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望まれて婿入りするのだから
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※元婚約者視点が3話続きます
◇◇◇
今から思い返すと、俺は多分飽き始めていたんだろう。
初恋の。
憧れのひととふたりだけで過ごす毎日に。
訪れた当初は、有名な景勝地の別荘に心が踊った。
俺等クラスの貴族には無縁のリゾート地。
王族しか招かれないと言われる、筆頭公爵家の別荘で、俺は女神とひと夏を過ごすことになったのだ。
舞い上がってたと、言うことだ。
◇◇◇
絶対結ばれることのない相手だからこそ。
余計に恋い焦がれた女性。
彼女は王太子の婚約者。
入園式で初めて見た彼女の周囲には、普通の人間には近づけないオーラがあった。
一目で特別な女の子だと判った。
昔しつこい位にシャルが俺に読むよう勧めてきた、絵本に出てくる月の女神。
年齢的に有り得る筈がないのに、彼女がその女神のモデルだと思った。
それ程、彼女は女神そのものだったのだ。
クリスティン・マクロス・ランカスター公爵令嬢。
いつも遠くから彼女を見つめていた。
同じ学年だったが簡単には近づけないし、近づくつもりもなかった。
人は神に関わってはいけない。
ただ婚約者である王太子が彼女を蔑ろにして、平民の女を大事にしてる姿を、周囲に見せつけてるのには腹が立った。
自分も婚約者を蔑ろにしていたのに。
クリスティン様は聡明で美しくて、学園に彼女を信奉している男は多かったが、不思議と騎士科には、そんな男はいなかった。
それよりも、俺はよく2学年下の婚約者のことを言われた。
「領地経営科のマドンナが婚約者って、どんな徳を積んだらなれるんだよ」
「皆、狙ってたけどお前が居るからあきらめたんだ」
シャルが男共に人気があるのは知らなかったが、それは俺のプライドをくすぐった。
(俺は女神とは無理だけどマドンナとは結婚出来る。
それも頼んで来たのはあっちだ)
愚かだったのだ。
望まれて婿入りするのだから、自分の方がシャルより立場が上だと、思い込んでいた。
だから、あえてその日が来るまで、皆が思う通りに進んでやるもんかと、思ったのだ。
適当に耳障りのいい言葉を選んで、
シャルに言い聞かせて、
協力させた。
シャルに対しては出来るだけ優しくはしたけど、感情的になると八つ当たりした。
クリスティン様が婚約破棄されたあの夜、俺はイラつきを押さえることが出来ずに、何の罪もない彼女にひどい言葉を吐いたのだ。
言ってから『しまった』と思った。
シャルが怯えたように身をすくませたからだ。
まずい。
これを知った彼女の父親がどんなに怒ることか。
だけど、一度口にした言葉は戻らない。
俺はいつもみたいに彼女を誤魔化すことが出来ず、黙っているだけだった。
王太子は廃嫡されてただの王子になり、毒を飲んだ。
王子や平民女と一緒になって、いい気になってた
3バカも、今は何処に居るか判らない。
平民女とその家族は王家に仇をなした者として、首を落とされて晒された。
晒された平民女の首に石でも投げつけてやろうかと王宮前広場へ向かったが、第1が立っていて近付けなかった。
第1の前では、誰もが気圧されて大人しくなる。
これで終わったんだと、俺は思った。
クリスティン様を苦しめた奴らは粛清された。
彼女は帝国で、心の傷を癒されていた。
帰国したら、彼女は誰かと結婚するだろう。
きっと公爵令嬢に相応しい相手だろう。
それは決して、俺ではない。
クリスティン様に思いきって手紙を出していた。
どう書けば彼女に元気になっていただけるだろうかと、悩み抜いて結局簡単になった。
『1日も早くお心の傷が癒えますように』
こんな一文じゃカードで充分なのに、俺は便箋に書いた。
『女性にはお花を贈るべきですよ』と、家令が言った。
「それも花屋に頼むんじゃなくて、ご自分でお届けしたら、
シャーロット様も大変お喜びになるか、と」
家令はシャルに渡すのだと思い込んでいたが、あえて否定はしない。
そんなこと言えば、聞き付けた母が大騒ぎするだろう。
俺は愛馬に乗り、公爵家へ向かった。
手紙と花束を門番に言付けた。
クリスティン様からはご返信がなかったが、それは判っていたので落ち込むことはなかった。
あの夜以前の日々が戻ってきていた。
俺は第3騎士隊に配属された。
もしかしたら、と思った。
俺は第1に入りたくて配属希望届に書いて提出した。
第1に配属されるのは、見映えのする貴族の息子達だ。
純白の隊服は汚れるような仕事をしない現れだと、騎士科では言われてた。
「ノーマンなら第1行けるんじゃないか」
たかがガキの同級生にそう言われただけなのに、俺は自信を持ってしまった。
それに面接した文官は俺が退出しようとすると、わざわざ呼び止めてこう言ったのだ。
『ご希望が通るよう善処致します』と。
結果は第3だった。
都内の巡回や平民間のトラブル処理に走らされるのかと、思うと憂鬱になった。
もしかしたら、シャルの父親の差し金か。
そうとしか、当時の俺には思えなかった。
シャルの父親のガルテン伯爵は顔が広い。
言うことを聞かない婿に思い知らせてやろうと、裏から手を回したに違いない。
今更、第3だから辞めるとは言えない。
意地でも2年は続けるしかない。
俺の人生は俺の思い通りにはいかない。
気持ちの持っていくところがなくて、何の罪もないシャルを恨んだ俺は。
最低の男だった。
◇◇◇
今から思い返すと、俺は多分飽き始めていたんだろう。
初恋の。
憧れのひととふたりだけで過ごす毎日に。
訪れた当初は、有名な景勝地の別荘に心が踊った。
俺等クラスの貴族には無縁のリゾート地。
王族しか招かれないと言われる、筆頭公爵家の別荘で、俺は女神とひと夏を過ごすことになったのだ。
舞い上がってたと、言うことだ。
◇◇◇
絶対結ばれることのない相手だからこそ。
余計に恋い焦がれた女性。
彼女は王太子の婚約者。
入園式で初めて見た彼女の周囲には、普通の人間には近づけないオーラがあった。
一目で特別な女の子だと判った。
昔しつこい位にシャルが俺に読むよう勧めてきた、絵本に出てくる月の女神。
年齢的に有り得る筈がないのに、彼女がその女神のモデルだと思った。
それ程、彼女は女神そのものだったのだ。
クリスティン・マクロス・ランカスター公爵令嬢。
いつも遠くから彼女を見つめていた。
同じ学年だったが簡単には近づけないし、近づくつもりもなかった。
人は神に関わってはいけない。
ただ婚約者である王太子が彼女を蔑ろにして、平民の女を大事にしてる姿を、周囲に見せつけてるのには腹が立った。
自分も婚約者を蔑ろにしていたのに。
クリスティン様は聡明で美しくて、学園に彼女を信奉している男は多かったが、不思議と騎士科には、そんな男はいなかった。
それよりも、俺はよく2学年下の婚約者のことを言われた。
「領地経営科のマドンナが婚約者って、どんな徳を積んだらなれるんだよ」
「皆、狙ってたけどお前が居るからあきらめたんだ」
シャルが男共に人気があるのは知らなかったが、それは俺のプライドをくすぐった。
(俺は女神とは無理だけどマドンナとは結婚出来る。
それも頼んで来たのはあっちだ)
愚かだったのだ。
望まれて婿入りするのだから、自分の方がシャルより立場が上だと、思い込んでいた。
だから、あえてその日が来るまで、皆が思う通りに進んでやるもんかと、思ったのだ。
適当に耳障りのいい言葉を選んで、
シャルに言い聞かせて、
協力させた。
シャルに対しては出来るだけ優しくはしたけど、感情的になると八つ当たりした。
クリスティン様が婚約破棄されたあの夜、俺はイラつきを押さえることが出来ずに、何の罪もない彼女にひどい言葉を吐いたのだ。
言ってから『しまった』と思った。
シャルが怯えたように身をすくませたからだ。
まずい。
これを知った彼女の父親がどんなに怒ることか。
だけど、一度口にした言葉は戻らない。
俺はいつもみたいに彼女を誤魔化すことが出来ず、黙っているだけだった。
王太子は廃嫡されてただの王子になり、毒を飲んだ。
王子や平民女と一緒になって、いい気になってた
3バカも、今は何処に居るか判らない。
平民女とその家族は王家に仇をなした者として、首を落とされて晒された。
晒された平民女の首に石でも投げつけてやろうかと王宮前広場へ向かったが、第1が立っていて近付けなかった。
第1の前では、誰もが気圧されて大人しくなる。
これで終わったんだと、俺は思った。
クリスティン様を苦しめた奴らは粛清された。
彼女は帝国で、心の傷を癒されていた。
帰国したら、彼女は誰かと結婚するだろう。
きっと公爵令嬢に相応しい相手だろう。
それは決して、俺ではない。
クリスティン様に思いきって手紙を出していた。
どう書けば彼女に元気になっていただけるだろうかと、悩み抜いて結局簡単になった。
『1日も早くお心の傷が癒えますように』
こんな一文じゃカードで充分なのに、俺は便箋に書いた。
『女性にはお花を贈るべきですよ』と、家令が言った。
「それも花屋に頼むんじゃなくて、ご自分でお届けしたら、
シャーロット様も大変お喜びになるか、と」
家令はシャルに渡すのだと思い込んでいたが、あえて否定はしない。
そんなこと言えば、聞き付けた母が大騒ぎするだろう。
俺は愛馬に乗り、公爵家へ向かった。
手紙と花束を門番に言付けた。
クリスティン様からはご返信がなかったが、それは判っていたので落ち込むことはなかった。
あの夜以前の日々が戻ってきていた。
俺は第3騎士隊に配属された。
もしかしたら、と思った。
俺は第1に入りたくて配属希望届に書いて提出した。
第1に配属されるのは、見映えのする貴族の息子達だ。
純白の隊服は汚れるような仕事をしない現れだと、騎士科では言われてた。
「ノーマンなら第1行けるんじゃないか」
たかがガキの同級生にそう言われただけなのに、俺は自信を持ってしまった。
それに面接した文官は俺が退出しようとすると、わざわざ呼び止めてこう言ったのだ。
『ご希望が通るよう善処致します』と。
結果は第3だった。
都内の巡回や平民間のトラブル処理に走らされるのかと、思うと憂鬱になった。
もしかしたら、シャルの父親の差し金か。
そうとしか、当時の俺には思えなかった。
シャルの父親のガルテン伯爵は顔が広い。
言うことを聞かない婿に思い知らせてやろうと、裏から手を回したに違いない。
今更、第3だから辞めるとは言えない。
意地でも2年は続けるしかない。
俺の人生は俺の思い通りにはいかない。
気持ちの持っていくところがなくて、何の罪もないシャルを恨んだ俺は。
最低の男だった。
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