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7.鉱山都市へ

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 リュミエールはまるで風になったかのように街道を駆けていく。ミレニアによれば、コレでもまだ本気ではないと言うからその速力はとてつもない。
 あまりにも速度があるので負担が凄いのではと一瞬思ったが、それは杞憂だった。どうやら精霊種は自身の周りの元素に干渉する事が出来るらしく、どんなに速度を上げても、その背に乗る俺達は快適そのものだった。
 [この速度だと予定より早くヌールへ到着出来そうだな]
 ノーテ西門を出てからすでに半日。念のためマップを見ながら、人の居る付近では普通の馬と同じくらいの速度で走り、人の反応が無いところではその3倍の速度で、と言う事を繰り返しながら進んでいる。
 その間、当然ながら馬術スキルの熟練度もグングン上がっており、早くも5を超えた。普通の馬ではあり得ない速度と安定性を両立させる、リュミエールならではだろう。
 ヌールまでの全行程は、通常の馬車であれば2週間。ノーテとヌールの丁度中間に位置する公都ナザニアまでは1週間。
 ちなみにこの世界での1週間は六柱の神と安息日を入れた7日。ドゥニアと地球、奇しくも両世界で同じ日数なのは何かの因果だろうか。
 [そろっと最初の宿場に付く頃か]
 マップに表示される建物群の影を見ながら速度を落とす。馬車の速度であれば、朝出発して大体夕方くらいに到着する予定の宿場へ半日で付いてしまった。
 街道沿いは比較的安全だが、当然ながら夜間の運行はされていない。御者も馬も休まずに走り続ける事など出来ないからだ。
 そう言う意味でもリュミエールと出会えたのは幸運だった。もちろん夜は休ませる予定だが、こちらのペースで進めると言うのはやはり大きい。そして何より節約になる。
 俺のアバター体は不眠不休で活動できる以上、宿屋で休む理由がない。夜はいつも通り修行を繰り返しながら行軍するとしても、乗り合い馬車だと毎日宿を抜け出す必要があり面倒だし、費用もそれなりに出ていく。 
 その点今の状況であれば、誰気兼ねなく進めると言うものである。
 俺は速度を落としつつ、しかし止まらずに最初の宿場を駆け抜ける。このペースであれば、次の宿場を超えた辺りで夜に差し掛かるだろう。
 宿場を駆け抜け人気が無くなったのを確認し、再度速度を上げる。
 [問題は公都か、寄らずに抜ける事も出来るだろうが、一応見ておくべきか] 
 俺は考えを巡らす。古来より、人々の暮らしぶりから統治者の性格は読み取れると言われている。名君であれば人々の顔は明るく、凡愚であれば闇が深くなる。貧困、差別、犯罪、様々な要素が関わってくるが、もっとも反映されるのは人々の態度だ。
 様々な要因により不安や不満が募ると、人々から余裕がなくなる。それは当然のように他者への攻撃性に変わり、悪循環していく。
 もしそんな様子を公都ナザニアの民から感じたら、王弟殿下は民を顧みないと言う事になり、黒幕としての疑惑も一気に強まる。・・・今後の動きを決める上でも1度確認しておきたい。
 そんな風に思いを巡らせていたら2番目の宿場が見えてきた。
 [今日はここを超えた先で、街道を外れて休ませるか]
 1番目の宿場と同じ様に速度を落とし駆け抜ける。辺りは夕暮れに染まり、もう間もなく夜のとばりが降りるだろう。
 宿場を抜け少し進んだところで道を外れ、平野部へとリュミエールを走らせる。
 宿場の建物が完全に見えなくなったところで足を止め、リュミエールの身体を撫でてやると、ストレージから飼い葉桶を取り出し、そこへ飼い葉を詰め差し出す。
 リュミエールは嬉しそうに俺へと顔を摺り寄せると、飼い葉を食べ始める。
 「さて、俺達もご飯にしようか」
 背中に担いだかごに乗っているミレニアに声をかけ、籠を下す。
 「今日の夕餉ゆうげは何じゃ?」
 辺りには誰もいないので気兼ねなく声を出し、ミレニアは籠から飛び出してくる。
 「今日のところはステーキかな。手早く作れるし、好きだろ?ミレニア」
 「うむ!良い心がけじゃ!」
 手早く準備を進めながらミレニアに返事を返す。
 それを聞いてミレニアは喜色満面、大仰に頷いて見せる。
 俺はストレージからフライパンを取り出し油脂を入れる。そしてフライパンの直下に発生するように調整した火の元素魔法を発動する。
 魔法によって作られた炎が、真下の草を焦がす事なくフライパンだけを熱していく。
 充分に油脂が溶けたところで、オーロックの肉を2枚取り出す。買い出しの時に予め切り分けてもらった物だ。
 それをフライパンに乗せると丁寧に炒め始める。味付けはシンプルに塩コショウのみだ。
 肉の焼ける匂いと音に乗せられて、ミレニアの顔が緩んでいる。
 ある程度火が通ったところで肉を裏返し、両面とも丁寧に火を入れていく。
 「お待たせ」
 串を指し、肉から透明な肉汁が出てきたのを確認すると火を消し、取り皿へと二枚の肉を乗せ換えミレニアの前に差し出す。
 「うむ!では馳走になるかのう!」
 待ってましたとばかりにステーキへと飛びかかり、無心で食べ始めるミレニアを見ながら、俺はストレージからキャベツのような野菜、イエットの葉を取り出してフライパンに残った脂分を拭き取る。
 そしてその葉は自分の腹に納め、水の元素魔法で水球を作り、その中でフライパンを洗う。
 「美味であったぞ!」
 ステーキ2枚を食べ終わったミレニアから皿を受け取り、フライパンに次いで水球の中で洗う。
 水球を維持したまま、風の元素魔法でフライパンを乾かす。
 乾いたフライパンをストレージに収納すると、洗い終わった皿も同様に乾かしていく。
 皿をストレージに仕舞うと、最後に土の元素魔法を使い1mほどの縦穴を作る。そしてそこへ水球を落し、再び大地に干渉して穴を閉じる。
 とても便利だが、ある意味贅沢な魔法の使い方である。
 「ブルルル」
 リュミエールも飼い葉を食べ終わったようなので、桶の中に残った細かい飼い葉を取り除き、元素魔法で精製した綺麗な水を入れてやる。
 すっかり夜になったがたき火などは炊かない。そもそも必要としていないのだが、目立つのを避けるためでもある。
 ミレニアは夜目が効くし、獣などはミレニアの気配で寄ってこれないので獣避けも不要。俺のアバター体も、光量の自動調節機能があるので月明りで充分見える。今後、洞窟などに入る事になれば、流石に灯りが必要になるかもしれないが。
 「では、今宵も始めるかのう」
 そう言って幻獣を召喚するとミレニアはリュミエールに飛び乗り優雅に寝そべる。今夜からはそこが特等席になるようだ。
 ー翌朝、簡単な朝食を済ませスタミナを回復させると、俺達は再び街道へと戻り、ナザニアに向う。
 ナザニアまでに点在する宿場は6つ、昨日のうちに2つ超えたので残りは4つ、うまく行けば2日後には到着する予定だ。
 2日目も旅程は順調そのものだ。行き交うのは馬車を駆る商人と護衛の冒険者や、6人一組の衛兵隊、そして何台かの乗り合い馬車くらいのものである。
 初日よりも早く予定行路を走破できたので、日暮れまでまだ余裕がある。なのでその辺りを散策してみる事にした。
 「綺麗だなぁ・・・」
 夕焼けに染まる見渡す限りの平原、所々に点在する木立の島。ヨーロッパのような風景でありながら、どこか違う空気と風情。
 訪れるようになってからすでに半月が流れたが、初日と変わらぬ思いを未だに感じる。この世界は美しいと。
 あるいはそれは、現代人が失ってしまった原風景のようでもあり、泡沫うたかたの夢のようでもある。
 [もしかしたら、色々な物語に出てくる世界ってのは、夢を通して見てきた別世界の景色なのかもしれないな] 
 俺は地平線に思いを馳せながら、そんな感慨に浸る。
 [当たらずとも遠からずじゃ。お主のような存在は初めてじゃが、精神体としてならば様々な世界より来訪者があったのでな。この世界に対しての害意を持たぬ者には、それなりに知恵を授けたものじゃ]
 珍しく感心した様子でミレニアが心話で語りかけてくる。
 そう言えば精神分析学の概念論の一つに、集合的無意識と言うのがあったな。地球上の全ての生物は個別の表層意識、深層意識の更に奥で全生命体と意識を共有していると。それにより、離れた土地の人同士でありながら、同じような神話などが生まれたのではないかとか。
 ミレニアの話をソレに当てはめると、その集合的無意識というのは、次元すら超越して繋がっていると言う事になるだろう。
 [せっかくだからこの景色をスクショしておくかな]
 ノーテの街中を含むその付近ではすでに何枚も撮っているが、ノーテからこれほど離れたのは初だ。せっかくだからと何枚も撮っていく。
 「さて・・・と」
 あらかたスクショを撮り終え、俺は身体を傾けると、飛んできた矢をかわす。
 「ちっ・・・。気付いてやがったのか」
 悪態をつきながら木立の合間からそれは現れた。
 つぎはぎの毛皮を身体に巻く様に着、剣や弓などで武装した集団。5名ほどの盗賊だ。
 丁度お仕事に向かう途中だったのだろう、たまたま通りかかった丘の上で、一人ぼーっとしているカモがいるのが見え、行き掛けの駄賃よろしく襲おうと様子をうかがっていたという訳だ。
 まあ、全部マップ越しに見えちゃってたわけだけど。
 「へへ、まあいい。有り物全部もらってやるから死んじまいな」
 リーダーと思われる男はそう言い放つと、腰に帯びた剣を抜き放つ。
 [うーん、盗賊退治自体はこれが初めてじゃないけど、出来ればヌールに着くまで刀を汚したくないな]
 親方との約束で、刀をヌール支部のギルドマスター、ドワーフのフォスターに見せる事になっているので、俺は少々躊躇ためらいを感じた。
 [せっかくだし、馬上の有利を活かそうか]
 そう思い直し、ニヤリと笑うと俺は、ウェストバック経由でストレージから槍を取り出す。
 「おい、魔法の鞄だぜ!こいつぁ思いがけない拾い物だ!」
 その様子を見た盗賊達が色めき合う。魔法の鞄は大変高価なので、一般人にはおいそれと手が出せるような代物ではなく、最低でも大商人くらいの資産を持っていなければ買えない。
 盗賊の彼らであれば、おそらく3年は遊んで暮らせるくらいの大金になるだろう。歓声を上げるのも当然と言える。
 俺は槍を逆手に持つと、浮足立つ盗賊達の隙を付いて、リュミエールに合図を送る。それを受け、リュミエールはすぐさま盗賊達へ向けて駆けだした。
 [騎乗戦闘スキルを取得しました]
 と、同時にアインから新たなスキルの取得アナウンスが入る。そういや何かに乗って戦うのは初めてだっけ。・・・まあ、乗馬と槍スキルがあるし大丈夫だろう。
 勢いよく駆け込んでくるリュミエールに、盗賊達は慌てて散り散りになる。
 [まずは弓だな]
 うかつに飛び込めない近接武器と違い、距離を取って矢を番えようとする弓持ちに迫り、槍の石突を跳ね上げアゴを砕く。
 そして体を切り返し、すぐ手前の盗賊の鳩尾に石突を突き入れる。
 [あと3人]
 瞬時に仲間を2人倒された事で腰が引き気味になる盗賊達だが、怒りが勝ったのか剣を握る手に力を込め、左右から同時に斬りかかってくる。
 「甘い!」
 俺は槍を振り回し、右から迫る盗賊の剣に槍の穂先を合わせ捌くと、その勢いのまま石突で左の盗賊のアゴを砕く。
 そしてそのまま流れるように槍を動かし、隙だらけになっている右側の盗賊を突いて昏倒させる。残るは一人、リーダーのみだ。
 「くそっ!舐めやがって!」
 リーダーは怒りを吐き捨てるように悪態をつく。しかしその視線は慎重にこちらの出方を窺っている。 
 ・・・一瞬の間、攻めあぐねているリーダーへ向かい、俺は槍の穂先を突き出す。
 リーダーはそれを見るとニタリと笑い、迫り来る穂先を下から跳ね上げ、そのまま上段から剣を振り下ろそうとして。・・・地面に横たわる。
 リーダーは俺の誘い込みにまんまと引っかかったのだ。 
 俺は穂先が跳ね上げられた勢いを利用して手の中で槍を回し、跳ね上がってきた石突で正確にリーダーの顎を砕いていた。
 「とりあえず死んじゃあいないな」
 俺は昏倒する盗賊達にアナライズを使い、LPがまだ残ってるのを確認した。いざとなれば殺す事も視野に入れているが、今は旅の途中。わざわざ血を流す必要もない。
 「まだまだ甘い奴じゃのう」
 「いいんだよこれで。俺は殺人狂じゃない」
 ミレニアとしては、害意有る者等しく滅ぼすべしという意識が強いのだろうが、元来平和な世界日本で育った俺としては、よほどでなければ避けられるのであれば避けたい。
 「とりあえず、ここだと落ち着かないから街道挟んだ反対へ行こうか」
 そう言って俺はリュミエールを駆り、平原へと向かう。
 -翌朝、せっかくスキルを手に入れたので鍛えようという事になり、昨夜はリュミエールに騎乗した戦闘訓練となった。
 リュミエール自身も、精霊種というだけありかなり強く、一晩中続く修行をこなしてもスタミナはほとんど減っていなかった。これなら、二日に1度くらいは騎乗戦闘の修行をしても大丈夫かもしれない。 
 そんな風に考えながら街道を駆け抜ける。予定通りならば、今日中には公都ナザニアに入れるはずだ。
 一応、リュミエールの身体を気遣いながら街道を進み、5つ目の宿場を駆け抜ける。公都が近くなったからか人通りも少し増えたようだ。
 そのまま順調に6つ目の宿場を超え、ナザニアまで目と鼻の先まできた。
 公都の門が見える位置まで近づくと、並んでいる荷馬車や乗り合い馬車の列が出来ている。
 [・・・ん?入都許可の列にしては妙に長いな]
 俺は王都ノーテの門前の事を思い出す。あちらも人通りは活発だったが、これほどの列にはならなかったはずだ。
 [まあ、今日の目的には到着したし順番が来るまでのんびり待つか]
 そんな風にのんびりと列の進むに任せていると、前方から馬に乗った衛兵が何事かを叫びながら駆けてくる。
 「現在、衛兵の交代手続きの為、入都許可が滞っている。急ぎの者があれば銀貨2枚にて先に入都させよう!これはナザニア公都条例に基づくものである!」
 [銀貨2枚だって!?いくらなんでもぼったくり過ぎるだろ!] 
 俺は思わず叫び出しそうになった。
 王都ノーテでは、基本的に入都に対する税をかけていない。それはノーテが王国内の全てが集まる場所であり、その流入が膨大である事と、商売によって得た収益に税をかけ、王都の収益とする方式を取っているからだ。
 [通行に税を取ってるのは聞いていたけど、まさかここまでとはね・・・]
 通常の入都にかかる金額は解らないが、先に入れる為の条例をワザワザ作るくらいだから、当然通常の数倍以上の額だろう。なんともがめつい事だ。
 [時間的に考えても早く入都したいだろうし、裕福な商人なら簡単に払ってしまうだろうな]
 と、思った通り。列の後ろの方から先ほどの衛兵に付き従う形で、数台の馬車が街道を駆け抜けていく。
 「次!」
 ゆっくりと進む列の流れに身を委ね待つ事2時間。ようやく俺の順番が回ってきた。
 俺はストレージから、身分証として冒険者ギルドの認定証を取り出し、衛兵に手渡す。
 衛兵はそれを受け取ると魔水晶オーブにかざし、情報を確認する。
 「冒険者ウォルフ・タウンゼント、銅札級、相違ないか?」
 「はい」
 「ではコレに手を魔力を注ぐように!」
 言われるままに魔水晶オーブへと魔力を注ぐ。
 「問題なし!では入都税銅貨500枚を払うように!」
 俺はストレージから、100枚単位の革袋を5つ取り出し衛兵へと手渡す。そしてそれを別の衛兵が受け取り、門に隣接する机の上で確認作業を始める。
 [・・・なるほど、時間がかかるわけだ]
 通常の入都税は銅貨500枚、それをしっかり確認し終えるまで入都させないのだから、人の流れがとどこおるのは当然だった。
 [割り込みするのに4倍か。銀貨2枚なら確認も簡単だしな、よく考えてある]
 おそらく、衛兵交代の為に云々は口実でしかないのだろう。この調子なら、日に何度か同じ事が行われていても不思議ではない。 
 「確認した!入って良し!」
 ようやく500枚の確認が終わったらしく、衛兵は入都許可を短く告げる。
 [すっかり遅くなってしまったな。この時間だと街中を見て回っても意味がないか]
 辺りはすっかり夜陰に包まれ、露店などもすでに店仕舞いしているだろう頃だった。こうなると、やっているのは精々宿屋か歓楽街くらいのものだ。
 [元々治安の悪い歓楽街に行っても、比較対象にはならないな。今日は大人しく宿屋へ向かって、明日の午前中にでも街中を見て回るか]
 そう考えをまとめると、俺は大通り沿いにある宿屋へと向かった。
 「いらっしゃい。1泊銅貨50枚、食事は10枚だよ。馬は別に10枚ね」
 手頃な宿屋に入ると恰幅の良い女将さんが出て来て、開口一番そう告げる。
 [高ぇなぁオイ]
 俺は心の中で悪態を付きつつ、しかしにこやかに料金を支払う。そしてその流れで、街の区画や市場の場所など色々聞いて、地図の地名を埋めていく。
 「ふぅ・・・」
 食事は断り部屋の鍵だけ受け取って階段を上ると、一番手前の部屋へ入り一息付く。今晩だけはリュミエールもうまやでお休みだ。
 [さてどうするかな。普段なら修行に出かけるところだけど、正直街の入る度に税を要求されたらたまったもんじゃないしな]
 [それであれば妾は眠るかのう。日頃お主に付き合わされておる故、疲労困憊じゃ]
 ミレニアはかごからベッドに飛び移ると、そんな事を言いながらわざとらしく伸びをして見せる。
 [毎晩朝まで楽しそうに鍛えて下さってますからねぇ。それに竜は数年寝なくても平気なんじゃなかったですかー?] 
 [何か言ったかえ?]
 [いいえ、何も]
 軽口に軽口の応酬、ちょっとしたじゃれ合いだが、バルザック辺りが聞いたら泡を吹いて倒れてしまいそうだ。
 [ああそうだ、ミレニア]
 俺はミレニアに声をかけると、ストレージから焼き魚と皿変わりの大きな葉っぱを取り出す。これは、昨夜予め作っておいた物だ。
 [おっと、妾とした事が夕餉ゆうげを忘れておった!]
 ミレニアは大急ぎでベッドから飛び降り、焼き魚にかぶりつく。こういう所は本当に猫にしか見えないんだけどな。
 俺は、幸せそうに焼き魚を食べているミレニアの身体を撫でてやる。
 [なんじゃ?・・・コレはやらんぞ?]
 [心配しなくても取りゃしないよ]
 身体を撫でられ一瞬怪訝そうにこちらを見るも、誘惑には勝てずまた食べ始める。嫌がられなかったので、俺はその間ミレニアの毛並みを堪能する。
 ー翌朝、ミレニアの使った皿変わりの葉っぱ2枚を刻んでトイレに捨て、宿を出る。
 昨夜は結局、裁縫のスキル上げをして過ごした。錬金術の材料もあったが、文句を言われて追い出されても困るし、何より今後必要になりそうな活動服を作っておきたかった。
 ノーテで普段使っていた外套とは別で、黒色に染めた外套。目元以外を覆うように布が配置されており、ヌールで行う予定の夜陰に紛れての調査活動に、大いに役立ってくれる事だろう。
 そんな訳で裁縫スキルの熟練度は3つほど上がり、現在は25だ。
 [昨日の宿屋の時点で解ってた事だけど、やっぱり税率が異様に高いな]
 昨日女将さんに教えて貰った市場は、それなりに活気はあるのだが、品物の値段が王都に比べて5倍くらい違っていた。
 品物を買う気が無かったので、ザッと目利きで調べたところ、品物の原価は一緒だったのだが、王都と比べて税が3倍、店の純利益は1.5倍という結果がでた。
 純利益だけ見れば、王都よりも稼げる都市であるが、結局のところ何をするにも高額な税が影響し、生活としては裕福とは言い難い。
 そして、その高い税率を始めとした息苦しさからか、人々の顔にはどこか陰りが見える。
 街行く人々も心に余裕がないようで、時々そこかしこから怒声のような物も聞こえる。
 しかし、そんな街の様相でありながら、路上生活者などは見受けられない。
 [これだけ格差がある都市なら、普通は居そうなものだけど・・・]
 リュミエールに乗って街を巡りながら、路地裏などを注意深く見ていく。しかしそれらしい人達どころか、スラムすらない。
 俺は、王弟殿下の宮殿と対極の位置にある広場で公都条例碑を見つけ、その疑問の答えを知る事となった。
 それは、税金を払えない者への都市からの排除。
 条文によれば、公都内は例え路地裏であろうと王弟殿下の土地であり、そこに許可なく住み着く事を禁止している。そして、土地家屋に至るまで税がかかっており、払えない場合は即刻退去、更に公都外への追放という旨が記されてあった。
 [ここまでするのか・・・。これじゃ人々の余裕が無くなるわけだ]
 現代日本であっても土地建物への税、固定資産税と言う物があるのは解っているが、脅威に備えて作られている城塞型都市とは、根本的な考え方が違うのだろう。
 [とは言え、税率を下げる事は考えない。・・・やっぱり今回の件の黒幕は王弟殿下なのか?]
 謁見した事は無いが、少なくとも王都の人々を見る限り、ノルヴェジアン王国国王は名君と言える統治をしているように思われる。
 しかし、条例を考えるのは王や領主だけの仕事ではなく、当然側近である家臣と共に制定しているはずだ。となればこの惨状は、王弟殿下一人の問題ではないのかもしれない。
 [正直情報が足りないが、この都市の中で集められるモノはもうないだろうな]
 都市を巡る間に見えてきた人々の様子や、公都条例碑に書かれている条文などを考えると、公都内での直接的な情報収集は危険だろうと俺の中で結論が出る。
 [・・・輸送護衛を受けている冒険者なら、あるいは何か知っているかもしれないな]
 押してダメなら引いてみる。少なくとも、公都から追い出された人がいる可能性がある以上、外であれば手に入る情報もあるのではないかと考え、公都を出発する。
 公都までの間は飛ばしてきたが、今度は、ヌールまでの間点在する各宿場にて情報収集をする事に決めた。どこの誰が聞いているか解らない以上、当然公都や王弟殿下への悪口は出さず、ここ近年公都から移り住んできた人がいないかどうかを尋ねる予定だ。
 最初の宿場は空振りだった。公都に近いから、あるいはここで見つかるかとも思ったが、逆に近すぎて移り住みにくかったのかもしれない。
 その日は二つ目の宿場に立ち寄り、酒場などで一通り情報を集めてから宿場を離れ、平原で夜を超す事に決めた。
 二つ目の宿場では少し有益な情報が得られた。その宿場自体には移り住んでいなかったのだが、1年ほど前、次の宿場に向かって公都から徒歩で移動していった人がいたと言う話だ。
 通常であれば馬車を使い移動する前提の旅程を、危険を承知で徒歩で移動する、それはつまり馬車に乗るお金が無かったと解釈する事も出来る。余程の変わり者でなければ、だが。
 ならば明日は3つ目の宿場での情報収集をメインにするとし、今夜も修行に明け暮れる。
 「帰ってくれ!」
 3つ目の宿場に到着すると俺は情報を集め、ついに目的の人物と接触できた。しかし、話を切り出した途端、男は怒声を浴びせかける。
 「お辛い気持ちは解ります。自分が同じ立場であれば当然怒るでしょう。しかし、私は知らなければなりません。公都に何が起こっているのかを」
 俺は公都で感じた異常性や、人々の印象を包み隠さず男へ伝える。ギルドからの依頼云々は説明出来ないが、ある人から頼まれ調査を行っている事を伝え、わずかばかりの謝意とお礼の印として、銅貨1000枚を進呈する。
 男は不承不承ふしょうぶしょうながらもそれを受け取ると、ぽつりぽつりと話してくれる。
 今のような税率に変わったのが今から3年ほど前、その時に公都条例碑も建立されたそうだ。
 当然ながら公都に住まう人々の間には不満が募り、有志によって王弟殿下への直談判を行う事になった。
 しかし、その人達は反逆の汚名を着せられ処罰される事になり、ならばと、王都へ直訴に向かおうとしていた一団も捕らえられ、処罰されたと言う。
 そうした経緯により公都の監視は一層厳しくなり、人々は生活の為に心を殺し、高額だと罵られようとも耐える事を選択した。
 男は元々商人の店で奉公していたと言う、しかし、度重なる給金の減額に生活の基盤が崩れる。 税金を払えなくなった事で、男は土地家屋を召し上げられ、着の身着のままに近い状態で公都を追放され、流れ流れてこの宿場へと住み着いたと教えてくれた。
 「辛い記憶に土足で踏み入るような真似をした事、深くお詫びいたします。そして、話して下さいましてありがとうございました」
 俺は男の辿った苦しみを思い至り、深々と頭を下げる。
 「・・・いいんだ。話した事で少し楽になった気がする。さっきは怒鳴ってしまい済まなかったね。・・・話を聞いてくれてありがとう」
 男はどこか憑き物が落ちたような、穏やかな微笑みを浮かべ俺を見つめる。ずっと心の中にわだかまっていた思いを吐き出した事で、気持ちが楽になったのだろう。
 「それではこの辺りで、お身体に気を付けて下さい」
 俺は会釈をし、男に見送られながら宿場を後にした。
 [・・・公都が今の状況になった発端が3年前。それまでは、多少高いながらも普通の生活をやっていける程度の税率だったという事だ。・・・そして2年前の鉱山長就任。どうやら3年前に何かがあったのは間違いないようだ]
 俺は考えをまとめる。3年の間に起きた事件や、条例の改定、そして鉱山長の就任。
 これまでも公都の税率に対し、調査や指導が入ってないとは考えにくいが、現実としてそれは変わる事なく存在している。
 鉱山長の選定に関しても、公都のそんな状況を考えたら、普通であれば推薦が通るとは思えない。
 [・・・どういう事だ?まるでチグハグなのにちゃんと噛み合ってる]
 俺は違和感を感じる。しかし、その正体にたどり着くには何かが足りてない気がする。
 [・・・油断だけはするでないぞ]
 足りないピースが何なのか模索する俺に、ミレニアがいつになく真剣な様子で告げる。
 俺は割り切れないモノを感じつつもはやる気持ちのままに、鉱山都市ヌールへと向けて駆け抜けて行った。
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