【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました

Mimi

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婚約者を優先して

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「私の初恋は貴女です、義姉上」

『今日の天気は晴れです、義姉上』と、お天気の話でもするように、ギリアンは私に言いました。 

そのあまりにも普段のままの口調に、私はどう返事を返せばよいのか、わかりませんでした。


「初めて、聞いたわ」

「初めて、言いました」


一体、いつから私を想ってくれていたのでしょうか?
 
私の知っている義弟は、伯母様に連れられて遊びに来た時も一緒に遊ぶことはありませんでした。

ギリアンはいわゆる『出来の良い子供』でした。
私や彼の姉のスカーレットから離れ、ひとり邸の庭で庭師と話し込んでいる姿をよく見かけました。

寂しがり屋の甘えたで、何事も誰かを頼ってしまう。
そんな情けない姿しか見せられない私を、嫌っているに違いない。
そう私は思っていたのです。


「貴女が留学すると聞いて、告白しようかとも思ったのですが、まだ早いかなと……
 1年経って帰ってきたら打ち明けようと決めていましたが、今から考えたら留学前が唯一のチャンスでしたね」

「……」

「卒業したのにあっちに残ると聞いて、会いに行きたかったけれど、私は学生で身分もお金も時間も……
 私は何も持っていませんでした」

「……」

「また男絡みか、懲りないひとだなぁ、って」

「おっ、男っ?」

思わず声が高くなりました。


「だって義父上、あの時倒れそうになってましたよ。
 帝国皇家から皇太子印が押された書状を受け取ったんですから」 

「……」

「それも普通に国外特別便で郵送されたんじゃなくて、帝国からの使者が直接届けに来て。
 その内容は義姉上を侍女として皇宮に召し上げる、ですからね。  
 侍女とは名ばかりで、愛妾だと」

(確かに帝国内でも一時期噂になったわ。
正妃もまだなのに先に愛妾を囲うとは、って)

皇太子殿下はそんな噂を面白がって笑っていらっしゃいましたけれど。

「殿下は余程カステード女がお好みなのだと、言われているらしい」

皇太子妃もカステードの王女殿下に内定していたので、それが面白くない帝国貴族が悪し様に噂をしていたのです。



「でもね、正式発表されてなかったからお父様にも言えなかったのだけど。
 ずっと皇太子殿下はメイベル王女殿下に一途だったのよ」

「まあ、そんな関係ではないと、わかって安心しましたよ。
 エドガー様をご紹介いただいて、義姉上のお幸せそうなお顔も拝見出来ました」

「貴方には私のひどい顔を見られているものね」

 
あの日……私がノーマン様の裏切りを知った日。

ギリアンは今日と同じように傍らに居てくれました。
今日と同じようにエスコートして、その場から連れ出してくれました。


「先程、私が初恋だと、言ったことは気にしないで下さい。
 今夜以降、この事で義姉上を煩わせることはありません。
 夜会のパートナーをお願いしてくださったので、ちょっと浮かれてしまいました」

そう早口に言うと、ギリアンは一気にカクテルのグラスを空けました。


「私が隣に居る間は、あの馬鹿もさすがに声をかけて来ることはないでしょう。
 時間まで私が壁になりますので」

私の婚約者のエドガー様も夜会には出席されているのですが、今はご一緒することは出来ません。
ギリアンはくれぐれも私をひとりにしないよう、エドガー様から頼まれている様でした。


「ギリアン、大丈夫ですから。
 貴方はそろそろマーガレット様の所へ行って差し上げて?」

マーガレット・グラハム・ラッフルズ伯爵令嬢はギリアンの婚約者です。
養子縁組と同時にお父様が整えられた婚約でしたが、ふたりはとても仲が良くお似合いでした。

マーガレット様はエドガー様とご一緒出来ない私の事情をギリアンから聞いて、今夜のパートナーをお譲りくださったのでした。

お祖父様の前ラッフルズ伯爵様のエスコートで参加されたマーガレット様に、私は申し訳なく思っていました。


「せっかくの夜会なのですもの。
 マーガレット様をお誘いして、貴方もダンスを楽しんでくださいませ」


ギリアンはチラッとノーマン様の位置を確認すると、エドガー様がいらっしゃる方に体を向け、右手を挙げて人差し指をくるくると回しました。

一瞬のことでしたが、私以外にも、その動作に気づいた方がギリアンを何度もご覧になっていらっしゃいました。
エドガー様と秘密の合図でも決めてあったのでしょうか?


既に両親とエドガー様は帝国学院の卒業式で顔を合わせておりましたが、ギリアンには今回初めてご紹介致しました。

エドガー様からも、パートナーの件をお願いされたギリアンは何やら小声でお話をしていました。
あれは合図の取り決めでもしていたのでしょうか。
ふたりは時々笑いあって、握手などもされていたのです。

(そういえば、ギリアンとノーマン様は子供の頃からの知り合いなのに、全然親しくならなかったわね)


「では、お言葉に甘えます」

ギリアンはすぐに戻りますと言って、マーガレット様をお誘いに行ってくれました。

彼はエドガー様がいらっしゃるまで私から離れるつもりはなく、それをマーガレット様も受け入れられていました。
……ですが。

私は婚約者を優先して欲しかったのです。
多分、我慢しておられるだろうマーガレット様のお気持ちを、大切にして欲しいのです。


かつての私は婚約者に大切にされない女だった、のですから。


 ◇◇◇


お父様とお母様に合流する為に動こうとしていた時、私はいつの間にか背後に来ていたノーマン様に呼びかけられたのでした。


「シャル、久しぶりですね……」

ご自分から声をかけてこられたのに、それだけ言うとノーマン様は黙ってしまわれました。
 
ノーマン様はブロンドの輝く髪と明るい緑色の瞳の、お顔立ちが大変整った御方でした。
私より2歳年上で、王立学園の騎士科をご卒園されて王立騎士団に入団し、第3騎士隊に配属されました。

 第1騎士隊が 王宮、王族の守護警備
 第2騎士隊が 辺境、国境の監視警備
 第3騎士隊が 王都、都民の治安警備 を担当していました。

私との結婚後ノーマン様は退団され、領地経営を学ぶ予定でしたので、貴族子息でありながら、平民出身者の多い第3騎士隊所属だったのです。

 
第3の濃紺の隊服は、ノーマン様にとても良くお似合いでした。
見目麗しく、凛々しい騎士様のノーマン様は理想的な婚約者だと、ずいぶんと私は友人のご令嬢方から羨ましがられたものです。

 
ですが。
お互い時を経て……
間近でお顔を拝見致しますと。

薄っぺらな生地のサイズの合っていない貸衣装。
パサパサでくすんでしまった金の髪。
暗く沈んだ緑の瞳。
肌も張りがなく、顔色も冴えていません。

それらが今の彼の生活が荒んだものであることを語っていました。

こんな状態の彼をパートナーにして、王宮の夜会に連れてくるなんて、マダムの思惑が透けて見えるようでした。
友人達との話のネタに、私とノーマン様の再会をセッティングしたのでしょうか?

 
ノーマン様はご自分が笑われる側の人間になってしまったことに、気付いていらっしゃるのでしょうか?

 







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