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9.暗躍

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 俺は鉱山長の家の位置を確認し、その足で街をぶらついて時間を潰す。
 夜まではまだ時間があるので、せっかくだから市場によって、昨夜食べたハリピットを買い込んでおこう。
 地方都市として考えても市場は中々の活気を持ち、道行く人々や露店の店主達の顔も輝いている。規模は小さいものの、ナザニアの市場よりは明るい雰囲気を持っている。
 [この感じからすると、ヌールの領主はちゃんとした人みたいだな]
 市井は為政の鏡、そんな事を考えつつ買い物に興じる。
 [思ったよりいい物が手に入ったな。・・・そうだ、せっかくだし裁縫ギルドに寄って加工して貰おう]
 俺は市場で手に入れた獣皮、おそらくは熊の物と思われる大きさの皮を、リュミエールの新しいくらの製作へと使う事にした。
 現在使っている鞍は一人乗り用、なので後ろにはまだ余裕がある。そこにミレニアが入れるスペースの荷台のような物を作ろうと考えたのだ。
 出がけは急ぎだったのもあり、急ごしらえのかごにミレニア入れ背負って来たが、正直言って格好いいものじゃない。今後の旅の事も考えると、やはりミレニア専用スペースの確保が必要だった。
 「すいませーん」
 俺はすぐさま裁縫ギルドへ向かい、そう言う形の鞍が作れないか確認を取る。結論から言えば可能との事だった。
 流石に動物を入れると言う注文は初めてだったそうだが、やはりサイドポーチだけではなく、後ろのスペースを使って軽荷物を運ぼうと考えた人はいるそうだ。
 ただ、1から作る場合早くても2週間、既存の鞍に後付け加工であれば、4日ほどで出来ると言う話だ。
 輸送護衛の予定を考えると、この都市にいられるのは長くても6日なので、後付け加工の方でお願いする事にした。王都に戻ったら裁縫ギルドで1から作って貰おう。
 そうこうしているうちに日が傾き、都市へと夜陰が押し寄せてきている。
 俺は宿に戻ると早めの夕食にして、今夜もハリピットの香草焼きを2つ頼む。俺もミレニアもすっかり気に入ってしまったのだ。
 夕飯を平らげ部屋に戻ると、俺は市場で見つけたある物を使い調合を開始する。
 ホウト草、本来は睡眠状態を解除するポーションの材料となる物だが、コレを煮詰めた液体に、性質を変化させる効果を持つキクル草と、変質した物を安定化させる効果を持つセフタの根を千切って入れ、抽出した物に魔力を込めると睡眠薬になる。
 [これで良し。保険みたいな物だけど無いよりましだろう]
 出来上がった睡眠薬の液体を容器に移し、ストレージに仕舞うと黒い外套を取り出し羽織る。
 例によってミレニアは肩の上、最初は置いて行こうかと思ったのだが、逆に怒られてしまった。
 [お主、よもや妾と初めて会った時の事忘れておるのではあるまいな?その気になれば、気配なぞいくらでも操れるのじゃぞ] 
 言われてみると確かに、間近にいたゴブリンもまるで気付いていなかったし、マップにすら表示が無かった事を思い出した。
 ミレニアという存在は、俺の内にある尺度では計り知れない存在なのだと改めて思い直したが、それでも保険はあった方が良いだろうと思い薬を作ったわけだ。
 [それじゃそろっと行くとしよう]
 準備を整え気持ちを切り替えると、俺は危機回避と隠形を使いながら鉱山長の家へと向かう。
 昼間下見した通り、鉱山長の家は、玄関が表通りに面しており裏口も無い。なので巡回の衛兵に注意しながら扉を開錠する。
 少しだけ扉を開け素早く中に入ると、俺は後ろ手で扉を閉める。屋内でマップに映っているのは2つ、どちらも緑だ。
 [これは・・・2階だな]
 俺はマップを多層表示に切り替えて確認する。
 入ってすぐに見えるのは、居間と思われる椅子とテーブルのある部屋。マップ上にある部屋割りを見た感じでは、残りは応接室と台所とトイレだろう。
 この世界のトイレは一般的に汲み取り式だ。貯蔵槽に溜まった物を業者が買い取り、熟成させたのち、肥料として農家へと販売する。まあ、排泄の必要のないアバター体には縁のない話だが。
 俺は注意深く階段を上り、2階へと進む。2階の部屋は二つ、寝室と書斎だろうか。
 この国の1軒家の場合、部屋には基本的に扉がない。理由は2つ、1つは王国内の気候が安定して温暖である為、もう一つは単純に費用の問題だ。
 宿屋のように他人が隣接する家屋は別として、扉1つ付けるのにもお金は当然かかる。それを全部屋に行えば金額は相当だろう。なのでプライバシーを気にする妙齢の女性は、自室の入り口に布をかける事で工夫している。
 [先に保険をかけておくか]
 捜索中に起きてこられても面倒だ、そう思い俺はまずマップに生物表示のある部屋へと向かう。 部屋のそばに来ると男の物と思われる寝息が聞こえる。おそらく鉱山長ゲルシュミットだろう。
 ならばもう一つの表示は、と思い中を覗き込むと。
 [・・・いた]
 部屋の隅に建て付けてある止まり木にそれはいた。
 見た目は猛禽類のような風貌をしている、しかしその翼は、長距離移動に耐えうる形状をしており、どこか渡り鳥のようでもある。
 幸い寝ているようだが、人と違い動物は感覚が鋭い。いつ気付かれて騒ぎださないとも限らないので、保険に持ってきた睡眠薬をストレージから取り出す。
 俺は容器の蓋を開けると水の元素魔法で液状の睡眠薬へと干渉し、それを細かい粒子へと変化させる。霧状まで変化した睡眠薬を操り、鉱山長と鳥のそれぞれへと被せる。
 ー数分後、顔に覆い被さっていた睡眠薬の霧が消えるのを確認すると、書斎の方へと向かう。これで多少の事では起きてこないだろう。
 俺はさっそく書斎の中を捜索し始める。聞き及んでいる鉱山長の性格を考えると、見つからないようにしっかりと隠しているだろう。
 [まずは順当に机から調べて行くか]
 机の引き出しは4つ、俺は上から一つずつ確認していく。勿論配置はスクショした上でだ。
 [流石に机の中にはそれっぽいものはないな。詩集とか日記はあったけど]
 どうやらゲルシュミットの趣味は詩を作る事らしい、お世辞にも褒められたものじゃないが、一応アインの情報ストレージに記録しておく。
 帳簿なども一応あったが、おそらく表向きの物だろうが一応記録だけしておく。
 それ以外でめぼしい物と言えるのは日記くらいだが、こちらは正直、妄想と悪態のはけ口という感じの物で正直価値のあるものではない。
 あと見える範囲にはチェストボックスと本棚くらい。正直手間をかけてる時間も惜しいので室内にトラップサーチをかける。
 [まあ、予想通りか]
 サーチによって隠された仕掛けが浮かび上がり、俺は本棚の中ほどから本を引き抜き、奥を露出させる。
 本棚の奥には2重底のような仕掛けが施されており、そこを取り外すと色々な物が出てきた。
 [やっぱり保管してたか。この小さいのが相手からの連絡の紙、こっちのは帳簿だな]
 案の定、保身を視野に入れた狡賢さから、指令書と思わしき書簡を保管していた鉱山長。
 更には横流しされた鉱石の量と、それによって得た報酬を記載した帳簿。
 俺はその帳簿の内容をスクショと情報ストレージに記録し、指令書を1枚ストレージに仕舞う。
 帳簿の中身は、後でアインに頼んでそっくり同じ字体で書き起こして貰う予定だ。
 [御者からは流石に口頭で情報を受け取ってるか]
 輸送計画の方は、ギルドから連絡を貰ったあとに御者が直接伝えにくるのだろう、それらしい物はない。代わりに帳簿の方から御者への報酬と思われる金額を見つけた。
 [ふむ・・・。機密性の高い仕事なら同じ人物に頼む可能性は高いけど、そう言う仕事は信頼できる相手に頼むはずだけどな]
 少なくとも、護衛を請け負う冒険者ギルド側の体制としてはそうなっている。御者自身がギルドに所属している訳ではないとは言え、簡単に口を滑らせるような相手には頼まないだろう。
 [まただ。ナザニアでも感じたチグハグなのに噛み合ってる状態が起こってる]
 俺はまたしても違和感を覚える。ギルド側は信頼できる御者に仕事を依頼している、その付き合いは少なくとも2年以上になるだろう。御者としても大口の契約になる仕事だ、わざわざ不興を買うような真似はしないだろう。
 だが現実として情報は洩れ、王都へと運ばれる鉱石は違う物になっている。親方が伏せていたとは言え、御者の方は羽振りが良くなっているのだから、目立っていても不思議ではない。
 [堅実な人柄なら、わずかばかりの報酬の為に情報を漏らすなんてリスキーな契約に手を出すとは思えない・・・。ダメだ、ここで考えていても答えは出そうにない。明日フォスターさんに確認を取ろう]
 俺は本棚の中身を全て元に戻し、ミスが無い事を確認すると、再び夜陰に紛れ宿屋へと戻った。
 ー翌朝、今日は本来刀を打つ予定の日ではあるが、昨日の疑念を解消するべく早めにフォスターの元に来ている。
 「先日予想した通り、鳥を使って連絡を取り合っている証拠を見つけました」
 そう言って、俺はストレージから昨日回収してきた指令書をフォスターに見せる。フォスターはそれを見ると見る見る険しい顔立ちになるが、俺は構わず続ける。
 「そこで一つの疑問が浮かびました。フォスターさん、輸送を依頼している御者は毎回同じ人物ではないですか?・・・少なくとも、今まで疑いすらしなかったほどに信頼できる人物」
 「ああ、兄ちゃんの言う通りだ。野郎、カールとはもう5年以上の付き合いになる。口の堅い真面目な男だしな、これ以上の人選はねぇってんで頼んでたんだが・・・」
 「そのカールさんですが、この2年の間に浮いた話などは?・・・例えば急に羽振りが良くなったなど、それまでの人となりとは別人のようになったなど」
 「いや、知ってる限り野郎は変わってねぇ。・・・しかし、現実にこんな問題が起きちまった以上、別の御者に頼むしかねぇか」
 フォスターが頭を抱えて唸る。余程信用できる相手だったのだろう、となれば簡単に次の充てなど見つかるとも思えない。
 「それですが、相手を警戒させない為に、今回もそのままカールさんにお願いして貰えますか?出発した後の事はこちらで何とかします」
 変わりとなりそうな御者の名前を出しては首を振っていたフォスターに、俺はあえてそのままカールに依頼する事を提案する。
 「・・・解った。今回は兄ちゃんに預ける。だがくれぐれも無茶だけはするんじゃねぇぞ?」
 「ええ、油断の出来ない相手のようですからね、充分気を付けます」
 そう言ってまっすぐこちらを見据えてくるフォスターに強く頷き返し、俺達は次の輸送計画について話を詰めて行き、まとまったところで鍛冶場へと向かった。
 鍛冶場にはすでに刀を打つ為の準備がなされており、細かい打ち合わせを交わしたあと、さっそく作業に取り掛かった。
 「・・・どうだい、これがヌールの高品質の鉄で鍛えた物だ」
 打ち上がった刀身を掲げ、自慢げに笑みをこぼすフォスター。
 「これは・・・凄いですね」
 親方の打った刀も名刀の域だったが、フォスターの打った物はそれを上回っていた。
 素材の質もそうだが、まるでどこをどう鍛えればいいか聞こえているかのような鎚捌つちさばき、これがドワーフの技術と言う物なのだろうか。とても初めて打ったとは思えない出来だった。
 今回も例によって銘は切らない。呼び名くらいあってもいいような気はしたが、良い名前がイメージ出来ないので今は保留だ。
 鞘はそのままフォスターが作ってくれると言う事なので、俺は柄、ハバキ、目釘、つばの作成を進めて行く。こちらの鍔は差別化を図る為に、丸鍔で意匠は二つ巴だ。
 最後に黒染の革で加工し、新しい刀が完成した。
 「良し兄ちゃん、持って行ってくれ。ああ、そうだ、王都に戻ったらあの野郎にも見せつけてやってくれや、悔しがる様が目に浮かぶようだぜ」
 鍛え上がった刀を俺に差し出し、フォスターはニヤリと笑みを浮かべる。
 「だからよ、無茶するんじゃねぇぞ」
 と、ふと真剣な顔に戻り、力強い眼差しで俺を見つめてくる。
 「ありがとうございます。肝に命じます」
 俺もそれに応えるよう視線を返し、差し出された刀を受け取る。
 出発まであと5日、出来る限りの準備をしようと心掛け鍛冶ギルドを後にした。
 そして俺は、その夜から再び修行を再開した。剣とは違う造りの、刀に慣れておく必要があったからだ。
 修行に使うのは親方に打って貰った刀、フォスターに見せるという役目を終えたので、本格的に実戦投入へと踏み切った。
 それからの5日間は、冒険者ギルドで簡単な仕事をこなしつつ毎夜修行に明け暮れ、来る出発の日に備える。
 ーそして、5日後の早朝。
 俺は裁縫ギルドに依頼していた新しいくらを着けたリュミエールにまたがり、鍛冶ギルド前に来ていた。
 新しい鞍に据え付けられた荷台の造りは思った以上に安定感があり、クッション性も良いようでミレニアも満足そうだ。
 「君が今回初参加のウォルフ君かな?」
 鍛冶ギルド前で待つ俺に、馬に跨りゆっくりと近づいてきた人物がそう尋ねてきた。
 「はい、よろしくお願いします」
 「よろしく、私は今回の護衛団のまとめ役になったガイラスだ」
 落ち着いた風貌の男ー、ガイラスはそう言って微笑みながら手を差し出してくる。それを握り返しながら俺は軽く会釈をする。
 灰色がかった金髪と瞳、装備は金属鎧だがまるで重みを感じさせない物腰。年齢は30代くらいだろうか、歳に似合わない落ち着きは、越えてきた修羅場の量に比例しているのだろう。
 アナライズをかけて見ると、LVは28の銀札であった。
 「はよっす、レオンっす」
 「おはようございます。パルミオと申します」
 「ソアラ・・・よろしく」
 そうこうしているうちに他のメンバーも集まってきた。ザッとアナライズをかけて見ると、どの冒険者もLV20越えの銀札だと解る。総勢5名、全員が馬持ちのパーティになりそうだ。
 「おう、みんな集まったな。今回もよろしく頼むぜ」
 ギルドの奥、資材置き場から荷馬車を操るカールと共に現れたフォスターが、一同に声をかけてきた。
 「ええ、お任せ下さい。今回も無事お届けすると約束します」
 代表してガイラスがフォスターへと返答をする。
 フォスターは頷くと荷馬車を下り、ガイラスの元へと近づくと握手を交わす。
 そして他のメンバーに悟られないよう注意しながら、俺の方に目配せする。俺はそれを見て無言で荷馬車の一角を確認、そして頷いて見せた。
 「では出発する!各自荷馬車との距離に注意して進行するように!」
 ガイラスの掛け声と共に一行は出発した。目指すは王都、旅程は2週間だ。
 配置はそれぞれ、馬車をはさんで前方左右にパルミオとガイラス。後ろに俺、ソアラ、レオンの並びだ。
 それぞれの得物は ガイウスが槍、パルミオが杖、ソアラが短弓、レオンが斧槍だ。ガイウスは腰に剣を、ソアラは背中に長弓を装備している事から、現在の得物はセカンダリウェポンだろう。
 逆に、パルミオとレオンはそれがメインウェポンのようだ。
 [そう言えば何気に初めて人と組む事になるのか]
 今までこなして来たギルドの依頼は、基本的に一人で出来るモノをメインに選んでいた。人とかかわるのを避けていた訳ではないが、ミレニアの事もあるし、アバター体の特性上、不眠不休で活動出来る上に排泄はいせつを含む、生物なら当たり前の生活反応がないからだ。
 [取り敢えずこの護衛の間は、夜は大人しくしているか]
 眠る必要は無いのだが、怪しまれないように横になって、危機回避を使いながらマップの監視だなと考えをまとめる。
 俺達は荷馬車の速度に合わせてパカラパカラと進んでいく、これが護衛任務でなければ実にのどかな光景である。
 「おーい」
 流石に都市に近いだけあって、盗賊や野獣も出そうにないし、今日はこのまま最初の宿場まで平和なまま到着出来そうだな。
 「おーいって!」
 「ん?」
 景色を眺めながら考え事をしていたら、視界の端でレオンが手を振っていた。
 「お前、ウォルフって言ったか?その腰にあるの、初めて見る形だが剣なのか?」
 レオンは人懐っこそうな笑顔を浮かべながら、軽い感じで話しかけてくる。
 「これですか?これは一種のサーベルですよ」
 俺は刀の柄を軽くポンと叩きながら返事を返す。
 「ふーん、珍しい形してんなー。後でちょっと見せて貰えるか?」
 「私も見たい、あと猫」
 と、レオンの声に続く様にソアラも申し出てくる。冒険者としての性分なのだろう、レオンだけじゃなくソアラも興味があるようだ。もっとも、ソアラの興味の半分はミレニアのようだが。
 「いいですよ。じゃあ宿場で泊まってる時にでも見せますね」
 「おっ!やったぜ!」
 「楽しみ」
 俺の返答に二人から笑みが零れる。今まで一人で活動していた分、こう言うやりとりはとても新鮮だった。
 [仲間か。特殊な事情がなかったらあるいは、誰かと一緒に行動してたかもしれないな]
 [まあ、仕方あるまい。とは言え、お主の世界から渡って来ている者が他にもおるのじゃろう?そう言った者達と行動を共にするのも一つの選択肢じゃろうて]
 他のプレイヤー。探せば当然見つかるだろうが、ミレニアの事が少々ネックだ。一見テイムしているようにも見えるだろうが、現在もアナライズで読めないのは変わらない。
 [うーん、そっちはそっちで色々面倒な事になりそうでなぁ・・・。まあ、追々考えるか]
 そんなこんなで多少打ち解けた仲間達と共に、最初の宿場へと到着した。
 宿場に着くと、俺達はさっそく宿へと入る。どうやらカールは毎回同じ宿を使っているらしく、常連として多少サービスして貰えた。
 宿の中で荷解きをし、食堂へと集まるとさっそくレオン達に刀を見せる。
 「へぇ・・・。こりゃ見事だなぁ」
 「綺麗」
 レオンとソアラは感嘆とした声を上げる。もっとも、ソアラの視線は6割くらいミレニアに注がれているような気がするが。
 「それはウォルフ君の剣だね。ふむ、片刃だが肉厚で中々良く斬れそうだね」
 そう言いつつガイラスも輪に加わってくる。
 「僕は魔法専門なので武器の良し悪しは良くわからないですが、綺麗なのは間違いないです」
 と、パルミオ。彼はどうやら元素魔法が主体の魔導師のようだ。
 俺達のそんな様子を、カールは目を細めて見ている。寡黙だが、にぎやかなのは嫌いではないらしい。
 「撫でていい?」
 そんな風にワイワイと話していると、ついに我慢できなくなったらしく、ソアラが尋ねて来る。
 「本人が許したらね」
 俺はやんわりと否定の言葉を送ったつもりだったが、了承と受け取ったらしくソアラは、俺の肩の上にいるミレニアへとにじり寄って行く。
 しかし、面倒くさそうに一瞥し俺の膝の上へと移動するミレニア、案の定触らせる気はサラサラないようだ。
 「むぅ、残念」
 ソアラががっくりと肩を落としテーブルに上半身を投げ出す。まあ、こればっかりは仕方ない、俺は苦笑しつつもごめんねと一言ソアラに告げる。
 「さて、それじゃそろそろ夜間護衛の順番を決めようか」
 頃合いと言った感じでガイラスが一同へと声をかけて来る。護衛である以上、当然夜の間も荷馬車を見張る必要がある。
 「これは夜間護衛の基本だが、この蝋燭ろうそくを目安にしようと思う。燃え尽きたら次の者を呼びに行き交代する。今回は5人なので1晩5本、休息も長めに取れるはずだ」
 そう言いながらガイラスが蝋燭を配っていく。
 「それで順番だが、女性であるソアラ君を最初の見張りとし、次いでパルミオ、レオン、私、ウォルフの順でどうだろう」
 「ん、承諾」
 「いいっすよ」
 「僕もそれで」
 それぞれが返答を返していく。どうやらみんなこの手の事はなれているようだ。
 「俺もそれでかまいません」
 最後に俺の返事を聞き、ガイラスは頷くとさっそく夜間護衛の開始を告げる。
 俺の順番が最後なのは、初参加である事や実力的な配慮によるものだろう。逆に一番辛い時間帯を自分に回す辺りも誠実な人柄を感じさせる。
 とは言え俺自身は寝る必要がないので、一晩中危機回避の発動とマップのにらめっこになるだろうけど。
 -翌朝、早朝と言っても良い時間帯に夜間護衛をしていた俺に、宿から出てきた一同が挨拶を交わしてくる。
 自分の番を含め、初日の夜間護衛は何事もなく終了した。まだ始まったばかりではあるが、どの宿場にも他に人がいるし、ナザニアまでは問題なく進めそうだ。
 「では出発しよう」
 身支度を終え宿から出てきた俺の姿を認め、ガイラスが頷き声をかける。そして、全員が素早く馬にまたがると2日目の移動を開始した。
 一行は2日目、3日目と順調に進行して行き4日目の昼。
 木立の間を進んでいると、突如矢が飛んできた。しかし慌てる事なくガイラスそれを払い落す。
 「賊か。隠れてないで出てきたらどうだ!」
 「へっへっへ。痛い目みたくなけりゃ大人しく有り金全部置いて行きな」
 襲撃者達は木立の合間から姿を現す。その数10名。
 [・・・ん?なんか見覚えある恰好だな。盗賊ってみんな似たような恰好になるのかね]
 その盗賊の姿を見て、俺はヌールに向かってる途中で出会った盗賊達を思い浮かべる。
 「へっへっへ。女もいるじゃねーか。こいつは中々・・・ん?てめぇあの時の!」
 俺達の周りを取り囲むようにしていた盗賊の一人が、ソアラを見ながら下卑た声あげる。と、そのまま視線が俺の方へ向けられ、途端に顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
 [見覚えがある恰好なわけだ。あの時の奴らか]
 俺は内心納得した。あの時は骨くらいは折れただろうが、気絶させる程度で殺すまでは至らなかった為、元気になってまた稼業を再開したのだろう。
 前回あった時より人数が多いが、おそらくこの人数が本来のメンバーなのだろう。
 「知り合い?」
 ソアラが首を傾げて尋ねて来る。愛敬のある動作であるが、周りの動きは常に警戒している。
 「ヌールに来る途中で絡まれたからちょっとお仕置きを」
 俺は努めて軽い調子で答える。実際気絶させた程度だからお仕置きで間違いないだろう。
 「そう」
 ソアラは短くそう言うと、俺のそばにいる盗賊へと矢を放つ。
 矢は吸い込まれるように盗賊の肩へと突き刺さる。そしてそれが合図であるかのように戦闘が始まった。
 俺は手に持った槍の石突で、ソアラの背後から斬りかかろうとしている盗賊の頭を小突く。勢いよく叩きつけられた石突の威力によって盗賊は気絶する。
 「おらぁ!」
 レオンが勢い良く斧槍を振り回し、2人の盗賊を吹き飛ばしていく。見かけは細いが中々の膂力の持ち主のようだ。
 前方ではパルミオが水の元素魔法で水球を作り、それを高速でぶつけて昏倒させている。滑らかな動きで空を舞う水球、そんな操作を造作もなくこなすパルミオの技量の高さに舌を巻く。
 そして残りの盗賊は全てガイラスの槍に沈んだ。無駄のない槍捌き、1動作で1人を昏倒させていくその姿から相当の研鑽を積んでいるのが伺い知れた。
 「ガイラスさんよー。こいつらどうする?」
 あっという間に盗賊達を殲滅し、いささか物足りなそうな様子のレオンがガイラスに尋ねる。
 「ふむ、定期巡回の衛兵がそろっと通りかかる頃だろう。まとめて縛ってあとは衛兵に任せるとしよう」
 「へーい」
 「了解」
 レオンとソアラが馬から降り、素早く盗賊達を縛り上げて行く。そしてそれを邪魔にならないよう、ガイラスと俺で街道の端に移動させた。
 最後に全員を繋いだロープを近くの木に結ぶと、再び進行を開始する。
 1時間ほど進んだところで衛兵隊と遭遇したので、事情を説明してあとを任せた。
 その後は特に問題もなく順調に旅程を消化していき、ついにナザニアまで到着した。
 「これを待ってる時間が一番ダルいんだよなぁー・・・」
 レオンが徐々にしか進まない列を見ながら項垂うなだれる。
 「まあ、仕方ないさ。宿代をギルドが持ってくれてるだけでも良しとしよう」
 そんなレオンの様子をみながら、ガイラスが苦笑交じりでたしなめる。
 「それに、公都内であれば襲撃の心配もない。一晩とはいえゆっくり休めると考えれば少しは気持ちも楽だろう?」
 「そうですね。久しぶりにゆっくり休んで疲れを癒しましょう」
 努めて明るく振る舞うガイラスの言葉にパルミオが賛同する。
 そんなやり取りをしている内に順番が回って来て、俺達は無事にナザニアへと入都した。
 [さて、本番はここからだな]
 事情を知らない他のメンバーとは異なり、俺は逆に気を引き締め直した。
 2年間の間、人知れずすり替えられてきた鉱石、今までの道中では夜間護衛も行ってきた為、夜中に荷馬車をすり替えるという事は不可能だろう。事実、俺の危機回避にもマップにも怪しい藩王は見受けられなかった。
 しかし公都は違う。堅牢な守りにより外部からの侵入が防げている為、夜間護衛を行わないのが通例になっている。つまり逆に言えば、もっともすり替えの行われる可能性の高い場所と言える。
 計画が行われるのは寝静まった深夜になるだろう。王弟殿下が絡んでいるのであれば、衛兵の巡回も意味を成さない。
 俺は仲間と共に宿へと入り食事を終わらせると、部屋にて素早く準備をしその時を待った。
 [・・・来た]
 発動中の危機回避とマップへ、宿屋に留めてある荷馬車に近づく複数の反応を感知。俺は隠形スキルを発動させると素早く現場へ向かう。
 物陰から確認した現場では、いかにもな黒装束の一団と荷馬車がある。
 慎重に観察していると、手早く馬から荷馬車を切り離し、宿屋に留めてある方の荷馬車を自分達の連れてきた馬へと繋ぎ引き出す。
 そして、宿屋に留めてあった馬を自分達の持ってきた荷馬車と繋ぎ、元の位置に戻す。
 この間数分、多少の音は漏れるものの、宿の中にまで聞こえる程ではない。実に手際がよい。
 俺は黒装束達に見つからないよう注意深く後を追う。
 [やっぱりここに来るか・・・]
 荷馬車と黒装束達は王弟殿下の宮殿、その裏門の方へと進んでいき、そのまま中へと消える。
 [これで犯人は確定した。あとは荷馬車を取り戻すだけだな]
 おそらく建物地下へと続く緩い坂があるのだろう、消えて行った荷馬車の後を追い、俺は意を決して宮殿へと忍び込んだ。
 
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