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君が遅れなければ
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レオパード帝国とは、いささか納得しかねる追放先でした。
カステード王国にとって、帝国は一番近しい隣国です。
距離的にも近いので、官民共に両国の交流は盛んでした。
歴史的にもお互いに領土を侵犯することなく、統治する王家と皇家の縁組は何度も繰り返されていました。
気候は我が国と同じく温暖ですし、話す言語も同じなのです。
つまり帝国に追放といっても、この国に居るのも変わりがないのです。
「レオパードにはランカスター公爵の知り合いも多く居て、過ごしやすいだろう。
ただし二度とカステードに戻れると思うなと、仰せでしたわ。
優しいんだか酷いんだか、よく判らない追放ね?」
「私もステーシー様の言われる通りだと思うわ。
普通なら追放ってもっと厳しい所へお命じになるものだと、思っていたもの」
『ここだけの話にしてね』と、ステーシー様は声を潜められました。
「隣に居たアン・ペロー嬢も複雑な顔をしていたわ。
彼女はクリスティン様に、もっと厳しい御沙汰を希望していたんじゃないかしら?」
「そう見えたのね?
そういえば皆様はどちらに行かれたの?」
私が聞く皆様とは、王太子殿下とペロー嬢、3名の側近の方達、それからクリスティン様のことです。
皆様のお姿は、この会場には見えません。
「すぐだったの!
伝令がお知らせしたんでしょうね。
すぐに第1がなだれ込んできて、皆様を連れて行ってしまったの!」
王宮警備の第1騎士隊が連れて行ったと、彼女は少しうっとりとした表情で教えてくれました。
純白の隊服の騎士達はご令嬢方の憧れの的なのです。
伝令の知らせにより発覚し、騎士隊により皆様が退場されたのなら、国王陛下はこの断罪劇をご存じではなかったのでしょう。
王命による婚約を、陛下のお許しも得ずに、何故王太子殿下は破棄されたのでしょうか。
この場に立派な肩書きを持つ大人達が居ず、成人である18歳になられたとしても。
真実の愛を応援する若者達に囲まれていても。
このように一方的に人前で婚約破棄を宣言されて、それが認められると、王太子殿下は本気でお考えになったのでしょうか。
私のような者でさえ、上手く行くとは思えないのです。
王太子殿下の周りにいらっしゃったペロー嬢も側近のお三方も優秀な方達でいらっしゃるのに……
事を起こした顛末がどうなるのかと、お考えにはならなかったのでしょうか。
(もしかしたら、王太子殿下はノーマン様と同じ様に夢の続きを見たかったの?)
そう考え始めると不安でたまらなくなり、その場に立ちすくんでしまいました。
そうして。
そのままどのくらい時が過ぎたのでしょうか。
ようやく私の所に戻ってこられたノーマン様の表情も沈んでおられましたが、何故か彼の緑の瞳には、ほの暗い炎のようなものが宿っている様に見えました。
「王太子殿下は最低だ。
クリスティン様がお気の毒だ」
「そうですわね」
「残っていても仕方ない。
何の役にも立たないから帰ろう」
「そうですわね」
私の意見など求めていないノーマン様に、ステーシー様から
聞いた話をお聞かせするのは躊躇われました。
私はステーシー様に軽く会釈をして離れ、ノーマン様と帰ることになりました。
結局、私達が会場に居たのはわずかな時間でした。
帰りの馬車の中でも、ノーマン様は無言のままでした。
窓の外に顔を向け、流れる夜景をぼんやりと見ていらっしゃいました。
少しもこちらを見てはくださいません。
(あんなに大騒ぎして浮かれて、楽しみにしていた夜でしたのに。
少しでも良く見せたくて遅刻してしまったけれど、ノーマン様は素敵だと仰ってくれたのに)
行きの馬車ではノーマン様は楽しげに話をしてくれました。
先日、騎士団に提出する所属希望用紙に第1騎士隊と書いたこと。
提出後に行われた面談で面接官と話が弾んだこと。
「面接官の感触は悪くなかったから、多分第1に行けると思うんだ」
決定通知が楽しみだと、語るノーマン様に私の胸は小さく痛みましたが……
(もし、希望通り第1に決まってお仕事が楽しくなってきたら、彼はまた辞めたくないと、言い出すのではないかしら)
昔と変わらず、ノーマン様の事を愛していました。
彼と結婚したいと、切実に願っていました。
ですが……
彼が私の為に、
私達の結婚の為に、
夢を諦めてくれると、信じきれない自分がいました。
帰りの馬車の中、ノーマン様の無言の圧力に私が耐えきれなくなってきた頃、ようやくノーマン様がこちらを向かれました。
「君が遅れなければ」
小さくですが、忌々しそうに彼がそう口にして。
遅れなければ、どうだったというのでしょうか?
クリスティン様への断罪に立ち会っていれば、何かが変わったというのでしょうか?
彼に問いたい言葉はたくさんありました。
ですが、これ以上雰囲気を悪くしたくはありませんでした。
それが溢れ出ないように、私はただただ俯いていることしか出来ませんでした。
ノーマン様が王宮から戻る馬車の中で話されたのは、それきりでした。
邸に私を送り届けるまで、彼が言葉を発することはありませんでした。
私にとって、本当に忘れられない夜になりました。
カステード王国にとって、帝国は一番近しい隣国です。
距離的にも近いので、官民共に両国の交流は盛んでした。
歴史的にもお互いに領土を侵犯することなく、統治する王家と皇家の縁組は何度も繰り返されていました。
気候は我が国と同じく温暖ですし、話す言語も同じなのです。
つまり帝国に追放といっても、この国に居るのも変わりがないのです。
「レオパードにはランカスター公爵の知り合いも多く居て、過ごしやすいだろう。
ただし二度とカステードに戻れると思うなと、仰せでしたわ。
優しいんだか酷いんだか、よく判らない追放ね?」
「私もステーシー様の言われる通りだと思うわ。
普通なら追放ってもっと厳しい所へお命じになるものだと、思っていたもの」
『ここだけの話にしてね』と、ステーシー様は声を潜められました。
「隣に居たアン・ペロー嬢も複雑な顔をしていたわ。
彼女はクリスティン様に、もっと厳しい御沙汰を希望していたんじゃないかしら?」
「そう見えたのね?
そういえば皆様はどちらに行かれたの?」
私が聞く皆様とは、王太子殿下とペロー嬢、3名の側近の方達、それからクリスティン様のことです。
皆様のお姿は、この会場には見えません。
「すぐだったの!
伝令がお知らせしたんでしょうね。
すぐに第1がなだれ込んできて、皆様を連れて行ってしまったの!」
王宮警備の第1騎士隊が連れて行ったと、彼女は少しうっとりとした表情で教えてくれました。
純白の隊服の騎士達はご令嬢方の憧れの的なのです。
伝令の知らせにより発覚し、騎士隊により皆様が退場されたのなら、国王陛下はこの断罪劇をご存じではなかったのでしょう。
王命による婚約を、陛下のお許しも得ずに、何故王太子殿下は破棄されたのでしょうか。
この場に立派な肩書きを持つ大人達が居ず、成人である18歳になられたとしても。
真実の愛を応援する若者達に囲まれていても。
このように一方的に人前で婚約破棄を宣言されて、それが認められると、王太子殿下は本気でお考えになったのでしょうか。
私のような者でさえ、上手く行くとは思えないのです。
王太子殿下の周りにいらっしゃったペロー嬢も側近のお三方も優秀な方達でいらっしゃるのに……
事を起こした顛末がどうなるのかと、お考えにはならなかったのでしょうか。
(もしかしたら、王太子殿下はノーマン様と同じ様に夢の続きを見たかったの?)
そう考え始めると不安でたまらなくなり、その場に立ちすくんでしまいました。
そうして。
そのままどのくらい時が過ぎたのでしょうか。
ようやく私の所に戻ってこられたノーマン様の表情も沈んでおられましたが、何故か彼の緑の瞳には、ほの暗い炎のようなものが宿っている様に見えました。
「王太子殿下は最低だ。
クリスティン様がお気の毒だ」
「そうですわね」
「残っていても仕方ない。
何の役にも立たないから帰ろう」
「そうですわね」
私の意見など求めていないノーマン様に、ステーシー様から
聞いた話をお聞かせするのは躊躇われました。
私はステーシー様に軽く会釈をして離れ、ノーマン様と帰ることになりました。
結局、私達が会場に居たのはわずかな時間でした。
帰りの馬車の中でも、ノーマン様は無言のままでした。
窓の外に顔を向け、流れる夜景をぼんやりと見ていらっしゃいました。
少しもこちらを見てはくださいません。
(あんなに大騒ぎして浮かれて、楽しみにしていた夜でしたのに。
少しでも良く見せたくて遅刻してしまったけれど、ノーマン様は素敵だと仰ってくれたのに)
行きの馬車ではノーマン様は楽しげに話をしてくれました。
先日、騎士団に提出する所属希望用紙に第1騎士隊と書いたこと。
提出後に行われた面談で面接官と話が弾んだこと。
「面接官の感触は悪くなかったから、多分第1に行けると思うんだ」
決定通知が楽しみだと、語るノーマン様に私の胸は小さく痛みましたが……
(もし、希望通り第1に決まってお仕事が楽しくなってきたら、彼はまた辞めたくないと、言い出すのではないかしら)
昔と変わらず、ノーマン様の事を愛していました。
彼と結婚したいと、切実に願っていました。
ですが……
彼が私の為に、
私達の結婚の為に、
夢を諦めてくれると、信じきれない自分がいました。
帰りの馬車の中、ノーマン様の無言の圧力に私が耐えきれなくなってきた頃、ようやくノーマン様がこちらを向かれました。
「君が遅れなければ」
小さくですが、忌々しそうに彼がそう口にして。
遅れなければ、どうだったというのでしょうか?
クリスティン様への断罪に立ち会っていれば、何かが変わったというのでしょうか?
彼に問いたい言葉はたくさんありました。
ですが、これ以上雰囲気を悪くしたくはありませんでした。
それが溢れ出ないように、私はただただ俯いていることしか出来ませんでした。
ノーマン様が王宮から戻る馬車の中で話されたのは、それきりでした。
邸に私を送り届けるまで、彼が言葉を発することはありませんでした。
私にとって、本当に忘れられない夜になりました。
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