【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました

Mimi

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もうバカな女の振りはやめる

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帰りの馬車の中。
私の隣でスカーレットが叫んでいました。


「何なの、あの女!
 婚約者の居る男にすり寄って本物の悪役令嬢じゃないの!」

「…公爵令嬢に対して不敬よ」

「あの馬鹿も、何であんな淫乱にたぶらかされてるのよ!」

「たぶらかされたんじゃなくて、自ら望んで行ったのよ」

私がそう返すと、スカーレットはこちらに身をよじって、目を丸くしました。


「あのふたりのこと、前から知ってたの?
 どうして皆に言わなかったの!」

「夏が終われば戻ると、ノーマン様が仰ったから」

私が淡々とそう言ったので、スカーレットは黙ってしまいました。


『やっと静かになった』

ボソボソとギリアンは言い、向かいに座る私を真っ直ぐな視線で見つめました。


「シャルはこれからどうする?」

「まずは結婚の為の覚書ノートを燃やすわ」

「えー、燃やすの勿体ないー」

彼女の方を見ずに、私は返事をしました。


「貴女にあげないわよ、スカーレット。
 あれは縁起がよくないから、やめなさい」

「貴女どうしたの、シャル?」

いつもと違う私の口調に、彼女は戸惑っているようでした。


「もうバカな女の振りはやめるんだろ」

ギリアンは確信したように言いました。


「いつまで続けるつもりだと、心配していたけどね」

「それからお父様とお月様にお願いするの」

お父様には、婚約解消を。
お月様には、私が自分に掛けた呪いを解いていただくよう。


「お月様にお願い、って?
 シャルってやっぱりお花畑のひとね」


 ◇◇◇


邸に戻り、まず私がしたことは従姉弟のふたりに宣言した通りに、緑色のカバーのノートを暖炉に捨て、火を着けることでした。

めらめらと上がった炎がノートを燃やしていく様を見つめていると、スカーレットが部屋に入ってきました。


「破棄よ、破棄!
 あの馬鹿有責で違約金とか精神的苦痛?
 それで取れるだけ取るのよ!」

婚約者のヒューバート様がお医者様の家門なので、最近の彼女は医学用語らしき単語を好んで使うようになってきていました。


「なんだったらランカスター公爵家にも請求して」

「婚約解消をお父様にお願いするつもりよ」

私の言葉にスカーレットは納得出来ないようでしたが、それだけはお父様に強くお願いしようと思っていました。

ノーマン様のことは許せそうにもありませんが、ブライトン家に高額な違約金の支払いはさせたくなかったのです。


幸い私達は幼い頃に簡易な書類で婚約を結んだ仲だった
ので、正式な婚約式は行われず、来年の結婚式がお客様を招いての、初めてのお披露目でした。

ウエディングドレスはお母様のものをお譲りいただく予定で、ブーケはノーマン様がご用意してくださるお約束でしたので、我が家が支払う結婚に向けての費用は、まだ多額なものは発生していませんでした。 
こうなると婚礼家具の発注や部屋の改装を済ませていなかった事は、
不幸中の幸いだと思いました。


お父様がお帰りになったので、クリスティン様のお名前以外、
全てをお話しました。
お父様は黙って、そのまま書斎を出ていかれました。
そして夕食の席で、ノーマン様は不在であったけれど婚約を解消してきたと、仰いました。


お母様に解消になったことを謝りますと、抱き締めてくださいました。


「ずっと我慢させてごめんなさい。
 彼なら、貴女を幸せにしてくれると思ったのに」

『お母様を幸せにしたかったの』と、伝えることはやめました。

『私が男児を生んでお母様を幸せにする』
なんて私は、思い上がっていたのでしょう。

私はノーマン様を愛そうと努力したつもりだったけれど。
愛されようとする努力は、足りなかったかもしれません。
『お姫様に負けちゃった』とだけ、お母様に言うと。
私の黒髪を撫でながら、こう仰ったのです。


『私のお姫様はこんなに素敵なのに、ノーマンのばかやろう』

驚きました。
ばかやろう、なんて言葉をお使いになるお母様は初めてでした。
もしかしたら、隠れて泣いていたと思われていたけれど。
誰もいないところではお祖母様のことも、こうして罵っていたのかしらと、可笑しくなりました。


もうお月様にお願いしなくても。
私の呪いは消えたと、思いました。




後日両家でお話をすることになりましたが、やはりノーマン様の姿はありませんでした。
おじ様が騎士団にノーマン様宛の伝言をお願いしたのですが、無視されたのでしょう。


何となくそう予想していた私は別に傷つきませんでしたが、
ブライトンのおじ様がここにいないノーマン様を罵っていて、おば様は泣き続け、その肩をお母様がずっと抱いていました。


ブライトンの領地からわざわざアクセルお兄様が来て頭を下げてくださったので、私は却って恐縮してしまいました。
解消としたことで、違約金が発生しなかった事を、
『申し訳ないけど助かった』と、正直な気持ちを仰いますので、少し笑ってしまいました。 

アクセルお兄様は、昔からいつも私を笑わせてくださいました。
ディランお兄様は何故だか、私よりやつれて見えました。


「ディランお兄様は私より元気がありませんね?」

「シャルが元気なら何よりだよ」

「試験勉強で睡眠が足りていないのでしょう?
 どうか、きちんと休める時は休んでくださいね」

「また顔を見せてくれるかな?」

「勿論ですわ。
 お兄様のますますのご活躍をお祈りしています」



もう他人行儀という言葉をディランお兄様は仰いませんでした。
本当に他人になってしまったのです。


「私は、君が……」

そう言いかけて、お兄様は黙られました。
ディランお兄様とお会いしたのは、それが最後でした。




さすがに暫くはノーマン様のお顔を見るのは無理だと思いましたので、お父様に留学したいと、申し出ました。

お父様は『手放したくない』 と反対されましたが
『ここには居たくない』と私が泣いた素振りを見せると、渋々折れてくださいました。
お父様にお願いをする時はと、お母様がお勧めしてくださった手法を使わせていただいたのです。


お許しくださると、外務関係のお知り合いが多いお父様の手腕はさすがでした。
本来なら半年以上かける準備期間ですが、留学用旅券、寮の手配、その他必要な書類も手早くご用意してくださいました。



夏が終わる直前に、スカーレットの婚約披露パーティーが行われました。
私が留学すると伝えると、いつもあれこれ注意をしてくる彼女なのに、ただ黙って抱き締めてくれました。

ギリアンは何とも言えない表情をして
『1年で帰ってくるよな?』と確認してきました。

『辛かったら、もっと早くなるかも』と私が答えると、
『直ぐに帰ってきても僕は笑わない』と真面目な顔をして言ってくれました。


2日後、私は王国を旅立ちました。

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