【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました

Mimi

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平気で私に嘘がつけるひと

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ご自分からお声をかけてきたノーマン様でしたが、話を続けることが出来ないようでした。

はっきりとした口調で言いたいことを遠慮なくハキハキと話されていた、かつての姿はどこにも見えませんでした。
 
周囲にいらした皆様が私達の様子を注視していらっしゃるように感じられて、このような茶番には付き合えないと、私は思いました。
  
仕方なく、私から話して差し上げることに致しました。


「3年ぶりですわね。
 ご実家の伯爵家の皆様はお変わりございませんか?」

(社交界からはすっかり距離を取られたけれど、皆様お元気だと、聞いたわ)


「変わりはないと、思うのだが……
 私は家を出て、騎士団の宿舎に居るので……」

(また、嘘を吐かれた。
解雇になったから、騎士団の宿舎には入れませんよね)

帝国に居る私が何も知らないと、思っておられるようでした。
私は何食わぬ顔で会話を続けました。


「左様でございますか。
 ブライトンのおじ様おば様には、大層可愛がっていただきましたし、お兄様方にも大変お世話をおかけしてしまいました。
 帝国へ戻る前に是非ご挨拶をと、思っているのですけれど」

「帝国に戻る?
 では、こちらに帰ってきたのではない?」

「帝国でお仕事させていただいております。
 私、あちらに永住するつもりです」


私の言葉を聞き、ノーマン様は唇を噛まれました。


「ガルテン伯爵家の後継は、どうされるのですか?」

(もう貴方には何の関係もないでしょうに)

「従弟のギリアンが養子に入ってくれましたの。
 綺麗でしっかりした婚約者にも恵まれましたし、領地の事は義弟夫婦にお任せ出来ると、父も私も安心しておりますわ」

ギリアンとの養子縁組の話もご存じないなんて。
本当に今のノーマン様は、ご実家とも社交界からも絶縁されているのでしょう。

(もう充分にお相手をしたわ。
ノーマン様もご満足でしょう)

そう思って、私はこの場を離れることに致しました。


「今夜は懐かしいお顔を拝見できて、とても嬉しかったですわ。
 それでは、ごきげんよう」

軽く膝を折りお暇のご挨拶をするのですが。
お分かりにならないのか、気付かない振りをされているのか存じませんが、ノーマン様は私に身を寄せてこられました。

(やめて!近づかないで!)


「貴女に是非聞いていただきたい話があるのです。
 お手間は取らせません。
 少しでいいので、どこかでお会いできませんか?」

今のノーマン様には似合わない、コロンの香りがしました。
以前とコロンを変えていないのでしょうか……
あの頃と同じ香りが私を包みました。


ずっと忘れようと。
思い出さないよう、記憶の奥底に沈めた日々を思い出しました。


「承りました。
 いつどこでと、確かなお約束は出来ませんが、可能であれば連絡を差し上げます」

「ありがとう、シャル。
 連絡を待っているから」

(お願いだから、シャルなんて呼ばないで!) 


彼はようやく私から離れてくれました。
彼の背中を目で追うと、私のお母様と同じような年齢のマダムに近づき、何かを囁いていました。

マダムは彼に頷くと、こちらに向き直りました。
そして私を見つめながら、手にした扇を広げて見せました。
扇の陰の口元が嗤っていることを、敢えて私に判らせようとしているかの様な仕草でした。

あからさまな悪意を見せつけられてゾッとしました。

私には見覚えのない、美しいひとでした。


ノーマン様はそのまま、おひとりで会場を出て行かれました。

私に会う為だけに、今夜彼は王宮に来たのでしょうか?


 ◇◇◇


私とエドガー様が合流出来たのは、夜も更けた頃でした。

エドガー・ナイ・バイロン。
『皇帝陛下の灰色狼』と、勇猛な通り名を持つ私の婚約者です。
彼は現在レオパード帝国近衛騎士団の副団長補佐の職に就いていらっしゃいます。

『婚約者の家族と交流を深めよ』と仰せになり、皇太子殿下ご本人が使節団の一員として、エドガー様をお加えになったのです。


今回のカステード王国ご訪問の目的は、王女殿下との婚約披露ですので、私とエドガー様の婚約は関係者以外にはお知らせを控えさせていただきました。
それゆえ、夜会に堂々とふたりで入場することを見合せたのです。

私は義弟をパートナーに、会場に入りました。
エドガー様は皇太子殿下と王女殿下の後ろに従って入場し、先程までずっとお二人のお側に立って控えられていました。

時折、私の方をご覧になり視線が合いますと、皇太子殿下に耳打ちをされるのですが、その都度殿下は首を振っておられました。

(大丈夫です、私は待っています)


ようやく殿下に解放されたエドガー様はまっすぐに私の所に来て下さって、手を取り甲に口づけをされました。


「ガルテン嬢は今宵もますます美しいですね」

「ありがとうございます、バイロン様。
 貴方もいつもに増して、凛々しくていらっしゃいますわ」

周囲の方達の耳がありますので、私達はお互いに他人行儀な言葉を交わしました。
ダンスに誘ってくださったのですが、私が断りますとテラスへと誘われました。


「本当に悪魔のような御方だよ。
 俺の前でわざと王女殿下の髪を撫で、手を握り、耳元で甘い言葉を囁かれていた」

「イライラしている貴方のご様子を楽しまれていらっしゃったのね」

エドガー様と皇太子殿下の年齢は8歳離れておりますが、辛い時間を共に過ごしたおふたりは、本当はとても仲良しなのです。


「ずっとロティが不足していたよ。
 君を補充させて」

ロティというのはエドガー様だけの私の呼び名です。
エドガー様の胸に引き寄せられると、私は目を閉じました。
彼の腕の中に閉じ込められると、何もかもから護っていただけるような。
絶対的なものを感じるのです。


「ノーマンが君のところに来ていたね。
 あいつに何を言われたの?」

「話を聞いてほしいと」

「今になって、浮気の言い訳?」

エドガー様は、私が留学した理由をご存じです。


私とエドガー様と殿下の3人だけのお茶会では、ノーマン様の名前が頻繁にのぼりました。


「殿下も気付いていらしたが、間に入らず見守れと、引き留められていた。
 嫌な事は言われなかった?」

「大丈夫よ、もし何か言われたとしても、今の私はちゃんと言い返せるわ」


あの頃は言いたいこともノーマン様に言えなくて自分でも歯痒くなっていました。
納得出来ないことを指摘して、彼に『可愛くない』と思われたくなくて、我慢することが年々増えて。


今の私は変わったのだと、ノーマン様に思い知らせたい。
そんな気持ちから会うことになっても構わないかなと、思っていたのですが。


「貴方がノーマン様と会うのを止めたいと、思っていらっしゃるのなら、私は会いません」

「それで君はいい?」

「もう終わった話ですもの。
 今の私には、貴方が誰よりも何よりも大切なの」


私はエドガー様にこの気持ちが伝わるよう、願いを込めて背の高い彼を見上げました。

「……ノーマンに会うのを止めないよ」

くちづけの後、彼は私の耳元で囁きました。


「復縁を持ちかけられても、絶対に絆されないように」

「もう!馬鹿なこと言わないで!」

「こちらからはよく見えなかったけれど、彼は美しい男だろう?」

「絆されるなんて有り得ません!」

考えただけで笑ってしまいました。

(あんな嘘つきが何を言ってきても、私は信じたりしないのに)


「あいつは全部失って、もう何も残っていない。
 そんな奴が捨て身で来たら……」

「エドガー様! いい加減にしてくださいませ!
 そんなに私は信用がないのかしら?」

少し気分を害した私はエドガー様の抱擁から出ようと彼の胸を押したのですが、その両腕はますます固く私を閉じ込めて来ました。


「すまなかった。
 俺が信用してないのは君じゃなくてノーマンの事だよ。
 それでつい、しつこく言ってしまったんだ」

「……」

「もう、この事は口にしないから機嫌を直してくれないか。
 君に怒られたら、俺はどうしたらいいのかわからなくなるから」

私より8歳年上の頼りになる灰色狼さんが。
怒られて萎れてしまったワンちゃんに見えてきました。


エドガー様はノーマン様の様な美しい男性ではありませんが、彼の持つ強さや大きさ、深さ、優しさ……

エドガー様を形作るそれら全てが。
私は愛しいのです。


「あの人は平気で私に噓がつけるひとなんです」


あの日彼は私に信じて欲しいと嘘をつきました。

『夏が終われば、君の元に戻るよ』

そう言って彼は。
泣いている私を置いて彼女の所へ行き。

私の元へ戻ってくることはありませんでした。
 
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