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第一章『不可思議な生き物』
序章『人生の分岐点』
・
思えば俺は、草木を育てたり生き物を飼ったりするのに長けた子供だった。他者から得られる俺への評価と、自分自身が持つ俺への評価との間に落差も無く。態々手を挙げなくても、勝手に周りの誰かに生き物係や植物係に推挙されてしまう様な、少し変わった巡り合わせの子だった。
自分でいうのも何だが、基本的にクラスの中心的気質で取り巻きも多くいたので、俺が生きている物を扱う係に置かれていれば、対象物が散々な運命を辿る事も無いだろうという目算が簡単に立てられたのも、要因の一つだったのだろう。教師達も、下手をすれば学級崩壊の引き金やら火種やらになり兼ねない俺を、クラスを牽引する委員長などに据えるよりかは、よっぽど建設的だと判断していた。
春。係決めの季節が巡ってくると。
「どうかな、弘明君」
などと言って、教師達はこぞって此方の顔色を伺ってきた。子供の相手にしている癖に、何たる不甲斐無さかと今思えば肩を竦めてしまうが。当時は、大人を含めた周りの人間が、俺の一挙一動にぐるぐると振り回されている状態が常だったので。その提案や気遣いを、何の構いも無くすんなりと受け入れていた。
生意気な餓鬼だった。だが小五の春になって、その様相が変わった。
「これがなんだか、分かる人」
教壇の上に置かれた大振りの水槽の中、ぷかりぷかりと、その一匹はいた。薄桃色の身体に、円らな目。顔の横側にある、ひらひらとした赤い突起。申し訳なくくっ付いた細い手足。ぱかりと開けた口。ユーモラスを絵に描いたような、その生き物。
はい、はい、と其処此処から手が上がる。新しい顔ぶりの中にあっても、それだけで誰がどんな奴か判断し、区別できた。
お調子者。ただ単に気忙しい奴。知識をひけらかしたい気取り屋・・・俺はそのどれでも無く、手をポケットに突っ込んだまま、背凭れにだらし無く寄り掛かって欠伸を噛み殺している、ふざけた態度の奴だった。けれどその内実は鳶のような性質を内に秘めていて。一日目にして既にクラスの連中の顔と名前を頭に叩き込み、教室を旋回しては、全体を俯瞰して見ていている、そんな気味の悪い餓鬼でもあった。最初に当てられたのは、気取り屋の眼鏡男子。その喜色満面の誇らしげな表情には、答えに寄せる自信が目に見えて表れていた。しかし。
「ウーパールーパーです」
「正解。だけど、本当の名前は違うんです。日本名でいうとメキシコサラマンダー、英名で書くと・・・」
担任が黒板に向かう。艶のある黒髪をさっぱりと一つに纏めた、快活な印象のある女教師だった。
『Axolotl』
良く清掃された深緑色に、チョークの白が映える。
「アホロートル。名前の由来はアステカ語のアショロトルで、アステカ神話に登場する神の名前でもあり、『水中の犬』という意味も持ちます」
「アホだって、顔まんまじゃん」
「なんかダセェ」
「えー、可愛いよー」
様々な反応が上がる。わぁわぁと忙しなくなる空間の中で、すう、と白い手が上がった。ショートカットの似合う女子だった。前の学年の時から、マドンナ的存在として扱われていた。
「なんで、犬なんですか」
はっきりとした物言いに、クラスの委員長はこいつで決まりだな、と思った。
「それはね、この子達の見た目もそうだけど、息継ぎをする時の音にも秘密があります」
「音、ですか?」
「そう。聞いたら吃驚すると思う。それでね」
担任が、生き生きとした表情で教壇に身を乗り出す。
「この子のその音を聞きたい人は、是非、飼育係に立候補して下さい」
係決めの初手に飼育係を持ってくる所は、正しく彼女の担当としている理科の教師らしい。だがそんな提案に、果たして食い付く奴がいるだろうか。まぁ、このクラスにあっては問題無いか。
「生き物係は、弘明君がいいと思います」
自分が、いるのだから。
「やりたい人にやってもらいたいな、先生」
今回の担任、見た目に反して意思が強い。此方の顔色を窺ってきたり、無理を通そうとしてこない。どうやら、いままでの大人とは毛色が違いそうだ。こんな担任が相手なら、一肌脱ぐのも偶にはいいか。そんな気持ちが傾いだ。
いま思えば、そう。あの時挙げた手が、俺の人生における、分岐点だった。
思えば俺は、草木を育てたり生き物を飼ったりするのに長けた子供だった。他者から得られる俺への評価と、自分自身が持つ俺への評価との間に落差も無く。態々手を挙げなくても、勝手に周りの誰かに生き物係や植物係に推挙されてしまう様な、少し変わった巡り合わせの子だった。
自分でいうのも何だが、基本的にクラスの中心的気質で取り巻きも多くいたので、俺が生きている物を扱う係に置かれていれば、対象物が散々な運命を辿る事も無いだろうという目算が簡単に立てられたのも、要因の一つだったのだろう。教師達も、下手をすれば学級崩壊の引き金やら火種やらになり兼ねない俺を、クラスを牽引する委員長などに据えるよりかは、よっぽど建設的だと判断していた。
春。係決めの季節が巡ってくると。
「どうかな、弘明君」
などと言って、教師達はこぞって此方の顔色を伺ってきた。子供の相手にしている癖に、何たる不甲斐無さかと今思えば肩を竦めてしまうが。当時は、大人を含めた周りの人間が、俺の一挙一動にぐるぐると振り回されている状態が常だったので。その提案や気遣いを、何の構いも無くすんなりと受け入れていた。
生意気な餓鬼だった。だが小五の春になって、その様相が変わった。
「これがなんだか、分かる人」
教壇の上に置かれた大振りの水槽の中、ぷかりぷかりと、その一匹はいた。薄桃色の身体に、円らな目。顔の横側にある、ひらひらとした赤い突起。申し訳なくくっ付いた細い手足。ぱかりと開けた口。ユーモラスを絵に描いたような、その生き物。
はい、はい、と其処此処から手が上がる。新しい顔ぶりの中にあっても、それだけで誰がどんな奴か判断し、区別できた。
お調子者。ただ単に気忙しい奴。知識をひけらかしたい気取り屋・・・俺はそのどれでも無く、手をポケットに突っ込んだまま、背凭れにだらし無く寄り掛かって欠伸を噛み殺している、ふざけた態度の奴だった。けれどその内実は鳶のような性質を内に秘めていて。一日目にして既にクラスの連中の顔と名前を頭に叩き込み、教室を旋回しては、全体を俯瞰して見ていている、そんな気味の悪い餓鬼でもあった。最初に当てられたのは、気取り屋の眼鏡男子。その喜色満面の誇らしげな表情には、答えに寄せる自信が目に見えて表れていた。しかし。
「ウーパールーパーです」
「正解。だけど、本当の名前は違うんです。日本名でいうとメキシコサラマンダー、英名で書くと・・・」
担任が黒板に向かう。艶のある黒髪をさっぱりと一つに纏めた、快活な印象のある女教師だった。
『Axolotl』
良く清掃された深緑色に、チョークの白が映える。
「アホロートル。名前の由来はアステカ語のアショロトルで、アステカ神話に登場する神の名前でもあり、『水中の犬』という意味も持ちます」
「アホだって、顔まんまじゃん」
「なんかダセェ」
「えー、可愛いよー」
様々な反応が上がる。わぁわぁと忙しなくなる空間の中で、すう、と白い手が上がった。ショートカットの似合う女子だった。前の学年の時から、マドンナ的存在として扱われていた。
「なんで、犬なんですか」
はっきりとした物言いに、クラスの委員長はこいつで決まりだな、と思った。
「それはね、この子達の見た目もそうだけど、息継ぎをする時の音にも秘密があります」
「音、ですか?」
「そう。聞いたら吃驚すると思う。それでね」
担任が、生き生きとした表情で教壇に身を乗り出す。
「この子のその音を聞きたい人は、是非、飼育係に立候補して下さい」
係決めの初手に飼育係を持ってくる所は、正しく彼女の担当としている理科の教師らしい。だがそんな提案に、果たして食い付く奴がいるだろうか。まぁ、このクラスにあっては問題無いか。
「生き物係は、弘明君がいいと思います」
自分が、いるのだから。
「やりたい人にやってもらいたいな、先生」
今回の担任、見た目に反して意思が強い。此方の顔色を窺ってきたり、無理を通そうとしてこない。どうやら、いままでの大人とは毛色が違いそうだ。こんな担任が相手なら、一肌脱ぐのも偶にはいいか。そんな気持ちが傾いだ。
いま思えば、そう。あの時挙げた手が、俺の人生における、分岐点だった。
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