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6.新たな相棒と巡らされた策謀

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 [鍛冶スキルが20になりました]
 あれから更に2週間が過ぎ、俺はいつものように鍛冶ギルドの鍛冶場で、鍛冶スキルの熟練度上げを行っていた。
 そして、今しがた告げられたアインのアナウンスにより、一つの目標であった刀を打てる熟練度まで到達した。
 [よっしゃ。これでやっと刀が打てる]
 俺は踊り出しそうになる気持ちを抑え、道具の整備をしていく。もっとも、顔が緩んでしまうのは抑えきれないのだが。
 [かたな、とはなんじゃ?]
 休憩室に丸まっていたミレニアが、俺に心話を飛ばし尋ねてくる。
 [刀ってのは俺の世界、俺の住む国でご先祖様達が使っていた片刃の剣さ。この世界にある武器なら、サーベルが一番近い形をしている]
 [ふむ、良く解らんが、サーベルではいかんのか?]
 元来、竜であるミレニアには武器など必要ない。なので、人の持つ武器への情熱と言うものはいまいち理解出来ないようだ。
 [ああ、全然違う。まず刀は製法からしてこの世界の武器とは違うんだ。そして、刀そのものの特徴、金属でありながら粘りのある柔らかさと強度を持ち、斬るという事に特化した刃。名刀なんて呼ばれる物の中には、風に舞う木の葉が、ただ触れただけで両断されるような物もある]
 [ほう。まるでドワーフ共の鍛えた魔剣のようじゃな]
 ミレニアが感心したようにつぶやく。数ある物語と同様に、この世界でもドワーフ製の生産物はいずれも劣らぬ名品揃いのようで、その生産される品々は、常に高値で取引されているとか。
 勿論それは装備品に留まらず、生産用具にも当てはまる話で、鍛冶ギルドのギルドマスターは、代々ドワーフ製の鎚を継承しているそうだ。 
 [アイン、鍛冶ギルドの炉は、刀を造るのに問題ない火力があるか?]
 [はいマスター。摂氏1300度以上の火力を維持しています]
 正直言えば刀造りの経験なんてものはまるっきりない。しかし刀を打つのはアバター体、そして知識はアインが提供してくれる。
 アバター体ならイメージした通りの動きを行う事が可能。ならばと俺は、暇を見つけては刀鍛冶の刀作製映像を繰り返し何度も見ていたのだ。
 刀を打つ作業は、本来であれば2人一組で行う物なので、今回は親方の手を借りようかと思う。
 「親方、ちょっとお願いしたい事が」
 俺は新人鍛冶師達に采配をふるっている親方の元へ行き声をかける。
 「お?どうしたウォルフ。・・・何?考えていた新しい武器を作ってみたい?」
 俺は親方に説明する。刀は本来この世界にはない武器である事から、俺が考えていた新しい武器と言う形にした方が説明がスムーズだろうと言う目論見だ。形状に関しても、近い形のサーベルがあるのでイメージとして伝えやすい。
 「・・・と言う感じなのですが」
 「ふむ・・・。鍛造には違いねぇが、手間がとんでもねぇな。商売として捌くにゃ不向きだが、特注って事ならやってやれねぇ事はねぇな。・・・何より面白れぇ!」
 製造工程、素材の量や使い方、かかる時間と手間など、アインにフォローしてもらいながら俺は親方に説明する。親方はそれに真剣な顔つきで聞き入り、自分の中で血肉にしていく。
 「おし!さっそく取り掛かるとしようぜ!何、材料の事は心配するんじゃねぇ!ワシも考え付かなかった面白れぇ技術を提供してくれた礼だ!好きなだけ使っていいぜ!」
 どうやら親方の鍛冶屋魂に火を付けてしまったようだ。
 さっそくとばかりに、親方は手の空いている鍛冶師達に指示を出し、鍛冶師達は作業場と材料を用意していく。鉄のインゴットが積み重なっていく様は壮観である。
 この世界にも鍛造技術が無いわけではない。ドワーフの作る武器などはほとんど鍛造だと言うし、手間がかかるので特注扱いではあるが、ランクの高い冒険者や、各国軍部の上級将校などは鍛造された剣を帯びている。
 しかし一般的な流通を考えた場合、鍛造では手間がかかるので数が生産出来ないし、それに見合うだけの費用も当然必要になる。なので、基本的には鋳造武器を鍛えた物が店に並んでいる。
 「おっし!始めるか!」
 気合い一杯な親方は大槌を持って待ち構えている。一流の技術を持つとは言え、初の試みになる刀鍛冶。親方には鍛造製作で言うところの合いの手を打ってもらう事になった。
 インゴットを炉にくべ、充分に熱したところで取り出しガンガン叩いて行く。鍛造は叩く事によって不純物を排出し、鉄の純度を上げる事から始まる。
 叩いては炉にくべ、質量が減ったら追加し炉にくべて叩く。ドンドンと消費されていくインゴットを3分の2ほど残してしなやかな心鉄しんがねが出来上がる。
 今回は四方詰めという方式で作るので、次は皮鉄かわがね、峰、刃の形成だ。
 まず刃と峰を作り、皮鉄は折り返し鍛錬によって強度を上げ、心鉄を包むようにして叩き、各素材を結合させていく。綺麗に融合したところで、1mほどの長さまで叩き延ばしていく。
 刀独特の反りを再現させるべく整え、切っ先を形成する。ある程度形が出来上がったところで全体にやすりをかけ、刃を研ぎだし、焼刃土やきばつちを塗り付けて行く。
 この焼刃土と言う物は、粘土、炭粉 砥の粉などを水で溶き混合した物だ。これを刃になる部分は薄く、他は厚く塗り、刀身を慎重に炉の中へとくべていく。
 ここははっきり言って親方の出番だ。炉の中の刀身の状態を的確に見抜くなんて芸当は、当然ながら俺にはまだ無理だ。なので鍛造にも精通している親方の判断に任せる。
 「よし!引き揚げろ!」
 注意深く炉の中の変化を確認していた親方が鋭く声を発し、俺は刀身を引き出すと、それを冷やすべくお湯を張った水槽に沈める。
 水槽はとてつもない量の蒸気と音を上げながら、刀身を急速に冷やしていく。水槽の中で急速に冷やされていく刀身は、その身を締め、切っ先へ向かって反りを起こす。
 充分に冷やされ引き締まった刀身を取り出し、なかごー柄の中に入る部分にやすりをかけ、目釘の為の目を開ける。
 そして最後に研ぎ上げだが、これもやはり親方へお願いした。研ぎ一つで切れ味がまるで違ってくる刀という武器は、扱う研ぎ師の腕によって名刀にも駄刀にも変化する。
 親方はこれ以上ないほど集中し、慎重に研ぎを掛け、美しい刃紋を浮かび上がらせる。
 「ほぉ・・・。こいつはたまげたな・・・」
 親方が研ぎにより鋭さを増した刃と浮かび上がる刃紋、独特のしなやかさと反りを持つ刀身に思わず感嘆の声を上げる。
 その間に俺はつばと目釘、ハバキを作成しておいた。今回は初めてなので意匠などはこらさない単純な十文字鍔だ。アバター体だと、目測でも正確な計測が出来るのがありがたい。
 そして予め作っておいた柄と薄手の皮をストレージから取り出し、親方に声をかける。
 「うまくいきましたね」
 俺にかけられた声に親方はハッと我に返り、こちらへと振り向く。
 「ああ、正直これほど見事な物が出来上がるとは思ってなかったぜ」
 親方は感心するとともに、大切なオモチャを渡すのを嫌がる子供のように躊躇し、ついには観念して、俺に刀を預ける。
 預かった刀へハバキを合わせ、鍔と柄を取り付けると、皮紐で柄巻きを作り滑り止めとし、目釘を打ち込み固定する。茎への銘切りはしない、この世界にはその文化が無いし、俺が単独で鍛えた物でもないからだ。
 鞘は刀の反りに合わせる都合があるのでこれからの作成になるが、ひとまず刀身に革を巻き付け保護する。
 丈夫であれば白鞘でも構わないのだが、せっかくだから一工夫しよう。
 という事で、おれは親方に刀を渡し、鞘の作成をお願いする。親方の腕であれば刀身にしっかり合わせた鞘をあつらえる事が出来るだろう。外面を鉄で覆った物でも。
 「お前さんも中々無茶な注文つけてくるなぁ・・・」
 親方は輝く頭を撫でつけ、困ったようにつぶやく。しかし俺は、その瞳が職人魂によって輝いているのは見逃さない。
 「とか言いながらやる気充分じゃないですか。こんな無茶な注文、親方じゃなければ到底出来ませんよ」  
 「しょうがねぇなぁ。その代り今度打ち出し手伝えよ?」
 プライドをくすぐられたからかニヤリと笑い、親方は引き受けてくれる。その代り鋳造武器の作成を手伝う羽目になってしまったが、刀の為ならお安いご用だ。
 しばらくして、親方は俺の期待以上の見事な鞘を作り出してくれた。
 粗熱を取り、使われている木材の収縮まで計算された見事な手際。刀身は、まるでそこから生まれたのだと言わんばかりに、何のストレスもなく納まっており、その身を抜き出す時も納める時もまるで違和感を感じない。
 俺はそこに、待っている間に作っておいた革鞘を張り付け、鞘走りの安定性を強化した。
 「いやぁ、面白かったぜ!やっぱり新しい技術ってのは胸が躍るもんだな!ワシにもまだまだ伸びしろがあったってわけだ!」
 親方は腕を組み、嬉しそうに俺の持つ刀を見つめる。おそらく親方であれば今後も研鑽を積み、この技術を極め、新たな名品を作り出す事だろう。俺も自分で打てるようにならなければ。
 「ありがとうございます。この武器が実現できたのは親方のおかげです」
 俺は親方に向き直りお礼と共に一礼をする。
 「なぁに、いいって事よ!・・・それよりもだ、ウォルフよ」
 親方は急に神妙な顔つきになったかと思うと、ギルドマスターの執務室に目線を送る。どうやら人交えず話がしたいという事のようだ。
 俺は無言で頷き、心話でミレニアを呼ぶ。ミレニアはすぐに現れ、俺の肩に飛び乗る。
 そして、先行く親方の後に続きギルドマスターの執務室へと向かった。
 「すまんな急に」
 応接用のソファーに腰をかけ、俺を対面に促しながら親方が声をかけてくる。
 俺がソファーに座ると、当たり前のように膝の上に移動するミレニア。
 「いえ、それよりも何か気になる事でも?」
 どう切り出したものかと悩んでいる風な親方へ、俺は助け船をだす。
 「さっきの武器。・・・刀って言ったか?自分で言うのもなんだが、正直ありゃ見事なもんだ。しかしな・・・。ウォルフ、お前さんその刀に使われている鉄の質について、何か気付いた事はあるか?」
 「鉄の質、ですか?正直俺の腕前じゃ、まだまだそこまでの目利きは。それに、インゴットとして精製された物を使わせて貰ってますから」
 俺は正直に返答する。鍛冶師としてみた場合、まだまだ駆け出しもいいところの俺の腕前では、アナライズを使っても、少なくともギルドにある素材の良し悪しに対する判別は出来ない。 
 それに、ノーテ鍛冶ギルド本部の精錬技術の水準は高く、使われいるインゴットの質も上質だ。
 「そうか。確かにウチで使ってるインゴットは質を高めてある。・・・だがな、2年前は今の倍の質のインゴットを使ってた」
 「・・・どういう事です?2年の間に産出する鉄の質が落ちたと?」
 「いや・・・、お前さん、ウチで使われてる鉱石がヌール鉱山から産出された物ってのは知ってるよな?」
 ヌール鉱山。ノルヴェジアン王国最大の鉱山であり、割合としては鉄鉱石が多くを占めるが、多種多様な鉱石をその内に抱いており、国内流通の鉱石需要を賄ってきた。
 そしてその鉱山開発の拠点として発展してきた都市が、鉱山都市ヌール。国内にある鍛冶ギルドに送られてくる鉱石は全て、鉱山都市ヌールの鍛冶ギルドで区分けされ、輸送されている。
 「鉱山都市ヌールの産業母体ですね。しかしあの鉱山で取れた鉱石は、鍛冶ギルドのヌール支部で選り分けられ、各支部へと送られるのでは?」
 「それなんだがな。王都本部、つまりウチへと輸送されてくる経路上には、公都ナザニアってのがあってよ。・・・まあつまり、王弟殿下のお膝元を経由してくるってワケでな」
 親方はここで言いよどむ。どうやら深い訳がありそうだ。・・・それも悪い方向で。
 「ヌール・・・あそこは言わば王国の屋台骨だ、つまり鉱山の運営は国が取り行っている。ギルドは国を跨ぐ組織だから、国営事業への介入権は持ち合わせてねぇんだ。つまり、鉱山を取り仕切ってる鉱山長は国から選定される」
 親方はここで一旦会話を切り、俺の顔を真剣な眼差しで見つめてくる。そして、切り出した。
 「・・・2年前、ヌール鉱山の鉱山長を選定する会議があった。その時選ばれた現在の鉱山長を推薦したのが王弟殿下なんだよ」
 一気にきな臭い話になった。王弟殿下の推薦した鉱山長が着任したのが2年前、王都に輸送されてくる鉱石の質が下がったのも同時期。しかも輸送経路上には王弟殿下の治める公都ナザニア。
 「しかし、産出された鉱石を区分けしているのは、ヌール支部の鍛冶ギルドなのですよね?」
 「ああ、そうだ。だが、そこが引っかかってる。国内の各支部のギルドマスターを定めるのはワシの仕事なんだが、ヌールのギルドマスターが質の悪い鉱石を見抜けねぇワケがねぇ。なんせそいつは、ヌールで生まれ育った生粋のドワーフで、・・・ワシの親友なんだからよ」
 ドワーフ。数々の物語に登場する鍛冶と鉱石の申し子、しかも本部ギルドマスターバートンの親友。そんな人物が質の悪い鉱石を送りつけてくるなんて、親方からすれば確かにあり得ない話だ。
 「つまり親方は、鉱山長と王弟殿下による何かが暗躍していると考えてる訳ですね」
 「確証はねぇんだがよ・・・。色々と符合する部分もあるしな。何よりアイツが、フォスターがそんな事するワケねぇ。・・・ドワーフってのは鉱石の良し悪しに敏感でな、質の悪い鉱石を見せられただけで気分が悪くなるくらいでよ。そんなドワーフ連中の中でも、フォスターは嘘がつけねぇくらいのバカ正直な奴だからよ」
 親方は悔しそうに拳を握りしめる。親友の事は疑いたくない、しかしギルドマスターとしての立場がそれを許さない。職人気質の強い親方だからこそ、2年間ずっと葛藤してきたのだろう。
 「親方は、親友の無実を証明したいんですね。・・・解りました。俺が行って調べて来ますよ」
 「ウォルフお前・・・。すまねぇ、アイツの事を頼む」
 親方は感極まったように俺の手を取り、祈る様に握りしめる。
 「親方には色々と世話になってますからね。それに、コイツの事もありますから」
 そう言って新たな相棒、この世界にただ一振りの刀を親方に差し向ける。
 「ただ、本題はここからです。親方の信じるフォスターさんを俺も信じましょう。となると、原因として考えられるのは鉱山長、そして王弟殿下です」
 俺はそこまで言うと一度言葉を切り。
 「・・・仮に、悪事の証拠を掴んだとして、それをどう対処するべきなのか。・・・誰に処断を委ねるべきなのか。まずはそこをはっきりさせましょう」
 「そうだな・・・。まず確実に事に絡んでるのは鉱山長だろう。奴がいなけりゃそもそもこんな事起こりゃしねぇからな。だが、その後ろ盾が王弟殿下ってのが厄介だな・・・」
 「それです。王家の関与がはっきりしなければ、最悪の場合、こちらが国家騒乱罪に問われかねません」
 「王弟殿下が白か黒か・・・。少なくとも解ってる事は、輸送経路上、公都ナザニアを経由する道しかねぇって事だな」 
 「ちなみに、公都ナザニアを経由する際、通行税などは?」
 「ばっちり取ってやがる。ナザニアって街はこれと言った産業もねぇからな、税収が主な収入と言ってもいいだろうよ」
 「ふむ、それともう一つ。他の支部から鉱石の質に関する問題提起などは?」
 「今のところはねぇな。どの支部のギルドマスターもそれなりに目利き揃いだが、ウチに輸送されてきてる品質と同質なら、すり抜けてる可能性もあるな」
 俺は一旦会話を切り考えを巡らせる。親方の知る範囲の情報はこのくらいの物だろう。そして、各支部に送られている鉱石の品質に関してもおそらく問題ないだろう。一部ならば誤魔化しが効くが、全部となると膨大な量になる。そうなれば必ず綻びが出てくる。
 輸送頻度は定かではないが、2年と言う歳月の間、1度も怪しまれる事無く全部の鉱石を低品質の物で輸送する。それもドワーフの監査を潜り抜けて。・・・普通の方法では無理だ。
 そして逆に、高品質の鉱石の行方も問題になってくる。
 「親方。おそらくですが、各支部に輸送されている鉱石の品質に関しては問題ないと思います」
 俺はまとめた考えを親方へと伝える。
 「なるほどな。確かにお前さんの言う通りだ。フォスターの目を盗んで、質の悪い鉱石を送るだけでも至難のワザだ。となれば・・・経路上でのすり替えか」
 「そうです。そしてそれが出来るのは、中間地点に公都ナザニアがある、ノーテへの輸送経路だけになります」
 ハッとして顔を上げる親方に俺はゆっくりと頷き返す。
 「はい。考えられる方法としては、産出された物の中で質が低いとハネられた物を密かに運搬し準備しておく、そして、ギルドへ向けて輸送中の荷馬車とそっくり同じ荷馬車に、どこかの地点ですり替える」
 「くそっ!輸送を請け負ってる御者もグルって事か!」
 親方は怒りに顔を歪め、怒気を吐き出すように自分の膝を叩く。
 「親方。輸送の荷馬車には何か特別な印は入っていますか?」
 「いや、悪目立ちするのも困るからなんの印も入ってねぇ」
 「となると、護衛は冒険者ギルドに依頼される形ですか?」
 「ああ、鍛冶と冒険者、両ギルドのヌール支部間での公式依頼になる。護衛は冒険者ギルド側が信用出来る人物へ依頼を出す形になるから、本来であれば輸送計画が漏れる事もねぇはずだ」
 「・・・俺がその中へ潜り込む事は出来ますかね?」
 現在の俺のランク、札の等級は銅札だ。鉄札では受けられない護衛任務も、銅札になった今は受注できるようになった。だが俺の活動拠点はもっぱらノーテ本部であり、ヌール支部での実績も面識もない。
 「正直いやぁ難しいな。勿論、お前さんを軽く見積もってるわけじゃねぇんだが、この護衛は通常なら銀札以上の実績を持つ冒険者に依頼されてんだ」
 「通常なら、・・・という事は例外もあると?」
 「ああ、常に信頼のおける銀札以上の冒険者ばかりが常駐してるわけじゃねぇからな。人が足りなきゃ当然銅札にも回ってくる。・・・まてよ」
 ハタと何かに思い至ったらしく、親方はソファーから立ち上がると事務机で書き物を始める。
 そしてそれを書き終えると、2通の書簡を俺に差し出してきた。
 「中座しちまってすまねぇな。今俺の名義でヌール支部宛てに紹介状を書いた。コイツがあれば鍛冶ギルドに関しちゃ問題ねぇはずだ」
 「解りました。ところで、もう一つの書簡は?」
 もう1通の書簡には宛先が書いておらず、親方の名前も記入されていない。
 「そいつはフォスター宛だ。アイツに直に渡して貰えねぇか?・・・アイツは頑固者だが、ワシからの便りとその刀を見せりゃ、お前さんに協力してくれるはずだ」
 そう言って親方は、俺と刀を交互に見やる。
 「解りました。必ず届けます」
 「ああ、すまねぇがよろしく頼む。・・・でだ、護衛の件なんだがよ、ここは一つバルザックに相談してみねぇか?」
 バルザック、ノルヴェジアン王国各地の冒険者ギルドを束ねる首都ノーテの本郡ギルドマスター。確かに彼の尽力を得られれば、輸送の護衛に付く事も可能だろう。
 「そうですね、現状他に打てる手が無い以上、バルザックさんに相談してみるべきですね。彼からの口添えが得られれば、あるいは潜り込めるかもしれません」
 「よし、そうと決まれば、さっそくバルザックに会いに行くとしようぜ」
 親方は膝を一つ叩き、俺達は共にソファーから立ち上がる。
 そして、肩に飛び乗ってきたミレニアを乗せ、俺達は部屋を後にする。
 「・・・という訳なんだ」
 冒険者ギルドに着いた俺達は、さっそく窓口でバルザックへの面会を申し込み、部屋に通された後それまでの経緯を説明していた。
 「・・・ふむ、そんな事が起こっていたとは。親方、もっと早く話してくれても良かったんじゃないか?」
 話を聞き終えたバルザックは情報を整理し終えると、親方を軽くたしなめる。
 「すまねぇ、それに関しては面目次第もねぇ」
 親方が対面のバルザックに向かって深く頭を下げる。
 「その辺りは仕方無いと思います。王弟殿下の関与が疑われる以上、表立った調査を行う訳にもいかなかったかと」
 「勿論理解しているとも。それがどれほど身をさいなむ事態だったのかも。しかしな、だからこそ言って欲しかったのだよ。友としてな」
 治めるギルドは違えど、ギルドマスター同士。きっと長らくの付き合いなのだろう、そう思わせる柔らかな声色だった。
 「君らの話を要約すると、ヌール鉱山長と王弟殿下の裏取引の調査。そして、実際に輸送される荷馬車の護衛への潜入と、経路上ですり替え工作が行われていた場合のそれの阻止」
 「はい、そのためにはヌール支部へと信用を示す必要があります。それでバルザックさんにお力添えいただけないかと、こうしてお願いに上がりました」
 「うむ、今回の件は現段階では鍛冶ギルド内で納まっているが、下手をすれば全ギルドへの信頼問題へと繋がる恐れがある。勿論、協力させてもらおう」
 バルザックは深く頷き、颯爽と事務机へと向かう。ややあって、一枚の書簡を持ち戻ってきた。
 「ヌール冒険者ギルドのギルドマスター宛てに、4ワシの名義でしたためた書状だ。これがあれば護衛の列に加わる事が可能だろう」 
 「ありがとうございます。コレがあれば何とか出来ると思います」
 俺はバルザックへと頭を下げ、書簡を受け取る。これで、現状打てる手は打ったはずだ。
 「ウォルフ、あとは君の働きにかかっている。・・・だが、今回の件がどこまで深い闇を孕んでいるか解らん。くれぐれも注意してくれ」
 「ええ、状況から見てもこちらが不利なのは間違いありません。慎重に事を進めます」
 俺は、真剣な眼差しを送ってくる二人に頷き返し、覚悟を示して見せる。
 「では俺はヌールへと向かう準備を始めます。お二人共、お先に失礼します」
 「すまねぇ、頼んだ」
 「うむ、気を付けてくれ」
 バルザックと親方、二人へと挨拶をかわし、俺は冒険者ギルドを後にした。
 [何やらきな臭い事になっておるようじゃが、それに自ら飛び込むお主も大概じゃのう]
 「まあ、親方には世話になってるしな。俺自身の力じゃ問題の根本解決が出来ないだろうけど、状況がはっきりすれば色々動きやすくなると思う」
 それに、そろっと他の街も見てみたいという気持ちもある。幸いなのか微妙なところだが、可愛い見た目の鬼教官殿によって、戦闘関連のスキルは軒並み50を超えている。・・・LVの方はまだ10だが。
 そしてそれ以外のスキルも、日々の積み重ねにより順調に20を超え、それなりに色々出来るようになってきた。
 [ヌールまでは馬車だと2週間くらい。俺自身は不眠不休で進めるとは言え、流石に徒歩では厳しいか]
 馬車となると他の客との相乗りが一般的だ。そうなると、途中途中にある宿場に泊まる事になるだろう。それは正直時間の無駄に感じる。
 [・・・馬を買うべきか?ミレニアは馬に乗っても大丈夫か?]
 [妾を誰だと思うておる。例え寝ていようとも、馬如きの速度で振り落とされたりはせん]
 と、フンッとドヤ顔をするミレニア。・・・走る馬の上で寝る気なのか。
 まあ振り落とされる心配はないだろうと思っているが、馬の体面積上どこに乗せるかと言うのもあり、俺は市場で背負いかごと布を買い、その中に乗ってもらう事にした。
 自分のお腹が空く事は無いが、ミレニアの分は必要だし、スタミナは減る。なので回復用の食糧と携帯料理用具など、旅に必要な物を買い込みストレージに収納していく。
 [大体こんなもんか、あとは馬だな]
 俺は市場での買い出しを終え、続いて西門近くにあるうまやを訪ねる。
 「らっしぇ・・・ん?なんだ?馬達がなんだか落ち着かねぇな」
 厩を訪ねると、壮年と思われる店主が声をかけてくる。しかし突然騒がしくなった馬達に気をとられてしまう。
 「すいません。馬を1頭買いたいのですが・・・」
 「ん?おお!すまんすまん。ちぃとばかし騒がしくしてるがどの馬もオススメだよ」
 そう言って店主が馬を係留けいりゅうしている小屋へと案内する。
 「これ、お前たちどうした?落ち着かんか」
 小屋の中で落ち着かなそうにいななき、身体を揺する馬達を、店主がなだめようとする。
 [これ、もしかしなくてもミレニアのせいか?]
 [なんじゃその言い草は、まあ大方馬共が妾に畏怖しておるのじゃろうよ]
 尋ねる俺に不満そうな返答を返してくるミレニア。しかしどこか得意げだ。
 「すまんなぁ、普段はこんな風に騒いだりしないんだが」
 「ああいえ、大丈夫ですよ。それより」
 俺は小屋の中の一角に目が止まる。周りで騒ぎ続ける馬達とは対照的に、そこにいたのは落ち着いた雰囲気を纏った尾花栗毛おばなくりげの馬だった。
 尾花栗毛、黄褐色の体毛に白いたてがみと尻尾を持つ毛色の馬。その馬はただ静かに俺とミレニアを見つめている。
 [なあミレニア]
 [ふむ、どうやら普通の馬ではないようじゃな]
 喧騒の中、ただ一頭だけ自身の気配に気圧される事なく佇むその馬を、ミレニアは注意深く観察する。
 [なるほどのう。あれは精霊種じゃな。なぜこんなところで人に飼われておるのかは解らんが、こやつであればそこらの馬より遥かにマシじゃな]
 [精霊種ってのはどんな生き物なんだ?]
 俺は初めて聞くその種族に好奇心を刺激される。
 [理屈の上では妾達六柱の竜の眷属と言えるのう。あれは生物というより精神体に近いモノじゃ。そしてこやつの属性は光、つまり妾の眷属であるが故、気配におののく事が無かったのであろう]
 ミレニアの話をまとめると、各竜がしばらく滞在した場所には属性溜まりのような空間が出来るらしく、そこから同一の属性を持つ存在が誕生する事があり、それを精霊種と呼ぶそうだ。
 [自然発生したとは言え、精霊種と呼ばれるモノはみな強靭な力を持つ。個体にもよるが、1日で千里を駆けるモノもおるぞ]
 [へぇ、それは凄いな。・・・ん?竜の滞在した場所にって事はもしかして、こいつが生まれたのってミレニアのせいじゃ?]
 [成体ならばそれも解るが、今の身体で精霊種が生まれる程の空間は生まれるとは思えんがの。それに、そもそも人程度に捕まるような間抜けはおらんはずじゃ]
 ミレニアはあっけらかんと答える。ならばこの馬型の精霊種は何故ここに?
 俺が考え込んでいると、店主が声をかけてくる。
 「お客さんその馬が気になるかね?そいつはこの前の、ナディーンの森捜査中に見つかったとかでウチに卸されたんだが、なんとも気難しい奴でなぁ。今まで誰一人として買い手が付いておらんのよ」
 ・・・これは間違いなくミレニアのせいですね。なら、ミレニアと一緒ならもしかしたら。
 そう思い馬に近づく。
 「へぇ、こりゃぁたまげた。今までいろんなお客さんがいたが、そいつが身体を触らせたのはアンタが初めてだよ」
 やはり、と俺は心の中で頷く。本人は否定していたが、おそらくこの馬はミレニアによって起きた属性溜まりから生まれている。つまりこの馬にとってミレニアは親以上の存在、ならばミレニアの加護を受けている俺ならば懐くのではないかと考えた。
 「この馬を買います。それから鞍、手綱、飼い葉と飼い葉桶も一緒に」
 「こっちとしても大助かりだ。馬単体は本来銀貨3枚だが、引き取ってもらえる代わりに全部込みで銀貨3枚にしてやろう」
 売れずに困っていた部分もあるらしく、店主はこの機を逃すまいと畳み掛ける。異論があろうはずもない俺はすぐさま銀貨3枚を店主に渡す。交渉は成立だ。
 [交渉スキルが上がりました]
 アインからアナウンスが入る。良い買い物になった事で熟練度が稼げたようだ。これで交渉スキルは16である。
 「これからよろしくなリュミエール」
 俺は名を呼び、リュミエールの身体を優しく撫でる。リュミエールは嬉しそうに一声鳴く。
 [ほう、名を付けるか。名は言霊じゃ、その個体にとって強い意味を持つが、その名にはどのような由来があるのかの]
 [俺の世界にある国の言葉の一つで、意味は光だ。この子にはぴったりだと思ってね]
 [ふむ、妾の眷属であるならこれ以上ない名じゃな。大切にするが良い]
 どこか嬉しそうに呟くミレニア。やはり自身と関連のある事柄には心が傾くのだろう。
 店主から受け取った飼い葉と飼い葉桶をストレージに収納し、籠を背負うとそこへミレニアが乗り込む。
 鞍は店主が着けてくれた。その時一瞬リュミエールが嫌がるかと思ったが、おとなしくされるがままにしていた。
 そして俺はリュミエールに跨る。
 [乗馬スキルを取得しました]
 と、唐突にアインのアナウンスが入る。そうか、考えて見れば乗馬にもスキルはあるか。
 「お世話になりました」
 「気をつけてなぁ」 
 店主への挨拶を済ますと、俺はリュミエールに指示を送る。
 [さて、まずは公都ナザニア、そして鉱山都市ヌールか]
 俺はこれから始まる旅と、暗躍する謀略へ思いを馳せつつ西門から出発した。
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