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10.異変
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俺はマップを確認しつつ、荷馬車の向かった方へと進んでいく。
幸いと言うべきか進行上に衛兵は見当たらない。もしかしたら黒装束達の存在は衛兵達にも秘匿されているのかもしれない。
そして、たどり着いた先には観音開きの大きな扉。開けてみようとするがやはりと言うか、当然の如く鍵がかかっている。
俺は素早く開錠を試みる。流石に王弟殿下の住まいなだけあり、多少手間がかかったがどうにか開錠に成功した。
俺は静かに、ゆっくりと扉を開いていく。
そこにあったのはいくつもの荷馬車。種類は違うが、どれも鉱石が積まれていた。
俺はその荷馬車を1つ1つ念入りに調べて行く。
[・・・あった]
4つ目の荷馬車を調べると、そこにあったのは漢数字の三。俺が予めフォスターと打ち合わせし決めておいた目印だ。
漢数字の三であれば一見傷のように見えつつも、俺にはしっかりと意味を成す文字として目印になり、この世界の人々からはバレにくい。
そもそもの問題の根本解決を行うには、首謀者の目星を付ける必要がある。となれば、荷馬車のすり替えを敢えて黙認し、その運ばれる先を確かめる必要があった。
しかし、運ばれた先で荷馬車を見失っては意味がないので、こうして俺だけが解る目印を刻んでもらい、ちゃんと回収できるようにしておいたという訳だ。
[さて、目的の物は見つけた。他の荷馬車にも目印に二を刻んでおくか]
この地下室にある荷馬車には二と刻む事で、俺がすり替えの荷馬車を発見した証拠とする。そしてもし次回の輸送までに問題が改善できなかった場合でも、すり替えられた物だと確認する事が出来るという二段構えだ。
俺はナイフを取り出すと、元々あった荷馬車達に二を刻んでいく。
[・・・これで良し、と。さてこれからどうするか、さっきの黒装束の一人でも捕まえて尋問してみるべきか。それともいっそ、王弟殿下の寝室に忍び込んで脅しをかけるべきか?]
この現場自体決定的な証拠ではあるが、こちらも忍び込んでの発見という負い目がある。ならばいっそ国の暗部か何かを装って、脅しをかけ止めさせるのも手かもしれない。
[・・・いや、脅すのは最終手段だな。まずは本当に首謀者なのかを確認するべきか]
俺は考えを巡らす。3年前から始まった公都民への圧政、2年前の鉱山長選定での、お世辞にも真面目とは言えないゲルシュミットの当選。そしてヌール鍛冶ギルドマスター、フォスターからも信頼されていたカールの#情報漏洩_じょうほうろうえい__#。
このチグハグでありながら噛み合っている事象の答えは、この宮殿にあるはずだ。
[まずは王弟殿下の寝室を探そう。どうなるかは解らないけど話くらいは聞けるかもな]
俺は王弟殿下でサーチをかける。しかし、どこにも反応がない。
[変だな。・・・ああそうか、人だと個人名が必要になるのか]
[はいマスター。個人単位でのサーチには個別名称が必要になります]
マップにはいくつもの生体反応、この中から個人を特定するつもりだったのだが、サーチする為に個人名が必要だと気づかなかったのは迂闊だった。
ならアプローチ方法を変えてみようと思い直し、マップを立体化させる。
[お偉いさんってのは、建物の奥の上層階にいるってのが大抵のパターンだ]
マップを動かしながら生体反応の位置を確認していく。
[お、これっぽいな]
2階の中央、謁見室と思われる広さの部屋から右奥の方へ1つ、離れて生体反応がある。
俺はマーカーを設置すると、さっそく向かう事にした。
荷馬車の並ぶ地下から階段を上り、扉を開けた先には立派な造りの厨房が存在していた。
[・・・妙だな]
今は深夜、無人である事は何ら不思議ではない、しかし、視界に映る部屋の中は、最近はまるで使われていないかのようだった。竈には蜘蛛の巣がはり、調理器具や調理台には薄っすらと埃が積もっている。
人が生活している以上、毎日食事が作られているはず。ましてやここは王弟殿下の宮殿だ。仮に使わない事があったとしても、毎日清潔に保たれているはずだろう。
[さっきの黒装束達もそうだが、マップに反応はあるのだから、少なくとも誰かがいるのは間違いない。・・・複数ある内のたまたま使ってない厨房なのか?]
ここへきてまた押し寄せて来る違和感。まるでボタンを掛け違えているかのようなチグハグさ、何か決定的なピースが足りていない気がする。
[地下から厨房を通った痕跡はしっかり残ってるな]
俺は一度考えるのを止め、黒装束達が通ったと思われる痕跡を見つめる。何度もそこを行き来しているのだろう、床の一部だけ埃が無く、まるで道のようになっている。
俺はその痕跡を辿るように厨房の扉に進み、外の様子を窺う。
扉の外は使用人区画のようで、廊下を挟んで左右に部屋が点在する。しかし、その部屋の中には誰もいないようで、マップには反応がない。
[厨房もそうだったけど、この区画は使われていないのか?]
廊下にはやはり埃が積もり、厨房から続く往来の痕跡がはっきりと残っている。
使っていない区画だから計画に利用しているのか、計画の為に使用人をこの区画へ入れていないのか、どちらにせよ、徹底した人払いを行っているのは間違いなさそうだ。
[何にしても、取り敢えず進むしかないな]
俺は廊下を音もなく通り抜け、使用人区画から2階へと続く階段を目指す。
こちらのルートが空いていれば面倒な迂回をしなくて済む。そう思いながら階段を上ると、扉に出くわす。しかし扉には鍵がかかっており、こちら側には鍵穴すらない。おそらく閂式、賊の侵入対策だと思われる。
[そうなると、反対側に同じような階段があったとしても結果は一緒だろうな]
目立つルートは極力避けたかったが、どうもそう言う訳にはいかないようだ。
俺は仕方なく、大広間を経由し中央階段から2階へと侵入する方向へ切り替える。
大広間の方へと移動しながらマップを確認してみるが、やはりそこにも反応が無い。まるで守るべき者などないと言わんばかりに衛兵にさえ出くわさない。
こうなってくるといよいよ異常だ。俺は事態の認識を改めるべく、生体反応のある区画へ向かうべきかと思い始めていた。
直接的接触を行うかどうかはその時の流れによるが、少なくとも一般的な感性の持ち主であれば、この状況に何らかの不安を抱いていてもおかしくないだろう。
しかし生憎な事に、王弟殿下と思われる反応以外の全てが一つの部屋に集まっている。
こうなると迂闊に飛び込むのは危険だ。この反応が黒装束の物でないとは言い切れない。
[やっぱり当初の予定通り、王弟殿下へと会いに行くしかなさそうだ]
少なくとも、王弟殿下の寝室まではそれらしい反応もない、この状況であれば見つかる事なく忍び込む事が可能だろう。
俺は大広間の階段を上ると壁沿いに移動し、目的の場所を目指す。マップを見た感じでは、謁見室からも行ける構造になっているが、先ほどの閂扉から通じているルートもあるはずだ。
[こっちだな]
壁沿いに進むうちに、先ほどの閂扉の前を通り過ぎ、突き当りの部屋へと潜り込む。
綺麗に並べられたテーブルと椅子。そこはどうやら王弟殿下が普段食事をする部屋のようだ。
[・・・この部屋もか]
埃にまみれていたのは使用人区画だけではなかった。大広間も中央階段も廊下も、いたるところに埃が積もり、まるで空き家のような様相を表している。
何故こんな状況になっているのか気にはなるが、答えを知っているであろう王弟殿下の寝室はすでに目と鼻の先。今は一刻も早くそこへ向かうべきだと気を引き締める。
寝室側の扉をあけ、廊下を見渡す。確認できるのは壁沿いに2つの部屋。反応があるのは右側の扉の先だ。
俺は細心の注意を払いながら、ゆっくりと右側の扉、王弟殿下の寝室へと忍び込む。
室内にはドレッサーと思わしき衣装箪笥、簡素だが高級なテーブル、そして天蓋付きのベッドがある。
暗闇ながらも差し込む月明りによって、天蓋から垂れ下がっているレースのような布越しに人影が浮かび上がっている。
俺は慎重に近づき中の人物を確認する。
[なんだこれは・・・]
そこに鎮座していたのは、まるで枯れ木のように痩せこけた物言わぬ存在。
その目は閉じる事無く虚空を見つめ続け、身体は微動だにしない。一見しただけでは生きているとはとても思えないような人の姿をした何か。
俺自身は王弟殿下の姿を知っている訳ではないが、少なくともこの寝室の豪奢な造りと、そこへ鎮座する存在が無関係である事はないだろう。
「殿下・・・王弟殿下。聞こえますか?」
俺はそっと耳元へ口を寄せ反応が無いか試みる。しかしその存在は微動だにしない。
俺自身、魔導ギルドや錬金術ギルドなどの講義にも参加し、個人的にも指導を受けてはいるが、正直人をこんな状態にしてしまう魔法や薬物の存在には心当たりが無かった。
そもそも元素魔法は、魔力を媒介とした元素への物理的アプローチの面が強く、精神などを操る物は存在しない。また、錬金術で造られた薬にでも、生かしも殺しもせず意識を封じるような物はあまりにも意味を成さないので作られるはずがなかった。
傀儡として意のままに動かしたいのであれば、心神喪失状態では意味がなく、人質として幽閉するのであれば、生命を維持させる必要がある。
しかし、宮殿内の状況を考えて見るに、およそ人の生活環境としての役割を果たしてるとは言い難い。
それどころか。
[・・・人の身体に埃が積もってるだと]
初見でのインパクトに引っ張られてしまったが、よくよく見てみると王弟殿下の身体にもベッドにも埃が積もっている。つまりそれだけの時間、彼はその場から微動だにしていない。
[ミレニア、知恵を貸してくれ。一体何なんだこの異常な状況は]
俺は肩にいるミレニアに心話で問いかける。
「・・・小僧。これはお主の手には負えぬかもしれん」
ミレニアは心話で返す事も忘れるほど、警戒心をむき出しにしていた。
「お前のそんな状態、初めて見たぞ・・・。何か知っているのか?」
俺は寝室を抜け、そのまま隣の部屋へと向かう。こちらはどうやら執務室のようだ。
「お主も気付いたように、アレはこの世界の理の内には存在しない現象じゃ」
ミレニアが重く口を開く。その言葉には、口にするのすらおぞましいと言うような気配が篭っている。
「アレなるは外法。世界の理の外に堕ちた者共が使いし力」
「待ってくれ、理解が追いつかない」
俺は叫びそうになる声音を必死で押さえ、ミレニアに問いかける。
「世界の理ってのは六柱の竜がそれぞれ司っているモノだったな?そしてこの世界の生き物は全からくその内で循環していると」
「左様。本来であれば理の内にて生まれそして死する。その魂の循環を持って世界は調和を保っておる」
「なら理の外に堕ちたってのはどういう」
「・・・外れたのじゃよ、循環の輪を。本来理の浄化作用により消えるはずの邪悪なる魂が、その定めを覆し理の外にて命を持った。それが外法の使い手、妖共じゃ」
ミレニアは憎悪を滾らせ、吐き捨てるように言い放つ。
「やつらの使う力は理の中の物とは相反する異質なる物。故に形は定まらず、その力を理解する事も不可能じゃ。そして我ら六柱の竜は、妖を討つ使命を母神より与えられておる」
俺は考える。ミレニアの言葉に偽りがないのは重々承知しているが、妖と言う者への理解が追いつかない。
俺が見てきた範囲ではあるが、この世界は調和のとれた素晴らしい世界だと思う。しかしそんな世界ですら、裏側では竜と妖による暗闘が繰り広げれてきたようだ。
「つまり、今回の全てが妖とかいう存在が引き起こした物だったという訳か」
「おそらく3年前の時点でこの宮殿は汚染されておる。小僧、これ以上の長いは無用。すぐさま引き上げじゃ」
「くそ。流石に荷が重いか」
ミレニアと出会ってから今日まで、ほぼ毎晩と言える修行により技術的にはそれなりになったとは言え、その師匠とも言えるミレニア自身が引きの一手を迷いなく提案してくる。それはつまり、俺程度では切り抜けられない可能性が高い、危険な状況に陥っているという証明だ。
出来れば執務室の書物を確認して起きたかったが、事は一刻を争う。ミレニアに言われるままに素早く脱出へと切り替える。
危機回避と隠形をそのままに移動速度を上げ、俺は一目散に閂扉へ向かう。下から上ってきた時は無理だったが、こちらからなら開くはず。
「おや~?どちらに行こうと言うのですか~?」
突如奇妙な響きを持つ声が辺りに反響する。
「くっ!閂が上がらない!」
「ええい!気付かれておったか!小僧、ここはダメじゃ!」
不可思議な力によってまるで張り付いたかのように微動だにしない閂を諦め、外套から飛び出したミレニアと共に元来た道を駆け抜ける。
「おやおや、せっかちですねぇ~。せっかくいらっしゃったのですから、もっとゆっくりして行かれてはいかがですか~?」
声はなおも反響し、宮殿内のいたるところから聞こえてくるようにさえ感じる。
そして大広間まで来たところで、空気が変わった。
「チィッ!厄介なやつめ!・・・ウォルフ、奴を迎え撃つぞ!」
「どういう事だ!?俺じゃ厳しいから逃げを打ったんだろう?」
「空間を固定された!・・・このままじゃと奴を倒さぬ限り抜けだす事は敵わん!」
ミレニアを見た時、言葉の意味を理解した。大広間に降りて来た俺達の足跡、それが途中からなくなっていたのだ。
俺は試しに少し足を動かしてみるが、埃はまるで石畳のように微動だにしない。この大広間そのものの時が停止したかのように動くものは俺とミレニアだけだった。
「よ~うこそナザニアへ~。私公都にて摂政を仰せつかっております~。パ、ウ、ロ、と申します~」
突如目の前の空間が歪み、声の主が姿を現した。
「・・・なんだあれは」
俺は思わず絶句する。現れた存在、それはおよそ人という概念から逸脱したモノだった。
良くしゃべる口は顔の輪郭にそってクルクルと回り、目は顔の中央に縦に二つ、鼻はない。そして耳のあるべき場所に触手のような物がうねっている。
「これが妖か、・・・確かに邪悪をそのまま体現したような容姿だな」
「惑わされるでない。やつらに決まった姿形などありはせん。・・・それ故にどのようなモノにでもなる事が出来るのじゃ」
ミレニアがパウロと名乗った妖に威嚇する。しかし当の本人はどこ吹く風だ。
「・・・ミレニアの本気の威嚇を受けて平気な奴なんて初めてみたぞ」
俺はその事から相手の力量を十二分に理解できた。ミレニアに本気で威嚇されて平気な存在など、およそ同じ六柱の竜くらいしかいないだろうからだ。
俺は一瞬死に戻りすら視野に入れたが、それを行うとミレニアだけ置いて行く事になる。そして何より死に戻りによって脱出できるかさえ未知数だ。
ならばと、俺は逆に帰還ポイントを足元に設定する。コレによって、少なくとも相手が諦めるまで戦い続ける事が出来る。つまり俺なりの覚悟だ。
俺は羽織っていた外套を脱ぎストレージに戻す。見つかった以上、着ていても動きが阻害されるだけで無意味だ。
「おや?おやおやおや~?貴方変わってらっしゃる。ふ~む、これは面白いおもちゃを見つけたようですね~」
外套を脱ぎ捨てた俺を見るなり、口の端を上げて喜びに震えた声を発するパウロ。
「何が面白いおもちゃなのか解らないが、一つ聞かせてくれ」
大仰に天を仰ぐような仕草をしているパウロに、俺は疑問をぶつけてみる。
「お前が何者かはこの際どうでもいい。だが、ナザニアに来て王弟殿下に何をした?公都の民を苦しめるような条例を出したり、輸送されている鉱石を入れ替えたり。・・・何が目的だ?」
俺は油断なく、腰に帯びた刀の柄を握りながらパウロを睨み付ける。
「はて?おかしな事をお尋ねになりますね~。貴方だって、面白そうなおもちゃがあれば遊ぶでしょう~?ただ、それだけですよ~」
「ウォルフ!こやつの言葉に耳を貸すでない!そもそも妖に理念なぞない!己が求めるままに蹂躙し、嗜虐の限りを尽くすのみじゃ!」
警戒を最大限に保ったままミレニアの怒声が飛んでくる。しかし俺はもう一つ聞かなければならない事があった。
「おもちゃね・・・。ちなみにお前さんは人の心を操ったりできるのか?」
「ああ、なるほどなるほど、貴方のおっしゃりたい事が良~く解りました。ええ、ええ、可能ですよ~。姿を変える事も、心を操る事も、楽しめるなら、い、く、ら、でも~色々な方法を試しますとも~」
答えはそろった。3年前から始まった一連の事件、それはつまりコイツの楽しみの為だけに行われてきた物だった。何の意味もない、ただおのれの愉悦の為だけの作為。
そう、いくら考えても応えなど出る訳が無かった。そこに理由がなかったのだから。
「・・・流石、ミレニアが怒るだけの事はあるな。ちなみに、俺の世界じゃこういう奴の事をクズって呼ぶのさ!」
言うと同時に床を蹴る。身体は風になったかのように駆け抜ける。
「ハァッ!!」
パウロに肉薄した俺は柄に力を込め、気合いと共にその閃きを解き放つ。
居合一閃、胴丸斬り。
ドシャッと湿った重量のある物が倒れる音と共に、真一文字に切り落とされたパウロの上半身が床に転がった。
あのミレニアがあれほど警戒する相手だ、油断はできない。俺は普通であれば絶命しているであろうパウロを睨み付け、その動きを見逃さぬよう注意深く観察する。
そしてそれは起こった。
たった今切り落とされたパウロの上半身が、まるで映像の巻き戻しのようにスルスルと登って行き、斬られたという事実が無かったかのように元に戻った。
パチパチパチと不規則な乾いた音が響き渡る。
・・・それはパウロが調子外れな拍手をしている音だった。
「いやぁ~素晴らしいですねぇ~。貴方中々の腕前をお持ちだ。これは思ったより長く遊べそうな気がしてきましたよ~」
パウロは楽しくて仕方がないと言う風に口元を歪め、目に嗜虐的な光を灯らせる。
「では~、今度はこちらの番ですね~?」
そう言ってパウロが指を鳴らすと、大広間を囲むようにして黒装束の一団が現れた。
「まずは~、このお人形さんで遊んでみましょうか」
言葉に出さずとも命令が届くのか、主人の意を汲んだ黒装束達が被り物を取り顔を晒していく。 「おのれぇっ!」
それを見たミレニアが激しく怒りを燃やす。黒装束達の正体は人間だった。
・・・いや、正確には人間だったモノだった。
目は白濁し、顔はやせ細り土気色をしている。
「これは・・・死体か?」
「死人の魂を肉体に封じ込め思うがままに使役する。やつらがもっとも好む外法じゃ!」
唸るように呟くミレニアに俺は尋ねる。
「救う方法は?」
「無い。肉体はすでに死しており、魂はやつに呪縛されておる。やつを滅しない限り永遠に安らぎは訪れん」
ミレニアはどこか哀しそうな声色で呟く。理の内を見守ってきた存在としては、人もまた我が子のような存在なのかもしれない。
「そうか・・・。何か奴を倒す手はないのか?」
俺は迫り来る黒装束の死人達を牽制しながら、ミレニアに打開策を尋ねる。
「先ほどの一撃、妾の加護を受けたお主ならあるいはと思ったのじゃが・・・。幼生体ではやはり力が足らぬか」
「そもそも今まではどうやって倒してたんだ?」
「我ら六柱の竜は、その身に己を構成する属性と同じ竜気と呼ばれる物を内包しておる。それを攻撃に転用する事で、やつらを滅殺してきたのじゃ」
俺はミレニアの言葉から、現状打てる手をイメージしていく。
「その力を他者に付加する事は出来ないのか?」
「解らぬ。そもそも人と共闘する事など無かった故のう。竜同士であればブレスを合成するくらいはやった事はあるが」
「なら、試してみるしかないな」
[まずはこの死人達を処理しよう。可哀想だが、あいつを倒さないと死ぬ事が出来ないって事なら、今は邪魔にならないようにしておかないと]
[無論じゃ。では始めるぞ]
俺とミレニアは心話で打ち合わせ、死人の群れへと斬りかかる。
「ふん!」
ミレニアの一薙ぎで数体の死人がバラバラに砕け散る。幼生体とは言え、やはり竜は別格なのだと改めて思わされる。
俺も負けじと死人の首を跳ね、四肢を落とし動けなくしていく。
どういう理屈で動いているかは解らないが、少なくとも四肢が無ければこれ以上どうしようもないだろう。
「ふむふむ、これはこれで中々楽しくて良いのですが~、やはりお人形さん達では物足りなさそうですね~」
そう言うとパウロの周りに赤黒い球体が複数出現する。
「いかん!ウォルフあれに当たってはならんぞ!」
無双状態で死人を殲滅していたミレニアが、その球体を見て鋭く叫ぶ。
「む?なんだ?」
「ヒヒヒ!では、い~き~ま~すよ~」
パウロは妙にのんびりした口調で両手を掲げ、その手を俺の方へ向かって振り下ろす。
すると赤黒い球体が一斉に動き、俺へと目掛けて飛んでくる。
背筋にゾワっとした悪寒を感じた俺は、その球体を全力で避ける。
一瞬前まで俺の居たところへ押し寄せる赤黒い球体、その奔流は避ける事のない死人の群れへと飛び込み、その全てを貪り尽くした。
[ミレニア、なんだあの球体]
[アレもやつらの外法の一つ、ぶつかったモノが人であれ物であれ、当たった場所を食らい尽くしてしまう厄介な代物じゃ]
[まったく、厄介極まりないな。しかし竜はアレを食らっても平気なのか?]
[我らには竜気があるからのう。多少なり影響は受けるが、竜気による攻撃であれば滅する事が可能じゃ]
なるほど、竜というのはとことんまで対妖特化な性質のようだ。
[さて、奴自身が吹っ飛ばしてくれたおかげで死人の心配も無くなった。ミレニア、これから俺の言う通りに動いて貰えるか?]
そう言うと俺は腰に差していた刀とストレージ内の刀を交換する。
今まで差していたのは親方に打って貰った刀。実戦にも耐えうる底力を持っていたのでそのまま使っていたのだが、これから行う事を考えるとやはり不安が残る。
なのでフォスターに打って貰った刀と入れ替えたのだ。
[構わんが、本当に大丈夫じゃろうか?]
未だかつて試した事のない方法に逡巡するミレニア。
[・・・大丈夫だ、俺の思い描いた通りなら必ず成功する。それに俺が死なない身体なのは解ってるだろう?]
心配するミレニアに俺は努めて軽い調子で返事を返す。
[・・・ふん、ならばやってみるかのう。もし仮に死ぬような事があれば次の修行は更に過酷な物になると心得よ]
一瞬の迷いののち、ミレニアは吹っ切れたように俺を見ると色々な意味で無茶な命令をしてくる。
[了ー解。まあ何とかなる。・・・それじゃ刀にブレス状の竜気をかけてくれ]
俺は刀を抜くとミレニアの方へ差し向ける。ミレニアはそこへ向けて竜気のブレスを吹き付ける。
「おや~?何か面白い事でも思いつきましたか~?でもさせませんよ~。それはちょ~っと痛いので」
そう言うとパウロは再び赤黒い球体を操る。今度は全体を片手ずつに分け、左右から挟むように飛ばして来た。
「・・・エンチャント・フィジカルブースト!」
俺は神聖魔法の魔法体系、空間内の元素を体内に取り込み、魔力と融合する事で使用可能になるという特性を利用し、取り込んだ元素と融合させた魔力を全身に巡らせる。
そして肉体の強度を上昇させる事で、限界値の底上げを行った。
それまで高速で飛んできていた赤黒い球体の動きが緩慢な物へと変わる。
肉体の強化を行った事により、動体視力や脳内の処理速度も上がっているようだ。
そして充分に吹き付けて貰った竜気を魔力で操作し、刀へのエンチャント状態へと変化させる。
「さしずめ、エンチャント・ドラゴンオーラってところかな」
俺は竜気を充分に付加された刀を鞘に戻すと、構えを取る。
[エンチャントの時間はあまり長くない、決められるとすればこの一撃]
そして俺は強化された肉体で床を蹴りつけた。
その速度は瞬歩を超えまるで縮地、一瞬で懐に現れた俺にパウロの目に驚愕が浮かぶ。
「ハァッ!!!!」
俺は竜気を帯びた刀を抜き放つ。
その速度はまるで光、白銀の竜気を閃かせながら刀がパウロの胴を左腰から切り上がる。そして右肩を抜けたところで頭から唐竹に両断し、止めとばかりに右腰から左肩へと切り上げた。
一瞬三斬。流れるように滑る刀身と、その身に帯びた竜気が光の軌跡を描く。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ!これはこれは!素晴らしい!実に素晴らしい!ああ、もっと、もっと遊んで欲しかった。もっと遊びたかったですよ~!」
竜気に触れたところから分解され徐々に消え行きながら、パウロは自身の状況とはまるで違う、歓喜溢れる叫びをあげる。
「そうかい。悪いけどこっちはご免だよ」
刀を正眼に構え、俺は軽口と共に消えゆくパウロを見送る。
「ヒヒ、ヒヒヒヒ、ヒヒ・・・」
最後までその歓声を絶やす事なくパウロ、妖と呼ばれるモノは消滅した。
それと同時に固定されていた空間が解除されたらしく、再び時が戻る。
「おおっ!やりおったなウォルフ!流石妾の加護を受けし者じゃ!」
ミレニアはやはりどこか不安だったのだろう、俺が妖を討ち滅ぼしたのを見ると勢い良く飛びつき、頭を俺の顔にこすりつけてくる。
「お主良く状況であんな発想が出来るものじゃのう!失敗したらどうするつもりだったのじゃ!」
「ああ、そう言えば言ってなかったっけ。俺のこの身体は自身の持つ技術の範囲なら、思い描いた通りに実現させる事が出来るんだよ」
「なんじゃと!?それを先に言わんか!このたわけ者め!」
安心感からかそれともそれだけ心配していたからなのか、ミレニアは俺の言葉を聞くなりペシンと頭を叩く。
「まあこっちとしても半分賭けだったからな、うまく行っただけ良しとしてくれ」
そう、フィジカルブースト自体は自身のスキルだから問題なく使えるだろうと思っていたが、竜気をうまく操作してエンチャント状態に持っていけるかどうかは賭けだった。
竜気そのものが自分の能力ではないのに加え、その力がどれほどの物か予想するしかなかったからだ。
初めての試みで制御は難しかったが何とかうまく行った。今後はアバター体の方へ蓄積された経験として制御も容易になるだろう。
「ところで、妖ってのはどれだけの数が存在するんだ?」
俺はふと気になった疑問をミレニアに尋ねる。
「正直言えば実数なぞ解らぬ。やつらは拭い切れぬ汚れのようなモノじゃ。滅殺した端から湧いてくると言っても良い」
「妖の存在は人族にも認識されているのか?」
「人族にこの事を告げる訳にはいかぬ。この世界の生命体ではないお主はともかく、普通の人族では先ほどの死人と同じ末路が関の山じゃ・・・」
ミレニアは少し哀しそうに呟いた。結果はどうあれ、やはり守れなかった命と言う物を悼んでいるいるのだろう。
そんなミレニアの頭を俺は軽く撫でてやる。
「まあ、出来る範囲で出来る事をやってくしかないよな。幸い俺みたいな特殊なのもいる事だし、ミレニアの背負ってるモノの一部くらいは肩代わりしてやれるかもな」
「・・・ふん!このたわけ者が。お主のような軟弱者では危なっかしくて敵わぬ。今後の修行はもっと厳しめに行うべきじゃのう」
ミレニアはプイッとそっぽを向いてまくし立てる。
[まったく照れ隠しが下手だなぁ]
「何か言うたか?」
「いーえ何も」
剣呑な気配を一瞬纏いこちらを睨み付けるミレニアに俺は大仰に首を振って答える。
「あ、そう言えば」
「なんじゃ?」
突然声を上げた俺を怪訝そうに見返してくるミレニア。
「いや、妖が滅びたんなら王弟殿下の呪縛も解けてるんじゃないか?」
「ふむ、可能性はあるのう」
ミレニアはのほほんとした口調で答える。こう言う所はやっぱり人と感覚がずれているんだな。
「いや、いつからあんな状態だったか解らないけど放っておいたら死んでしまうだろ」
俺は慌てて黒い外套を取り出し、ミレニアごとそれを羽織る。
「ともかく助けにいかないと。あ、それと」
「今度はなんじゃ?」
少々面倒くさいという声音でミレニアが尋ねて来る。
「フォスターさんに打って貰った刀の名前さ、俺の故郷の名刀から少し名前を拝借して、妖斬りに決めたよ」
俺はドヤ顔でミレニアに刀の名前を発表する。
「ふむ、良く解らんが大切にするのじゃぞ」
喜ぶ俺とは対照的に、ミレニアは半場呆れたような口調で返事を返して来た。
幸いと言うべきか進行上に衛兵は見当たらない。もしかしたら黒装束達の存在は衛兵達にも秘匿されているのかもしれない。
そして、たどり着いた先には観音開きの大きな扉。開けてみようとするがやはりと言うか、当然の如く鍵がかかっている。
俺は素早く開錠を試みる。流石に王弟殿下の住まいなだけあり、多少手間がかかったがどうにか開錠に成功した。
俺は静かに、ゆっくりと扉を開いていく。
そこにあったのはいくつもの荷馬車。種類は違うが、どれも鉱石が積まれていた。
俺はその荷馬車を1つ1つ念入りに調べて行く。
[・・・あった]
4つ目の荷馬車を調べると、そこにあったのは漢数字の三。俺が予めフォスターと打ち合わせし決めておいた目印だ。
漢数字の三であれば一見傷のように見えつつも、俺にはしっかりと意味を成す文字として目印になり、この世界の人々からはバレにくい。
そもそもの問題の根本解決を行うには、首謀者の目星を付ける必要がある。となれば、荷馬車のすり替えを敢えて黙認し、その運ばれる先を確かめる必要があった。
しかし、運ばれた先で荷馬車を見失っては意味がないので、こうして俺だけが解る目印を刻んでもらい、ちゃんと回収できるようにしておいたという訳だ。
[さて、目的の物は見つけた。他の荷馬車にも目印に二を刻んでおくか]
この地下室にある荷馬車には二と刻む事で、俺がすり替えの荷馬車を発見した証拠とする。そしてもし次回の輸送までに問題が改善できなかった場合でも、すり替えられた物だと確認する事が出来るという二段構えだ。
俺はナイフを取り出すと、元々あった荷馬車達に二を刻んでいく。
[・・・これで良し、と。さてこれからどうするか、さっきの黒装束の一人でも捕まえて尋問してみるべきか。それともいっそ、王弟殿下の寝室に忍び込んで脅しをかけるべきか?]
この現場自体決定的な証拠ではあるが、こちらも忍び込んでの発見という負い目がある。ならばいっそ国の暗部か何かを装って、脅しをかけ止めさせるのも手かもしれない。
[・・・いや、脅すのは最終手段だな。まずは本当に首謀者なのかを確認するべきか]
俺は考えを巡らす。3年前から始まった公都民への圧政、2年前の鉱山長選定での、お世辞にも真面目とは言えないゲルシュミットの当選。そしてヌール鍛冶ギルドマスター、フォスターからも信頼されていたカールの#情報漏洩_じょうほうろうえい__#。
このチグハグでありながら噛み合っている事象の答えは、この宮殿にあるはずだ。
[まずは王弟殿下の寝室を探そう。どうなるかは解らないけど話くらいは聞けるかもな]
俺は王弟殿下でサーチをかける。しかし、どこにも反応がない。
[変だな。・・・ああそうか、人だと個人名が必要になるのか]
[はいマスター。個人単位でのサーチには個別名称が必要になります]
マップにはいくつもの生体反応、この中から個人を特定するつもりだったのだが、サーチする為に個人名が必要だと気づかなかったのは迂闊だった。
ならアプローチ方法を変えてみようと思い直し、マップを立体化させる。
[お偉いさんってのは、建物の奥の上層階にいるってのが大抵のパターンだ]
マップを動かしながら生体反応の位置を確認していく。
[お、これっぽいな]
2階の中央、謁見室と思われる広さの部屋から右奥の方へ1つ、離れて生体反応がある。
俺はマーカーを設置すると、さっそく向かう事にした。
荷馬車の並ぶ地下から階段を上り、扉を開けた先には立派な造りの厨房が存在していた。
[・・・妙だな]
今は深夜、無人である事は何ら不思議ではない、しかし、視界に映る部屋の中は、最近はまるで使われていないかのようだった。竈には蜘蛛の巣がはり、調理器具や調理台には薄っすらと埃が積もっている。
人が生活している以上、毎日食事が作られているはず。ましてやここは王弟殿下の宮殿だ。仮に使わない事があったとしても、毎日清潔に保たれているはずだろう。
[さっきの黒装束達もそうだが、マップに反応はあるのだから、少なくとも誰かがいるのは間違いない。・・・複数ある内のたまたま使ってない厨房なのか?]
ここへきてまた押し寄せて来る違和感。まるでボタンを掛け違えているかのようなチグハグさ、何か決定的なピースが足りていない気がする。
[地下から厨房を通った痕跡はしっかり残ってるな]
俺は一度考えるのを止め、黒装束達が通ったと思われる痕跡を見つめる。何度もそこを行き来しているのだろう、床の一部だけ埃が無く、まるで道のようになっている。
俺はその痕跡を辿るように厨房の扉に進み、外の様子を窺う。
扉の外は使用人区画のようで、廊下を挟んで左右に部屋が点在する。しかし、その部屋の中には誰もいないようで、マップには反応がない。
[厨房もそうだったけど、この区画は使われていないのか?]
廊下にはやはり埃が積もり、厨房から続く往来の痕跡がはっきりと残っている。
使っていない区画だから計画に利用しているのか、計画の為に使用人をこの区画へ入れていないのか、どちらにせよ、徹底した人払いを行っているのは間違いなさそうだ。
[何にしても、取り敢えず進むしかないな]
俺は廊下を音もなく通り抜け、使用人区画から2階へと続く階段を目指す。
こちらのルートが空いていれば面倒な迂回をしなくて済む。そう思いながら階段を上ると、扉に出くわす。しかし扉には鍵がかかっており、こちら側には鍵穴すらない。おそらく閂式、賊の侵入対策だと思われる。
[そうなると、反対側に同じような階段があったとしても結果は一緒だろうな]
目立つルートは極力避けたかったが、どうもそう言う訳にはいかないようだ。
俺は仕方なく、大広間を経由し中央階段から2階へと侵入する方向へ切り替える。
大広間の方へと移動しながらマップを確認してみるが、やはりそこにも反応が無い。まるで守るべき者などないと言わんばかりに衛兵にさえ出くわさない。
こうなってくるといよいよ異常だ。俺は事態の認識を改めるべく、生体反応のある区画へ向かうべきかと思い始めていた。
直接的接触を行うかどうかはその時の流れによるが、少なくとも一般的な感性の持ち主であれば、この状況に何らかの不安を抱いていてもおかしくないだろう。
しかし生憎な事に、王弟殿下と思われる反応以外の全てが一つの部屋に集まっている。
こうなると迂闊に飛び込むのは危険だ。この反応が黒装束の物でないとは言い切れない。
[やっぱり当初の予定通り、王弟殿下へと会いに行くしかなさそうだ]
少なくとも、王弟殿下の寝室まではそれらしい反応もない、この状況であれば見つかる事なく忍び込む事が可能だろう。
俺は大広間の階段を上ると壁沿いに移動し、目的の場所を目指す。マップを見た感じでは、謁見室からも行ける構造になっているが、先ほどの閂扉から通じているルートもあるはずだ。
[こっちだな]
壁沿いに進むうちに、先ほどの閂扉の前を通り過ぎ、突き当りの部屋へと潜り込む。
綺麗に並べられたテーブルと椅子。そこはどうやら王弟殿下が普段食事をする部屋のようだ。
[・・・この部屋もか]
埃にまみれていたのは使用人区画だけではなかった。大広間も中央階段も廊下も、いたるところに埃が積もり、まるで空き家のような様相を表している。
何故こんな状況になっているのか気にはなるが、答えを知っているであろう王弟殿下の寝室はすでに目と鼻の先。今は一刻も早くそこへ向かうべきだと気を引き締める。
寝室側の扉をあけ、廊下を見渡す。確認できるのは壁沿いに2つの部屋。反応があるのは右側の扉の先だ。
俺は細心の注意を払いながら、ゆっくりと右側の扉、王弟殿下の寝室へと忍び込む。
室内にはドレッサーと思わしき衣装箪笥、簡素だが高級なテーブル、そして天蓋付きのベッドがある。
暗闇ながらも差し込む月明りによって、天蓋から垂れ下がっているレースのような布越しに人影が浮かび上がっている。
俺は慎重に近づき中の人物を確認する。
[なんだこれは・・・]
そこに鎮座していたのは、まるで枯れ木のように痩せこけた物言わぬ存在。
その目は閉じる事無く虚空を見つめ続け、身体は微動だにしない。一見しただけでは生きているとはとても思えないような人の姿をした何か。
俺自身は王弟殿下の姿を知っている訳ではないが、少なくともこの寝室の豪奢な造りと、そこへ鎮座する存在が無関係である事はないだろう。
「殿下・・・王弟殿下。聞こえますか?」
俺はそっと耳元へ口を寄せ反応が無いか試みる。しかしその存在は微動だにしない。
俺自身、魔導ギルドや錬金術ギルドなどの講義にも参加し、個人的にも指導を受けてはいるが、正直人をこんな状態にしてしまう魔法や薬物の存在には心当たりが無かった。
そもそも元素魔法は、魔力を媒介とした元素への物理的アプローチの面が強く、精神などを操る物は存在しない。また、錬金術で造られた薬にでも、生かしも殺しもせず意識を封じるような物はあまりにも意味を成さないので作られるはずがなかった。
傀儡として意のままに動かしたいのであれば、心神喪失状態では意味がなく、人質として幽閉するのであれば、生命を維持させる必要がある。
しかし、宮殿内の状況を考えて見るに、およそ人の生活環境としての役割を果たしてるとは言い難い。
それどころか。
[・・・人の身体に埃が積もってるだと]
初見でのインパクトに引っ張られてしまったが、よくよく見てみると王弟殿下の身体にもベッドにも埃が積もっている。つまりそれだけの時間、彼はその場から微動だにしていない。
[ミレニア、知恵を貸してくれ。一体何なんだこの異常な状況は]
俺は肩にいるミレニアに心話で問いかける。
「・・・小僧。これはお主の手には負えぬかもしれん」
ミレニアは心話で返す事も忘れるほど、警戒心をむき出しにしていた。
「お前のそんな状態、初めて見たぞ・・・。何か知っているのか?」
俺は寝室を抜け、そのまま隣の部屋へと向かう。こちらはどうやら執務室のようだ。
「お主も気付いたように、アレはこの世界の理の内には存在しない現象じゃ」
ミレニアが重く口を開く。その言葉には、口にするのすらおぞましいと言うような気配が篭っている。
「アレなるは外法。世界の理の外に堕ちた者共が使いし力」
「待ってくれ、理解が追いつかない」
俺は叫びそうになる声音を必死で押さえ、ミレニアに問いかける。
「世界の理ってのは六柱の竜がそれぞれ司っているモノだったな?そしてこの世界の生き物は全からくその内で循環していると」
「左様。本来であれば理の内にて生まれそして死する。その魂の循環を持って世界は調和を保っておる」
「なら理の外に堕ちたってのはどういう」
「・・・外れたのじゃよ、循環の輪を。本来理の浄化作用により消えるはずの邪悪なる魂が、その定めを覆し理の外にて命を持った。それが外法の使い手、妖共じゃ」
ミレニアは憎悪を滾らせ、吐き捨てるように言い放つ。
「やつらの使う力は理の中の物とは相反する異質なる物。故に形は定まらず、その力を理解する事も不可能じゃ。そして我ら六柱の竜は、妖を討つ使命を母神より与えられておる」
俺は考える。ミレニアの言葉に偽りがないのは重々承知しているが、妖と言う者への理解が追いつかない。
俺が見てきた範囲ではあるが、この世界は調和のとれた素晴らしい世界だと思う。しかしそんな世界ですら、裏側では竜と妖による暗闘が繰り広げれてきたようだ。
「つまり、今回の全てが妖とかいう存在が引き起こした物だったという訳か」
「おそらく3年前の時点でこの宮殿は汚染されておる。小僧、これ以上の長いは無用。すぐさま引き上げじゃ」
「くそ。流石に荷が重いか」
ミレニアと出会ってから今日まで、ほぼ毎晩と言える修行により技術的にはそれなりになったとは言え、その師匠とも言えるミレニア自身が引きの一手を迷いなく提案してくる。それはつまり、俺程度では切り抜けられない可能性が高い、危険な状況に陥っているという証明だ。
出来れば執務室の書物を確認して起きたかったが、事は一刻を争う。ミレニアに言われるままに素早く脱出へと切り替える。
危機回避と隠形をそのままに移動速度を上げ、俺は一目散に閂扉へ向かう。下から上ってきた時は無理だったが、こちらからなら開くはず。
「おや~?どちらに行こうと言うのですか~?」
突如奇妙な響きを持つ声が辺りに反響する。
「くっ!閂が上がらない!」
「ええい!気付かれておったか!小僧、ここはダメじゃ!」
不可思議な力によってまるで張り付いたかのように微動だにしない閂を諦め、外套から飛び出したミレニアと共に元来た道を駆け抜ける。
「おやおや、せっかちですねぇ~。せっかくいらっしゃったのですから、もっとゆっくりして行かれてはいかがですか~?」
声はなおも反響し、宮殿内のいたるところから聞こえてくるようにさえ感じる。
そして大広間まで来たところで、空気が変わった。
「チィッ!厄介なやつめ!・・・ウォルフ、奴を迎え撃つぞ!」
「どういう事だ!?俺じゃ厳しいから逃げを打ったんだろう?」
「空間を固定された!・・・このままじゃと奴を倒さぬ限り抜けだす事は敵わん!」
ミレニアを見た時、言葉の意味を理解した。大広間に降りて来た俺達の足跡、それが途中からなくなっていたのだ。
俺は試しに少し足を動かしてみるが、埃はまるで石畳のように微動だにしない。この大広間そのものの時が停止したかのように動くものは俺とミレニアだけだった。
「よ~うこそナザニアへ~。私公都にて摂政を仰せつかっております~。パ、ウ、ロ、と申します~」
突如目の前の空間が歪み、声の主が姿を現した。
「・・・なんだあれは」
俺は思わず絶句する。現れた存在、それはおよそ人という概念から逸脱したモノだった。
良くしゃべる口は顔の輪郭にそってクルクルと回り、目は顔の中央に縦に二つ、鼻はない。そして耳のあるべき場所に触手のような物がうねっている。
「これが妖か、・・・確かに邪悪をそのまま体現したような容姿だな」
「惑わされるでない。やつらに決まった姿形などありはせん。・・・それ故にどのようなモノにでもなる事が出来るのじゃ」
ミレニアがパウロと名乗った妖に威嚇する。しかし当の本人はどこ吹く風だ。
「・・・ミレニアの本気の威嚇を受けて平気な奴なんて初めてみたぞ」
俺はその事から相手の力量を十二分に理解できた。ミレニアに本気で威嚇されて平気な存在など、およそ同じ六柱の竜くらいしかいないだろうからだ。
俺は一瞬死に戻りすら視野に入れたが、それを行うとミレニアだけ置いて行く事になる。そして何より死に戻りによって脱出できるかさえ未知数だ。
ならばと、俺は逆に帰還ポイントを足元に設定する。コレによって、少なくとも相手が諦めるまで戦い続ける事が出来る。つまり俺なりの覚悟だ。
俺は羽織っていた外套を脱ぎストレージに戻す。見つかった以上、着ていても動きが阻害されるだけで無意味だ。
「おや?おやおやおや~?貴方変わってらっしゃる。ふ~む、これは面白いおもちゃを見つけたようですね~」
外套を脱ぎ捨てた俺を見るなり、口の端を上げて喜びに震えた声を発するパウロ。
「何が面白いおもちゃなのか解らないが、一つ聞かせてくれ」
大仰に天を仰ぐような仕草をしているパウロに、俺は疑問をぶつけてみる。
「お前が何者かはこの際どうでもいい。だが、ナザニアに来て王弟殿下に何をした?公都の民を苦しめるような条例を出したり、輸送されている鉱石を入れ替えたり。・・・何が目的だ?」
俺は油断なく、腰に帯びた刀の柄を握りながらパウロを睨み付ける。
「はて?おかしな事をお尋ねになりますね~。貴方だって、面白そうなおもちゃがあれば遊ぶでしょう~?ただ、それだけですよ~」
「ウォルフ!こやつの言葉に耳を貸すでない!そもそも妖に理念なぞない!己が求めるままに蹂躙し、嗜虐の限りを尽くすのみじゃ!」
警戒を最大限に保ったままミレニアの怒声が飛んでくる。しかし俺はもう一つ聞かなければならない事があった。
「おもちゃね・・・。ちなみにお前さんは人の心を操ったりできるのか?」
「ああ、なるほどなるほど、貴方のおっしゃりたい事が良~く解りました。ええ、ええ、可能ですよ~。姿を変える事も、心を操る事も、楽しめるなら、い、く、ら、でも~色々な方法を試しますとも~」
答えはそろった。3年前から始まった一連の事件、それはつまりコイツの楽しみの為だけに行われてきた物だった。何の意味もない、ただおのれの愉悦の為だけの作為。
そう、いくら考えても応えなど出る訳が無かった。そこに理由がなかったのだから。
「・・・流石、ミレニアが怒るだけの事はあるな。ちなみに、俺の世界じゃこういう奴の事をクズって呼ぶのさ!」
言うと同時に床を蹴る。身体は風になったかのように駆け抜ける。
「ハァッ!!」
パウロに肉薄した俺は柄に力を込め、気合いと共にその閃きを解き放つ。
居合一閃、胴丸斬り。
ドシャッと湿った重量のある物が倒れる音と共に、真一文字に切り落とされたパウロの上半身が床に転がった。
あのミレニアがあれほど警戒する相手だ、油断はできない。俺は普通であれば絶命しているであろうパウロを睨み付け、その動きを見逃さぬよう注意深く観察する。
そしてそれは起こった。
たった今切り落とされたパウロの上半身が、まるで映像の巻き戻しのようにスルスルと登って行き、斬られたという事実が無かったかのように元に戻った。
パチパチパチと不規則な乾いた音が響き渡る。
・・・それはパウロが調子外れな拍手をしている音だった。
「いやぁ~素晴らしいですねぇ~。貴方中々の腕前をお持ちだ。これは思ったより長く遊べそうな気がしてきましたよ~」
パウロは楽しくて仕方がないと言う風に口元を歪め、目に嗜虐的な光を灯らせる。
「では~、今度はこちらの番ですね~?」
そう言ってパウロが指を鳴らすと、大広間を囲むようにして黒装束の一団が現れた。
「まずは~、このお人形さんで遊んでみましょうか」
言葉に出さずとも命令が届くのか、主人の意を汲んだ黒装束達が被り物を取り顔を晒していく。 「おのれぇっ!」
それを見たミレニアが激しく怒りを燃やす。黒装束達の正体は人間だった。
・・・いや、正確には人間だったモノだった。
目は白濁し、顔はやせ細り土気色をしている。
「これは・・・死体か?」
「死人の魂を肉体に封じ込め思うがままに使役する。やつらがもっとも好む外法じゃ!」
唸るように呟くミレニアに俺は尋ねる。
「救う方法は?」
「無い。肉体はすでに死しており、魂はやつに呪縛されておる。やつを滅しない限り永遠に安らぎは訪れん」
ミレニアはどこか哀しそうな声色で呟く。理の内を見守ってきた存在としては、人もまた我が子のような存在なのかもしれない。
「そうか・・・。何か奴を倒す手はないのか?」
俺は迫り来る黒装束の死人達を牽制しながら、ミレニアに打開策を尋ねる。
「先ほどの一撃、妾の加護を受けたお主ならあるいはと思ったのじゃが・・・。幼生体ではやはり力が足らぬか」
「そもそも今まではどうやって倒してたんだ?」
「我ら六柱の竜は、その身に己を構成する属性と同じ竜気と呼ばれる物を内包しておる。それを攻撃に転用する事で、やつらを滅殺してきたのじゃ」
俺はミレニアの言葉から、現状打てる手をイメージしていく。
「その力を他者に付加する事は出来ないのか?」
「解らぬ。そもそも人と共闘する事など無かった故のう。竜同士であればブレスを合成するくらいはやった事はあるが」
「なら、試してみるしかないな」
[まずはこの死人達を処理しよう。可哀想だが、あいつを倒さないと死ぬ事が出来ないって事なら、今は邪魔にならないようにしておかないと]
[無論じゃ。では始めるぞ]
俺とミレニアは心話で打ち合わせ、死人の群れへと斬りかかる。
「ふん!」
ミレニアの一薙ぎで数体の死人がバラバラに砕け散る。幼生体とは言え、やはり竜は別格なのだと改めて思わされる。
俺も負けじと死人の首を跳ね、四肢を落とし動けなくしていく。
どういう理屈で動いているかは解らないが、少なくとも四肢が無ければこれ以上どうしようもないだろう。
「ふむふむ、これはこれで中々楽しくて良いのですが~、やはりお人形さん達では物足りなさそうですね~」
そう言うとパウロの周りに赤黒い球体が複数出現する。
「いかん!ウォルフあれに当たってはならんぞ!」
無双状態で死人を殲滅していたミレニアが、その球体を見て鋭く叫ぶ。
「む?なんだ?」
「ヒヒヒ!では、い~き~ま~すよ~」
パウロは妙にのんびりした口調で両手を掲げ、その手を俺の方へ向かって振り下ろす。
すると赤黒い球体が一斉に動き、俺へと目掛けて飛んでくる。
背筋にゾワっとした悪寒を感じた俺は、その球体を全力で避ける。
一瞬前まで俺の居たところへ押し寄せる赤黒い球体、その奔流は避ける事のない死人の群れへと飛び込み、その全てを貪り尽くした。
[ミレニア、なんだあの球体]
[アレもやつらの外法の一つ、ぶつかったモノが人であれ物であれ、当たった場所を食らい尽くしてしまう厄介な代物じゃ]
[まったく、厄介極まりないな。しかし竜はアレを食らっても平気なのか?]
[我らには竜気があるからのう。多少なり影響は受けるが、竜気による攻撃であれば滅する事が可能じゃ]
なるほど、竜というのはとことんまで対妖特化な性質のようだ。
[さて、奴自身が吹っ飛ばしてくれたおかげで死人の心配も無くなった。ミレニア、これから俺の言う通りに動いて貰えるか?]
そう言うと俺は腰に差していた刀とストレージ内の刀を交換する。
今まで差していたのは親方に打って貰った刀。実戦にも耐えうる底力を持っていたのでそのまま使っていたのだが、これから行う事を考えるとやはり不安が残る。
なのでフォスターに打って貰った刀と入れ替えたのだ。
[構わんが、本当に大丈夫じゃろうか?]
未だかつて試した事のない方法に逡巡するミレニア。
[・・・大丈夫だ、俺の思い描いた通りなら必ず成功する。それに俺が死なない身体なのは解ってるだろう?]
心配するミレニアに俺は努めて軽い調子で返事を返す。
[・・・ふん、ならばやってみるかのう。もし仮に死ぬような事があれば次の修行は更に過酷な物になると心得よ]
一瞬の迷いののち、ミレニアは吹っ切れたように俺を見ると色々な意味で無茶な命令をしてくる。
[了ー解。まあ何とかなる。・・・それじゃ刀にブレス状の竜気をかけてくれ]
俺は刀を抜くとミレニアの方へ差し向ける。ミレニアはそこへ向けて竜気のブレスを吹き付ける。
「おや~?何か面白い事でも思いつきましたか~?でもさせませんよ~。それはちょ~っと痛いので」
そう言うとパウロは再び赤黒い球体を操る。今度は全体を片手ずつに分け、左右から挟むように飛ばして来た。
「・・・エンチャント・フィジカルブースト!」
俺は神聖魔法の魔法体系、空間内の元素を体内に取り込み、魔力と融合する事で使用可能になるという特性を利用し、取り込んだ元素と融合させた魔力を全身に巡らせる。
そして肉体の強度を上昇させる事で、限界値の底上げを行った。
それまで高速で飛んできていた赤黒い球体の動きが緩慢な物へと変わる。
肉体の強化を行った事により、動体視力や脳内の処理速度も上がっているようだ。
そして充分に吹き付けて貰った竜気を魔力で操作し、刀へのエンチャント状態へと変化させる。
「さしずめ、エンチャント・ドラゴンオーラってところかな」
俺は竜気を充分に付加された刀を鞘に戻すと、構えを取る。
[エンチャントの時間はあまり長くない、決められるとすればこの一撃]
そして俺は強化された肉体で床を蹴りつけた。
その速度は瞬歩を超えまるで縮地、一瞬で懐に現れた俺にパウロの目に驚愕が浮かぶ。
「ハァッ!!!!」
俺は竜気を帯びた刀を抜き放つ。
その速度はまるで光、白銀の竜気を閃かせながら刀がパウロの胴を左腰から切り上がる。そして右肩を抜けたところで頭から唐竹に両断し、止めとばかりに右腰から左肩へと切り上げた。
一瞬三斬。流れるように滑る刀身と、その身に帯びた竜気が光の軌跡を描く。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ!これはこれは!素晴らしい!実に素晴らしい!ああ、もっと、もっと遊んで欲しかった。もっと遊びたかったですよ~!」
竜気に触れたところから分解され徐々に消え行きながら、パウロは自身の状況とはまるで違う、歓喜溢れる叫びをあげる。
「そうかい。悪いけどこっちはご免だよ」
刀を正眼に構え、俺は軽口と共に消えゆくパウロを見送る。
「ヒヒ、ヒヒヒヒ、ヒヒ・・・」
最後までその歓声を絶やす事なくパウロ、妖と呼ばれるモノは消滅した。
それと同時に固定されていた空間が解除されたらしく、再び時が戻る。
「おおっ!やりおったなウォルフ!流石妾の加護を受けし者じゃ!」
ミレニアはやはりどこか不安だったのだろう、俺が妖を討ち滅ぼしたのを見ると勢い良く飛びつき、頭を俺の顔にこすりつけてくる。
「お主良く状況であんな発想が出来るものじゃのう!失敗したらどうするつもりだったのじゃ!」
「ああ、そう言えば言ってなかったっけ。俺のこの身体は自身の持つ技術の範囲なら、思い描いた通りに実現させる事が出来るんだよ」
「なんじゃと!?それを先に言わんか!このたわけ者め!」
安心感からかそれともそれだけ心配していたからなのか、ミレニアは俺の言葉を聞くなりペシンと頭を叩く。
「まあこっちとしても半分賭けだったからな、うまく行っただけ良しとしてくれ」
そう、フィジカルブースト自体は自身のスキルだから問題なく使えるだろうと思っていたが、竜気をうまく操作してエンチャント状態に持っていけるかどうかは賭けだった。
竜気そのものが自分の能力ではないのに加え、その力がどれほどの物か予想するしかなかったからだ。
初めての試みで制御は難しかったが何とかうまく行った。今後はアバター体の方へ蓄積された経験として制御も容易になるだろう。
「ところで、妖ってのはどれだけの数が存在するんだ?」
俺はふと気になった疑問をミレニアに尋ねる。
「正直言えば実数なぞ解らぬ。やつらは拭い切れぬ汚れのようなモノじゃ。滅殺した端から湧いてくると言っても良い」
「妖の存在は人族にも認識されているのか?」
「人族にこの事を告げる訳にはいかぬ。この世界の生命体ではないお主はともかく、普通の人族では先ほどの死人と同じ末路が関の山じゃ・・・」
ミレニアは少し哀しそうに呟いた。結果はどうあれ、やはり守れなかった命と言う物を悼んでいるいるのだろう。
そんなミレニアの頭を俺は軽く撫でてやる。
「まあ、出来る範囲で出来る事をやってくしかないよな。幸い俺みたいな特殊なのもいる事だし、ミレニアの背負ってるモノの一部くらいは肩代わりしてやれるかもな」
「・・・ふん!このたわけ者が。お主のような軟弱者では危なっかしくて敵わぬ。今後の修行はもっと厳しめに行うべきじゃのう」
ミレニアはプイッとそっぽを向いてまくし立てる。
[まったく照れ隠しが下手だなぁ]
「何か言うたか?」
「いーえ何も」
剣呑な気配を一瞬纏いこちらを睨み付けるミレニアに俺は大仰に首を振って答える。
「あ、そう言えば」
「なんじゃ?」
突然声を上げた俺を怪訝そうに見返してくるミレニア。
「いや、妖が滅びたんなら王弟殿下の呪縛も解けてるんじゃないか?」
「ふむ、可能性はあるのう」
ミレニアはのほほんとした口調で答える。こう言う所はやっぱり人と感覚がずれているんだな。
「いや、いつからあんな状態だったか解らないけど放っておいたら死んでしまうだろ」
俺は慌てて黒い外套を取り出し、ミレニアごとそれを羽織る。
「ともかく助けにいかないと。あ、それと」
「今度はなんじゃ?」
少々面倒くさいという声音でミレニアが尋ねて来る。
「フォスターさんに打って貰った刀の名前さ、俺の故郷の名刀から少し名前を拝借して、妖斬りに決めたよ」
俺はドヤ顔でミレニアに刀の名前を発表する。
「ふむ、良く解らんが大切にするのじゃぞ」
喜ぶ俺とは対照的に、ミレニアは半場呆れたような口調で返事を返して来た。
応援ありがとうございます!
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