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このひとは私を全然見ていない
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その後、この事をノーマン様が持ち出して私を責めることはありませんでした。
私達は以前と変わらず、定期的にお茶をして一緒にお出かけしました。
ノーマン様は以前に増して、私に優しく丁寧に接してくださいました。
けれど…彼の心はここに有らず、という印象は拭えなくて。
私は気づいてしまいました。
『ノーマン様にとってクリスティン様は特別なのだ』と。
お父様にも、時折勉強を教える為に邸を訪れてくださるディランお兄様にも、相談することは出来ませんでした。
ノーマン様がいくらクリスティン様のことを特別に想っていても、どうこう出来ないお相手です。
気にしなくていいと、言われるだけでしょう。
◇◇◇
王太子殿下が起こされた、婚約破棄の顛末が人々の口に上らなくなるのには、時間がかかりました。
その顛末は呆気なくも、苦いものでした。
クリスティン・マクロス・ランカスター公爵令嬢は本当に帝国に行かれてしまいました。
それは追放ではなくて遊学、なのだそうです。
婚約破棄によって付けられた、心の傷を癒す為、風光明媚な帝国各地を旅されるのだと、お聞きしました。
傷が癒えたら戻って来られると、2カ月後の卒園を待たず、ご出国されたのでした。
クリスティン様が戻られたら、今度こそはご本人が想うお相手と添わせてやりたいと、ランカスター公爵閣下は仰られたとか。
そしてアーロン王太子殿下と3名の側近の方達は、アン・ペロー嬢の魅了に掛かって居たのだと、判明しました。
ペロー嬢が身に付けていた指輪に魅了の力が込められていて、それをご覧になった王太子殿下達は本当の心を失ってしまったのだと、公表されたのです。
全ては魅了のせいであると、判明されましたが。
王太子や高位貴族の令息達が平民の女性の言いなりであった事実は許されるものではないと、国王陛下は判断されました。
王太子殿下は廃嫡され、第1王子殿下と呼ばれるようになり、側近の方達もそれぞれのご実家から勘当されて平民になられたと、発表されました。
アーロン王子殿下はそのまま離宮で謹慎されました。
側近の方達も市井に下り、その消息は判らなくなりました。
魅了の術が身体から抜けた日、王子殿下は自ら望んで毒杯をあおられました。
王家の皆様はその日を静かに過ごされ、王宮には半旗が掲げられました。
アーロン王子殿下の18歳のパーティーから、3か月後のことでした。
指輪の力で愛されたアン・ペロー嬢はご家族と共に処刑されました。
魅了が発覚して2週間後の、裁判も開かれなかった早いご処分でした。
処刑日は周知されず、どちらで処刑が行われたのかも、判りませんでした。
落とされたペロー嬢とご家族の首は、1日だけ王宮前の広場で晒されました。
王太子を誘惑した魔女だと、石を投げつける者を牽制するように、ペロー家の家族の首が並べられた一角の周りを囲んでいるのは、第1の騎士達でした。
魅了の力がそうしたのかも知れませんが、学園内でのあの方達はオーラに包まれていました。
幸せそうに微笑み合う皆様でした。
真実の愛と呼ばれるのも無理はない。
それはそれはまぶしい皆様でした……
王太子殿下の夢はこうして潰えたのでした。
◇◇◇
それから1年が過ぎ、春が終わる頃クリスティン様はカステード王国に戻って来られました。
その帰国は王国の社交界に瞬く間に知らされました。
クリスティン様にお会いしたいと、高位貴族からの招待状が降る様に公爵家に届けられているそうです。
その噂は私も存じておりましたが、伯爵位の我が家には何の関係もないと、思っておりましたのに。
「クリスティン様にお誘いを受けたんだ」
誇らしげにノーマン様は胸を張って仰いました。
「クリスティン様には接見を申し込んでも、なかなかお取り次ぎいただけないと、聞いておりますが」
「ご帰国されて、あちらからご連絡をいただいて。
先週末に公爵邸に招いてくださった」
その言葉が信じられなくて、私は驚くばかりでした。
「公爵家の湖畔の別荘で一緒に夏を過ごそうと、お誘いをいただいたんだ。
断ることは出来ないのは……判るよね?」
ランカスター公領にある湖は美しいことで有名でした。
公爵閣下がお認めになった高位の貴族のみが周辺に遊びに行く事が出来きるとの事なので、その美しい湖を、私達は噂に聞くだけで目にすることは一生ないのです。
「クリスティン様ご本人の口から、
『夏の間だけでいいので、友人として側に居て欲しい』と。
お一人で過ごす夏は辛いと、仰った」
「ご友人、って?
以前からクリスティン様とは親しくされていたのですか?」
「いや、
さすがに在学中は王子殿下の手前、何もなかったが……
あまりにもクリスティン様がお気の毒で、帝国に向かわれる前に、花束と手紙を届けさせていただいたんだ。」
私は何を聞かされているのでしょう……
私なら夏の間、1人で過ごしても平気だと?
婚約者の居る身でありながら、他の女性に花と手紙を贈ったと?
嬉しそうに報告されて。
それだけでも許されるものではないのに。
その方と今年の夏はずっとご一緒されると、堂々と告げられるなんて!
嬉々として話を続けられるノーマン様は、平気で私の心を削ってこられました。
「もちろん恋文などではないから、シャーロットは安心して。
僕はあくまで友人として、旅立たれる前にエールを送るつもりで手紙を書いたのだから。
その時はご返信をいただけなかったが、感謝致しますと、ご本人からご連絡が来たんだ!」
「…」
「僕からの手紙が帝国での毎日の支えになったのだ、と」
(ノーマン様ってこんな人だった?)
彼の頬は紅潮し、緑の瞳は遠くを見ていました。
多分、先日会ったクリスティン様のご様子を思い出しているのでしょう。
「ひと夏中ずっとその別荘で、ふたりきりで……
……お過ごしになるの?」
私の尋ねる声が。
ご自分の隣に居る私が。
怒りで震えてしまっている事に、ノーマン様は気づいても
いらっしゃらないようでした。
(このひとは私を全然見ていない)
改めて突き付けられた現実でした。
私達は以前と変わらず、定期的にお茶をして一緒にお出かけしました。
ノーマン様は以前に増して、私に優しく丁寧に接してくださいました。
けれど…彼の心はここに有らず、という印象は拭えなくて。
私は気づいてしまいました。
『ノーマン様にとってクリスティン様は特別なのだ』と。
お父様にも、時折勉強を教える為に邸を訪れてくださるディランお兄様にも、相談することは出来ませんでした。
ノーマン様がいくらクリスティン様のことを特別に想っていても、どうこう出来ないお相手です。
気にしなくていいと、言われるだけでしょう。
◇◇◇
王太子殿下が起こされた、婚約破棄の顛末が人々の口に上らなくなるのには、時間がかかりました。
その顛末は呆気なくも、苦いものでした。
クリスティン・マクロス・ランカスター公爵令嬢は本当に帝国に行かれてしまいました。
それは追放ではなくて遊学、なのだそうです。
婚約破棄によって付けられた、心の傷を癒す為、風光明媚な帝国各地を旅されるのだと、お聞きしました。
傷が癒えたら戻って来られると、2カ月後の卒園を待たず、ご出国されたのでした。
クリスティン様が戻られたら、今度こそはご本人が想うお相手と添わせてやりたいと、ランカスター公爵閣下は仰られたとか。
そしてアーロン王太子殿下と3名の側近の方達は、アン・ペロー嬢の魅了に掛かって居たのだと、判明しました。
ペロー嬢が身に付けていた指輪に魅了の力が込められていて、それをご覧になった王太子殿下達は本当の心を失ってしまったのだと、公表されたのです。
全ては魅了のせいであると、判明されましたが。
王太子や高位貴族の令息達が平民の女性の言いなりであった事実は許されるものではないと、国王陛下は判断されました。
王太子殿下は廃嫡され、第1王子殿下と呼ばれるようになり、側近の方達もそれぞれのご実家から勘当されて平民になられたと、発表されました。
アーロン王子殿下はそのまま離宮で謹慎されました。
側近の方達も市井に下り、その消息は判らなくなりました。
魅了の術が身体から抜けた日、王子殿下は自ら望んで毒杯をあおられました。
王家の皆様はその日を静かに過ごされ、王宮には半旗が掲げられました。
アーロン王子殿下の18歳のパーティーから、3か月後のことでした。
指輪の力で愛されたアン・ペロー嬢はご家族と共に処刑されました。
魅了が発覚して2週間後の、裁判も開かれなかった早いご処分でした。
処刑日は周知されず、どちらで処刑が行われたのかも、判りませんでした。
落とされたペロー嬢とご家族の首は、1日だけ王宮前の広場で晒されました。
王太子を誘惑した魔女だと、石を投げつける者を牽制するように、ペロー家の家族の首が並べられた一角の周りを囲んでいるのは、第1の騎士達でした。
魅了の力がそうしたのかも知れませんが、学園内でのあの方達はオーラに包まれていました。
幸せそうに微笑み合う皆様でした。
真実の愛と呼ばれるのも無理はない。
それはそれはまぶしい皆様でした……
王太子殿下の夢はこうして潰えたのでした。
◇◇◇
それから1年が過ぎ、春が終わる頃クリスティン様はカステード王国に戻って来られました。
その帰国は王国の社交界に瞬く間に知らされました。
クリスティン様にお会いしたいと、高位貴族からの招待状が降る様に公爵家に届けられているそうです。
その噂は私も存じておりましたが、伯爵位の我が家には何の関係もないと、思っておりましたのに。
「クリスティン様にお誘いを受けたんだ」
誇らしげにノーマン様は胸を張って仰いました。
「クリスティン様には接見を申し込んでも、なかなかお取り次ぎいただけないと、聞いておりますが」
「ご帰国されて、あちらからご連絡をいただいて。
先週末に公爵邸に招いてくださった」
その言葉が信じられなくて、私は驚くばかりでした。
「公爵家の湖畔の別荘で一緒に夏を過ごそうと、お誘いをいただいたんだ。
断ることは出来ないのは……判るよね?」
ランカスター公領にある湖は美しいことで有名でした。
公爵閣下がお認めになった高位の貴族のみが周辺に遊びに行く事が出来きるとの事なので、その美しい湖を、私達は噂に聞くだけで目にすることは一生ないのです。
「クリスティン様ご本人の口から、
『夏の間だけでいいので、友人として側に居て欲しい』と。
お一人で過ごす夏は辛いと、仰った」
「ご友人、って?
以前からクリスティン様とは親しくされていたのですか?」
「いや、
さすがに在学中は王子殿下の手前、何もなかったが……
あまりにもクリスティン様がお気の毒で、帝国に向かわれる前に、花束と手紙を届けさせていただいたんだ。」
私は何を聞かされているのでしょう……
私なら夏の間、1人で過ごしても平気だと?
婚約者の居る身でありながら、他の女性に花と手紙を贈ったと?
嬉しそうに報告されて。
それだけでも許されるものではないのに。
その方と今年の夏はずっとご一緒されると、堂々と告げられるなんて!
嬉々として話を続けられるノーマン様は、平気で私の心を削ってこられました。
「もちろん恋文などではないから、シャーロットは安心して。
僕はあくまで友人として、旅立たれる前にエールを送るつもりで手紙を書いたのだから。
その時はご返信をいただけなかったが、感謝致しますと、ご本人からご連絡が来たんだ!」
「…」
「僕からの手紙が帝国での毎日の支えになったのだ、と」
(ノーマン様ってこんな人だった?)
彼の頬は紅潮し、緑の瞳は遠くを見ていました。
多分、先日会ったクリスティン様のご様子を思い出しているのでしょう。
「ひと夏中ずっとその別荘で、ふたりきりで……
……お過ごしになるの?」
私の尋ねる声が。
ご自分の隣に居る私が。
怒りで震えてしまっている事に、ノーマン様は気づいても
いらっしゃらないようでした。
(このひとは私を全然見ていない)
改めて突き付けられた現実でした。
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