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16.新たな交流

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 セインリットへ続く洞窟を降りて行くと最初の時とはまるで違い、美しい風景が広がっていた。
 建物は珊瑚の砂を固めて作ったのか透き通るような白い建造が立ち並び、街を覆う水もその先に広がる海も鮮やかな色合いで俺達を出迎えてくれる。
 広場の中央、教会の前の付近に紺色の長髪の女性が立っている。
 それを見るなりミレニアも人型へと変わり、ゆっくりと近づいて行く。
 「姉上、この度は我が海の子達をお守り下さいまして有難うございます」
 そう言って女性がミレニアの足元へとひざまずく。服装は同じ聖女の着るようなワンピースドレスだが、まるで姫とそれを守る女性騎士のように見える。
 「良い。お主にとって子と言うならば、妾にとっても子と同義じゃ。それにまだ終わったわけではあるまい?セインリットの問題は片付いた故、お主は残りの始末をつけて来るが良い。終わり次第お主の住処で話そうぞ」
 「有難うございます。それでは姉上、また後程」
 「うむ、待っておるぞ」
 そう言って会釈すると女性ーリヴェニアはフッと音もなく消えた。ミレニアが言っていたように、おそらく他の方面へと流出した眷属の掃討へと向かったのだろう。
 「白銀竜様、並びにお連れの方々。此度のお力添え、セインリットの民を代表しまして改めて御礼を述べたくございます。我々に出来る事がございましたら何なりとお申し付け下さい」
 続けてセインリットの長、イザリムが前へと進み、ミレニアを中心とした俺達へと平伏する。
 「成り行き故気にせんでも良いのじゃが。・・・ふむ、ではしばしの間、逗留させて貰うとしようかのう」
 「それでしたら是非我が家へとご滞在下さい。あばら屋ではございますが、全霊を以て御持て成しさせていただきます。それと水紺竜すいこんりゅう様の御用がお済みに成られましたら、ささやかではございますが、改めてこの度の御礼の宴を執り行わせていただく所存にございます」
 「・・・あい解った。では族長、お主の家にしばし逗留させて貰うとしようぞ」
 ミレニアは少しの間逡巡したものの、軽く息を吐き族長の提案を受け入れた。おそらく族長の立場や面子を考慮したのだろう。
 「ではこちらへ」
 イザリムに促され、俺達は街の中をイザリムの家へと向かって移動し始めた。
 道中で海人族の生活や文化、思想などを色々と聞いてみたところ、海人族の族長は世襲制ではなく投票制、そして終身まで族長を務めるのだと解った。
 彼らの話によると、一つの街を1個の群れであり、そこに生きる全てが家族。その一つの群れを治め導いていくのは、より優秀な個体であるべきと言う思想が根底にあるようだ。
 「こちらになります」
 案内されてたどり着いたところは、教会から北西にある他よりも立派な造りをした建物だった。
 先程の話の中でも聞いていたが、この家は言わば族長専用の邸宅であり、投票により族長に選ばれた人物はこの邸宅へと移り住むらしい。前族長の家族はこの邸宅から、新族長がそれまで暮らしていた家へと入れ替わるように引っ越すのだと言う。
 陸上の人達の感覚では到底成し得ないような制度だが、1つの群れとして生活する海人族にとっては、これが歴代受け継いできた伝統であり文化、だからこそうまく機能しているのだろう。
 案内され内部に進む。道中目に飛び込んできた家々もそうだったが、海人族の家には基本的に扉が存在しない。水の中なのだから当たり前と言えば当たり前ではあるが、その代わりなのか、白い布のような物が吊るされており、それが扉の変わりをしているようだった。
 「このようなむさ苦しいところへお越しいただきまして、有難うございます。イザリムの妻、イゼヤと申します」
 邸宅の中に入ると、一人の女性が出迎えてくれる。
 「うむ、しばしの間世話になるぞよ」
 俺達を代表し、ミレニアがイゼヤに対し返礼を返す。
 広場でも感じた事だが、どうも海人族の見た目から年齢を推測する事は不可能のようだ。実年齢を聞いたわけではないが、イザリムもイゼヤも20代にしか見えない。
 おそらくは種族的な違いからくる物なのだろう。
 俺達はそのままイザリムに案内され、客室へと向かう。
 案内された部屋にあるのは、大きな貝を加工して作ったようなタンスとハンモック、どうやらハンモックの素材は海藻で出来ているらしい。
 種族が違うのだから、文化や生活様式も当然違ってくる。頭では解っていても、実際に体感してみると色々な驚きがあり新鮮だ。
 「さて。当面の宿が確保出来た故、適当に過ごさせて貰おうかのう。族長や、妾達は一度島の方へと戻るぞえ。夕餉ゆうげには戻るで付き添いは無用じゃ」
 そう言うと、ミレニアは再び猫型に戻り俺の肩へと飛び乗ってきた。
 「それは構いませんが、島には特に何もないので退屈なのでは?」
 「問題ない。こやつらも連れてきた馬の世話があるでのう」
 有無を言わせぬミレニアの言動には、流石のイザリムも従うしかなく、渋々ながら玄関先まで見送ってくれる。
 こうして族長の家を後にした俺達は、元来た道を通り、大通りを抜け島へと向かう。
 [それで、族長を振り切ってまで島に向いたい理由は?]
 先ほどのやり取りなどから、ミレニアが少しでも早く地上に向かいたがっているのを感じ取り、尋ねてみる。
 [む?・・・何、光を浴びにじゃ。結界で消耗した分を早急に補わねばならんからのう]
 [街の中じゃダメなのか?]
 [ダメじゃな。水を通しておるせいか心許こころもとなくてのう。地上であれば問題ないのじゃが、それであっても数日はかかるじゃろう]
 どうやら俺が思っていた以上に、あの結界はミレニアを構成する属性を消費していたようだ。
 あの時族イザリムの提案に乗ったのは、族長としての顔を立てただけではなく、リヴェニアさんとの会談や、それまでの間の回復に有意義だと判断しての事だったという訳のようだ。
 そうこうしている内に階段の終わりが見え、俺達は水から上がると地上の空気を堪能する。
 「どこがいいんだ?」
 日当たりの良いところの方がいいのだろうかと考え、俺はミレニアに尋ねる。
 「地上であればどこでも良い。じゃがあまり目立たぬ場所の方が良かろう」
 頻繁ではないにしろ、この島へはニムルの漁師達が立ち寄る。それ以外にも外洋航海船なども行き来しているので、島の南側でのんびりするのは厳しそうだ。
 「ついでだからリュミエール達も目立たないところへ移動させておこうか」
 俺達は、島の南西に待たせておいたリュミエール達を回収しに向かう。
 「北側にはセインリットがあるから、東の方へ行こうか」
 島の中央にはちょっとした小高い丘があり、浜辺近くのヤシの木のような物から広葉樹や針葉樹まで、多種多様な植物がところ狭しと生い茂っている。
 [もしかしたら代々のニムルの漁師達が、友好の証として植樹して行ったのかもしれないな]
 島の成り立ちは解らないが、植生の多様さからそこに人の手が加わっているような気がする。
 そんな風に悠久へと思いを馳せつつ、島の東側へ。
 砂浜は島の南側にしかないらしく、東側へ来ると1メートルほどの切り立った崖のようになっている。
 幸いな事に、植物達によって姿を隠せる形になっていたので、そのままそこでリュミエール達を自由にさせてやる。
 俺達は海風を感じながら草の上へと座り込む。ミレニアは俺の肩の上から移動し、ソアラの腿に寄りかかるようにしてくつろいでいる。
 昨夜の慌ただしさとは打って変わった、穏やかな時間が流れて行く。
 「うーん、釣りでもしたいところだけど、昨夜の襲撃で島の周りから逃げちゃってるな」
 俺はアナライズサーチをかけてみるが、見える魚影は全て遠く、とても釣り糸が届くような距離ではなかった。
 「仕方ない、装備の手入れでもするか。ついでだからソアラの装備も手入れしておこうか?」
 「ん、ありがと」
 そう言うとソアラは付けていた装備一式を外し身軽になる。
 ソアラの防具は基本レザー系だが、要所要所に金属板を使い強度を上げてある。なので当然へこんだりする事もあり、それを叩いて直す必要がある。
 もっとも、普通であればソアラに攻撃を当てられるような相手はそうそういるハズもなく、昨夜のような乱戦状況でもなければ傷の一つすら付く事は無いだろう。
 俺はストレージから工具を取り出すと、ソアラの装備を一つ一つ入念にチェックしていく。
 「流石に数が多かったからな、やっぱり多少なりへこんでるか」
 ダメージとしてはおそらく皆無と言える程度だろうが、それでもやはり攻撃は食らっていたようで、防具のところどころに戦いの跡が刻まれている。
 「数もそう、だけど浮いてるのが厄介」
 「ああ確かに。イリヤのおかげでこちらも動きを制約されずに済んだけど、相手は自由自在に泳いで、まるで空を飛んでいるのと同じだからな」
 俺やミレニアの場合とは違い、ソアラの使う魔法は地の属性魔法がメインになる。そうなれば当然地面、今回の場合海底だが、それを利用した戦い方になる訳であり、昨夜のような敵の場合少々手こずってしまう。
 かといって数の暴力に対し、短剣や弓で対処すると言うのも無茶と言う物だろう。・・・出来る出来ないは別として。
 「良し、防具はこんなもんだな」
 防具の簡単な修繕を終え、ソアラへと返す。続けて短剣の確認に入る。
 「ふむ、曲がりも無いし、ヒビも刃欠けも無し。・・・うん、状態もいいし中々の代物だな」
 こうしてじっくりと見せて貰ったのは初めてだが、ソアラの使っている短剣は中々の業物だと感じた。おそらく、鉱山都市ヌールの冒険者ギルドを活動拠点としていた為、良い武器と出会える縁があったのだろう。
 「短剣、フォスター作。初めて護衛果たした冒険者、打って貰える」
 短剣の手入れを終え、返す俺に対しソアラがそう呟く。
 「へぇ、そんな慣例があったのか。しかしなるほど、それなら納得だ」
 ヌール鍛冶ギルドのギルドマスター、ドワーフのフォスターによる短剣であれば、これ以上ない代物と言えるだろう。
 「大切にしてるんだな」
 「ん、宝物」
 先ほど手入れした時、使い込まれているが目立った問題が発生していなかったのも、ソアラが大切に使っているからこそだと今更ながら良く解る。
 [俺もいつか、自分の手で最高の一振りを生み出してみたいものだ]
 俺は今はストレージ内に収納してある二振りの刀、妖斬りと無銘を思い浮かべる。王国内最高の鍛冶職人である、フォスターとバートン親方の打ってくれた二振りは、俺にとってかけがえの無い物であり、いつか超えてみたい目標でもある。
 熟練の技術に追いすがるにはまだまだ研鑽が必要だが、アバターであるこの身体であればいつか納得の行く技術を身に付ける事が出来るだろう。
 そんな事を考えながら、俺は自分の装備の手入れへと取り掛かる。
 [うーん。結構くたびれて来てるな]
 俺の使っている防具は何回か改良してあるが、基本的にレザーを張り合わせて強化した物だ。動きやすく物音を立てないを前提としている為、防御力はあまり高いとは言えないが、基本死ぬ事の無いアバター体なのでそれほど問題にはならない。
 何よりも、素材が安く簡単に手に入ると言うのが駆け出し冒険者としては有り難い。
 俺は素材を取り出すと、摩耗やダメージの蓄積によって劣化し始めている部分を交換していく。
 [取り敢えずこんなものかな]
 続けて今回使った手甲と足甲の手入れを始める。こちらは攻撃を当てる部位全てに金属板を張り付けてある為頑丈だが、相手の防御力によっては金属板が疲弊する事もある。
 [こっちは全体的に修繕が必要だな。あのマグロサイズの魚、結構防御力あったのか、それともアノマロカリスのような生物の方かね]
 魔法によって強化していたはずだが予想以上に疲弊しており、今手元にある道具ではとても修繕出来そうになかった。
 [1から作り直すか、新しいのを買わないとダメか。・・・仕方ない、こっちはしばらく封印だな]
 俺は手甲と足甲をストレージ内に戻し、普段使いの籠手とブーツに着替える。
 「ふむ、そろっと日も落ちてきたようじゃ。今日はこの辺りで戻るとするかのう」
 ミレニアの言葉に辺りを見回すと、すでに日が傾き月が登り始めていた。
 「そうだな。リュミエール達はここにいて貰う方がいいだろうし、食事と飲み水の用意だけして戻るか」
 俺がストレージから飼い葉を取り出すと、ソアラが地の元素魔法によって地面を操作し、大き目の飼い葉入れと水入れを土で作ってくれる。俺はそこへ飼い葉を多めに入れ、水入れに水の元素魔法で綺麗な水を注ぎ込む。
 準備を終え、リュミエール達に一言告げると俺達はイザリムの邸宅へと戻る事にした。
 「お帰りなさいませ。丁度夕飯の支度が整ったところでございます」
 邸宅に戻るとイゼヤが出向けてくれる。聞いてみるとイザリムは街の被害状況の調査に出かけているとの事、日が暮れてきたのでもうすぐ戻るだろうと言うので、イザリムの帰宅を待つ事にした。
 案内された部屋には椅子やテーブルなどはなく、床に敷かれた、海藻を編んで作った敷物に座る形のようだ。
 そしてイゼヤとイリヤによって運ばれてきた料理が、その敷物が囲む中央に置かれて行く。
 俺はその料理を見て、奥底から湧き上がる驚きと喜びの波に満たされる。
 [刺身だ!あれは間違いなく刺身だ!]
 そう、運ばれてきた料理は、色取り取りの鮮魚を薄くスライスし盛り付けた代物。日本人の感覚であれば間違いなく刺身と呼べる物だった。
 他には海藻のサラダ、珊瑚を加工した器に入ったゼリーのようなスープ、生春巻きの皮のような透き通った物がところ狭しと並べられていく。
 「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
 そして料理が並び終える頃、街の被害調査から戻ったイザリムが席に着いた。
 「妾達も先程戻ったばかりじゃ、気にするでない」
 どうやら、邸宅での滞在中は人型を取る事に決めたらしいミレニアが、そう言ってイザリムを労う。
 「ありがとうございます。では痛む前にいただきましょう」
 俺は痛む前と言う言葉に、種族として、文化としての違いを感じた。確かに水中で温かいうちにや、冷めないうちに、と言う言葉は意味を成さない。そして、今食卓を彩っている料理達は、基本全部生と言えるだろう。それ故に痛む前と言う慣用句が生まれたと言う訳だ。
 俺はさっそく一番気になっていた刺身、魚のスライスに手を伸ばす。握られているのは、珊瑚で作られたフォークだ。
 「おお・・・、美味しいですね」
 醤油やワサビなどは当然ないが、海水に浸されているからだろう、その身には適度な塩味に包まれており、魚本来の味わいをグッと引き出している。
 生魚と言う事で少し気になりサーチをかけて見るが、料理の過程で取り除くのか、元からいないのか、寄生虫などの心配もないようだ。
 「はっは、陸の方々は魚を生では食べないですからな。ニムルの漁師達もたまに街の宿屋で料理を堪能しているようですぞ」
 俺の反応に気を良くしたのか、高速で料理を口に運ぶミレニアの様子に喜んだのか、イザリムは上機嫌でそう教えてくれる。
 「確かに陸上では味わえないですね」
 [あ、そうか。あのご老人の言っていた漁師しかって、そう言う意味でもあるのか]
 推測の域を出ないが、おそらくニムルの漁師達はこの味に魅了されているのだろう。地上では味わえない料理の数々、産海母神を詣でるのも理由ではあるだろうが、そのついでに食事をしていく事はあるだろうし、そうなればコレと同じものを食べ、衝撃を受けたはずだ。
 もしかしたら、ニムルに戻ってからこの料理を再現しようとした者もいたかもしれない、その時に処理が上手く行かず、寄生虫の洗礼や食中毒などを起こしてしまったとすれば、箝口令やニムルの民以外の渡島制限が敷かれてもおかしくないのではなかろうか。
 [せっかくだし後で調理方法を聞いてみよう。もしかしたら再現できるかもしれないし]
 俺は、思いがけないところで、今後も刺身を食べられる可能性に巡り合えた事に感謝する。醤油などは今のところ目途がつかないが、幸い塩は手に入る。海人族の調理法であれば、今後も鮮魚を美味しくいただく事が出来るだろう。
 せっかくなので他の料理にも手を伸ばす。
 海藻のサラダには魚卵が付いており、シャクシャクとした歯ごたえの中でプチプチと魚卵が弾け、濃厚な味わいを生み出してくれる。
 珊瑚の器に入ったゼリーのようなスープは実にさっぱりとしていながら豊かな旨味があり、スープでありながら、食感とのど越しを楽しめると言う面白さも兼ねていた。
 生春巻きの皮のような透き通った物は、どうやらナマコの腸を切り出し加工し整えた物のようだ。どうやら海人族の食卓ではコレに刺身やサラダを巻いて食べるのが一般的な食べ方らしい。
 俺達は文化的違いや未知の味わいなどを堪能し、その日の夜は更けて行った。
 ー翌朝、セインリット滞在中は修行は中止という事で久しぶりにゆっくりと過ごし、朝食を食べると再びリュミエール達の待つ島の上に向かう。
 飼い葉入れに新しく飼い葉を補充し、水を入れ替えてやると、今日もゆっくりと日光浴と洒落込む。
 アナライズサーチで魚影を確認してみると、昨日よりは島の近くまで魚達が戻ってきているのが見て取れる。もっとも、釣りをするにはまだまだ距離がありすぎるので今日も見送るしかない。
 昼に差し掛かった頃だろうか、それまで転がっていたミレニアが突如起き上がった。
 「どうやら眷属の処理が片付いたようじゃ。さっそく向かうとしようぞ」
 「え、もう終わったのか、早いな。と言うかリヴェニアさん疲れてるんじゃないのか?」
 「問題ない。水の中におる限りあやつは底無しじゃ」
 そう言うなり俺の肩に飛び乗るミレニア。確かに、水を司る存在が水の中で活動するのだからエネルギー切れなんて起こす訳がないと思い至る。
 「今回はリヴェニアが道を作ってくれると言うておる。したがって妾達は族長の邸宅の前で待機じゃ」
 セインリット経由であれば確かに水中での呼吸などの心配はない。リヴェニアの申し出を有り難く思いつつ俺達は族長の邸宅へと向かった。
 「しばし待つが良い」
 族長の邸宅の前に着くと、ミレニアがそう言って目の前の空間を凝視する。すると水の中に紺色の紋様が浮かび上がり淡く光る。
 「では行くぞよ」
 ミレニアにいざなわれるまま、俺達はリヴェニアの作ってくれた道へと踏み込んだ。
 ーたどり着いた先、そこは四方を水のカーテンに囲まれた清浄な空間だった。
 「姉上、お待たせ致しました」
 出迎えてくれるのは紺色の長髪の女性ー人型を取ったリヴェニアだった。
 「気にせんで良い」
 そう言うとミレニアは俺の肩から飛び降り、人型へと姿を変えリヴェニアへと歩み寄る。
 「そちらの方々は・・・、あら?女性の方からルフィニアの気配がします」
 「ソアラはルフィニアと繋がっておる精霊種じゃ。あやつにとっては一番の娘じゃな」
 「そうでございましたか。ではそちらの男性は?どうやらこの世界の生命ではなさそうですが」
 「ゆえあって伴に過ごしておる、異世界よりの来訪者ウォルフじゃ」
 そこまで話すと、ミレニアはこれまでの経緯を掻い摘んでリヴェニアへ説明し始める。
 「そのような事が。陸上は相変わらず色々な事象が起こっているのですね」
 「海中とて変わらんじゃろう?此度の禁海の件、到底まともな状況とは言えぬ」
 「確かに。此度の件に関しましては私の不徳の致すところ。姉上の御助力が無ければ被害は拡大していた事でしょう」
 「それは良い。むしろ何が起こったかという事じゃ。通常であれば解けるはずのない封が破れたのじゃ、それをお主はどう感じ、どう見て取った?」
 「解りました。ありのままをお話致します」
 そう言うと居住まいを正し、リヴェニアは話し始める。
 「私は普段そうであるように、その時も海に生ける子供達の生活を見守っておりました。姉上もご存知のように、水中で起こった事象であれば全てが伝わって参ります。当然、妖の反応や禁海の封の綻びなどはもっとも警戒しておりました。・・・しかし」
 ここでリヴェニアは一度言葉を切る。まるでミレニアの顔色を窺うように。
 「怒りはせぬ、申して見よ」
 ミレニアはその様子を見て、仕方ないと言う感じでリヴェニアを促す。
 「・・・はい。それは唐突でございました。綻びもなく、唐突に禁海の封が消滅したのでございます。未だかつてない事象に私は一瞬取り乱し、子供達への連絡も疎かに急ぎ禁海へと向かったのです」
 「・・・有り得ん事が起こったようじゃな」
 ミレニアは驚愕を含んだ声色で言葉を吐き捨てる。
 先日のミレニアの話の通りなら、禁海の封印を解こうと妖が海中へと潜れば即リヴェニアに見つかると言う。更にその封印自体も頑強に出来ている事から、封印を解こうと画策する者がいた場合でも、解けるまでにリヴェニアに感知されるはずだった。
 「その場に妖はおらなんだか?」
 「はい、何の痕跡も感知しておりません」
 リヴェニアとミレニアは互いに頭を抱えるようにして考え始める。どれほどの時間守られていたかは解らないが、今日までにもおそらく、封印を解こうとする妖などが現れただろう事は想像に難くない。
 「・・・万に一つの可能性であっても無視は出来ぬようじゃな。ウォルフや、あるいはお主の言うた通りなのかもしれんのう」
 決意にも似た表情で顔を上げたミレニアに、不意に名を呼ばれ俺は一瞬困惑する。
 「お主が言うておった、母神と並ぶほどの力持つ妖が現れたやもしれぬ、と言うておる」
 「あ、姉上!いくら何でもそれは!」
 突如発せられたミレニアの言葉を聞き、今度はリヴェニアが狼狽する。 
 「妾とて考えたくはないが、その可能性を否定出来ぬ事象が起こっておるのも事実じゃ」
 「そうですわ、リヴェニア姉様」
 不意にソアラが声をかける。どうやら、リンク先で様子を見守っていたルフィニアが、またソアラの身体を借り現れたようだ。
 「その気配はルフィニアですか。確かに、直接事象に関わった私自身が、姉上の言う事がもっとも真実に近いのだと感じています。ですが、それはあまりにも恐ろしい存在の誕生を認める事。そして、そんな存在が現れた事に誰も気付かなかったという事なのですよ?」
 「・・・もし妾が成体であれば、あるいは気付いておったやもしれん。しかし、あやつ・・・エタリアならば、気付いていても不思議ではない」
 「確かに、エタリア姉様ならば気づいていてもおかしくありませんね・・・」
 そう呟くリヴェニアの顔は、険しいほどの真剣さを形作っている。
 「そこでじゃ、先日ルフィニアから打診があり、妾達六柱で一度集まるべきではないかと言う結論に達した」
 「・・・姉上の御決断であるならば、私に異論はございません」
 「うむ。しかし今回訪れたのは別件なのじゃ」
 ある程度話がまとまったところで、ミレニアが話題の舵を切る。ルフィニアはすでにソアラに身体を返して見守っているようだ。
 「と、申しますと?」
 「先程話したように、こやつ、ウォルフの強化の為にルフィニアから鱗をいただいておる。お主からも外皮と水源を分けて貰おうと思い、訪れたのじゃ」
 「水源もですか?・・・解りました。少々お待ち下さい」
 そう言うとリヴェニアは、ルフィニアが鱗を与えてくれた時のように空間を湾曲させ、そこから紺色の外皮を取り出し、くるりと巻きまとめる。
 「ではこれを」
 そのまま俺の方へと歩み寄り、リヴェニアは外皮の束を預けて来る。俺はそれを受け取ると頷き、ストレージに収納する。
 「それからこちらを」
 そう言って差し出す手には、紺色のサファイアのような石が握られている。
 「これが水源、ですか?」
 「はい、こちらに魔力を注ぐ事で、竜気を含んだ水を生み出す事が出来ます」
 簡単に説明し、リヴェニアは水源を俺に渡してくる。俺はそれを両手で受け取りストレージへと仕舞う。
 「ありがとうございます」
 「お気になさらず。姉上の認めた方であれば私共姉妹は協力を惜しみません」
 礼を言う俺に対し、リヴェニアは和やかに微笑み返してくれる。
 「で、じゃ。リヴェニアお主、集まる時の目印に何か使えるものはないかえ?」
 「それでしたら、・・・この子をお連れ下さい」
 そう言ってリヴェニアが軽く手を掲げると、その手が一瞬光り、掌の上に小さな紺色の人形のようなモノが乗っていた。
 「ふむ、水の精霊種じゃな」
 「はい。今生まれたばかりですので、ルフィニアの子のような強靭さはありませんが、私と繋がっておりますので、連絡は問題なく行えます」
 水の精霊種はリヴェニアに一礼すると、その手の中から出てふよふよと浮かんでいる。
 「名が無いと不便じゃな。ウォルフ何か良い名はないかえ?」
 ミレニアはいたずらっぽく笑い、俺に矛先を向けてくる。
 「それじゃあ、ディーネでどうだろうか?」
 「お主の事じゃ何か意味があるのじゃろう?」
 「意味というか、俺の世界では水の精霊というとウンディーネと言うのが有名な呼び名でな、その子を見た瞬間ウンディーネみたいだなと思ったんだよ」
 「ふむ、由来も悪くない名じゃ。ではお主の事は今日からディーネと呼ぶぞえ」
 水の精霊種、ディーネはミレニアに向き直り一礼する。そして何故か俺の方へとふよふよと飛んできて、にっこり微笑んだ。
 「どうやら気に入られたようじゃな」
 「ああ、よろしくディーネ」
 改めて挨拶をする俺の周りをディーネはクルクルと回る。なんとも和む光景である。
 「ではリヴェニア、会談の日取りは追って連絡する故、気長に待つが良い」
 「解りました。姉上にお任せ致します」
 そう言ってリヴェニアはミレニアに向き直り跪く。
 「それともう一つ、お主のこと故すでに知っておるじゃろうが、セインリットの族長が宴を催してくれるとの事じゃ」
 「はい、準備にはもう少しかかるようですので、その時改めて伺うと致します」
 「うむ、当座の用事はこれで全てじゃな。では戻るとしようかのう」
 そう言うとミレニアは猫型に変わり、俺の肩の上に飛び乗る。
 そしてリヴェニアに見送られながら、俺達はセインリットへと戻った。
 -3日後、夜の帳が落ちたセインリットの教会前広場にて、リヴェニアを含む俺達を主賓とした宴が厳かに執り行われる。
 夜とは言え、月明りと発光性の海藻などの効果により、辺りは幻想的な空間を醸し出している。 族長であるイザリムの口上から始まり、海人族伝統の舞踊、歌、様々な料理などが次々と場を彩る。
 途中途中で、直接拝謁に来る海人族の人々に、慈愛に満ちた表情で応対するリヴェニアとミレニア。中には俺やソアラにもお礼を言いに来る人がいたりでなんとなくむず痒い。
 セインリットの日常を守れたと言う満足感と、厳かでありながら熱気を帯びた宴に包まれ、俺達はまるで時を忘れたかのように、今この時を存分に堪能していた。
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冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

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