン皇太子殿下の知己を得て、現在私は皇妃陛下の侍女のお仕事をいただいています。
今回の帰国は皇太子殿下の使節団の一員として、随行させていただきました。
使節団の目的はこの度正式に縁組みされた、王国のメイベル第1王女殿下と帝国のダミアン皇太子殿下の婚約を王国内で披露するためでした。
そもそも、皇太子殿下が私を皇妃陛下の侍女にと、お口添えくださったのは、カステード王国から御興し入れされるメイベル王女殿下の為です。
「カステード出身のシャーロットが居れば、彼女も孤独は感じないだろ?
ゆくゆくは君には乳母になって貰うことも検討している」
殿下はそのご気性から、何事もはっきりと口に出される御方です。
「今回、メイベルと顔合わせして貰うよ。
もし、彼女が君とは合わないと言うなら、この話はなかった事にして、母上の侍女を続けてくれ」
「王女殿下は王国から仕えてくれている侍女を、お連れになるのではないでしょうか?
私など不要と存じます」
「侍女なんて同行させないよ?
彼女には一人で嫁に来てもらう。
婚前契約書に条件として盛り込んだよ」
「……」
「ひどいヤツだ、って言いたげな顔だな。
俺は皇太子妃の周囲に王国の人間を付けるつもりはない」
「私はカステードの人間でございます」
「君は王国に内通なんかしないだろ?
メイベルが頼れるのは夫だけにしたくてね」
王女殿下は殿下がこの様な独占欲をお持ちなのを、ご存知なのでしょうか……
夜会に先駆けて、控え室にて王女殿下にご挨拶させていただきました。
「とても心強いわ。
頼りにしています。
どうぞよろしくお願いします」
鈴をふるような可愛らしいお声で、跪く私に白く美しい御手を差しのべてくださいました。
王女殿下から個人的にお言葉をいただけるなんて、王国にいた頃は想像もしていませんでした。
天使のようなこの御方に決して辛い想いをさせてはならない、そう私は思いました。
(このような名誉をいただけるとは)
この身をレオパード皇家に捧げると、私は誓いを新たにしたのです。
◇◇◇
2日前から私は皇太子殿下のお許しを得て使節団を離れ、実家に下がらせていただいていました。
今夜の夜会のパートナーを勤めてくれるのは、義弟のギリアンです。
彼は私より1つ年下の従弟でした。
卒業後も帝国に留まりたいと言う私の我が儘を、お父様がお許し下さったので、昨年養子縁組し、ガルテン伯爵家の後継として迎えたのです。
私は伯爵家のひとり娘でしたので、本来は私の結婚相手が婿入りし、後継となるはずでした。
そのお相手がブライトン伯爵家三男のノーマン様だったのです。
我がガルテン伯爵家とノーマン様のブライトン伯爵家は、お母様同士が子供の頃からの親友の間柄でしたので、家族ぐるみでお付き合いをしていました。
ですから幼い頃に決まった私とノーマン様の婚約は、政略などではなく自然なものなのだと、私はずっと信じていたのです。
夜会が始まってすぐ、私はノーマン様に気付きました。
最初はおずおずと。
ですが時間が経つにつれ、彼の視線は遠慮がなくなり、遠くから不躾にこちらをご覧になっていました。
そんなノーマン様に傍らのギリアンも苦笑していました。
「招待状も無く、よく紛れ込めたものですね」
ノーマン様はご実家から除籍され、既に貴族ではなくなっていると、聞いています。
そんな彼に王宮からの招待状が届くことはありません。
「恐らく富裕層のマダムに連れてきていただいたのでしょうね」
貴族のご夫人やご令嬢が今のノーマン様を相手にされるとは
思えません。
最近は富裕平民と、呼ばれる方々が増えています。
彼等は低位貴族を凌ぐ財を持ち、王宮にも人脈を広げられているようです
ので、夜会等にもよくお顔を出されていました。
多分そちらのクラスのマダムにお願いしたのでしょう。
「礼服のサイズも合っていないようですよ」
「同伴にしてくれたパートナーはお洋服のご用意までは、してくださらなかったのね」
(それほど大切にされているのではないのね)
ノーマン様はマダムの愛人ではないのでしょう。
「今夜はブライトン伯爵家の皆様は、ご出席されていなかったわね?」
ノーマン様のご家族は王都のタウンハウスを引き払われ、ご領地の館に移られていました。
「義父上が是非にとお声がけしたのですが、義姉上に合わす顔がないと、手紙を送ってこられました」
私にいつも優しく接してくださっていたブライトンのおじ様とおば様、お二人のお兄様方のことを思い出すと胸が痛みました。
(だから私は破棄ではなく、解消を選んだのに)
「初恋の相手の落ちぶれた姿を見るのは、辛いですか?」
ギリアンは私の先程の表情から、ノーマン様のことを考えているように受け取ったのでしょう。
「いいえ、彼がサイズの合っていない貸衣装を着ていようと、特に何も思わないわ」
側を通った給仕からカクテルのグラスを受け取って、ギリアンは渡してくれました。
「これはキツくないので、どうぞ」
「あなたは初恋のご令嬢が変わっていたら、どう思うの?」
カクテルをいただきながら、からかうようにギリアンに尋ねました。
幼い頃から彼はどこか冷めたようなところのある男の子でしたので、そんな彼の隠された初恋の話を聞き出そうと、いたずら心を出した私でした。
「私の初恋は貴女です、義姉上」
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