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3人だけのお茶会を始めよう
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留学先にレオパード帝国の帝国学院を選ばれたのはお父様でした。
私は『もうここには居たくない』と申しましたが、決して帝国学院を希望してはいませんでした。
確かにカステードの者が留学先に選ぶのは多くが帝国でした。
レオパード帝国は政情及び物価が安定していて治安も良く、教育や研究施設も充実しています。
そして何より両国の関係は良好でしたので、親の立場からすると、安心して送り出せるというのも理解出来るのですが……
実は私はレオパード帝国に対して、少々複雑な思いを抱えておりました。
それはやはりクリスティン様のせいでした。
(クリスティン様は最近まで帝国に遊学されていた……)
完璧なあの御方に、魅せられた方はたくさんいらっしゃるだろうと想像出来ましたし、加えてアーロン王子殿下からの断罪劇は他国にも知られていたので。
詳細を知りたくともご本人に聞くわけにもいかなかったからと、同じ王国から来た私に
『悲劇の悪役令嬢』の話題を振ってこられるのではないか、その時はどのような顔でやり過ごせばいいのか……
(お父様にレオパード帝国は嫌なのだと伝えておけばよかったわ……)
ですが、私なりに覚悟して祖国を出たのですから甘えたことを言ってはいけないと、自分を戒めました。
最終学年に転入してきた留学生。
良くも悪くも、私は皆様に注目をされていたようでした。
特に何かしらの目標があって帝国に学びに来た様子はないと、向上心の有無は判るのでしょう。
『こんな時期に祖国から逃げ出した』
『誰も知らないこの国でやり直すつもりね』
取立てて秀でたところのない私を『訳あり女』と、陰で噂される方達が居ることも気付いていました。
そんな私でしたので、中々こちらの思うようには、学院内で人間関係を築くことは出来ませんでした。
既に形成された集団に入ることなど、何もない私には無理でした。
教育水準の高い帝国学院には、他国からの留学生は多数在籍されておりましたが、この年は私ひとりだったのです。
クラスメートとも交わす会話は、挨拶をするくらいの私でしたが、ある日声をかけてこられた令嬢がいました。
キャロライン・ナイ・バイロン侯爵令嬢です。
彼女は銀に近い灰色の豊かにウェーブした髪、勝ち気そうに煌めく濃灰色の瞳の持ち主でした。
彼女のお父様は帝国国軍総師団長をされていらっしゃいます。
未だに友人の出来ない私でしたが、クラスの方達のことは生徒名鑑で確認していました。
キャロライン様はクラスでは女生徒のリーダー格でしたので、声をかけられて私は緊張してしまいました。
「シャーロット様、お話させていただいてもよろしいでしょうか?
私はキャロラインと申します。
宜しければキャルと呼んでいただけますか?」
「勿論ですわ。
私のことはシャルとお呼び下さいませ」
「まぁ!シャルですって?」
キャロライン様は些かオーバーな身振りで両手を合わされました。
「キャルにシャルなんて!
私達、お友達になる運命でしたのよ!」
勝ち気だと思い込んでいた彼女の瞳に、優しい輝きがありました。
何故か、頼りない私を叱りながらも気遣ってくれていた従姉のスカーレットを思い出しました。
その日から私が学院で過ごす日々は変わりました。
何もかもが楽しく、そして良い方向へと変わっていきました。
キャルと居ることで、どんどん友人の輪が広がっていきました。
私は知らなかったのです。
何故キャルが私に声をかけて来てくれたのか……
◇◇◇
そのお茶会は、私がキャルにお誘いされて侯爵家に伺うようになって何回目のことだったでしょうか……
すっかり顔馴染みになった執事さんにいざなわれて、いつもお茶会に使用される温室に入ったのですが、そこにはキャルの姿はなく。
艶やかな黒髪をひとつに結ばれた若い男性と私よりも年上とお見受けする灰色の短髪の男性が、おふたりテーブルに着いていらっしゃいました。
おふたりは私に気付くと立ち上がり、胸に左手を当てられました。
それは帝国式の女性に対する礼でした。
そして……私はようやく気付きました。
黒髪のお若い方の男性が。
レオパード帝国が誇る、『帝国の黒き薔薇』。
赤い瞳の皇太子ダミアン殿下であられると。
灰色の髪をした男性が私をエスコートしてくださるおつもりで、こちらに近付いてこられました。
私は慌てて歩みを早めました。
皇太子殿下を立たせてお待たせするなど、不敬極まりないことでしたから。
私は深々と頭を下げ、最上級のカーテシーを致しました。
「帝国の若き太陽、皇太子殿下にご挨拶致し……」
「あぁ、今はそういう固苦しいのいいからね。
どうぞ座って?」
皇太子殿下は向かいの席を示されました。
私の正面に殿下、左隣には灰色の髪の男性が座り、落ち着かない私は手にしていたハンカチを握り締めました。
そんな私の様子を、殿下はじっとご覧になっていました。
「驚かせて悪かったね。
キャロライン嬢には席を外すよう、私がお願いしたんだ。」
ハンカチを持つ手が震えました。
「改めて自己紹介しよう。
私は、いや俺はダミアン・ロウ・ブルックス。
知っているだろうが、レオパードの皇太子だ。
君と同じ学年に在籍しているが、夏前から忙しくて学院に通えてないんだ」
殿下がお隣の男性を、手で示されました。
「こっちの愛想のない男は、エドガー・ナイ・バイロン。
所属は近衛だが、皇帝陛下の命で今は俺と、ある件に関わっている」
バイロン様が軽く私に頭を下げられました。
バイロンと、おっしゃるということは。
「私のことはエドガーと呼んでくださって構いません。
キャロラインは私の妹です」
キャルのお兄様だと言われたので、やっぱりと思いました。
エドガー様の髪と瞳の色はキャルと同じでした。
(それではこの方が『おじさん』なのね)
キャルの話には、おじさんのことがたくさん出てきました。
最初私は文字通り、お父様のご兄弟が侯爵邸に同居されているのかしらと思ったのですが。
よくよく聞いてみると、おじさんは8歳年上のお兄様のことだと、判りました。
おじさんという言葉と目の前の男性の姿は、そぐわないように思われました。
(エドガー様はおじさんなんかじゃないわ)
私も自己紹介させていただこうと、改めて席を立とうとすると殿下に押し留められました。
「自己紹介はしなくて構わない。
君のことはちゃんと調べはついてる。
クリスティンの、あの女の被害者だからね」
殿下の言葉は私を動揺させるのに充分でした。
私が留学した理由を、殿下はご存知なのです。
殿下は私の側に椅子を移動させると、身を寄せられて、耳元で囁かれました。
「帝国を舐めてもらっちゃ困るな。
あらゆる国の、あらゆる情報が、こっちには集まってくるんだから」
笑うのをこらえると、いった口調でしたが、そのトーンは冷酷さも含んでおられるようでした。
私をからかっていらっしゃるのか。
それとも脅していらっしゃるのか。
エドガー様は顔色の失った私を見て、心配気なご様子でした。
(どうやったら、帰してもらえるの?)
私の耳元で、ますます楽しげに殿下は続けられました。
「帰るのは許さない。
だけど君が俺の欲しい情報を話してくれるなら、それが終わったら帰っていいよ」
「し、失礼ながら……
殿下がお求めの情報を私ごときが持っているとは、思えません……」
動悸が激しくなり、声が震えて。
それだけ言うのがやっとでした。
私は何かの罠にかけられたのでしょうか?
キャルが私に優しく接してくれたのは、この為だったのでしょうか?
「難しい話じゃないよ。
クリスティンの話を聞くだけさ。
……ただそれを知る人間は少ない方がいい。
だからここには使用人も立ち入り禁止にした。
さて、今から3人だけのお茶会を始めようか」
私は『もうここには居たくない』と申しましたが、決して帝国学院を希望してはいませんでした。
確かにカステードの者が留学先に選ぶのは多くが帝国でした。
レオパード帝国は政情及び物価が安定していて治安も良く、教育や研究施設も充実しています。
そして何より両国の関係は良好でしたので、親の立場からすると、安心して送り出せるというのも理解出来るのですが……
実は私はレオパード帝国に対して、少々複雑な思いを抱えておりました。
それはやはりクリスティン様のせいでした。
(クリスティン様は最近まで帝国に遊学されていた……)
完璧なあの御方に、魅せられた方はたくさんいらっしゃるだろうと想像出来ましたし、加えてアーロン王子殿下からの断罪劇は他国にも知られていたので。
詳細を知りたくともご本人に聞くわけにもいかなかったからと、同じ王国から来た私に
『悲劇の悪役令嬢』の話題を振ってこられるのではないか、その時はどのような顔でやり過ごせばいいのか……
(お父様にレオパード帝国は嫌なのだと伝えておけばよかったわ……)
ですが、私なりに覚悟して祖国を出たのですから甘えたことを言ってはいけないと、自分を戒めました。
最終学年に転入してきた留学生。
良くも悪くも、私は皆様に注目をされていたようでした。
特に何かしらの目標があって帝国に学びに来た様子はないと、向上心の有無は判るのでしょう。
『こんな時期に祖国から逃げ出した』
『誰も知らないこの国でやり直すつもりね』
取立てて秀でたところのない私を『訳あり女』と、陰で噂される方達が居ることも気付いていました。
そんな私でしたので、中々こちらの思うようには、学院内で人間関係を築くことは出来ませんでした。
既に形成された集団に入ることなど、何もない私には無理でした。
教育水準の高い帝国学院には、他国からの留学生は多数在籍されておりましたが、この年は私ひとりだったのです。
クラスメートとも交わす会話は、挨拶をするくらいの私でしたが、ある日声をかけてこられた令嬢がいました。
キャロライン・ナイ・バイロン侯爵令嬢です。
彼女は銀に近い灰色の豊かにウェーブした髪、勝ち気そうに煌めく濃灰色の瞳の持ち主でした。
彼女のお父様は帝国国軍総師団長をされていらっしゃいます。
未だに友人の出来ない私でしたが、クラスの方達のことは生徒名鑑で確認していました。
キャロライン様はクラスでは女生徒のリーダー格でしたので、声をかけられて私は緊張してしまいました。
「シャーロット様、お話させていただいてもよろしいでしょうか?
私はキャロラインと申します。
宜しければキャルと呼んでいただけますか?」
「勿論ですわ。
私のことはシャルとお呼び下さいませ」
「まぁ!シャルですって?」
キャロライン様は些かオーバーな身振りで両手を合わされました。
「キャルにシャルなんて!
私達、お友達になる運命でしたのよ!」
勝ち気だと思い込んでいた彼女の瞳に、優しい輝きがありました。
何故か、頼りない私を叱りながらも気遣ってくれていた従姉のスカーレットを思い出しました。
その日から私が学院で過ごす日々は変わりました。
何もかもが楽しく、そして良い方向へと変わっていきました。
キャルと居ることで、どんどん友人の輪が広がっていきました。
私は知らなかったのです。
何故キャルが私に声をかけて来てくれたのか……
◇◇◇
そのお茶会は、私がキャルにお誘いされて侯爵家に伺うようになって何回目のことだったでしょうか……
すっかり顔馴染みになった執事さんにいざなわれて、いつもお茶会に使用される温室に入ったのですが、そこにはキャルの姿はなく。
艶やかな黒髪をひとつに結ばれた若い男性と私よりも年上とお見受けする灰色の短髪の男性が、おふたりテーブルに着いていらっしゃいました。
おふたりは私に気付くと立ち上がり、胸に左手を当てられました。
それは帝国式の女性に対する礼でした。
そして……私はようやく気付きました。
黒髪のお若い方の男性が。
レオパード帝国が誇る、『帝国の黒き薔薇』。
赤い瞳の皇太子ダミアン殿下であられると。
灰色の髪をした男性が私をエスコートしてくださるおつもりで、こちらに近付いてこられました。
私は慌てて歩みを早めました。
皇太子殿下を立たせてお待たせするなど、不敬極まりないことでしたから。
私は深々と頭を下げ、最上級のカーテシーを致しました。
「帝国の若き太陽、皇太子殿下にご挨拶致し……」
「あぁ、今はそういう固苦しいのいいからね。
どうぞ座って?」
皇太子殿下は向かいの席を示されました。
私の正面に殿下、左隣には灰色の髪の男性が座り、落ち着かない私は手にしていたハンカチを握り締めました。
そんな私の様子を、殿下はじっとご覧になっていました。
「驚かせて悪かったね。
キャロライン嬢には席を外すよう、私がお願いしたんだ。」
ハンカチを持つ手が震えました。
「改めて自己紹介しよう。
私は、いや俺はダミアン・ロウ・ブルックス。
知っているだろうが、レオパードの皇太子だ。
君と同じ学年に在籍しているが、夏前から忙しくて学院に通えてないんだ」
殿下がお隣の男性を、手で示されました。
「こっちの愛想のない男は、エドガー・ナイ・バイロン。
所属は近衛だが、皇帝陛下の命で今は俺と、ある件に関わっている」
バイロン様が軽く私に頭を下げられました。
バイロンと、おっしゃるということは。
「私のことはエドガーと呼んでくださって構いません。
キャロラインは私の妹です」
キャルのお兄様だと言われたので、やっぱりと思いました。
エドガー様の髪と瞳の色はキャルと同じでした。
(それではこの方が『おじさん』なのね)
キャルの話には、おじさんのことがたくさん出てきました。
最初私は文字通り、お父様のご兄弟が侯爵邸に同居されているのかしらと思ったのですが。
よくよく聞いてみると、おじさんは8歳年上のお兄様のことだと、判りました。
おじさんという言葉と目の前の男性の姿は、そぐわないように思われました。
(エドガー様はおじさんなんかじゃないわ)
私も自己紹介させていただこうと、改めて席を立とうとすると殿下に押し留められました。
「自己紹介はしなくて構わない。
君のことはちゃんと調べはついてる。
クリスティンの、あの女の被害者だからね」
殿下の言葉は私を動揺させるのに充分でした。
私が留学した理由を、殿下はご存知なのです。
殿下は私の側に椅子を移動させると、身を寄せられて、耳元で囁かれました。
「帝国を舐めてもらっちゃ困るな。
あらゆる国の、あらゆる情報が、こっちには集まってくるんだから」
笑うのをこらえると、いった口調でしたが、そのトーンは冷酷さも含んでおられるようでした。
私をからかっていらっしゃるのか。
それとも脅していらっしゃるのか。
エドガー様は顔色の失った私を見て、心配気なご様子でした。
(どうやったら、帰してもらえるの?)
私の耳元で、ますます楽しげに殿下は続けられました。
「帰るのは許さない。
だけど君が俺の欲しい情報を話してくれるなら、それが終わったら帰っていいよ」
「し、失礼ながら……
殿下がお求めの情報を私ごときが持っているとは、思えません……」
動悸が激しくなり、声が震えて。
それだけ言うのがやっとでした。
私は何かの罠にかけられたのでしょうか?
キャルが私に優しく接してくれたのは、この為だったのでしょうか?
「難しい話じゃないよ。
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