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11.新たな目標
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俺は急ぎ王弟殿下の寝室へと向かった。今回の事件が全て妖の仕業なのであれば、この人に罪はない。それどころか今回1番の被害者だ。
俺は走りながらストレージから濃縮したポーションを取り出す。ローポーションを何度も煮込んでいる内に効果が異様に高くなってしまった代物だ。少々苦いが一応人体への負担はない。
寝室に着くと案の定王弟殿下は倒れ込んでいた。
「殿下これをお飲み下さい」
そう言って、枯れ枝のように軽い王弟殿下を抱き上げその口へとポーションを流し込む。
「う・・ぐ。・・・これは、・・・ソナタは?」
多少回復したようで王弟殿下の意識はなんとか繋ぎ止められた。
「私の事はお気になさらず、それよりも治療を優先しなければ」
そう言って2本目のポーションを流し込む。そして神聖魔法を使い代謝の底上げをする。
「胃腸が弱っている可能性があります。負担のかからない食事を作って参りますので少々お待ち下さい」
そう言って3本目のポーションを流し込むと部屋を出る。
[宮殿内の見取り図もないしな、一番確実な侵入に使った厨房を借りよう]
そう思い立つと急ぎ厨房へと向かう。
厨房の中は埃まみれだが、風の元素魔法と水の元素魔法を併用し、必要な場所だけ早急に清掃する。
そしてストレージから麦とオーロックの乳を取り出し鍋に入れると、火の元素魔法で煮込んでいく。
麦は乾燥しているので吸収率を上げる為に、水の元素魔法でオーロックの乳を麦に浸透させていく。元素魔法の多重使用によって驚くほど速く料理が完成した。
俺はそれを複数のスープ皿に移すとストレージに収納し、スプーンを持って再び王弟殿下の寝室へと戻った。
「お待たせしました」
ストレージから麦粥を取り出し、王弟殿下の口へと運ぶ。体力は大分回復したとは言え、筋力の方はまだ不安があるからだ。
「すまない・・・」
そう言って王弟殿下は運ばれた麦粥を少しづつ飲み込んでいく。
2つ目のスープ皿を飲み干したところで、王弟殿下は眠りについた。
[ミレニア、鳥を召喚して貰えるか?バルザックさんに王弟陛下の保護を頼みたい]
[良かろう、少々待つが良い]
俺は執務室で急ぎバルザック宛の手紙を認める。
内容としては王弟殿下は無罪、全ては摂政の独断によるもの、また軟禁状態であったため体力が著しく低下、一命は取り留めたものの急ぎ保護を擁すると言った物だ。
ミレニアが召喚してくれた、猛禽のような鳥に書簡をくくり付け、バルザックの元へと送り出す。ミレニアの召喚した生物は、ミレニアに絶対服従なので、書簡が届かないという事はないだろう。
それを見届けると俺は、今度はすり替えられた荷馬車の方の処理に入る。
幸い馬はいたので荷馬車をくくり付け宿屋のところまで持っていく。そして馬の接続を切り替え元の鞘に戻し、すり替えられた鉱石を王弟殿下の宮殿地下へと再び戻す。
一通りの処理が終わったのを確認し、宿屋に戻る。
[問題はバルザックさんが王弟殿下の保護にナザニアまで来る間か]
場合によってはここでパーティを離脱し、状況が改善するまで、王弟殿下に付き添うべきかと考える。・・・だがそんな心配は杞憂に終わった。
-翌朝、なんとバルザックが朝早く宿の、俺の部屋に訪ねてきたのだ。
「やあウォルフ君久しぶりだね」
「バルザックさん!?どうしてここに?」
書簡を飛ばしたのは昨日だ、流石に王都からナザニアまで1晩で付ける距離ではない。
「書簡についてはちゃんと受け取った。よくやってくれた。・・・実は君が出発したあと、事態を重く見た私と親方は、懇意にしている将軍殿に相談を持ち掛けた。勿論王弟殿下に疑いを持っている訳ではないという前提の元で、場合によっては救援が必要になるやもしれないとね」
「慧眼恐れ入ります」
何という事か、バルザックは、状況によっては国家騒乱罪になる事も辞さない覚悟で軍を動かし、ナザニアの状況を確かめに来たと言うのだ。
そして昨夜、俺が放った書簡を受け取った後すぐさま宿を発ち、夜を徹して駆けつけてくれたと言う。
「正直助かりました。昨日王弟殿下を救出した際、ポーションと神聖魔法にて体力を回復させ、麦粥を召していただいたのですが、場合によってはここで護衛を外れて、救援が来るまで王弟殿下のお世話をするべきかと考えていたところです」
「そうか、色々とありがとう。後の事は我々に任せて、君はそのまま護衛を続けて欲しい」
護衛任務は信用商売であるため、途中で抜ける事はよほどの理由が無ければ不可能だ。今回は理由自体はあるのだが、ソレを公に出来ないという問題がある。なのでバルザックの申し出は正直有り難かった。
バルザックは俺の肩を軽く叩くと、足早に部屋を去って行った。
今回の騒動を引き起こしていた妖が討たれた以上、操られていた人は元に戻り、街の法整備なども含め全て正常な方向へと向かっていくだろう。
俺はそのまま出発の準備へと取り掛かり、荷をまとめると食堂へと向かう。
ややあって、降りてきたメンバーと共に朝食を取り、公都ナザニアを出発した。
「みんなお疲れ様だったね。今回の護衛も恙なく終了する事が出来た」
王都西門を超えたところで一同は止まり、ガイラスが全員に労いの言葉をかけて来る。
公都ナザニアを出発してからの6日間は盗賊の襲撃などもなく、まさに平和そのものだった。
おかげで急いでいた行きでは見る事の敵わなかった景色なども堪能できた。
「あとはこのまま鍛冶ギルドへ向かい、証明書を発行して貰う事で報酬との交換が可能になる」
初めての護衛任務であった俺に、ガイラスが最後のレクチャーをしてくれる。
ほんの2週間程度の旅仲間であったが、皆楽しい人ばかりだった。いつかまた、こんな旅をしてみるのもいいかもしれないと、俺は思いを巡らす。
そうこうしている内に鍛冶ギルドへと到着する。邪魔にならない位置に馬を留め、カールを含むメンツでギルドの受付へと向かう。
「・・・はい、こちらが証明になります。冒険者ギルドの方へ提出していただければ報酬と交換になります。お疲れ様でした」
全員が受付の男性に証明書を手渡され、これで任務は完了だ。しかし、俺だけ別の用事がまだ残っている。
「短い間ですがお世話になりました」
俺は全員に向かいそう言うと軽く会釈をする。
「こちらこそ、また組める日を楽しみにしているよ」
ガイラスが俺に手を伸ばし握手を求めて来る。俺はそれに応え手を握り返す。
「楽しかったぜー。道中じゃ大して戦いも無かったからよ、その内討伐の依頼にでも行こうや」
レオンが拳を突き出しニヤッと笑う。俺はその拳に拳を合わせ強く頷く。
「ん、楽しかった。次は猫撫でさせて貰う」
ソアラはそう言いながら手を指し延ばす、しかし視線は俺ではなくミレニアを見ている。俺は苦笑しながらその手を握り返す。
「お疲れ様でした。また機会があればご一緒しましょう」
パルミオはそう言って笑顔で軽く会釈をしてくる。俺もそれに応え笑顔で頷き返した。
「では俺はこれで。皆さんありがとうございました」
「ん?このままギルドにはいかねーのか?」
レオンが不思議そうに尋ねて来る。
「はい、ちょっと親方に挨拶をしてこようかと」
「うん?まあ良く解らねーが達者でな」
レオンはまあいいかとばかりに首を振り、俺に手を上げると他のメンバーと共に鍛冶ギルドを去って行った。
そして俺は受付に親方への面会を申し込み、鍛冶場の方へと向かった。
いつも通りならば親方はまだ鍛冶場にいるはずだ。
俺は鍛冶場に顔を出すと見覚えのある後ろ姿へと近づいて行った。
「ただいま戻りました、親方」
ちょっと驚かせてやろうかと思いながら俺は、およそ半月ぶりくらいになるであろう懐かしいその姿に声をかける。
「んおっ!?ウォルフ!帰ってきたか!」
突如かけられた声に驚きつつ物凄い勢いで親方が振り返る。そして、俺の顔を確認するなり思いっきりハグしてくる。
「親方、苦しいですよ」
アバター体は苦痛関連の情報はかなり低く設定されているので、実際は苦しさなど感じてはいないが、この熊のような剛腕に羽交い絞めにされたら大抵は息が詰まるだろう。
「さっそくで悪いが話を聞かせて貰えるか?」
俺の言葉にパッと離れて苦笑を漏らしたかと思うと、親方は真剣な表情に戻り、俺を執務室へと促す。
それを見て俺は頷き、親方の後をついて行く。
部屋に入りどちらからとも無くソファーに腰を下ろすと、俺は口火を切った。
「結論から言います。今回の件は全て片付きました。黒幕はナザニアの摂政をしていた男で、王弟殿下は軟禁状態にありました。宮殿の地下にはすり替え用の荷馬車が何台もあり、夜間寝静まった頃を見計らってすり替えを行っていました」
俺は、バルザックにしたのとほぼ同じ説明を親方へとする。妖の存在やその関与を告げる事は、ミレニアから口止めされているからだ。
「て事ぁ」
「はい、フォスターさんも欺かれていました。彼は無実です」
俺の言葉を聞くや親方の全身から力が抜ける。気丈に振る舞ってはいた物のやはり不安だったのだろう、彼の安堵しきった笑顔がそれを教えてくれる。
「そうかぁ・・・。ありがとうよウォルフ。本当にありがとうよ」
親方は何度も感謝の言葉を述べる。2年間、ずっと心の奥底でわだかまりとなっていた物が今完全に氷解し、安らぎを得られたのだろう。
「それから、これを」
俺は、ソファーに立て掛けていた刀を握ると親方へ差し出す。
「フォスターさんからの返事です」
そこ言葉を聞くなり、親方は慌てて刀を受け取ると鯉口を切り、刀身を見つめる。
「・・・へっ。あの野郎なんてぇ業物打ちやがる。こんなもんみせられたんじゃぁ、ワシも負けてられねぇじゃねぇか!」
フォスターの打った刀はやはり相当の名刀のようだ。そしてその出来が、親方の心を奮い立たせる激励になっていた。
「ウォルフ、今回は本当に世話になったな。ありがとうよ」
親方はそう言い深く頭を下げる。
「いえ、力になれて良かったです。こっちとしても素晴らしい刀を打っていただきましたから」
「いや、お前さんのおかげで、今度は素材もしっかりとした質のいい物が送られてくる。それを考えたら、あの程度の物じゃとても礼にはならねぇ。それにもっと上の素材でも挑戦してみてぇしな」
フォスターの打った刀にすっかり触発され、いつもの元気を取り戻した親方は、お礼もほどほどにすでに次の造刀計画を思い浮かべているようだ。
[何にしても親方の力になれて良かったな]
俺は、さっそく色々な素材を思い浮かべながら、あーでも無いこーでも無いと唸ってる親方を見て微笑む。
「それでは俺はこれで。冒険者ギルドの方へ報告して休むとします」
「おお!またいつでも来てくれ!」
そう言って立ち上がると親方も一緒に立ち、鍛冶ギルドの外まで送ってくれる。そんな親方に手を振り、俺は冒険者ギルドへと向かった。
「いらっしゃ、あ~ウォルフさん!お久しぶりです!」
護衛の達成報告の受付窓口に行くと丁度セレンと出会う。どうやら今日はここの担当のようだ。
「やあ、久しぶり。これ、お願い出来るかな?」
そう言って俺は、鍛冶ギルドで貰った証明書をセレンに手渡す。
「はい!ちょっと待って下さいね。・・・ではこちらが報酬の銀貨10枚になります」
その破格な報酬額に俺は思わず驚く。一般的な護衛任務であれば、旅費は全て自腹の上で銀貨5枚くらいが相場と言う話だ。
ところが今回の護衛は、宿泊費に関しては全てギルドが出してくれている上に、道中も特に問題の無い安全な任務だった。
[なるほど、信頼出来る冒険者に頼むってのはそう言う意味もあるのか]
毎回こうではないだろうが、ギルドの輸送護衛が、ほぼ安全で宿泊費がかからず報酬が良いとなれば、誰もかれもが受けたいと思うだろう。
しかし当然危険な状況も起こり得るだろうし、場合によっては良からぬ事を企む者も出てこないとは限らない。
つまり信頼出来る冒険者をギルド側から指定し、その上で報酬が高いのは、口止めも含まれていると考えられる。
[そう言えばあいつらもこの護衛の報酬に関しては何も言わなかったな]
俺は思い返してみる。それなりに仲良くなれた旅のメンバー、しかし良く考えて見ると報酬に関する会話は起こらなかった。つまりそれだけ口が堅いという証明だろう。
俺は銀貨の入った革袋をセレンから受け取ると軽く手を振り、冒険者ギルドを後にした。
[ウォルフよ、お主の今後に関して考えねばならぬ事が出来た故、しばし妾に付きおうて貰うぞ。場所はいつもの稽古場で良かろう]
冒険者ギルドを出るとミレニアが神妙な様子で心話で語りかけてきた。しかし、その言葉には有無を言わせぬ強さが込められている。
ソレを感じ取った俺は、ミレニアに頷き、リュミエールを駆っていつもの修行場へと向かう。
[ー解析完了。竜気の組成成分の解析が完了しました。これにより、今後竜気を運用する際に円滑に行えるよう、竜気操作スキルが作製されました]
修行場に向かう道中、妖を倒した後からずっと無言だったアインのアナウンスが告げられた。
[竜気操作スキルか、てかアインスキルなんて作れたんだな]
[いえ、私から転送されたデータを元に、SC社の開発部門によりスキルの作製が行われました]
[そう言えばアインは、世界探索用にバージョンアップされてたんだったな]
[はい、それにより協力関係にあるマスターへは、作製されたスキルがフィードバックされるシステムとなっています。なお解析の為にリソースを費やしていた為告知が遅れましたが、現在のマスターのLVは20へと上がっています]
特に意識もしていなかったが、表示は確かに20になっていた。おそらく妖を倒したからだろう、思った以上に格上の敵だったようだ。
ミレニアとの修行でも格上の敵を倒してはいるが、どうやら召喚された者は生命体とは違うらしく、LVは変わらない。LVが上がるのはあくまでも生命体を倒した時のみという事らしい。
「着いたぞミレニア」
俺は修行場に着くと、荷台にいるミレニアへと声をかける。
「うむ、では少々待っておれ」
そう言ってミレニアは地面へと飛び降りる。そして、何事かを呟くとリュミエールを中心とした円形の魔方陣のような光の造形が地面に広がる。
「む?なんだ?」
「心配するでない。これはある場所へと移動する為の術式じゃ」
そしてミレニアの発する最後のワードと共に俺は光に包まれた。
「・・・ここは?」
そこは言うなれば地の底。大きな鍾乳洞の広間のようであった。
「では参るぞ。リュミエールはそこな置いていくと良い。妾の眷属とは言え、この先は流石に堪えるであろうからのう」
「・・・危険は無いのか?」
「無論じゃ」
俺はミレニアの言葉を信じ、リュミエールにここで待つように告げる。精霊種であるリュミエールは、通常の動物よりも人の言葉を解する能力が優れているので、俺の話をしっかりと理解してくれている。
「では参るぞ」
俺はミレニアに案内されながら鍾乳洞の中を進む、幸いな事に内部は薄ぼんやりと明るい。周りの岩にヒカリゴケでも生えているのか、岩自体が光っているのか解らないが灯りの心配がないと言うのは有り難い。
「もうすぐじゃ。・・・ふぅ」
しばらく進んでいるとミレニアが目的地が近い事を伝えて来る。なぜか溜息付きで。
すると、洞窟内にこだまするように遠くの方から声が響いてくる。
「ーー、ー-、ー-、ー-」
「・・・来おったか」
その声を聞くなりミレニアは深々と溜息を付く。そして地響きのような音がソレに加わる。
「あーーねーーうーーえーー!」
近づいてくる声は次第に意味を成して俺の耳へと伝わってくる。
「姉上?」
俺は辺りを見回す。少なくとも姉上なんて呼ばれそうな人はいない。と言うかこんな場所でなんで人の声がするのかそっちの方が問題だ。もしかしてミレニアがここに連れてきたのと何か関係があるのだろうか。
「ウォルフ、妾から離れて壁際に下がっておれ」
そう言うとミレニアは俺の肩から飛び降り、その場に留まる。何が何だか解らないが、言われるままに俺は壁のそばに退避する。
唐突にミレニアの姿が光だすと、その場に一人の少女が立っていた。
肌は白く、腰まである髪は銀、服装はどこかの聖女が着てそうな、くるぶしまであるすっきりとしたワンピースドレス。
「ミレニア・・・なのか?」
その神秘的な容貌を持つ少女へと変わったミレニアを見て、俺は驚きの余り固まってしまう。
確かにミレニア本人から人の姿になれるとは聞いていたが、これほどの存在感を放つ姿になるとは思いもよらなかった。
「あねうえぇぇぇぇぇぇ!!!!」
そんな風に呆けていると、声の主がついに姿を現しミレニアに飛びついた。
「まったく、お主はもう少し淑やかに出来ぬのか」
膝を折り、その身体にしがみつく女性の頭を撫でながらミレニアは半分呆れと言った声音で優しく諭す。
「だって!こうしてお会い下さるのだっていつ以来だとお思いですの!?」
「知らぬ。忘れた」
ガッとミレニアの細い肩を掴み鬼気迫る様子で詰め寄る女性に対し、ミレニアはその顔を押し返しながら俺の方を見る。
「落ち着かんか。そんな事よりも今宵参ったのはお主と語るべき事が出来たからじゃ」
「そちらの男性の話ですの?それとも・・・妖の話ですの?」
ミレニアの言葉に女性は居住まいを正し、俺の方を見つめて来る。
その髪と瞳は黄色く、服装はミレニアの物と同じ。違うのは、その容姿が妙齢の女性らしさを強調している点だろうか。
「解っておろう。・・・両方じゃ」
ミレニアは真剣な表情になると、相手の女性へとこれまでの経緯を説明する。
「・・・そんな訳で、妾はこやつを監視する状況になったわけじゃが、厄介な事に妖が出おった。お主も知っての通り妾はこの通り幼生体じゃ、負けぬまでも下手をすれば取り逃がしておったじゃろう。しかし、こやつ・・・ウォルフは、妾の加護を受けているとは言え、妖を滅して見せた」
「・・・正直驚きましたわ。空間が固定されたのは感知しておりましたものの、内部の状況は掴めませんでしたから。てっきり姉上が滅したものとばかり」
女性は交互に俺とミレニアを見比べている。しかし、状況に置いてけぼりな状態の俺は何をどうしたものか解らず、黙っているしかなかった。
「・・・ん?なんじゃウォルフ珍妙な顔をして」
そんな俺の様子に気付いたらしく、ミレニアが怪訝そうな顔で尋ねてきた。
「ああいや、状況がさっぱり掴めないのもあるんだけど、その女性はどなたなのかそろっと紹介して貰えると助かるんだが・・・」
「ふむ、そう言えば紹介しておらなんだか」
俺の問いかけを聞いて、初めて思い至った様子でミレニアは隣の女性を促した。
「自己紹介が遅れ申し訳ありませんでしたわ。私の名前はルフィニア、以後お見知りおきを」
そう言って女性は、4淑女然とした優雅な動きで会釈してくる。
「いえ、ご丁寧にどうも。ウォルフと申します、こちらこそよろしくお願いします」
慌てて返礼を返しふと頭の中をよぎる疑問、その名前を耳にするのは初めてではなかった。
「ルフィニア・・・。はっ!地黄竜ルフィニア!」
俺は少し考え、はっとなって思い出す。
地黄竜ルフィニア、大地母神ユーフォリアの産み出した、大地を司る六柱の竜の一柱。
そもそも気付かない方がどうかしていた、竜であるミレニアを姉と呼び、こんな大地の奥深くに存在するのだから。
「至らぬ身とは言え大変失礼しました。改めまして、ウォルフ・タウンゼントと申します」
俺はすぐさま膝を折り、最大級の礼を持って接する。ミレニアとはすっかり打ち解けたものの、他の竜と出会うのは初めてだ。それも成体の竜と出会うのは。
例え攻撃を食らったところで死に戻りするだけではあるものの、余計な不興を買うのは得策ではない。少なくとも地上にいる人々の平和を考えるのならば。
「いらぬ心配をしておるようじゃが、こやつに気遣いは無用じゃ。何せお主は妾の庇護下にある故のう」
瞬時に俺の考えに気付いたミレニアが、畏まる俺とルフィニアの間にフォローを入れて来る。
「ええ、そうですわ。貴方の事はずっと見ていましたから、お気になさらずとも大丈夫ですわよ」
「そう言う事じゃ。こやつは大地を通して存在を見通す事が出来る故、お主がこの世界に降り立った時点からおそらく観察しておったはずじゃ。・・・もっとも、こやつがマゴマゴしておる間に妾が先に接触したのじゃがのう」
ミレニアは胸を張り、腰に手を当ててドヤ顔で俺とルフィニアを見渡している。
「解った。お前がそう言うなら誰も文句なんて言えないんだろう?ルフィニアさん、とお呼びしても良いですか?」
「ええ、姉上の加護を受けている方ですから、私の方としても異論はありません」
ルフィニアは俺の言葉に頷き、改めてミレニアの方へと向き直る。
それを見たミレニアは、居住まいを正し再び真剣な顔立ちに戻る。
「さて、それでは本題に入るとしようかのう。先ほども言うた通り、未熟ではあるもののウォルフには竜気を扱い、妖を滅する事が可能じゃ」
「竜気を、ですの?」
「左様。ルフィニア、お主も気付いておるようにこやつはこの世界の生命体ではない。しかし、その仮初の身体を構成しているのはこの世界の元素じゃ。つまり、成り立ちは違い属性は混沌としておるものの、我ら竜に近しい存在とも言える」
ミレニアはここまで話すと一度言葉を切り、ルフィニアの理解を待つ。
そしてその間、俺は俺で考えをまとめてみる。
六柱の竜の身体を構成している成分は、おそらく純粋な1属性の元素集合体なのだろう。もっとも光に元素は存在しないので、ミレニアの場合は光子と言うべきだろうが。
そして俺達ドゥニアに渡ってきた者達のアバター体は、この世界の元素から組成された物だと、SC社代表の鷲尾自身が言っていた。つまり、人として受肉したのではなくそこにある元素を集めて作り出されたモノという事になる。・・・確かにそれは、六柱の竜の成り立ちに近いと言えるかもしれない。
「まあつまりじゃ、こやつ自身の技量は妾が鍛える事で上昇して行っておるが、幼生体である妾ではその身に内在する竜気の質量が低い。もし今後、此度の者よりも強力な妖と遭遇せんとも限らぬ故、妾は六柱の長子として、ルフィニア、お主を含む妹達の力を借りる事にしたのじゃ」
俺はここへ至りやっとミレニアの真意を理解した。今後の旅の中で、自身の力だけでは足りない状況に陥る可能性を考え、他の竜達への力添えを考えたのだと。
「私に異論はありませんわ。この方はこの世界の存在ではないのですから、私達の力に影響され、自我の肥大化を起こす事も事はないでしょう。・・・何より、姉上の信じた方ならば是非も無しですわ」
そう言ってルフィニアは俺へと向かって微笑む。そして、手をかざすと頭上の空間が歪み、黄色い物体が降りて来る。
「では私の鱗を1枚差し上げますわ。これを用いて鎧を成したならば、その鎧はから竜気を引き出す事が出来き、妖の攻撃も弾く事が出来るでしょう」
そう言ってルフィニアは人の背丈ほどもある鱗を軽々と持ち、俺に手渡してくれた。
「ありがとうございます。・・・しかしこれは、人に加工できるモノなのですか?」
「無理じゃな、人の技術でどうにかなる代物ではない。じゃが心配せずともその点についても考えておる故お主は黙って受け取るが良い。それはともかくとしてじゃルフィニア、かつての妾の身体なぞ保管してはおらぬか?」
やはりと言うべきか、竜の身体を加工するという技術は流石に人にはないようだ。しかし、どうやらミレニアに何か考えがあるらしいのでここは有り難く受け取っておく事にした。
「ええ、ほんの一部、体毛が少々でしたら保管してありますわ」
「ではそれをウォルフに授けるとしようぞ。妾の体毛をお主の武器の素材に組み込めば、それ自体が竜気を纏う武器へと成るじゃろう」
ミレニアが俺にそう告げ、ルフィニアへと目配せをする。それを見てルフィニアは先ほどと同じ様に中空から一抱えもある白銀の毛の束を取り出し俺へと渡して来た。
「して、これからの身の振り方じゃがのう。まずはリヴェニアに会うべきじゃと考えておる」
「リヴェニア姉様ですか?」
「左様。この地からもっとも近く、確実な場所に居るのはリヴェニアじゃろうて。それにあやつは他の妹達と比べるべくもないほど、お主以上に落ち着きがある故のう」
ミレニアは額を抑えながらため息交じりに呟いた。・・・過去に何かあったのだろうか。
「妹って事はそのリヴェニアさんって方も竜なのか?」
「左様。司るは水、六柱が三、水紺竜リヴェニアじゃ」
俺の問いに、ミレニアはその視線を真っ直ぐ飛ばしながら答える。
「水を司る、・・・もしかして居場所は海の中?」
俺は今いる場所とルフィニアの関連性を考えて、恐る恐る尋ねてみた。
「ほう、お主にしては冴えておるではないか。左様、リヴェニアの居場所は海の中じゃ」
「海の中って、あの莫大なところを探して回るのか?」
俺は驚きの余りミレニアに食って掛かる。
「逆じゃよ、海の中故に楽なのじゃ。ここに来る時もそうであったように、竜の住処へは通常の手段では来れぬ。しかし、居場所が解っており、尚且つそこに移動術式を発動させる媒介となる元素が大量にあるならば、探す必要すら無いと言えるのではないかえ?」
ミレニアはここぞとばかりにドヤ顔でまくし立てて来る。猫の姿の時よりも、人の姿の時の方が見下されている感が強いのは何故だろう。
「まあそう言う事じゃ。それはつまり、ここへ他の者がいるのはおかしいと言う事でもあるのじゃよ」
最後の言葉は俺にではなく、ルフィリアの後ろの虚空へと投げかけられた。
「ルフィリア様、バレてる」
ルフィリアの後ろの空間から、聞き覚えのある声が響いてきた。
「あ、姉上、気付いてらしたのね。・・・はぁ、出ておいでなさい」
ルフィリアに呼ばれ、その後ろから現れたのは、ヌールから王都までの間、護衛任務で共に旅した冒険者ソアラだった。
「解らんと思うたか阿呆。気付いておったから触らせなかったのじゃよ」
そう言えば護衛中の宿で、ソアラはミレニアを撫でたがっていた。しかし、ミレニアは触らせる事を許さずスルリとかわしていた。
「その娘、精霊種じゃろう?おぬしの寝所であるこの場にて発生した属性溜まり、その濃さに影響されたか必然かは解らぬが、知性を持った人型として生まれ出でたようじゃのう」
「はい、姉上のおっしゃる通りこの子ソアラは精霊種ですわ。私はこの子を育て、人の世に送り出しました。世界の移り変わりを、この子との繋がりを通じて知る為に」
俺は状況を整理する為に一度考えを巡らせる。ソアラが精霊種と言うのも驚きだが、ソアラの見た事や体感した事は、繋がりーおそらくリンク状態で、ルフィニアへとフィードバックされていたのだろう。
「という事はソアラがミレニアを撫でたがってたのって」
「半分はルフィニアの思惑じゃよ」
俺の問いかけに、ミレニアは呆れたように即答した。
「し、しかたありませんわ!幼生体の姉上があまりにも愛らしくて!・・・す、過ぎ去った事はもう宜しいではありません事!?それよりも姉上」
ルフィリアは真っ赤になったり頬に手を当てうっとりとしたり色々と忙しく表情を動かしていたが、ふと思い返したかのように真剣な眼差しでミレニアを見つめた。
「何じゃ?」
「姉上が妖と戦っている時、加勢が敵わなかった事深くお詫びいたします。異変に気が付き、ソアラが向かった時には、すでに空間が固定されてしまいどうする事も出来ず」
「仕方なかろう。妾とて、あの場に行くまで妖の存在に気付かぬかったのじゃ」
今にも泣きだしそうな顔になっているルフィリアに、ミレニアは優しく微笑み、慰めの言葉をかける。こうして見るとやはり姉なのだなと感じさせる。
「いいえ、私は悔しいのです。姉上のお傍にいながらお力になれなかった事が。ですから、これよりの旅路に、私の変わりにソアラを同行させたいのです」
ルフィニアが力強い視線でミレニアを見つめ懇願する。
「やれやれ、仕方のない子じゃのう・・・。ウォルフや、お主はどうじゃ?」
ミレニアは、抱き付いてくるルフィニアの頭を撫でながら俺に尋ねてきた。
「可愛い妹の頼みだ、聞いてやったらどうだ?」
俺はその光景を見ながら少々いたずらっぽくミレニアに返す。実際、戦力という意味でも、ソアラは申し分ない。しかも精霊種と言う事であれば、今までは人として振る舞う為に力をセーブしていたはずだ。おそらくこれ以上の仲間はそうそう望めない。
「仕方のないやつらよのう。解った、同行を許可してやるわい」
半分諦めたようにミレニアが放った言葉に、ルフィリアは一瞬顔を上げ、今度は感極まったようにミレニアに覆い被さる。
「ん、よろしく」
「ああ、こちらこそ」
そんなやり取りもどこ吹く風とばかりに、マイペースに挨拶をかわしてくるソアラ。
そして中々離してくれないルフィリアに悪戦苦闘するミレニア。
そんなやり取りを見つめながら、俺はこれから始まる新たな旅へと思いを馳せた。
俺は走りながらストレージから濃縮したポーションを取り出す。ローポーションを何度も煮込んでいる内に効果が異様に高くなってしまった代物だ。少々苦いが一応人体への負担はない。
寝室に着くと案の定王弟殿下は倒れ込んでいた。
「殿下これをお飲み下さい」
そう言って、枯れ枝のように軽い王弟殿下を抱き上げその口へとポーションを流し込む。
「う・・ぐ。・・・これは、・・・ソナタは?」
多少回復したようで王弟殿下の意識はなんとか繋ぎ止められた。
「私の事はお気になさらず、それよりも治療を優先しなければ」
そう言って2本目のポーションを流し込む。そして神聖魔法を使い代謝の底上げをする。
「胃腸が弱っている可能性があります。負担のかからない食事を作って参りますので少々お待ち下さい」
そう言って3本目のポーションを流し込むと部屋を出る。
[宮殿内の見取り図もないしな、一番確実な侵入に使った厨房を借りよう]
そう思い立つと急ぎ厨房へと向かう。
厨房の中は埃まみれだが、風の元素魔法と水の元素魔法を併用し、必要な場所だけ早急に清掃する。
そしてストレージから麦とオーロックの乳を取り出し鍋に入れると、火の元素魔法で煮込んでいく。
麦は乾燥しているので吸収率を上げる為に、水の元素魔法でオーロックの乳を麦に浸透させていく。元素魔法の多重使用によって驚くほど速く料理が完成した。
俺はそれを複数のスープ皿に移すとストレージに収納し、スプーンを持って再び王弟殿下の寝室へと戻った。
「お待たせしました」
ストレージから麦粥を取り出し、王弟殿下の口へと運ぶ。体力は大分回復したとは言え、筋力の方はまだ不安があるからだ。
「すまない・・・」
そう言って王弟殿下は運ばれた麦粥を少しづつ飲み込んでいく。
2つ目のスープ皿を飲み干したところで、王弟殿下は眠りについた。
[ミレニア、鳥を召喚して貰えるか?バルザックさんに王弟陛下の保護を頼みたい]
[良かろう、少々待つが良い]
俺は執務室で急ぎバルザック宛の手紙を認める。
内容としては王弟殿下は無罪、全ては摂政の独断によるもの、また軟禁状態であったため体力が著しく低下、一命は取り留めたものの急ぎ保護を擁すると言った物だ。
ミレニアが召喚してくれた、猛禽のような鳥に書簡をくくり付け、バルザックの元へと送り出す。ミレニアの召喚した生物は、ミレニアに絶対服従なので、書簡が届かないという事はないだろう。
それを見届けると俺は、今度はすり替えられた荷馬車の方の処理に入る。
幸い馬はいたので荷馬車をくくり付け宿屋のところまで持っていく。そして馬の接続を切り替え元の鞘に戻し、すり替えられた鉱石を王弟殿下の宮殿地下へと再び戻す。
一通りの処理が終わったのを確認し、宿屋に戻る。
[問題はバルザックさんが王弟殿下の保護にナザニアまで来る間か]
場合によってはここでパーティを離脱し、状況が改善するまで、王弟殿下に付き添うべきかと考える。・・・だがそんな心配は杞憂に終わった。
-翌朝、なんとバルザックが朝早く宿の、俺の部屋に訪ねてきたのだ。
「やあウォルフ君久しぶりだね」
「バルザックさん!?どうしてここに?」
書簡を飛ばしたのは昨日だ、流石に王都からナザニアまで1晩で付ける距離ではない。
「書簡についてはちゃんと受け取った。よくやってくれた。・・・実は君が出発したあと、事態を重く見た私と親方は、懇意にしている将軍殿に相談を持ち掛けた。勿論王弟殿下に疑いを持っている訳ではないという前提の元で、場合によっては救援が必要になるやもしれないとね」
「慧眼恐れ入ります」
何という事か、バルザックは、状況によっては国家騒乱罪になる事も辞さない覚悟で軍を動かし、ナザニアの状況を確かめに来たと言うのだ。
そして昨夜、俺が放った書簡を受け取った後すぐさま宿を発ち、夜を徹して駆けつけてくれたと言う。
「正直助かりました。昨日王弟殿下を救出した際、ポーションと神聖魔法にて体力を回復させ、麦粥を召していただいたのですが、場合によってはここで護衛を外れて、救援が来るまで王弟殿下のお世話をするべきかと考えていたところです」
「そうか、色々とありがとう。後の事は我々に任せて、君はそのまま護衛を続けて欲しい」
護衛任務は信用商売であるため、途中で抜ける事はよほどの理由が無ければ不可能だ。今回は理由自体はあるのだが、ソレを公に出来ないという問題がある。なのでバルザックの申し出は正直有り難かった。
バルザックは俺の肩を軽く叩くと、足早に部屋を去って行った。
今回の騒動を引き起こしていた妖が討たれた以上、操られていた人は元に戻り、街の法整備なども含め全て正常な方向へと向かっていくだろう。
俺はそのまま出発の準備へと取り掛かり、荷をまとめると食堂へと向かう。
ややあって、降りてきたメンバーと共に朝食を取り、公都ナザニアを出発した。
「みんなお疲れ様だったね。今回の護衛も恙なく終了する事が出来た」
王都西門を超えたところで一同は止まり、ガイラスが全員に労いの言葉をかけて来る。
公都ナザニアを出発してからの6日間は盗賊の襲撃などもなく、まさに平和そのものだった。
おかげで急いでいた行きでは見る事の敵わなかった景色なども堪能できた。
「あとはこのまま鍛冶ギルドへ向かい、証明書を発行して貰う事で報酬との交換が可能になる」
初めての護衛任務であった俺に、ガイラスが最後のレクチャーをしてくれる。
ほんの2週間程度の旅仲間であったが、皆楽しい人ばかりだった。いつかまた、こんな旅をしてみるのもいいかもしれないと、俺は思いを巡らす。
そうこうしている内に鍛冶ギルドへと到着する。邪魔にならない位置に馬を留め、カールを含むメンツでギルドの受付へと向かう。
「・・・はい、こちらが証明になります。冒険者ギルドの方へ提出していただければ報酬と交換になります。お疲れ様でした」
全員が受付の男性に証明書を手渡され、これで任務は完了だ。しかし、俺だけ別の用事がまだ残っている。
「短い間ですがお世話になりました」
俺は全員に向かいそう言うと軽く会釈をする。
「こちらこそ、また組める日を楽しみにしているよ」
ガイラスが俺に手を伸ばし握手を求めて来る。俺はそれに応え手を握り返す。
「楽しかったぜー。道中じゃ大して戦いも無かったからよ、その内討伐の依頼にでも行こうや」
レオンが拳を突き出しニヤッと笑う。俺はその拳に拳を合わせ強く頷く。
「ん、楽しかった。次は猫撫でさせて貰う」
ソアラはそう言いながら手を指し延ばす、しかし視線は俺ではなくミレニアを見ている。俺は苦笑しながらその手を握り返す。
「お疲れ様でした。また機会があればご一緒しましょう」
パルミオはそう言って笑顔で軽く会釈をしてくる。俺もそれに応え笑顔で頷き返した。
「では俺はこれで。皆さんありがとうございました」
「ん?このままギルドにはいかねーのか?」
レオンが不思議そうに尋ねて来る。
「はい、ちょっと親方に挨拶をしてこようかと」
「うん?まあ良く解らねーが達者でな」
レオンはまあいいかとばかりに首を振り、俺に手を上げると他のメンバーと共に鍛冶ギルドを去って行った。
そして俺は受付に親方への面会を申し込み、鍛冶場の方へと向かった。
いつも通りならば親方はまだ鍛冶場にいるはずだ。
俺は鍛冶場に顔を出すと見覚えのある後ろ姿へと近づいて行った。
「ただいま戻りました、親方」
ちょっと驚かせてやろうかと思いながら俺は、およそ半月ぶりくらいになるであろう懐かしいその姿に声をかける。
「んおっ!?ウォルフ!帰ってきたか!」
突如かけられた声に驚きつつ物凄い勢いで親方が振り返る。そして、俺の顔を確認するなり思いっきりハグしてくる。
「親方、苦しいですよ」
アバター体は苦痛関連の情報はかなり低く設定されているので、実際は苦しさなど感じてはいないが、この熊のような剛腕に羽交い絞めにされたら大抵は息が詰まるだろう。
「さっそくで悪いが話を聞かせて貰えるか?」
俺の言葉にパッと離れて苦笑を漏らしたかと思うと、親方は真剣な表情に戻り、俺を執務室へと促す。
それを見て俺は頷き、親方の後をついて行く。
部屋に入りどちらからとも無くソファーに腰を下ろすと、俺は口火を切った。
「結論から言います。今回の件は全て片付きました。黒幕はナザニアの摂政をしていた男で、王弟殿下は軟禁状態にありました。宮殿の地下にはすり替え用の荷馬車が何台もあり、夜間寝静まった頃を見計らってすり替えを行っていました」
俺は、バルザックにしたのとほぼ同じ説明を親方へとする。妖の存在やその関与を告げる事は、ミレニアから口止めされているからだ。
「て事ぁ」
「はい、フォスターさんも欺かれていました。彼は無実です」
俺の言葉を聞くや親方の全身から力が抜ける。気丈に振る舞ってはいた物のやはり不安だったのだろう、彼の安堵しきった笑顔がそれを教えてくれる。
「そうかぁ・・・。ありがとうよウォルフ。本当にありがとうよ」
親方は何度も感謝の言葉を述べる。2年間、ずっと心の奥底でわだかまりとなっていた物が今完全に氷解し、安らぎを得られたのだろう。
「それから、これを」
俺は、ソファーに立て掛けていた刀を握ると親方へ差し出す。
「フォスターさんからの返事です」
そこ言葉を聞くなり、親方は慌てて刀を受け取ると鯉口を切り、刀身を見つめる。
「・・・へっ。あの野郎なんてぇ業物打ちやがる。こんなもんみせられたんじゃぁ、ワシも負けてられねぇじゃねぇか!」
フォスターの打った刀はやはり相当の名刀のようだ。そしてその出来が、親方の心を奮い立たせる激励になっていた。
「ウォルフ、今回は本当に世話になったな。ありがとうよ」
親方はそう言い深く頭を下げる。
「いえ、力になれて良かったです。こっちとしても素晴らしい刀を打っていただきましたから」
「いや、お前さんのおかげで、今度は素材もしっかりとした質のいい物が送られてくる。それを考えたら、あの程度の物じゃとても礼にはならねぇ。それにもっと上の素材でも挑戦してみてぇしな」
フォスターの打った刀にすっかり触発され、いつもの元気を取り戻した親方は、お礼もほどほどにすでに次の造刀計画を思い浮かべているようだ。
[何にしても親方の力になれて良かったな]
俺は、さっそく色々な素材を思い浮かべながら、あーでも無いこーでも無いと唸ってる親方を見て微笑む。
「それでは俺はこれで。冒険者ギルドの方へ報告して休むとします」
「おお!またいつでも来てくれ!」
そう言って立ち上がると親方も一緒に立ち、鍛冶ギルドの外まで送ってくれる。そんな親方に手を振り、俺は冒険者ギルドへと向かった。
「いらっしゃ、あ~ウォルフさん!お久しぶりです!」
護衛の達成報告の受付窓口に行くと丁度セレンと出会う。どうやら今日はここの担当のようだ。
「やあ、久しぶり。これ、お願い出来るかな?」
そう言って俺は、鍛冶ギルドで貰った証明書をセレンに手渡す。
「はい!ちょっと待って下さいね。・・・ではこちらが報酬の銀貨10枚になります」
その破格な報酬額に俺は思わず驚く。一般的な護衛任務であれば、旅費は全て自腹の上で銀貨5枚くらいが相場と言う話だ。
ところが今回の護衛は、宿泊費に関しては全てギルドが出してくれている上に、道中も特に問題の無い安全な任務だった。
[なるほど、信頼出来る冒険者に頼むってのはそう言う意味もあるのか]
毎回こうではないだろうが、ギルドの輸送護衛が、ほぼ安全で宿泊費がかからず報酬が良いとなれば、誰もかれもが受けたいと思うだろう。
しかし当然危険な状況も起こり得るだろうし、場合によっては良からぬ事を企む者も出てこないとは限らない。
つまり信頼出来る冒険者をギルド側から指定し、その上で報酬が高いのは、口止めも含まれていると考えられる。
[そう言えばあいつらもこの護衛の報酬に関しては何も言わなかったな]
俺は思い返してみる。それなりに仲良くなれた旅のメンバー、しかし良く考えて見ると報酬に関する会話は起こらなかった。つまりそれだけ口が堅いという証明だろう。
俺は銀貨の入った革袋をセレンから受け取ると軽く手を振り、冒険者ギルドを後にした。
[ウォルフよ、お主の今後に関して考えねばならぬ事が出来た故、しばし妾に付きおうて貰うぞ。場所はいつもの稽古場で良かろう]
冒険者ギルドを出るとミレニアが神妙な様子で心話で語りかけてきた。しかし、その言葉には有無を言わせぬ強さが込められている。
ソレを感じ取った俺は、ミレニアに頷き、リュミエールを駆っていつもの修行場へと向かう。
[ー解析完了。竜気の組成成分の解析が完了しました。これにより、今後竜気を運用する際に円滑に行えるよう、竜気操作スキルが作製されました]
修行場に向かう道中、妖を倒した後からずっと無言だったアインのアナウンスが告げられた。
[竜気操作スキルか、てかアインスキルなんて作れたんだな]
[いえ、私から転送されたデータを元に、SC社の開発部門によりスキルの作製が行われました]
[そう言えばアインは、世界探索用にバージョンアップされてたんだったな]
[はい、それにより協力関係にあるマスターへは、作製されたスキルがフィードバックされるシステムとなっています。なお解析の為にリソースを費やしていた為告知が遅れましたが、現在のマスターのLVは20へと上がっています]
特に意識もしていなかったが、表示は確かに20になっていた。おそらく妖を倒したからだろう、思った以上に格上の敵だったようだ。
ミレニアとの修行でも格上の敵を倒してはいるが、どうやら召喚された者は生命体とは違うらしく、LVは変わらない。LVが上がるのはあくまでも生命体を倒した時のみという事らしい。
「着いたぞミレニア」
俺は修行場に着くと、荷台にいるミレニアへと声をかける。
「うむ、では少々待っておれ」
そう言ってミレニアは地面へと飛び降りる。そして、何事かを呟くとリュミエールを中心とした円形の魔方陣のような光の造形が地面に広がる。
「む?なんだ?」
「心配するでない。これはある場所へと移動する為の術式じゃ」
そしてミレニアの発する最後のワードと共に俺は光に包まれた。
「・・・ここは?」
そこは言うなれば地の底。大きな鍾乳洞の広間のようであった。
「では参るぞ。リュミエールはそこな置いていくと良い。妾の眷属とは言え、この先は流石に堪えるであろうからのう」
「・・・危険は無いのか?」
「無論じゃ」
俺はミレニアの言葉を信じ、リュミエールにここで待つように告げる。精霊種であるリュミエールは、通常の動物よりも人の言葉を解する能力が優れているので、俺の話をしっかりと理解してくれている。
「では参るぞ」
俺はミレニアに案内されながら鍾乳洞の中を進む、幸いな事に内部は薄ぼんやりと明るい。周りの岩にヒカリゴケでも生えているのか、岩自体が光っているのか解らないが灯りの心配がないと言うのは有り難い。
「もうすぐじゃ。・・・ふぅ」
しばらく進んでいるとミレニアが目的地が近い事を伝えて来る。なぜか溜息付きで。
すると、洞窟内にこだまするように遠くの方から声が響いてくる。
「ーー、ー-、ー-、ー-」
「・・・来おったか」
その声を聞くなりミレニアは深々と溜息を付く。そして地響きのような音がソレに加わる。
「あーーねーーうーーえーー!」
近づいてくる声は次第に意味を成して俺の耳へと伝わってくる。
「姉上?」
俺は辺りを見回す。少なくとも姉上なんて呼ばれそうな人はいない。と言うかこんな場所でなんで人の声がするのかそっちの方が問題だ。もしかしてミレニアがここに連れてきたのと何か関係があるのだろうか。
「ウォルフ、妾から離れて壁際に下がっておれ」
そう言うとミレニアは俺の肩から飛び降り、その場に留まる。何が何だか解らないが、言われるままに俺は壁のそばに退避する。
唐突にミレニアの姿が光だすと、その場に一人の少女が立っていた。
肌は白く、腰まである髪は銀、服装はどこかの聖女が着てそうな、くるぶしまであるすっきりとしたワンピースドレス。
「ミレニア・・・なのか?」
その神秘的な容貌を持つ少女へと変わったミレニアを見て、俺は驚きの余り固まってしまう。
確かにミレニア本人から人の姿になれるとは聞いていたが、これほどの存在感を放つ姿になるとは思いもよらなかった。
「あねうえぇぇぇぇぇぇ!!!!」
そんな風に呆けていると、声の主がついに姿を現しミレニアに飛びついた。
「まったく、お主はもう少し淑やかに出来ぬのか」
膝を折り、その身体にしがみつく女性の頭を撫でながらミレニアは半分呆れと言った声音で優しく諭す。
「だって!こうしてお会い下さるのだっていつ以来だとお思いですの!?」
「知らぬ。忘れた」
ガッとミレニアの細い肩を掴み鬼気迫る様子で詰め寄る女性に対し、ミレニアはその顔を押し返しながら俺の方を見る。
「落ち着かんか。そんな事よりも今宵参ったのはお主と語るべき事が出来たからじゃ」
「そちらの男性の話ですの?それとも・・・妖の話ですの?」
ミレニアの言葉に女性は居住まいを正し、俺の方を見つめて来る。
その髪と瞳は黄色く、服装はミレニアの物と同じ。違うのは、その容姿が妙齢の女性らしさを強調している点だろうか。
「解っておろう。・・・両方じゃ」
ミレニアは真剣な表情になると、相手の女性へとこれまでの経緯を説明する。
「・・・そんな訳で、妾はこやつを監視する状況になったわけじゃが、厄介な事に妖が出おった。お主も知っての通り妾はこの通り幼生体じゃ、負けぬまでも下手をすれば取り逃がしておったじゃろう。しかし、こやつ・・・ウォルフは、妾の加護を受けているとは言え、妖を滅して見せた」
「・・・正直驚きましたわ。空間が固定されたのは感知しておりましたものの、内部の状況は掴めませんでしたから。てっきり姉上が滅したものとばかり」
女性は交互に俺とミレニアを見比べている。しかし、状況に置いてけぼりな状態の俺は何をどうしたものか解らず、黙っているしかなかった。
「・・・ん?なんじゃウォルフ珍妙な顔をして」
そんな俺の様子に気付いたらしく、ミレニアが怪訝そうな顔で尋ねてきた。
「ああいや、状況がさっぱり掴めないのもあるんだけど、その女性はどなたなのかそろっと紹介して貰えると助かるんだが・・・」
「ふむ、そう言えば紹介しておらなんだか」
俺の問いかけを聞いて、初めて思い至った様子でミレニアは隣の女性を促した。
「自己紹介が遅れ申し訳ありませんでしたわ。私の名前はルフィニア、以後お見知りおきを」
そう言って女性は、4淑女然とした優雅な動きで会釈してくる。
「いえ、ご丁寧にどうも。ウォルフと申します、こちらこそよろしくお願いします」
慌てて返礼を返しふと頭の中をよぎる疑問、その名前を耳にするのは初めてではなかった。
「ルフィニア・・・。はっ!地黄竜ルフィニア!」
俺は少し考え、はっとなって思い出す。
地黄竜ルフィニア、大地母神ユーフォリアの産み出した、大地を司る六柱の竜の一柱。
そもそも気付かない方がどうかしていた、竜であるミレニアを姉と呼び、こんな大地の奥深くに存在するのだから。
「至らぬ身とは言え大変失礼しました。改めまして、ウォルフ・タウンゼントと申します」
俺はすぐさま膝を折り、最大級の礼を持って接する。ミレニアとはすっかり打ち解けたものの、他の竜と出会うのは初めてだ。それも成体の竜と出会うのは。
例え攻撃を食らったところで死に戻りするだけではあるものの、余計な不興を買うのは得策ではない。少なくとも地上にいる人々の平和を考えるのならば。
「いらぬ心配をしておるようじゃが、こやつに気遣いは無用じゃ。何せお主は妾の庇護下にある故のう」
瞬時に俺の考えに気付いたミレニアが、畏まる俺とルフィニアの間にフォローを入れて来る。
「ええ、そうですわ。貴方の事はずっと見ていましたから、お気になさらずとも大丈夫ですわよ」
「そう言う事じゃ。こやつは大地を通して存在を見通す事が出来る故、お主がこの世界に降り立った時点からおそらく観察しておったはずじゃ。・・・もっとも、こやつがマゴマゴしておる間に妾が先に接触したのじゃがのう」
ミレニアは胸を張り、腰に手を当ててドヤ顔で俺とルフィニアを見渡している。
「解った。お前がそう言うなら誰も文句なんて言えないんだろう?ルフィニアさん、とお呼びしても良いですか?」
「ええ、姉上の加護を受けている方ですから、私の方としても異論はありません」
ルフィニアは俺の言葉に頷き、改めてミレニアの方へと向き直る。
それを見たミレニアは、居住まいを正し再び真剣な顔立ちに戻る。
「さて、それでは本題に入るとしようかのう。先ほども言うた通り、未熟ではあるもののウォルフには竜気を扱い、妖を滅する事が可能じゃ」
「竜気を、ですの?」
「左様。ルフィニア、お主も気付いておるようにこやつはこの世界の生命体ではない。しかし、その仮初の身体を構成しているのはこの世界の元素じゃ。つまり、成り立ちは違い属性は混沌としておるものの、我ら竜に近しい存在とも言える」
ミレニアはここまで話すと一度言葉を切り、ルフィニアの理解を待つ。
そしてその間、俺は俺で考えをまとめてみる。
六柱の竜の身体を構成している成分は、おそらく純粋な1属性の元素集合体なのだろう。もっとも光に元素は存在しないので、ミレニアの場合は光子と言うべきだろうが。
そして俺達ドゥニアに渡ってきた者達のアバター体は、この世界の元素から組成された物だと、SC社代表の鷲尾自身が言っていた。つまり、人として受肉したのではなくそこにある元素を集めて作り出されたモノという事になる。・・・確かにそれは、六柱の竜の成り立ちに近いと言えるかもしれない。
「まあつまりじゃ、こやつ自身の技量は妾が鍛える事で上昇して行っておるが、幼生体である妾ではその身に内在する竜気の質量が低い。もし今後、此度の者よりも強力な妖と遭遇せんとも限らぬ故、妾は六柱の長子として、ルフィニア、お主を含む妹達の力を借りる事にしたのじゃ」
俺はここへ至りやっとミレニアの真意を理解した。今後の旅の中で、自身の力だけでは足りない状況に陥る可能性を考え、他の竜達への力添えを考えたのだと。
「私に異論はありませんわ。この方はこの世界の存在ではないのですから、私達の力に影響され、自我の肥大化を起こす事も事はないでしょう。・・・何より、姉上の信じた方ならば是非も無しですわ」
そう言ってルフィニアは俺へと向かって微笑む。そして、手をかざすと頭上の空間が歪み、黄色い物体が降りて来る。
「では私の鱗を1枚差し上げますわ。これを用いて鎧を成したならば、その鎧はから竜気を引き出す事が出来き、妖の攻撃も弾く事が出来るでしょう」
そう言ってルフィニアは人の背丈ほどもある鱗を軽々と持ち、俺に手渡してくれた。
「ありがとうございます。・・・しかしこれは、人に加工できるモノなのですか?」
「無理じゃな、人の技術でどうにかなる代物ではない。じゃが心配せずともその点についても考えておる故お主は黙って受け取るが良い。それはともかくとしてじゃルフィニア、かつての妾の身体なぞ保管してはおらぬか?」
やはりと言うべきか、竜の身体を加工するという技術は流石に人にはないようだ。しかし、どうやらミレニアに何か考えがあるらしいのでここは有り難く受け取っておく事にした。
「ええ、ほんの一部、体毛が少々でしたら保管してありますわ」
「ではそれをウォルフに授けるとしようぞ。妾の体毛をお主の武器の素材に組み込めば、それ自体が竜気を纏う武器へと成るじゃろう」
ミレニアが俺にそう告げ、ルフィニアへと目配せをする。それを見てルフィニアは先ほどと同じ様に中空から一抱えもある白銀の毛の束を取り出し俺へと渡して来た。
「して、これからの身の振り方じゃがのう。まずはリヴェニアに会うべきじゃと考えておる」
「リヴェニア姉様ですか?」
「左様。この地からもっとも近く、確実な場所に居るのはリヴェニアじゃろうて。それにあやつは他の妹達と比べるべくもないほど、お主以上に落ち着きがある故のう」
ミレニアは額を抑えながらため息交じりに呟いた。・・・過去に何かあったのだろうか。
「妹って事はそのリヴェニアさんって方も竜なのか?」
「左様。司るは水、六柱が三、水紺竜リヴェニアじゃ」
俺の問いに、ミレニアはその視線を真っ直ぐ飛ばしながら答える。
「水を司る、・・・もしかして居場所は海の中?」
俺は今いる場所とルフィニアの関連性を考えて、恐る恐る尋ねてみた。
「ほう、お主にしては冴えておるではないか。左様、リヴェニアの居場所は海の中じゃ」
「海の中って、あの莫大なところを探して回るのか?」
俺は驚きの余りミレニアに食って掛かる。
「逆じゃよ、海の中故に楽なのじゃ。ここに来る時もそうであったように、竜の住処へは通常の手段では来れぬ。しかし、居場所が解っており、尚且つそこに移動術式を発動させる媒介となる元素が大量にあるならば、探す必要すら無いと言えるのではないかえ?」
ミレニアはここぞとばかりにドヤ顔でまくし立てて来る。猫の姿の時よりも、人の姿の時の方が見下されている感が強いのは何故だろう。
「まあそう言う事じゃ。それはつまり、ここへ他の者がいるのはおかしいと言う事でもあるのじゃよ」
最後の言葉は俺にではなく、ルフィリアの後ろの虚空へと投げかけられた。
「ルフィリア様、バレてる」
ルフィリアの後ろの空間から、聞き覚えのある声が響いてきた。
「あ、姉上、気付いてらしたのね。・・・はぁ、出ておいでなさい」
ルフィリアに呼ばれ、その後ろから現れたのは、ヌールから王都までの間、護衛任務で共に旅した冒険者ソアラだった。
「解らんと思うたか阿呆。気付いておったから触らせなかったのじゃよ」
そう言えば護衛中の宿で、ソアラはミレニアを撫でたがっていた。しかし、ミレニアは触らせる事を許さずスルリとかわしていた。
「その娘、精霊種じゃろう?おぬしの寝所であるこの場にて発生した属性溜まり、その濃さに影響されたか必然かは解らぬが、知性を持った人型として生まれ出でたようじゃのう」
「はい、姉上のおっしゃる通りこの子ソアラは精霊種ですわ。私はこの子を育て、人の世に送り出しました。世界の移り変わりを、この子との繋がりを通じて知る為に」
俺は状況を整理する為に一度考えを巡らせる。ソアラが精霊種と言うのも驚きだが、ソアラの見た事や体感した事は、繋がりーおそらくリンク状態で、ルフィニアへとフィードバックされていたのだろう。
「という事はソアラがミレニアを撫でたがってたのって」
「半分はルフィニアの思惑じゃよ」
俺の問いかけに、ミレニアは呆れたように即答した。
「し、しかたありませんわ!幼生体の姉上があまりにも愛らしくて!・・・す、過ぎ去った事はもう宜しいではありません事!?それよりも姉上」
ルフィリアは真っ赤になったり頬に手を当てうっとりとしたり色々と忙しく表情を動かしていたが、ふと思い返したかのように真剣な眼差しでミレニアを見つめた。
「何じゃ?」
「姉上が妖と戦っている時、加勢が敵わなかった事深くお詫びいたします。異変に気が付き、ソアラが向かった時には、すでに空間が固定されてしまいどうする事も出来ず」
「仕方なかろう。妾とて、あの場に行くまで妖の存在に気付かぬかったのじゃ」
今にも泣きだしそうな顔になっているルフィリアに、ミレニアは優しく微笑み、慰めの言葉をかける。こうして見るとやはり姉なのだなと感じさせる。
「いいえ、私は悔しいのです。姉上のお傍にいながらお力になれなかった事が。ですから、これよりの旅路に、私の変わりにソアラを同行させたいのです」
ルフィニアが力強い視線でミレニアを見つめ懇願する。
「やれやれ、仕方のない子じゃのう・・・。ウォルフや、お主はどうじゃ?」
ミレニアは、抱き付いてくるルフィニアの頭を撫でながら俺に尋ねてきた。
「可愛い妹の頼みだ、聞いてやったらどうだ?」
俺はその光景を見ながら少々いたずらっぽくミレニアに返す。実際、戦力という意味でも、ソアラは申し分ない。しかも精霊種と言う事であれば、今までは人として振る舞う為に力をセーブしていたはずだ。おそらくこれ以上の仲間はそうそう望めない。
「仕方のないやつらよのう。解った、同行を許可してやるわい」
半分諦めたようにミレニアが放った言葉に、ルフィリアは一瞬顔を上げ、今度は感極まったようにミレニアに覆い被さる。
「ん、よろしく」
「ああ、こちらこそ」
そんなやり取りもどこ吹く風とばかりに、マイペースに挨拶をかわしてくるソアラ。
そして中々離してくれないルフィリアに悪戦苦闘するミレニア。
そんなやり取りを見つめながら、俺はこれから始まる新たな旅へと思いを馳せた。
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裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
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