【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました

Mimi

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王家の名のもとに

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微笑んでいる皇太子殿下が恐ろしくて、声も出せずに居ました。
クリスティン様のどんな話をすればご満足していただけるのでしょう?

「いい加減にしてください、殿下。」

エドガー様が殿下を嗜めるように仰ってくださったので、
直ぐに私から離れてくださいました。

「その様に女性を脅されるなど…。
 からかいの限度を超えています。
 続けられるなら陛下に報告させていただきます。」

「判った、判った。
 ガルテン嬢は王子様よりも騎士派だよね?」

そう仰ると殿下は、私の肩を軽く触れられ、椅子を元の位置に
戻されました。

「よければ、こちらをお使いください。」

ほっとして、思わず泣いてしまっていたようでした。
涙を拭く為に隣からエドガー様がハンカチを差し出して下さいました。
私のハンカチは先程からきつく握り締めていたせいか、
手汗で濡れていることに気付かれていたのでしょう。
恥ずかしかったのですが、年上の男性からのお気遣いを素直に受け取る
ことに致しました。

「話を戻すけれど、俺が聞きたいのは普通の人の意見なんだ。
 無関係に見えて、その話は報告書にも載っていない、その意見をね。」

エドガー様は立ち上がり、温室を出ていかれました。

「新しいお茶を取りに行ったのだろう。
 戻ってくるから安心して。」

エドガー様を見送る私に、殿下は笑って仰られました。
余程、不安が表情に出ていたのだと思います。

テーブルには一口でつまむことが出来る様にと用意されたプティフールや
クッキー、切り分けられたフルーツ等が彩りよく所狭しと、並べられて
いました。

私の大好きなお菓子ばかりなので、侯爵家の方に既に好みを把握されて
いるのでしょう。
ですが、さすがに今日は私も食べたいとは思えません。


「そうだな…まずはアーロンが起こした婚約破棄について聞こうかな。
 公的調書は入手してるし、王宮関係者の証言の裏は取っている。
 俺が聞きたいのは、実際にその場に居合わせた君達の意見なんだ。」

ようやく、私も落ち着いて返事が出来るようになってきました。


「かしこまりました。
 先にお断りさせていただきますと、
 私はその場に、立ち合ってはおりません。
 私のことをお調べになられたのならご存知だと。」

「君とノーマンのことだね。」

当然のように、殿下はノーマン様のお名前を出されました。

「だけど、その場に残っていた者から話は聞いただろ?
 それを教えてくれたらいいんだ。」

お茶のワゴンを押しながら、エドガー様が戻ってこられました。
侯爵子息様にお茶のお世話をさせては、と私はあわてて立ち上がり
かけましたが、留まるようエドガー様は掌を向けられました。

「騎士団では、お茶の入れ方も仕込まれるのです。
 お客にお茶を出すのは、若輩者の仕事ですから。」

エドガー様はそう仰りながら、とても美しい所作でお茶をサーブして
くださいました。

皇太子殿下が小さくコツコツとテーブルを叩かれました。
エドガー様に目を奪われていた私の意識を、会話に戻す為でした。

「あの夜私達が王宮に到着したのは、断罪が終わった後の
 ことでございます。
 私の支度に手間取り遅刻したのです。
 ですから、既に皆様が連れ出された後でした。」

新しく入れてくださったお茶を飲みながら、殿下は続けてと、仰いました。

「友人から話を聞いたのです。
 彼女はクリスティン様が命じられた追放について、教えて
 くださったのですけれど…。
 優しいのか酷いのか判らないわね、と。」

多分、殿下が求めておられるのはこのような話なのだと、思いました。
一見無関係な、余り意味を持たない、
証言として記す価値もない意見。

それが正解なのでしょうか。
殿下もエドガー様も黙って、私の話を聞いていて
くださっていました。

「アーロン王子殿下は、二度と帰国は許さないと仰せになられたそうですが、
 追放先を帝国とされたのは、帝国には公爵家のお知り合いが居て、
 クリスティン様がお過ごししやすいだろう、と。」

「…」

「王子殿下のお側に居たアン・ペロー嬢はそれを聞いて納得していない
 顔をされたとか。
 友人曰く、もっと厳しい御沙汰を期待していたのでは、って。」

「いいね。
 そういう意見が聞きたかったんだ。」

「普通は追放先に過ごしやすい所は選ばない。」

殿下は楽しげに仰り、エドガー様がつぶやかれました。

殿下はテーブルの向こうから、こちらに身を乗り出されました。

「アーロンは断罪の打ち合わせをペロー達としてた筈だ。
 もっと王国から離れた条件の厳しい場所に決めていたんだと思う。
 ところが本人を目の前にすると、日和って土壇場で追放先を変更した。
 ペローや取り巻きは驚いただろうな。」

「…」

「それこそがクリスティンの力なんだ。
 妖女の魅了の力だよ。」

妖女の魅了の力…?

皇太子殿下は、はっきりとそう断言されました。


 ◇◇◇


「あの女がそれを判っていて行使しているのか、
 それとも無意識でその力が働いているのか、
 そこのところは、まだ見極められていない。」

「ご自身に魅了の力があると、ご存じないかもしれないのですか?」

「催眠術って知ってるね?」

「王国で、睡眠の法や隷属の法と呼ばれている奇術でしょうか?」

カステード貴族の間では、近頃宴の余興として流行り始めていました。
我が家では、お父様がそういう類いのものを嫌われるので、私が実際に
目にしたことはないのですが。

「そうだ、こちらでは催眠術という。
 あれはかける術者を信じる者や
 その場の雰囲気に呑まれやすい者ほど
 術にかかりやすいが、
 絶対に術にはかからないと、術者を信用していない者は、
 全くかからない。
 それと同じような力だろうと、俺達は捉えている。」

もしかして、と考えてみました。

「それはペロー嬢が皆様に掛けたという指輪の力と
 同じものでしょうか?」

私の問いに皇太子殿下は肩をすくめられました。

「指輪の魅了なんて、俺は信じていないよ。」

「…」

「アーロンは王太子だ。
 俺もそうだが、そういう得体の知れないものに惑わされない
 教育は受けている。
 もし魅了とやらに掛けられていたのだとしても、王族だよ?
 影が気付いて早々に対処していただろう。」

「元の指輪の持ち主は、アン・ペローの祖母です。
 彼女は勿論のこと、ペローの血筋には魔術に関係している者は、
 先祖を辿っても存在していません。」

エドガー様の口調は、淡々としたものでした。

そうでした…。
ペロー嬢は教会、それも大司教様が推薦して特待生になられたのです。
教会は魔術や魔女の存在を認めていません。
彼女が魅了を使う魔女である訳がないのです。


ですが、確かに王家の名のもとに
ペロー嬢がアーロン王子殿下を指輪で魅了したと、
学園内で彼構わず指輪を見せていたと、
公表されていましたのに。


「あの夜まで、アーロンがペローと知り合って3年近く経っていた。
 そんなに長い間魅了し続けられる力なんて、小説や芝居にしかない。
 ペローは何度も何度も、指輪を見せないと、いけなくなる。
 それもアーロンだけじゃなく、取り巻きの3人に対しても。」

皇太子殿下に指摘されて、その通りだと私は納得しました。
公表されたように指輪を周りの方々にも見せていたとなると、
ペロー嬢に魅了された方は他にも多数居られた筈です。
そんな話は、どなたからも聞いていません。

どちらかと云うと、沢山の信奉者をお持ちだったのは…。
クリスティン様。
 
「カステード王家も指輪の魅了なんて有り得ない事は
 判っていたと思う。
 これは公式調書には載ってなくて、内通者からの報告だが、  
 そもそもペローの指輪の話を持ち出したのは…
 クリスティンなんだ。」

「クリスティン様が、ですか?」

殿下が大きく頷かれました。

「調べろとか、怪しいとも、言ってない。
 ただ指輪が気になると、言っただけだ。
 それなのに、あの妖女に魅了された文官は上司に調査を進言し、
 学園で証言を集めた。
 ペローが祖母の形見の指輪を周りに見せていた
 という証言だ。」

「見せていた、というだけの話を証言だと?
 私の所には誰も来られませんでしたわ。」

「君は下の学年だから。
 云っても、同学年全員に話を聞いてはいない。
 文官は恐らくクリスティンの言い分に沿った話だけを証言として
 取り上げた。
 そして提出された調書に、王家は乗っかった。
 王太子をたぶらかした罪人が必要だから。」

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