〜The Secret Garden〜『薔薇の花園』という超高級会員制ボーイズクラブで、生涯支えたい運命の人に出会いました。

鱗。

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第二章『罪』

再会。慟哭。告白。融解。

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一見するとお洒落なカフェや喫茶店にしか見えないその建物は、俺が離れていた間の一週間前と変わらず、これまで通りそこにあった。初めてこの場所を訪れた際、建物全体を覆っていた青々と茂っていた蔦の葉は、季節と共に変化して、今では綺麗に紅葉している。目に優しく、見ているだけで気持ちが和むその場所は、しかし、超巨大宗教法人の教祖が、その存在を庇護に置く秘匿組織、薔薇の花園の本拠地でもある。


何も知らない一般客も時折訪れるが、基本的には予約客である花園の会員しか入店できない環境になっており、その為、その顧客の大半が花園の会員で構成されている。働いている人間も、須く教会の息の掛かった人間達で、薔薇の蕾という見習い期間を抜け、薔薇として開花してからは、一気に教会による教育が始まるのだ。そして、これまで培ってきた経験や資格を大いに活用出来る環境が整った、これまた教会の息のかかった職場や人間を紹介され、何度かマッチングを果たしたのちに、この花園を離れていく。その胸に、強い信仰の心を宿して。


「実際には、卒園していく薔薇たちに信仰心なんて求めちゃいないし、入信だって強制じゃない。でも、この花園出身の薔薇達の入信率は、軽く六割を超えるって話だよ」

「六割……」


それは、どう見積もっても、とても高い入信率だとしか思えなかったので、絶句するしかなかった。


「教会に入信しておかないと、自分に対する教会の庇護がどれだけ続くか不透明だろうからな。自分の人生の安心材料を増やしたいって気持ちは、普通だろ」

「だとしても、自分の培ってきた経験や資格は持ち合わせているじゃないですか。それを武器にして、外の世界に羽ばたいていってもいいのに……」


俺の感想にも似た疑問に、慎也さんは小さく首を横に振った。


「お前が思っている以上に、人は脆い生き物なんだよ。教会という大きな存在に傷付いた心と身体を癒されて、自信までつけさせて貰える環境に置かれたら、元から自尊感情が低い人間の信仰心なんて簡単に芽生える。でも、悪い事ばかりじゃない。勤め先にいる人間達だって、大抵が信者で固められているし、そもそもの雇い主が位の高い信者だ。そんな環境に、暖かく迎えて貰えれば、教会に感謝する気持ちが芽生えるのも当然だろ。ちなみに、卒園後に入信する花園出身者は、卒園時に入信の道を選ばなかった、残っているうちの三割に達する」


花園を離れたら、自分の身には何が起こるか分からない。掌を返されて、植え替え先で酷い目に遭わされるかもしれない。なら、一度入ったら抜け出せない入信の道を選ぶより、ひとまず様子を見てから判断したい、と慎重に考える薔薇も一定数存在する。しかし、例え入信していなかったとしても、花園出身者である薔薇は、九條さん、そして何より教会のトップである御方にその存在を認められた超エリート。そんな人間に、大多数を信者で構成している植え替え先が、その立場を軽んじたり、酷い扱いなどするはずも無い。すると、その職場環境に安心感を抱いた薔薇達は、その周囲を取り囲む同僚達に、教会の教義の素晴らしさと、御方その人への信仰心を教え込まれ、いつの間にか信者へとその身を移していくのだという。


「………恐ろしい人ですね、御方は。例え卒園しても、自分が手塩に掛けて育てた薔薇が、どうあっても自分の目の届く範囲にあるようにと願っているように思えてなりません」


お気に入りは自分自身の手元に置いて、可愛がっていた薔薇達は、いつでも愛でられる目の届く範囲に咲かせておく。そんな思想を有する御方が、その身を花園の中に隠して置くのは、御方からしてみれば一挙両得な手段だと言えた。


「それは、余りにも穿った見方だよ、リリー」


この一週間、どれだけ望んでも、欲しても、聞く事が叶わなかった。


どれだけ会いたいと願っても、その目にその姿を映す事が出来なかった。


その人のその声がした方向を、だから俺は、ハッと弾かれた様に振り向いて。


「ロサ・フェティダさん……」


ただ、俺はその人の名前を呼んだ。


「御方は、君が思っている様な、独善的なお考えを持つ方ではないよ。御身の元に集う信徒達と、花園に集う薔薇達の安寧を常に願ってあらせられる。御方は、そう……ただ、ご自分の大切な物を守りたいだけなんだ」


己が全てを掛けて、その信仰を御方ただ一人に捧げているその人は、御方という人間に対する自らの見解を静かに語り始めた。俺は、その話を聞きながら、叫び出したくなる気持ちを、ただ只管に堪え続けていた。


貴方が愛しているその男は、貴方を愛してなんていない。その証拠に、その男は、貴方が本当に欲している物が何なのか分かっていながら、貴方にその指先一つとして伸ばしていないじゃないか、と。


しかし、俺は、その事実を告げ、御方を糾弾出来る立場にない事を、骨身に染みて理解している。御方がロサ・フェティダさんの想いに応えてこなかったからこそ、俺はロサ・フェティダさんに触れる機会を手にした。そして、ロサ・フェティダさんにとって、その肌に触れた初めての男になれた。それを嬉しいと感じてしまっている俺に、御方の行動を批判する資格は無いんだ。


蓮さんが御方だと思い込んでいた時は、その身に激しい嫉妬の念を宿し、御方がロサ・フェティダさんに触れてくれさえすれば、全ての問題が解決すると思い込んでいた。けれど、いまは違う。そんな事で、ロサ・フェティダさんの想いが一度に報われて、全てが上手く進むだなんて、そんなご都合主義な思想は、既に俺の中に無かった。


ロサ・フェティダさんを本当の意味で救い出す為には、御方自らが自分の誤りに気が付き、ロサ・フェティダさんに本当の意味で向き合って貰うしかない。そして、そこまで話が進まない限り、ロサ・フェティダさんの心の中に、俺の介入出来る隙間は存在しないのだ。


御方の意思に働き掛け、御方とロサ・フェティダさんが、今よりもっと健全な関係性になっていけば、ロサ・フェティダさんの心の中に、俺が支えとなっていけるだけの隙間が生まれていくかもしれない。そして、ロサ・フェティダさんと俺が、ゆっくりとその信頼関係を築いていければ、御方に依存し固執しているロサ・フェティダさんに、もっと広い世界を見させてあげられるかもしれないんだ。


ロサ・フェティダさんに俺を好きになって貰うのは、だから、それからでもいい。祐樹先生や慎也さんには、俺を好きになって貰ってから強引にロサ・フェティダさんの意識を変えていく、という解釈に近い話をしていたから、その時の話からしてみたら順番は前後してしまったけれど。求めるべき未来の着地点が同じであれば、その辺りは誤差の範疇だと思って考えていくしかない。決して日和見的な考えからくる発想の転換ではないので、もし次に会う機会があれば、その辺りの訂正は必要かと考えているけれど。祐樹先生には格好付けて出てきてしまった分、少しだけ申し訳なかった。


そう、つまりは、俺の前に立ち塞がるロサ・フェティダさんを退け、御方に会って直接話をしない限りは、何も始まらないのだ。ロサ・フェティダさんとこれから先の未来を語っていく本格的な話をするのは、それが全て終わってから。だから俺は、俺を静かに見据えて、その反応を伺っているロサ・フェティダさんに向けて、ゆっくりと向き合っていった。


「……その思想そのものが、御方に誘導された物だと考えた事は、ありませんか?」

「だとしたら、どうだと言うの?御方に守られて、その恩恵をこの身に与えられているのは、本当の事。誰も不幸になんてなっていない。幸せが確かにそこにあるのに、何故君はそれを邪魔しようとしてくるんだ」


まるで、仕事熱心な庭師が、花園の中に迷い込んできた害虫を目にした時の様な顔をするロサ・フェティダさんに、それでも食い下がらない事には先に進めないと分かっている俺は、御方に見える為の最後の難関に立ち向かった。


「……御方が管理している薔薇の花園は、そして、教会そのものの存在全ては、完璧過ぎるんです。どの角度から見ても、問題点なんて何処にもないくらいにね」

「当然じゃないか。御方に付き従っていけば、完璧に管理された世界で、誰もが幸せになれるんだ。そこに問題が生じるなんて有り得ない」

「ロサ・フェティダさん。誰もが幸せになれる世界なんて、そんなもの、存在しないんですよ」


言われている意味が分からない、という困惑した表情を浮かべるロサ・フェティダさんに、俺は、この場所を訪れるまでの間に、慎也さんと一緒に調べ上げた情報を、一つ一つ話していく事にした。これで、この人の御方に向ける狂信に近い信仰心や想いが揺らぐとは思わない。けれど、ロサ・フェティダさんに、俺という存在が御方の前に立つに相応しい人間だとまず認めて貰わない限り、俺は、御方と邂逅する機会を得られないだろう。こうして、ロサ・フェティダさんが俺達を出迎えに来たという事の意味を考えれば、そこに御方の意思が働いているとしか考えようがない。


これは、テスト。俺は、いままさに、御方に試されているんだ。


『自分に会いたければ、ロサ・フェティダを退けるという、この試練を越えてみせよ』と。


御方が気に入り、その庇護に置かれた茶畑で作られた紅茶は、その品質が著しく向上し、市場からもその品質を高く評価される様になった。しかし、土着の宗教ではない宗教を重んじる人間達が集められ、突然その場で陣頭指揮を取り出し、あまつさえ茶畑のオーナーそのものが教祖にすげ変わってしまった事で、その茶畑で働く人々から多大なる顰蹙を買ったのだ。その職場環境が充実された事により、子供を多く持つ経済貧困家庭は茶畑に残る道を選んだものの、多くの人材が茶畑から姿を消した。御方はその人材の流出を、更なる人材の投入によって補完していったが、その頃には、その茶畑を取り巻く環境は大きく変容していた。


茶畑で作られた紅茶の品質が市場から大きく評価を受ける様になると、その茶畑はその地域にある他の茶畑関係者から嫉妬の目を向けられる様になった。流出していった人材も、『あの茶畑は悪魔が管理している』と陰口を叩く様になり、その茶畑で生産された紅茶は、市場では高く評価されながらも、地元の人間達からは次第に見向きされなくなっていった。それでも、そこで働く人間達は、悪魔の畑の人間と揶揄されながらも、そこで働き続けなくてはならない。高品質の紅茶を作れなくなってしまえば、御方にとってその茶畑に価値など無いのだから。つまり、その茶畑は、御方にその存在を認められ、寵愛を受け続けなければ成り立たない場所になってしまったのだ。


その茶畑関係者は、一昼夜に及ぶ仕事が終われば、身体を壊してしまう程の酒に溺れながら、教会の人間のいない時を選んで、口々にこう話していたという。


『私達は、悪魔に魅入られてしまったのだ』と。



「……出鱈目だ。教会の人間がいない隙に話しているのに、何故、その茶畑関係者の話が君の耳に届くんだ…ッ」


動揺が、ロサ・フェティダさんの口調に如実に現れる。しかし、俺の追撃は収まらない。御方の庇護に置かれた世界は、どの場所も幸せに包まれているというロサ・フェティダさんの常識に風穴を開ける為に、俺は口を開いた。


「御方は、茶畑に学校を作りました。その学校では、未来の人材を育成する為に、PCを使った授業も行われていた。そして、それを学んだ子供達は、世界は自分自身が思っているよりも広いのだという知識を得た。その為、茶畑の人間の子供達が茶畑の仕事を引き継ぐという常識が、根底から覆ったんです。大人達も子供に茶畑の運用を任せようという気持ちは既に無く、学校で得た知識や経験を活かして外で働く様に願った。つまり、御方が施した教育が、長い時間をかけて結果的に茶畑から人的資源を奪っていったんです。茶畑の全容を俺が知れたのも、茶畑を出た人間達がSNSを通じて、その内情を発信する様になったから……その為、その茶畑で働いている人間は、いまは本国から送り出された信者達ばかり。紅茶が今はごく少量しか手に入らない希少性の高い物になってしまったのは、単純に人材が足りていない事がその理由の一つになっているんです」


ロサ・フェティダさんの上体が、ゆらり、と揺れる。口元は掌で覆われていて、顔色も真っ青だ。それに何より、極寒の地に薄着のまま突然放り出されたかの様に、全身もカタカタと震えていた。あまりにも儚いその姿に、駆け寄ってその身体を抱き締めたい衝動に駆られるけれど。いまはまだ、その時ではないのを分かっている俺は、必死になってその衝動を堪えた。


「御方は、そんな未来、望んで仰らなかった。御方は、ただ、本当に、その茶畑で作られる紅茶を愛されていただけなんだ。子供達に教育を施されたのも、母親達が安心して働ける様にと。なのに、その恩を忘れて、あまつさえ御方に後ろ足で砂をかける様な真似まで……」


ロサ・フェティダさんが震えていたのは、動揺が身体に現れていたからだけではないのだと、その表情と口調で判断した俺は、やはり、こんな話ではこの人の意識に風穴を開けるには足りないか、と口惜しい思いを抱いた。しかし、この話がこの人に通用しなければ、俺は御方と邂逅を果たせない。だから、このまま、例えこの人が俺に向けて激昂してこようとも、話を続けるのだという決心を新たにした。


「御方は、とても狭い世界で生活する事を強いられていた。だから、身の回りにいる人間の心理を掴む力には長けていても、遠く異国の地にいる人間の人心までは掴めなかったのかもしれません。でも、だから御方が悪い、という訳ではないんです。俺は、貴方にそんな話をしたかったんじゃありません」

「………なら、なんだっていうの」

「貴方が、どれだけ御方という人を見て完璧だと思っても、あの人が人間である以上、御方にだって欠陥はあるのだという事を、貴方に知って欲しかったんです」


ロサ・フェティダさんから殺意にも程近い憎悪を向けられるのは、何度目だろう。決して慣れたりはしないけれど、とはいえ、いちいちショックを受けたりはしなくなった。でも、悲しいものは悲しい。好きの反対は無関心であったとしても、愛している人に憎まれるのは辛いんだ。でも、この人から、強い強い感情の矢印を向けられるのは、やっぱり。



酷く、興奮する。



「人には誰しもに欠陥があります。だから、御方が茶畑の件で失敗を経験したとしても、俺には不思議だと思えませんでした。問題は、御方がそれを放置したまま、改善策に乗り出していない事です。人材は減ったとはいえ、現地にはまだ茶畑に残っている現地の働き手も当然居るはずです。教会がそれを放置して、『悪魔の茶畑』だと揶揄される場所で、それでもまだ懸命に働いている人々に救済の手を伸ばさないのは、何故ですか?」

「そ、……れは。その人達が、御方の御威光の元にありながら、その御手を完全には取らないから……信者でなければ、それは当然で……」

「でも、そんな人間を作り出してしまったのは、御方なんです。だとしたら、御方のやっている事は、その規模は違っても、一方的な占領と同じだと思いませんか?いくら金と権力があるからといって、御方にそれをやっていい資格が、本当にあるんでしょうか」

「………ッ、」


言葉に窮するロサ・フェティダさんを、俺は追い詰めていった。ここで、罪悪感に捉われてしまったら、全てが無駄になってしまう。だから、俺は迷わずに、心の表面に浮上した強い言葉を選んで、ロサ・フェティダさんに投げ掛けた。


「御方は、弱者を助けるという名目のもと自分の都合のみを優先し、自分に集う者だけに寵愛を送り、それ以外の人間はどうなっても良いと思っている、偽善者です。そして、蓮さんという肉の盾を用意して身の安全を確保しながら、この花園にその身を隠して生活している、臆病者だ」

「………黙れ」

「今ですら、御方は貴方の影に隠れて、出てこない。その姿を俺に見抜かれているのが分かっていても、貴方を矢面に立てたまま、涼しい顔をしている……そんな最低な人間を、どうしてそこまで庇うんですか」

「君に、御方の、何が分かる……ッ、その御身を母親の手で死に追いやられ、その後もずっと周囲の人間に利用されて……漸く手に入れた安寧の地で、ただ静かに生きて行きたいと願う事の、何が悪い!!僕は、御方のおかげで本当の生を得た。だから、この命を御方の為に使う。最後の時まで、何があっても僕は、あの人を守ってみせる。この命に換えても!!」

「……そんな勝手、俺は絶対に許さない!!」


湧き上がる悲しみと、腹の底から競り上がってきた怒りと、自分自身の全霊を掛けた威圧を込めて張り上げた俺の声は、突然吹き荒れた秋風と共にロサ・フェティダさんの身体を攫い、ロサ・フェティダさんの蜂蜜色の髪を、ぶわり、と巻き上げた。


「貴方の人生は、貴方自身のものだ。それなのに、誰かの為に自分の人生なんてどうなってもいいだなんて、そんな考え方、この俺が許すはずがないでしょう」

「な……に、それ……君は、なんの権利があって、僕を生き方を、人生を否定するんだ」

「人の人生に口出しする権利なんて、誰かを大切に思う人間のその全てに、等しく、誰にでも備わっています。その人を知り、その人の幸せを願う人には、その人の幸せを支えていい権利がある。それは、人と人が支え合いながら生きていく存在である以上、恒久的に認められる権利なんですよ」


ぽかん、と口を開けて、俺の顔をまじまじと見つめるロサ・フェティダさんの瞳は、俺に対する憎悪という黒く濁った感情が、すっかり抜け落ちていた。


「御方の為に生きるという意思を、全て変えようと思わなくてもいい。だけど、俺は、貴方に自分自身の人生を、もっと楽しんで生きて欲しい。ずっとずっと、笑顔でいて欲しい。誰かの為だけじゃなく、自分の為にも生きていって欲しい。俺は貴方に、誰よりも幸せになって欲しいんです」

「リリー……」


お互いの間にある空気を、毛糸用のそれみたいに先端が丸い針と柔らかな糸で、ちくちくと縫い上げていく。静寂は、だから全く苦には思わなくて。俺達は見つめ合ったまま、その場から動けなくなってしまった。


「ロサ・フェティダ、久しぶり」


その静寂を終わらせたのは、俺の斜め後ろにいて俺達の会話の様子を見守っていた慎也さんだった。もしかしたらこのまま、ロサ・フェティダさんと分かり合えるかもしれない、という絶好のタイミングで、どうして突然自分の存在感を際立たせたのか分からず。『貴方、俺の事を応援していたのでは?』と、怒りが湧いてくるよりも、普通に疑問に思ってしまった。


「あ、うん……久しぶり、慎也。ごめんね、無視してた訳じゃないんだけど……」

「仕方ないって、気にしてないよ……こいつ、お前と離れてる間も、ずっとこの調子でさ。ここまで来る間も、割と苦労したよ。悪い奴ではないんだけど、本当に真っ直ぐ過ぎてなぁ」

「ふふ、目に浮かぶよ」


笑ってる場合じゃないんだって、と肩を落とした慎也さんと、再びそれをクスクスと笑うロサ・フェティダさんの間には、深い信頼関係が見て取れて。この二人が以前、本当に付き合っていたんだという信憑性を、そこから感じた。悔しいけれど、お似合いだとしか思えない。二人が笑い合っているその光景は、あまりに絵になってしまっている。だから俺は、少なからずショックを受けた。


「蓮さんは自分の正体バラしちゃうし、みんながみんな、こいつの熱意に負けて、バラバラとヒントを与えていって……それで結局、ここまで来ちまったんだ。な、凄いだろ?」

「うん、本当に凄いよ。だから、御方も驚かれていた。でも……何処か、嬉しそうにしていらっしゃったな」


ロサ・フェティダさんは、まるで、自分にはそんな顔をさせてあげる事は出来ない、と言外に言い含めている様な寂しげ笑顔を浮かべた。


「こいつは、お前の事を本気で想ってる。というか、それ一本で、ここまでやって来たってのに近い。頭も働かせてたけど、気持ちはそれ以上だった。だから……お前も少しは、こいつの頑張りに応えてやれよ」

「………うん」


慎也さんの提案に、この話は横槍などではなく、俺に対する強い激励や背中を押す意味が込められていたんだと知る。慎也さんに向けて、疑問符を抱いていた俺は、そんな疑問を抱いてしまった自分を恥じて、すぐに嗜めた。


「リリー、正直に言うと、僕は、君の気持ちにどう応えていったらいいか、まだよく分からないんだ。嬉しい様な気持ちも勿論あって、だけど、君は御方の寵愛を受ける身でありながら、御方を深く傷付けた張本人でもあるから……素直にその気持ちを受け入れる事が出来ずにいる。だから悪いけど、僕はまだ君にきちんとした返事が出来ないんだ………ごめんなさい」


ロサ・フェティダさんが俺を憎んでいたのは、俺が御方の寵愛とやらを一身に受けている存在だったから、という理由以外にも別の理由があったのだ。御方と密接に関係を深めていく中で、ロサ・フェティダさんは、御方と俺との間にあった出来事を、御方の口から直接聞かされたのかもしれない。だとしたら、『御方を過去に深く傷付けた人間』という印象を俺に持ち続けてきたとしても頷けるんだ。ていうか、その話が頭の中で整理が付けられて、とても納得した。それは確かに恨まれて当然の流れだろう。


過去の行いが現在の自分の首を絞めている事実を知り、そして、遠回しにロサ・フェティダさんにフラれてしまった事で心境的に見てどん底に落ち込んでしまったので、隣にいる慎也さんに、『お前、大丈夫?』と心配されてしまった。大丈夫な状態からは程遠いけれど、だからといって落ち込んでばかりはいられない。だから、丸まりそうになっていた背筋をグッと伸ばして、ロサ・フェティダさんと再び視線を合わせた。


「……分かりました。いまは、それだけで充分です。だけど、いつか必ず、俺は貴方を振り向かせてみせますから」


ロサ・フェティダさんは、少しだけ困った様に笑いながら、曖昧に頷いた。他にそうするしか無かった、という理由もあるのだろうけれど、『いつか』という無期限の状態を維持して、心理的に見て鼻息荒く迫ってくる俺に困惑してしまったのかもしれない。ただ、ロサ・フェティダさんには悪いけど、これからも『いつか』を胸に奔走する俺に付き合って貰うしかない。だから、その困惑には目を向けずに、俺は話を切り出した。


「ロサ・フェティダさん。俺はこれから、『ある人』に会わなくてはいけません。だから、その人のいる所に案内してくれませんか?」

「最後に聞くよ……君の言う『ある人』って、誰の事?」


俺がこうして花園を訪れているのを知ってロサ・フェティダさんを俺の前に送り込んできた御方が、そう簡単にその尻尾を出すとは思えない。


『貴方が御方なんでしょう?』と尋ねた所で。『何の事?』だなんて、しらばっくれる可能性も捨て切れないし、ここまで慎重に姿を隠してきた御方が、何の見返りもなく正体を現すとは思えないからだ。


そんな御方の意思を誰よりも大切にしているロサ・フェティダさんにも、だからその手口は通用しない。その為、俺はロサ・フェティダさんに直球で『御方に会わせて下さい』とは言わなかった。その代わり、絶対に後には引けない状況を作り出して、その正体を自分の口から語らせる必要があった。


だから、俺はロサ・フェティダさんに向けて、その人物の名前を告げたんだ。


秋風が、その名前を攫い、風に乗せてロサ・フェティダさんの耳にそれを届けていく。すると、ロサ・フェティダさんは、俺に了承を示す為に静かに頷いた。
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