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第三章『秘密の花園』
御方を守りし、麗しき『薔薇の八大原種』
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何処かで見た事がある様な景色の中を、御方に続いて歩いていく。心の中は『やってみせるぞ』という強い意気込みに溢れていたけれど、御方が深い森の中に分け行って行けば行くほど不安に駆られて。圧倒的なまでに神々しく、誰もを萎縮させる威圧感を放つオーラを放つ、それでいて尚、俺よりも一回り小さなその人の背中に声を掛けた。
「あの、……何処まで歩いて行くんですか?」
「着いてくれば分かると話した筈だ。お前は馬鹿なのか?俺の正体を追求していった時の勢いはどうした」
「…….大変申し訳ありません」
言われましたとも、確かに。だけど、陽の光が当たらなくなるくらい深い森に入って行かれたら、誰だって不安になるでしょうに……と言えたら何の苦労もしない。言われっ放しは悲しいけれど、他にどうする事も出来ずに、とぼとぼと後をついて行った。この人、俺に興味というか、強い執着があるはずなんだけど、今のところ、その片鱗すら見せてこない。蓮さんに引き続き、謎の人物だ。というか、ここ最近の俺を取り囲む人間達は、基本的に謎に包まれてばかりいる。真智さんですらあんな過去や現在の顔を持っていたんだ。これでいて、割とお世話になっていたカーディナル先輩が巨大宗教法人の親玉だっただなんて、危うく人間不信になりそうだ。
俺が物思いに耽っていると、森の中に、見た事がある様な建物が突如として現れた。現れたという表現は、自分達がこの場に来た存在なのだから、正しくはないのだけど。そうとしか表現出来ない様な唐突さでもってその建物が目の前に立ち塞がったので、俺は呆気に取られて、ぽかんと口を開いたまま、その建物を上から下へと眺めた。そして、あ、と小さな気付きを得ると、その小さな気付きは、みるみると俺の胸の中に広がっていった。
「カーディ……あの、御方、これ、この場所って、もしかして……」
「漸く分かったか。気が付くのが遅いぞ?まぁ、いい……中に入ろう」
御方に促されて、俺は御方の後に続いてその建物の中に入った。そして、そこに広がる光景を見て、俺は思わず、自分の口を掌で覆った。過去の記憶と寸分違わずに、全ての物の配置が変わっていない。しかし、そこかしこの床や壁、祭壇に向けて並べられた長椅子や、その祭壇そのものに至るまでもが、大量の墨でも撒いたかのように、真っ黒に染色されていた。しかし、そこに漂う、死の気配を濃厚に纏った空気は、その建物を染色した液体が須く『同じ液体』である事を俺に告げていた。
「御方……ここは、あの?」
「同じ場所だとも。お前が、あの日『招待』された場所と、同じな」
そう、その場所は、間違いなく。俺が幼い頃に御方に招待を受けた、あの小さな教会だった。薔薇の花園がある場所の、ほんの目と鼻の先に、深い森を通じてこの教会があっただなんて。考えてみれば、確かに、花園がある場所は、俺が母親と共に通っていた教会からほど近い場所にあった。間に深い森があったので地図を上から見れば近く感じるけれど、それは直線距離で繋いだだけの話であって、実際に必要な移動距離に換算すると、大人の足でもそれなりに掛かる。だから俺も、古くからあるトラウマに悩まされる事なく花園で生活してこれたのだけど。蓋を開けてみれば、なんてことはない。とんでもなく広大な土地を教会が有していた、という事実が目の前に転がっていたのだ。
「一体、この場所で何があったんですか?」
俺は、腹の底から迫り上がってくる恐怖に耐えながら、頭にこびり付いてしまった疑問を口にした。しかし、誰しもがこの場所に連れて来られれば抱く当然の疑問だとは言え、それを口にするのとしないのでは、精神面に雲泥の差がある。この場合、俺はこの場所の物言わぬ歴史と空気に、完全に負けてしまっていた。恐怖を理由として負けてしまった人間の取る行動の一つとして、状況を把握したいという気持ち、つまり、未来の自分に襲い来るかもしれない現実を今の内に知っておきたい、という気持ちが頭を擡げる場合がある。今の俺の状況はそれに完全に当て嵌まっていて。まるで死刑執行の予定日が知らされたばかりの死刑囚の様な心境でもって、御方の口から話される真実を知ろうとした。
「その昔、粛清の対象に選ばれた信者達は、ここに集められ、最後の時を迎えた。教義の中では修行の旅に出た事になっているがな……御方としてのその地位を盤石な物とするまで……この場所はずっと、血の味を覚えていたんだ。気が付いた時には、大量の屍が築き上げられていた。今ではもう閉鎖されているが、俺は時たまここを訪れて、鎮魂の為に祈りを捧げている。花園をこの場所の近くに新設したのも、そんな都合からだよ」
漸く懺悔が叶った旅人の様な瞳で祭壇に視線を移す御方は、とても疲れた様な口調で、自らの過去を語り始めた。
「最初から、おかしいと感じていた。あまりにも自分にとって都合良く話が進んでいくし、昔俺を酷い目に遭わせて来た人間達は、悉くその姿を眩ましていくから。だけど、考えてみれば知れた事。御方としてのその権能を持って口にした『邪魔だ』という台詞は、神の子を祀り上げている人間に取って、存在の消滅そのものを意味していたんだ。その内、狂信者ばかりが集る様になり、御方としての行動を抑止しようとする人間は、いなくなってしまった……だから、そんな人間には、教祖を名乗る資格なんて、本当はないんだ」
突然始まった御方の懺悔を、俺はただ黙って見守るしかなかった。何の為に御方は、この場所に俺を連れて来たのか。そもそも、何故俺に何の見返りもなくその正体を現したのだろうか。それに何より、どうしてこんな話を俺にしてくるのか分からなくて、困惑する。すると、御方が自分の立場を明確に表現していく事で、困惑しきっている俺を、パッと振り返った。そして、振り返った御方のその顔を見た俺は、その目をギョッと見開いたんだ。
「お願いだ、真司……俺を、俺をここから、連れ出してくれ……ッ」
「………お兄ちゃん」
「いまは、俺の最後の願いを聞いてくれたロサ・ガリカのおかげで、完璧に人払いが出来てる。だから、チャンスは今だけなんだッ……だから、頼む!」
その、泣き噦る姿を。教祖としての『仮面』を脱ぎ捨て、本当の自分というものを曝け出した御方を見て、俺は自然に、御方の事を『お兄ちゃん』と呼ぶ様になっていた。
『仮面』……そう、それは、御方と俺との間の記憶と、切っても切り離せない最重要アイテムだった。そして、そのアイテムこそ、俺が御方の顔をどうしても思い出せなかった理由に直結している。
御方は、お兄ちゃんは、俺の前にその姿を現した時、いつも同じ仮面を被っていた。真っ白で、何の装飾もされていない、のっぺらぼうの様な、つるりとした仮面をいつも付けていて。はっきり言うと、異様な見た目をしていたんだ。子供だったから、あまり先入観を抱かずに、『そんな子なんだろう』と考えて付き合っていたけれど、大人であれば普通はその見た目を不気味がって近付いたりはしない。御方であるお兄ちゃんの御身を預かる教会の人間としては、例え信者であっても、御方に近付かれるのに、あまりいい感情は抱かないだろうから、そんな目に見えるバリアとして仮面がその効力を発揮していたとしても、なんら不思議では無かった。
俺がこの、いまでは呪われた場所として扱われるようになってしまった教会を訪れた際に着用したのが、まさにその真っ白な仮面だった。お兄ちゃんは教会の集会に参列する人間にとっての目印であり、一眼見ただけでその立場が保証される通行手形でもあるそれを俺に渡し、自らが神の子と崇められている姿を俺に見せて、自慢したり、褒めて欲しかったのかもしれない。俺が、あんな約束をしてしまった所為で、お兄ちゃんは俺を『特別扱い』しようとしてくれたんだ。
あんな、幼い頃の俺の思い付きを、本当に喜んで受け入れて。
そしていま、お兄ちゃんはまた俺に、その手を取って、この場所から連れ出して欲しいと願ってきた。そんな俺に、どうしてこの手が振り解けるだろう。俺は、だから、縋り付いて泣き叫ぶお兄ちゃんを見て、どうしたらいいか分からなくなってしまった。
巨大信仰宗教の教祖であり、御方としてあらゆる業界のVIP達の意思をその名の下に文字通り牛耳って来た人間……しかして、その内面には、こんなにも脆く儚い、それでいて何処までも人間味に溢れた姿を、ずっと抱え込んできたのだ。幼い頃から、狂信的な信者にその身を囲われ、何も分からないままに祀り上げられ、子供染みた言動を真に受けた人間達に、大量の屍を築かれて。そして、その大いなる責任と重圧とに押し潰されそうになりながらも、亡霊達のその怨念が、逃げ道を塞ぐ。
『コノ セカイヲ ミチビケ』………と。
「これまで、本当に苦労を掛けたな。ずっとずっと、必要以上に沢山追い詰めて。だけど、こうでもしないと、この場所からはどうあっても抜け出せなかった。同じ様に傷付いてきた人達のいる花園に隠れながら、みんなに守られて、そんな風にビクビク怯えて過ごして……でも、そんな自分が、本当は嫌で嫌で、堪らなかった……」
魂からの告白に、俺の胸は震えた。死者の魂が未だに渦巻いている様な場所にあって、すっかり強張っていた身体も、お兄ちゃんの涙ながらの告白を聞いているうちに、この場所を訪れる以前の状態くらいまでには、元の調子を戻しつつあった。
「お前が、真司の存在だけが心の支えだった。真司がいつか、この場所から連れ出してくれるって、信じて、それだけを頼りに生きて来たんだ……本当に、大好きだった。お前は、初恋の人だったから」
お兄ちゃんは、その身体に隠し持っていた俺への激情を、惜しみなく俺に伝えてきた。瞳を潤ませ、俺のその背中に腕を回して、俺の身体に小さなその身体で、ぎゅっとしがみついてきた。近くで見るお兄ちゃんの顔は、とても愛らしい顔立ちをしているから、俺は少しだけ、どきっ、としたけれど、次の瞬間にはロサ・フェティダさんの顔がフッと頭を過って。僅かばかりに身体に籠りそうになった熱も、途端に、すう、と冷めていった。
「お兄ちゃん、気持ちは、凄く嬉しいです。こんな俺を好きになってくれて、ありがとうございます。だけど、俺には、心に決めた人がいて……だから、貴方を救いたい気持ちは勿論ありますが、例え、貴方をここから連れ出しても、俺は貴方の気持ちには応えられそうにはないんです。そんな悲しみを、貴方に与える事は、出来ません……あの時の約束を、もう一度破ってしまって、ごめんなさい」
「真司………」
涙が一筋、お兄ちゃんの頬を伝っている。その泣き方すらも不器用に見えて、俺は胸が苦しくなった。こんな風に上手く泣くことも出来なかった、お兄ちゃんの人生を思うだけで、俺はとても深い罪悪感を抱える事になった。そして、そんな人生を歩ませてしまった俺の過去の行いに対する後悔は、今後の俺の長い人生のうち、最も深い楔を俺の心に打ち込むのだった。
「………分かってた。お前が、ロサ・フェティダの事を、どれだけ大切に思っているか。ずっと近くで見てきたからな」
やはり、この人には見抜かれていたか、と思わず苦笑する。まぁ、周囲にはばればれだったのは自分でも分かっていたから、そこまでの羞恥心は無かった。とはいえ、相手は、俺の事をずっと好きでいてくれた人物でもあるわけで。そんな人物を好きなのが、俺の好きな相手で……上手くいかない人間関係の矢印を見て、人生は本当にままならないな、とつくづく思った。
「お兄ちゃん、いい機会だから尋ねますが……貴方は、ロサ・フェティダさんの自分に対する気持ちに、気付いていましたよね?なのに、どうして一度も、あの人の気持ちに応えてあげなかったんですか?」
一度でも触れてあげれば、もしかしたら、あの人は、あそこまで自分自身を追い詰める様な人にはならなかったかもしれない。確かに、性に対する自認の、そんな自分の中にある矢印に正直に生きたい、という気持ちは分かる。だけど、その一瞬の触れ合いを、自分の人生すら捧げてしまうほど熱望している人間を自らの傍に置き、自分の為に身を粉にしている姿を見ても何も思わないというのなら、俺はそれは断じて間違っている、と告げようとした。すると、お兄ちゃんは唇をひよこの様に尖らせて、そっぽを向いた。
「……それは……あの子が、俺より可愛いから」
「…………………は?」
俺の人生で最大級の、渾身の『は?』を繰り出すと、お兄ちゃんはブスッとむくれ様な表情を浮かべたまま、ボソボソと聞き取りづらい声で、どうしてロサ・フェティダさんのその身に『慈悲』を向けて来なかったのか、その理由を説明し始めた。
「あの子は、俺が気に入ったな、と思う雄花を、全部持って行っていってしまう様な子だった。それでいて『この身は御方の物だから』と意固地になって……慎也なんて、俺だって狙ってたのに、キスしか許して無いと話していた。はっきり言って、面白くなかったんだ。だから、態と手を出さなかったんだよ。『どうしたら俺は御方に愛されますか?』と聞いてきて落ち込んでいるのを見ると、本当に胸がスッとしたよ。今ではいい玩具だと思ってるし、だから側に置いても大して気に留めなくなったけどな」
なんだよ。
『じゃあ、分かりやすい話をしよう。僕のこの心は全て、御方の物。御方以外の愛を、僕は必要としていない。僕は、御方の為に生き、御方の為に死ぬ。御方が花園を大切に思うなら、それを守る事こそが、僕の至上の喜び。花園の調和を乱すというのなら、君は僕にとって邪魔な存在になる。僕は御方の為だけに咲く事を決め、この花園に送り込まれた者。新庄さんが連れてきた慎也は、僕の同僚だよ。これで分かっただろう?……君が好きになったロサ・フェティダという薔薇は、あの花園にも、この世のどこにも存在しない。だから、『幻の花』を求めるのは、もう辞めなさい』
なんだよ、それ。
『ごめんなさい、ごめん、なさい……許して。僕は貴方のものだから、だから、これは、違うの。お願いだから、僕を見て、僕を……』
自分より可愛いから?
だから、手を出さなかった?
つまり、何、嫉妬?
そんな、子供っぽい理由で?
玩具?
………誰が?
てめぇ、いまなんつった?
「こんなロマンチックじゃない場所だから、格好は付かないんだけどさ、あの子は辞めて、俺にしないか?俺はこれでも『交配』した相手からの受けは凄く良いんだ。真司の交配は、俺もロサ・ガリカと一緒に見たよ……ゾクゾクした。近年稀に見る、最高の交配だ。他に見た事がないくらいのな。自分が経験すると考えただけで、勝手に身体が反応したよ。あんな体験は、初めてだった。お前さえ良ければ、このままここを抜け出して、一晩だけでも一緒にいないか?そうしたら、お前だって気が変わるかも……」
「………お前は、餓鬼だ」
ずっと、本当は、御方に会ってからずっと、いや、その以前からずっとずっと胸に抱いていた台詞を口にする。断られると思っていなかった訳ではないのだろうが、流石にこんな暴言を吐かれるとは考えていなかったようだ。『なっ……』と驚愕を露わにするお兄ちゃん……もういい、御方に、俺は冷たい一瞥を向けた。
「もう一度言う。お前は、俺がこれまで見てきたどんな人間よりも、餓鬼だ」
「…………」
言葉を無くすという表現が、見事に当て嵌まる反応を見せる御方に、俺は自分自身の感情を露わにして、続け様に畳み掛けていった。
「自分が気に入ったからといって砂場を独占し、元から遊んでいた子供を追いやって、自分だけの砂の城を作っては、誰も褒めてくれないと拗ねている。お前があの紅茶畑でやってきた事は、それと同じ事だ」
「な、……お前、この俺に向かって……どういうつもりだ?」
「どういうつもりも、何でもない。ただ、事実を伝えているだけだ。納得がいかないなら、何度でも言ってやる。お前は、餓鬼だ。自分自身の罪から逃げ、何かあっても自分自身の所為ではないと駄々を捏ねて、あまつさえ、自分を誰よりも大切に想ってくれている人間に嫉妬して、気に入らないからと冷たく当たる………これの何処が、大人のやる事だ」
大体に置いて、俺はずっと、周囲の人間に丸め込まれながらも、それでも同じ感情を持ち続けてきた。その感情は、これまで出逢ってきた人達との対話や交流を交わしていく中で、少しずつ角が取れ、俺の手元にあっても何とか扱える程度にはなり始めていた。にも関わらず、その感情を俺の中に発生させた人物が突然現れて、扱いやすくなっていたその感情を激しく突き回してきた。そんな事をされては、もはやこの感情を爆発させるしか無くなってしまう。
この結果が、どんな結末を迎えても、構わない。例え、この命がここで潰えたとしても、深い後悔はない。
だから、俺はその感情、『憤怒』を爆発させた。
「悪い事をした事は謝る。だけど俺は、絶対にお前の思い通りになんてならない。自分のした事に対して、きちんとした詫びすらせずに、相手の大切にしている物を傷付けたり馬鹿にしたり……教祖がなんだ。御方がどうした。人に悪い事したら、先ずは『ごめんなさい』だろうが……ッッ!!」
小さな教会に、俺の怒号がビリビリと反響する。その声は、まるでその場所に漂っていた浮かばれない魂達の声をも代弁していたかの様で、その教会の内部の見た目は全く変わっていないのに、そこにあった怨念の様な感情が残らず霧散していったような、不思議な静寂に包まれていた。
秋の訪れと共に日が落ちる時間は早くなる。その西日が天窓から教会内に差し込んで、祭壇を明るく照らし出していた。そこに立って、信者である人間達から、盛大に祀り上げられていた少年は、その心が成熟する時を迎えないままに、大人になってしまった。あの時、あの少年の手を取って教会の外に走り出して、自分が思い付く限りの面白い場所を渡り歩き、最後に教会の人間から二人して大目玉を食らっていたら、そして悪戯がバレて恥ずかしい気持ちを紛らわす為にお互いにこっそりと笑い合ったなら……こんな未来は訪れはしなかったんだろうか。
分からない。何も分からないけれど、でも俺はもう。もう、この場所には、居たくない。
「これだけ話しても響いた様子がないなら、俺にはもう、話す事はありません。だからこれ以上は、俺に構わないで下さい」
御方に背中を向け、さっさとその場を離れようとする。こんな場所、もう一秒だっていたくない。だから、踏み出す足にも力強さが漲っていたのだけれど。そんな怒りや悲しみや後悔の念を背負った俺の背中に、『待ってくれ!!』と叫び声にも似た声が掛けられた。次いで、背中に軽い衝撃が走る。後ろから抱きつかれたんだと分かった俺は、深い溜息を吐いた。
「………離して下さい」
「いやだ………こんな風にして、また置いて行くなんて、許さない」
完全に、駄々っ子だ。子供っぽいを通り過ぎて、本当に子供。こんな人が、普段は悪の権化みたいな顔とオーラで、世界中のトップクラスの人間達を相手にして、尚且つそれを圧倒しているのだというのだから、二面性があるにも程がある。だけど、その声には、さっきまであった若干の芝居がかった調子は全く感じられなくて。だからこその、本心からの言葉なんだと素直に思えた。
「どうして、あの子なんだ。どうして、俺じゃ駄目なんだ。ずっと、出会った時から好きだった。初めて、心から好きになれた人だったんだ。だから……俺を見てくれよ」
「御方………」
「何でもする。俺に出来る事なら……何が欲しい?いまの俺には、なんでも出来てしまうんだ。だから、だからお願い、俺の側にいてくれ」
「貴方に、俺が欲しい物は、残念ながら用意出来ません。けれど、一つだけお願いがあります。それを叶えてくれるなら、俺はどうなっても良い」
「ほ、本当か?」
背中を向けていた体勢をクルッと反転させてから、子供の様に純粋な、きらきらとした輝きを放つ御方の瞳を真っ直ぐに見つめ、俺は、この時の為にこの人の所までやって来た、という感情を必死で押し殺して、渋々と言った風に、それを口にした。
……この場所をこのまま離れようとしたのは、ブラフだった。俺は、本当はこの時をずっと待っていたのだから。人生最大にして最後の掛け。こちらが掛けているのは、文字通り、自分自身の残りの人生、その『全て』だった。
「ロサ・フェティダさんを、解放してあげて下さい。あの人は、貴方を完全無欠な超人だと思って、必要以上の信仰を傾けている。そんなあの人の目を覚ます為に、自分もただの人なんだと説明し、過去の行いを謝罪して、これからも良き友であって欲しいと、言ってあげて下さい。そして……キスだけでも良い。親愛からくるそれだけでも良い。あの人に、触れてあげて下さい。それが、きっとあの人が救われる、ただ一つの道なんです」
この願いが御方に聞き届けられるなら、俺はもう、この世に未練などない。あの人が、ロサ・フェティダさんが、その人生を自分なりに幸福に生きて行ってくれるなら、俺はそれだけで充分だ。例え自分が、御方にとって恋人やペットの様に扱われる様になっても、耐えるでもなく、その立場を受け入れる。そして、ロサ・フェティダさんと肌を交わしたあの記憶だけを頼りに自分を奮い立たせて、御方の欲求が満たされるまで、その仕事をやり遂げてみせる。
愛してる、ロサ・フェティダ。
貴方に出逢えて、良かった。
「………お前は、どこまで行っても、そのままなんだね。それじゃあ、俺はいつまでもあの子には敵わないじゃないか」
御方の言葉の中に、俺やロサ・フェティダさんを批判する棘は感じられなかった。自嘲する様な笑みを浮かべて、かつて血溜まりだったと思わしき場所に、力無く立ち尽くしている。
「俺が、心の内を少しでもと思って話せたのは、ロサ・ガリカと、ロサ・フェティダだけだった。だから、俺にとってロサ・フェティダは、本当の友達なんだ。だから、友達同士の関係を壊したくなくて……あの子には、辛い目に遭わせてるのを分かりながら、何もしてあげられなかった」
ロサ・フェティダさんの事を玩具だなんて揶揄していたけれど、それはこの人が俺に向けて強い恋慕の感情を抱いていたからに過ぎないのだろう。嫉妬していた気持ちがあったのは間違いないのだろうけれど、それだけを理由にして、本当はこの世界中にいる誰よりも聡い人かもしれないこの人が、あんな暴論を展開する筈もないのだから。それに、もしかしたら、この人なりに俺の出方を待っていたのかもしれないし。その辺りの真相はもう知る由もないけれど、つまり、総合的に見ても、御方は本心からあんな馬鹿げた話をしていた訳ではない、という結論に至るのだ。
ロサ・フェティダさんに寄せる本当の気持ちを吐露した御方は、照れ臭そうに頬を掻いてから、俺に向けて、ぺこり、と頭を下げてきた。その直角90度の綺麗なお辞儀を見て、俺は少しだけ挙動不審になった。なんと言っても相手はあの御方。そんな人物に頭を下げられるなんて、誰が想定出来るだろう。
「申し訳なかった。俺は、お前にとても酷いことをした。謝って許される事じゃないのは分かる。けれど、いまはこれで勘弁して欲しい。それに、これからは、もっとあの子とも向き合って、これまで以上の信頼関係を結んで行きたいと思ってる。だから、お前の願いは、決して願いなんかにはしないよ」
正直に言って。率直に言って。俺は、御方を、それはそれは、見直した。子供だと怒鳴ったり、その他にも色んな失礼な話をしてしまったけれど、この人は、悪い事をしたと分かれば、きちんと『ごめんなさい』が出来る人だったのだ。もしかしたら、俺に促されたからこその発言だったのかもしれないけれど、だとしたら何だと言うのか。失敗を指摘され、尚且つ恫喝されても、拗ねて臍を曲げ、自分自身の権能を使って俺を強制的に黙らせるという行動には出なかった。だから、俺はそんな御方を、ふっ、と穏やかに笑ってから、顔を上げる様に促したんだ。やっぱり、この人は、俺になんて絶対に計り知れない人なんだな、と思いながら。
「俺も言い過ぎてしまった面も多いですから。だから、顔を上げて下さい」
「もう、怒ってはいないのか?」
「はい。怖がらせてしまって、すみませんでした」
「ふふ、そうか……なら最後に、俺からも一つお願いがあるんだが」
「何ですか?俺に出来る事なら……」
「俺を、いまここで、抱いてくれ」
その、今まで築き上げてきた、いや、再構築していた空気や話の流れを、根底からぶち壊す様な話をされて、仰天する。真剣な眼差しに、御方はその願いを只管に込めていて、俺はその願いに寄せる御方の本気をそこに見て、思わず狼狽えてしまった。
「ここを出れば、俺はまた御方の仮面を被らなくちゃ行けなくなる。だから、一度だけで良いんだ。真司との思い出があれば、俺は……」
「ま、待って下さい、御方……お兄ちゃんッ」
「そこの長椅子にズボンを脱いで座ってくれ。そうしたら、あとは全部俺がやる」
これは、梃子でも動きそうにない。背筋に、つぅ、と冷たい汗が流れて行く。どうしたら、この場を回避出来るのか、頭を働かせて色々と考えを巡らせるけれど、どうあってもその解答が導き出せず、俺は悄然とその場に立ち尽くした。
「仕方ない奴だな。なら、立ったままでいてもいい。俺が、絶対にその気にさせてみせるから」
言うが早いか、御方はパッと俺の視界から消えた。そして、気が付いた時には、御方は既に俺のズボンのチャックに手を掛けて引き下げ、社会の窓から見えているボクサーパンツの中に手を入れて、そこを弄っていた。
「いや、ちょ……ッッ、ま、待って下さい、御方!!」
「あぁ、本当に大きいな……絶対に口に収まりきらない。これで全く勃ってもいないだなんて、嘘みたいだ」
俺の静止を振り切ってボクサーパンツの中に手を入れ、下生えを通り越してから、なんの兆しも見せていない怒張をずるりと外へと取り出す。すると、飛行機での移動と陸路での移動を長時間掛けて行い、その間一度も清潔にするタイミングが無かった怒張はしっかりと蒸れていて、独特の臭気をそこから放っていた。
「き、汚いですし、だから、もう辞めて……」
「こんなもの、俺にとってはご馳走さ。だから、飛行機に乗っていて碌に自分の身体の相手をしてやれなかった分まで、いっぱい飲ませてくれよ」
目をハート型にしているかの様な、完全なる雌の表情をした御方が、下品な台詞を言った次の瞬間、俺の怒張の先端部にむしゃぶりついた。
その尊いとされる身の上で、過去に一瞬だけ人生が交錯したというだけの存在でしかない俺に、こうまでして必死になって迫ってくるだなんて。それだけの想いを俺に寄せてくれているのは、単純に気持ちとしては嬉しい。
嬉しいのだけど。残念ながら、俺の心は既に決まっている。
「………何故だ?どうして、全く勃たない?これまでどんな男だって、この口で落として来たのに…ッ」
そう、俺の心は、ただ一人だけの物。その人が俺の胸の中にある限り、どれだけの刺激を受けても、その刺激を与える人物がその人でない限り、俺の身体は、ピクリとも反応しない。分かりきっていたけれど、こうして『雌花』としての才覚にも、充分な資質にも恵まれている御方の手でもまるで反応しない所を見るからに、想定の範囲での出来事だったな、という感想しか述べられなかった。
俺はもう、ロサ・フェティダさんが相手でなければ、『雄花』としての恵まれた才覚を発揮出来ない身体になってしまっているのだから。
薔薇としては、当然失格だろう。だから、俺はこの状況を回避して、ロサ・フェティダさんと御方が無事に和解したその時を見守ったら、あの花園を去るつもりでいる。
最初は……いや、これまでずっと、俺はあの花園を出て、ロサ・フェティダさんと一緒に生きて行きたいと思っていた。だけど、あの人の心が御方と深く結び付いたなら、もうロサ・フェティダさんにとっての、俺の入り込める隙間なんてないも同然になってしまう。御方と和解を果たせれば、心に余裕が生まれれば、俺があの人の心の中に入り込む事も可能かも知れないと思ってここまで来たけれど、御方を見ているうちに、それは間違いだと気が付いたんだ。
この二人はいつか絶対に、主従や友達の域を越えた関係性を築いていってしまうだろう、と。男の勘、というやつが働いたんだ。根拠はない。だけど、それだけに充分な説得力があった。
悲しいけれど、辛くて辛くて堪らないけれど。俺はロサ・フェティダさんの未来の為に、この身を退けなくてはいけないんだ。
「………すみません、御方。俺の身体は、もう……」
「そう……そうだったんだね。これだけ頑張っても無理なら、もう諦めるしかないかな」
口元を拭い、外に取り出していた怒張を丁寧にパンツとズボンの中に戻してから、御方はしゃがみ込んでいた状態から一気に立ち上がり、ググッと伸びをした。
「はぁ、もう、自信無くすよ………でも、うん、これで踏ん切りが付いた。下手に相手になっていたら、一回だけ、なんて絶対に無理だからな。真司との交配は、それくらい中毒性があるだろうしね」
「………え?」
ズボンのチャックまでお世話になる訳にはいかないので、そこだけは自分が担当を死守すると、御方が聞き逃せない話を始めた。
「お前の全力を身体に叩き込まれたら、そんじょそこらの男や道具では絶対に満たされないと思う。ただでさえロサ・フェティダは処女だったし、もう、お前以外には身体を満足させてはあげられない筈だよ。俺の大事な子の身体をそんな風にしたんだから、ちゃんと責任をとってくれよな?」
「いや、その、……でも、御方とロサ・フェティダさんは、これから和解の道を選ばれるんですよね?だとしたら、もう俺の出番なんて……」
「馬鹿かお前、全然分かってないな。何とも思っていない奴の為に、あの子が肌を許すわけないだろう?そんな事が出来るくらいなら、慎也とか他の雄花かなんかに、さっさと食われてるよ」
俺の男の勘、まるで働いてませんでした……すみません、ロサ・フェティダさん。貴方が、憎からず俺を想ってくれているだなんて、ちっとも知りませんでした。だけど、待てよ。なら、俺にはまだ可能性が残されているという事になるのか?まさか、ひょっとしたら、ロサ・フェティダさんと、これから先も一緒に生きていけるかもしれない?
うわぁ、どうしよう。
走り回って、ガッツポーズして、貴方が好きだって、叫びたい。
きっと花園にいるだろう貴方に聞こえるくらいの、大きな声で、高らかに。
歓喜に震え、目尻に涙すら浮かべた俺を見て、御方は盛大に呆れ返っている様だったけれど。少しだけ穏やかに、全くしょうがないね、と笑って、それ以上は何も言わずに、俺の好きにさせてくれた。
「いいか、よく聞けよ?」
と、御方は、俺の歓喜の涙が落ち着きを見せ始めてから、ゆっくりと前置きをして、御方としての目から見たロサ・フェティダさんという人間を説明し始めた。
ロサ・フェティダさんは、その身体も心も全て、信仰に捧げてきた。自分の身体は御方の物であり、例えそれが髪の毛一本であったとしても、自分の自由にした事はない。蜂蜜色に髪の毛を染めているのも、全ては御方である自分の信仰を捧げた人間の意向が反映されていた。御方としては、気軽に言った一言を真に受けられてしまって罪悪感を抱いていた様だけれど、それくらいに、自分の意思という物を持って来なかった人間だったのだという。しかし、俺という存在が花園に入園してきてからというものの、その兆候にゆっくりと変化が現れてきた。それをいち早く察したのが、花園を管理している御方と九條さんだった。
俺の実技練習にロサ・フェティダさんを当ててみたのも、これまでと違った反応を見せ始めたロサ・フェティダさんの様子を探るためでもあった。御方からしてみても、最近のロサ・フェティダさんの変化には著しい興味を抱いていたので、その実技練習を見て判断を下そうと考えていたのだそうだ。
その判断とは何か。御方は、指を一本だけ立てると、それを口元へと持っていき、秘事を話す様にして、それを語った。
「ロサ・フェティダの変化によって判断したかったもの。それは、御方の世代交代……つまり、ロサ・フェティダを、御方の『次期後継者』にするかどうか、という話さ」
あまりに予想外の展開を見せて行く話に、俺はすっかりと置いていかれそうになっていたけれど。その話の中心人物がロサ・フェティダさんだという所に意識の焦点が定まって、何とか変な声を上げなくて済んだ。
「それは何故……?御方は、まだまだお若いじゃないですか、それなのに……」
「俺は、もう長くは生きられない。幼い頃から、心臓を患っていてね。主治医には、もってあと半年の命だと言われているんだ」
目の前にいる御方が、そんなに重い病に侵されているなんて露とも知らず。俺は、今度こそ、言葉を失ってしまった。どんな言葉を掛けても、慰めにはならない。あまつさえ、俺は御方の伸ばした手を振り払った身の上だ。そんな人間に、今更優しい言葉を掛けられても、迷惑なだけだろう。にも関わらず、俺はそのまま、震える声で奇跡を願ってしまった。
「なんとか、ならないんですか?」
目を閉じて、微かな微笑みを浮かべる御方に、とうとう、俺の悲しみは臨界点を突破した。涙が両目から溢れて、止めどなく頬を濡らして行く。御方は、そんな俺に近付いて、その頬を綺麗なハンカチで拭ってくれた。優しい手つきだった。こんなにも優しい人を、俺はずっと忌み嫌ってきたのかと、酷い罪悪感に苛まれる。そして、そんな人をずっと孤独の淵に立たせ続けてきたのは、この俺なんだ。申し訳なくて、俺はずっと、涙を拭ってくれる御方に向けて、すみません、と繰り返し謝罪をした。
あれだけ必死の形相で、俺に外に連れ出して欲しいと願ったり、一度でいいから抱いて欲しいなんて言い始めた時は面食らってしまったけれど。御方に残された時間が少ないのだとしたら、とても納得がいく。
御方は、残り僅かな時間を、俺と思い出をつくる時間として活用したかったんだ。それが最初から分かっていたら、俺の心は動いていたかもしれない。ロサ・フェティダさんに一方的に操を立ててはいるけれど、一度だけその自らに立てた誓いを破って、自分自身の身体はぴくりとも働かずとも、御方のその身に触れようと思えていたかもしれない。けれど、御方は、俺にそれを告げては来なかった。そしてそれを理由にして、俺に迫っても来なかった。
誠実な人だと思った。だからこそ、遣る瀬無い。
「残された半年の時間を使って、何とかして後継者を選ばなければならなかった。そこで目を向けたのが、傷付いた薔薇達の心を、癒し、励まし、救ってきた、ロサ・フェティダだった。あの子なら絶対に、立派に教祖を名乗る事が出来るはず。だけど、どうしても懸念される問題が、あの子にはあったんだ」
「それは………俺にも、分かります」
御方が、『次世代の御方』としてこれ以上のない資質をロサ・フェティダさんの中に見出していながら、その座をこれまで譲渡してこなかった理由、それは恐らく、ロサ・フェティダさんの、精神的な不安定にこそ、その理由があると見ていた。
「あの子は、自分自身が定めた絶対的な存在以上に完璧な人間などいない、と信じきり、その存在に導かれる世界の中でしか生きていけられない子だった。そんな子に、信仰の対象がいなくなった後の世界を考えさたり、あまつさえその後のことは頼んだよ、だなんて話が出来るはずもなかったんだ」
御方という絶対神が担う世界には、恒久的な栄華が約束されていると考えてきたロサ・フェティダさんにとって、その申告はあまりにも残酷だ。下手をしたら御方の後を追う可能性すらある。そんな精神的な不安定さを抱えている状態のロサ・フェティダさんには、例えその資質が優れていようとも、『御方』を名乗り、教会の未来を担っていく存在を任せる事は出来ない。どうしたものかと、御方は九條さんや蓮さんと一緒になって悩み続けた。しかし、そんな時に、その問題を全て片付けてくれるかもしれない存在が、彗星の如く現れたのだった。
「それが、お前だよ。お前は、あの子の世界を、その明るさと類い稀な自主性でもって、強引に広げていった。お前にとっては特別な事をした自覚はないのかも知れない。だけど、お前は、その生まれ持った資質と努力で、固まりきっていたロサ・フェティダの常識に風穴を開けたんだ。『好きな人が振り向いてくれないのなら、こっちを向かせるまで』というお前の強引さに魅せられたあの子は、これまでにない積極性を見せていった。あの子が自分の部屋にお前を招待したと聞いた時は、それはそれは驚いたものさ。全くのデートでしかない経験を、お前のその時の様子を、楽しそうに語っていたその姿は………まるで本当の恋に漸く巡り合ったばかりの、妙齢の女性の様だった」
ロサ・フェティダさんが、何処となく俺に対してだけは特別気にかけていてくれたのを、俺は肌の感覚で理解していた。話しかけてくれる単純な回数。様々な勉強に纏わる便宜。初デートでの自宅への誘い。そんな出来事を繰り返しているうちに、俺達は、俺達だけの歴史を積み重ねてきた。それが、次第に俺の中で恋から愛に変わって行くのに、時間は掛からなかった。俺という存在がある事で、ロサ・フェティダさんが本当の恋に巡り合ったというのであれば、俺にはそれを、愛へと進化させる責務がある。ロサ・フェティダさんが、俺の伸ばした手を取り、俺の胸の中に収まって、俺に愛を囁いてくれる様になるまで、俺は絶対に、あの人を諦めたりしない。
一度、御方にその座を譲りそうにはなったけれど、その辺りは、ちょっとだけ気が弱くなっていたのと、あの人の想いを最大限尊重したかったから、というまでの事。今ではもう、俺は絶対に、何があってもあの人と一緒に幸せになってみせると心に誓っていた。
「本当の恋が何かを知り、あの子は変わっていった。そして、その身体をお前に委ねた事により、その変化はより一層顕著になった。自覚はしていないけれど、これはあの子にとっては大きな前進だったんだ。そして、あの子を正式な次期後継者と認めて、教会の一部幹部達に通達した。そして、これから先、あの子の存在を影から支え続ける人間達を再び集める事にしたんだ………『薔薇の八大原種』に準えた字名を付けた、精鋭をね。ロサ・フェティダこそが次期後継者であると通達をしたのも、何を隠そう、この『薔薇の八大原種』のメンバー達なのさ」
その身体を俺に委ねてから、より一層変わっていったというロサ・フェティダさんの様子について、もっと深くまで知りたいと思ったけれど。それ以上に気になる『薔薇の八大原種』の精鋭、というキーワードに、俺の童心は簡単に擽られた。好奇心の赴くままに、御選ばれしその精鋭達について御方に質問してみる。これだけ話をされてしまえば、それはもう予定調和の中にある流れでしかなかった。
「その……『薔薇の八大原種』のメンバーとは、一体?」
「教祖を影から支える存在である『薔薇の八大原種』の精鋭達は、それまで世襲制にその人事を委ねていたんだ。けれど、現在の体制に移ってからは、その限りでは無くなった。時流によって人員はその都度アップデートされ続け、様々な代替わりを果たして、今のところ、漸く七人までその人員を確保するに至ったのだけど、その内の席の一つは、現状ロサ・フェティダが担っている。あの子が教祖となれば、その席は空白となるので、現状主力として集まっている次世代の『薔薇の八大原種』は、六名だ………ふふ、それが誰だか、お前に分かるかな?」
俺にその質問をしてきたという事は、俺には、その六人が誰なのか分かるだけの情報が手元に集められているという事にもなる。あっさりと答えを教えてくれればいいのに、と思いながらも、俺はその御方の出した質問の体を成した挑戦に乗ってみようと思った。
まず考え付くのが、御方の表面を担当している蓮さんだ。この人が、御方の腹心で無い筈もないし、次期後継者にとっての懐刀として今後も機能して行くと考えるのは当然だろう。ので、一名は確定だ。
その次に思い付いたのが、九條さんだ。九條さんがいなければ、御方肝煎りの花園はその運営に大きな不安を抱える事になる。また、御方と直接対峙するに辺り、最後の関門となったのも、この人だった。それを考慮すれば、間違いなく九條さんは『薔薇の八大原種』の一員だと考えられる。
次いで頭に思い浮かんだのが、この教会が有する広大な土地が跨いでいる国内有数の繁華街を牛耳り、信者の幅を次世代を担う若者の中にまで広げていっている人物。バーの経営者としての顔をも併せ持っている、真智さんだ。この人については、本人の口から自分の立場を明言していたので、迷う必要はない。確定、と。
次からは悩みどころだ。はっきり言って、他の人達に比べてみれば、与えられている権限が弱過ぎるからだ。とはいえ、いま頭に浮かんでいる人物は、教会内でその強権を振るう人物。だから、その立場は他の幹部から見ても保証されている様にも見受けられるけど……あの人、確か信者じゃ無かったんじゃ?いや、話を思い返してみれば、一応その辺りの明言は避けていた。それに、教会の内情にもやたらと詳しかったし、御方とも教師と教え子の関係から、相棒の様な存在へと変わっていったと言っていたから、きっとこの人も『薔薇の八大原種』の一員で間違いない筈だ。だから、教会の顧問弁護士である祐樹先生も、決定。
残り二人に関しては、希望的観測でしかない。とはいえ、御方の表面である蓮さんのボディーガードを常に務めてきた二人だし、蓮さんの話を直接聞いて口頭で説明するなんて妙技を日頃から成し遂げているのを見るに、可能性は大だ。だから、新庄さんと慎也さんも、候補者として挙げるべきだろう。
さて、これで六人が出揃った。これにロサ・フェティダさんが加われば、御方の言っていた様に、七人の人員が確保できる。俺は、前述した六人の名前を御方に告げた。すると御方は、満足気に頷き、『大義である』と鷹揚に頷いた。
「お前の言うその六人が、いまの『薔薇の八大原種』の一員だ。それにロサ・フェティダを入れた七名で、いま現在の薔薇の八大原種は出揃った事になる………つまり」
「………あと一名、空白の席がある、という事ですね?」
「その通りだ。理解が早くて助かる。いつもこの調子で励めよ」
御方モードで俺に語り掛けるカーディナル先輩には、まるで隙というものを感じなかった。ただ褒められたというだけで、俺の背筋は、しゃんと伸びた。
「さて、ここまで俺は、教会についてごく一部の人間しか知らない内情を深くまで掘り下げて話した………その理由を、お前はどう考える?」
再びの質問を投げかけてきた御方を前にして、決して問題の先送りには出来ないその話題に、腕を組んで考え込む。御方が、何故こんな話を俺にしてきたのかという、その理由を。こんな場所にまで俺を連れ込み、極めて秘匿性の高い話を、教会の中で最も権力のある人物の御方自らがする理由とは何か。そして、何故『薔薇の八大原種』の空白の一席をこれまで放置してきたのか。その席に座するに値する人間がこれまで見つからなかったのなら話は分かるけれど……ならば、こうして御方である自分の姿を俺の前に晒し、その話題をわざわざ口にしたその本当の理由は、何なのか。
まるで子供染みた『芝居』を打って、俺の内面を引き摺りだし、ロサ・フェティダさんへの愛の深さを試す様な真似をした理由。もしも、その全てが、御方による『謀』であるとするならば。
『そして、あの子を正式な次期後継者と認めて、教会の一部幹部達に通達した。そして、これから先、あの子の存在を影から支え続ける人間達を再び集める事にしたんだ………『薔薇の八大原種』に準えた字名を付けた、精鋭をね。ロサ・フェティダこそが次期後継者であると通達をしたのも、何を隠そう、この『薔薇の八大原種』のメンバー達なのさ』
全身に電流が走った様な気付きを得る。そして、次の瞬間には『まさか』という気持ちと『それしかない』という気持ちが胸の中で交錯した。俺は、御方という人間を分かっていた様で、全く分かっていなかったのかもしれない。蓮さんや九條さんの様な支配者階級にこれ以上なく相応しい人間達が、こぞって心酔している御方という人物を、俺はずっと、見誤り続けてきたんだ。そして俺は頭に閃いたその答えを、俺の勘違いであって欲しい……という気持ちで、恐る恐る口にした。
「もしかして、この俺をスカウトしているんですか?俺が、『薔薇の八大原種』のメンバーになる様に、と」
なんて、そんな話ある訳ないですよね……と自分の発言を否定しようとした時。俺は既に、御方にその肩をポンと叩かれていた。
「『ロサ・キネンシス』の席は、今のところ空席だ。お前の字名であるリリー・マルレーンと同じ赤薔薇で、原種薔薇のなかで唯一の四季咲きの性質を持ち、木立性樹形の親とされて親しまれている薔薇でもある。環境さえ整えば季節を選ばずに咲き乱れる事のできるその薔薇は……ロサ・フェティダをこよなく愛して、いついかなる時も、その愛を惜しみなくあの子に向けて振り撒いているお前にとって、ぴったりな薔薇だとは思わないかい?」
その、俺にとってあまりにも適した特徴を持つ薔薇のチョイスに、受け入れ難い現実を前に思考が停止していた現状も相まって、思わずその場で同意しそうになる。しかし、そのすんでの所で慌てて気を取り直し、ぶんぶん、と顔の前で手を降り、まさか、とそれを否定した。すると、御方は、俺の耳元で囁く様にして、俺を口説き落とす為に情け容赦ない説得を試み始めた。
「『薔薇の八大原種』に選ばれた人間は、いついかなる時も、アポイント無しに御方の元に馳せ参じる事が許されている。自分の気持ち一つで、愛する人間の周りにいつでも侍る事が可能だと言う寸法さ。そして、その職務はたった一つ。『御方の求める薔薇で在り続ける事』……それのみだ。つまりお前は、御方となったロサ・フェティダの周囲に、自分の意思一つで侍り続け、御方となったロサ・フェティダのその身体の火照りを冷ます為だけに存在する、唯一無二の『雄花』になれる可能性を秘めているという訳さ。もしもこのままロサ・フェティダが周囲の勧めのままに教祖を名乗り、次期御方となったら。ロサ・フェティダとお前は、その立場の違いから、このままで行けばどうあっても離れ離れになってしまう。ならば、ロサ・フェティダの懐に深く入り込んで、いつでも一緒に居られる愛妾となる道を選んでもいいのではないかな?」
あまりにも強烈な誘惑に、頭がくらくらとする。ずっとずっとロサ・フェティダさんの隣にいて、あの人が尊い立場に座する様になっても、いつまでも変わらずに、その身体を独占出来るかもしれない立場……そんなもの、喉から手が出るほど欲しいに決まっている。思わず、口内にどっと沸いた生唾を、ごくり、と盛大に飲み込む。あまりに甘美な誘いに、即断即決で頷いてしまいそうになった。
ロサ・フェティダさんがもしも本当に教祖を名乗り、その身を御方に変えるとなるのであれば、当然俺達の恋は、身分の違いから破局の道を辿るだろう。そんな未来を俺は望んでいないし、ロサ・フェティダさんも少しはそう思っていてくれるといいなと思う。実際に、ロサ・フェティダさんがどれだけ御方となる事に意欲を見せるかはまだ不透明だけど、もしもロサ・フェティダさん本人がそれだけの決意を固める様であれば、その身体を影から支え、癒したいと願ってしまう気持ちには、どうあっても歯止めが効かない。
とはいえ、ロサ・フェティダさんが、このまま御方の意思を継いで次期後継者となるとすれば、ロサ・フェティダさんは、文字通り、御方の意思に囚われ続ける生き方を選んでいくという事になってしまう。それでは、俺がこれまでロサ・フェティダさんの為に頑張ってきた意味がなくなってしまうのでは……そう考えた俺は、御方に向けて自分の考えを話していった。
「成る程、あの子が自分の意思で御方になる道を選んだとしても、そこに俺みたいな人間の思惑がある限り、あの子の本当の自由は保証されていないのではないか?という悩みを抱えているんだね。確かに道理は成り立つが……お前は本当に強欲な人間だな」
自分自身が強欲な一面を持っている事は、自分でも良く分かっていたけれど、面と向かって言われてしまうと、流石に言葉に詰まってしまう。
「いくら好きだからと言っても、人の人生に口出しが出来る権利なんて、血の繋がった親子兄弟にすらない。そんな事も分からないのかい?」
まさか、御方の口から混じり気のない正論が飛び出してくるとは思わず、しかし、貴方にそれを言う資格があるんだろうかと、どうしても思ってしまう気持ちはとどめておけなかった。
「貴方は、あの人に『こうあれ』と指示してきた。『薔薇の八大原種』の人達にだって、同じ様な接し方をしている雰囲気すらあります。そんな貴方に、そんな事を言われるのは……」
「ははは、お前は本当に信仰という物を理解していないな。お前みたいな人間ばかりなら、この世の中はもっといい世界になるかも知れない。しかし、自分よりも高次元にいる存在に見守られているという実感を得て、それを自信に繋げていく人間だっている。その信仰を傾けている人間にとって、神たる存在の言葉は、金言にも勝る導きだ。そんな人間の言葉一つで死という現実や人生に対する迷いが消えていくなら、それに越した事は無いだろう?」
これは、どこまで行っても、平行線を辿ってしまう話だ。宗教そのものの概念に立ち向かっているのだから、一筋縄では行かない事は分かっていたけれど。御方の意思をこの場で変えるのは、到底不可能に思えてならない。そして、そんな御方の思想の影響を多大に受けているロサ・フェティダさんの意思も、恐らく同様か、それ以上に難しいだろう。
悔しかった。ここまで来ても、やっと御方と対峙する機会を得ても、打つ手がないだなんて。自分自身の無力さに、打ち拉がれる。しかし、そんな俺を労る様にして、御方はこんな話を俺にしてきた。
それは、俺がずっと知りたかった、御方とロサ・フェティダさんとの間にあった、出会いと思い出に纏わる話だった。
教会に軟禁されて生活をしてきた御方の精神は限界を迎えつつあった。話し相手になってくれる祐樹先生の様な存在もいてくれたが、その訪問は不定期だったのもあり、心の拠り所にするには時間という制約が存在していた。俺の様な人間との交流の中で僅かな癒しを感じた時もあったが、そんな俺は小さなこの教会での出来事をきっかけにして完全に失われてしまった。司祭からの性的虐待も徐々にエスカレートしていき、信者からは無責任なまでに祀り上げられる一方。自暴自棄になった御方は、自分の人生を悲観して、自死の道を選ぼうとした。そんな時に現れたのが、御方と丁度同い年の少年だった、ロサ・フェティダさんだった。
ロサ・フェティダさんにも、友達は一人もいなかった。だから、一番の話し相手になってくれた御方に、ロサ・フェティダさんは、すっかりと懐いた。御方はそんなロサ・フェティダさんをとても大好きになって、こっそりと秘密の洗礼の儀を行ったりしたのだという。そして、御方としての立場が本当に巡ってきたその時は、自分の側に友達としていて欲しい、とロサ・フェティダさんにお願いをした。すると、ロサ・フェティダさんはとても喜んで、御方に着いていく事を約束したのだという。
「あの子は、司祭の虐待に立ち向かい、身代わりにまでなってくれた。髭面の教会司祭も、小さな頃から愛らしかったあの子の方に夢中になっていって……そして、もう、本当に最後まで手を出されてしまうかも知れない、という寸前になった頃、教祖が危篤の状態を迎えたんだ。そして、ロサ・フェティダという名前を冠していた、髭面の教会司祭をその座から引き摺り落として粛清の対象とし、あの子にその席を明け渡した。だから、あの子は『薔薇の八大原種』達の中で、最も古参でありながらあまり特筆した権能を有さないにも関わらず、『薔薇の八大原種』達からも一目も二目も置かれ、『御方随一にして無二の友人』として、その存在を不動の物としている。だから、本当の懐刀は、他の誰でも無い、あの子なんだよ」
御方とロサ・フェティダさんとの間にあった話を聞かされて、俺はより一層、あの人の笑顔の為に生きていきたいと思った。初めて出来た友達……いや、自分の好きな人の為に、自分自身のその身を尽くすロサ・フェティダさんは、何処までも健気で、美しかった。美談に仕立て上げるには、あまりにも残酷な現実がそれを拒んでしまうけれど。二人の強固な関係性は、その目に明らかだった。
「ロサ・フェティダさんが御方の次期後継者になるという判断が下された時も、『薔薇の八大原種』の方々の反発は無かったんですか?」
「あぁ、あの子を次代の御方に推すと話をした時も、何の反論も出なかったよ。みんな、ロサ・フェティダが御方となった暁には、変わらぬ忠誠を誓うと言ってくれた。しかし、それ以外の下の幹部達からのやっかみは激しくてね。あの子は下からの突き上げやプレッシャーに弱いから、その精神的支柱となってくれる存在を探していたんだ。丁度良くロサ・キネンシスの席は今のところ空白だったしね。そこに相応しい人間が現れるのを、『薔薇の八大原種』のみんなと一緒に、ずっと待ち続けていたんだ。そして、そこで現れたお前に、俺達は希望を見出したんだ」
ロサ・キネンシスを担う人材として俺を見出し、育み、鍛えてきてくれた、これまで出会ってきた主要人物の全員の顔が、脳裏にパッと、甦る。
………九條さん。
『このまま私の切り花になるか。それとも、新天地を求めて、ここで花開く道を選ぶか、決めなさい』
………新庄さん
『いや、君で合っている。というか、君を見て確信したよ。間違いなく、御方が探していた人物は、君であると』
………真智さん
『受験とか就職試験みたいなものだと思って頑張れよ。だから、こっちは心配するな。取り敢えず、ファイト!!』
………祐樹先生
『なら、俺にお前の事を話せ。自分を理解して欲しいなら、その意思を示せ。俺も俺の話をお前にする。まぁ、どうせ暇だしな……』
………蓮さん
『………あの子を、助けてやってくれ』
………そして、慎也さん
『……乗るよ。そして、お前のお手並みを拝見させて貰うとしようか』
「お前が、過去にどんな行動を起こしたのか……ロサ・ガリカとロサ・フェティダ以外の人間は、その詳細を知らなかった。だから、それ以外の幹部達の中では、目に見えない反発はどうしても抱えていたと思う。それでも、みんな文句を言わずに従ってくれた。そして、お前は見事に、みんなの信頼を勝ち取ったのさ」
御方のその意思を汲み、御方その為に存在している『薔薇の八大原種』のメンバー達。そんな、誰しもがそれぞれ、御方に対する深い忠誠心を抱えながら、その存在を深く傷付けた俺に対して、厳しくも温かく接してくれていた。その心中を思うだけで、俺は饒舌に尽くし難い感情を胸に抱いた。たった二ヶ月間での出来事ではあったけれど、俺は、俺という存在を育んでくれた人達に、深い感謝をした。
「つまり、俺は……これまでずっと、『薔薇の八大原種』の皆さんに、見守られてきたんですね」
「その通りさ。お前に付けたリリー・マルレーンという赤薔薇の字名も、いつか同じ赤薔薇であるロサ・キネンシス……『薔薇の八大原種』の一柱を担う存在になれればという思いから。これまで、お前は、俺達が用意した様々な試練を、あの子に向ける気持ち一つで乗り越えてきた。勿論、自力も凄まじいが、あの子に寄せる熱意を前にしたら、それも霞む勢いだと言わざる負えないよ……さて、どうやら時間が来てしまった様だね」
御方はそう言うと、この小さな教会の入り口に向けて視線を移した。すると、まるで図ったかというタイミングで、重厚な両開きの扉が、建物の内側に向けてゆっくりと開いていった。
差し込んできた秋の西日に、視界が眩む。そして、俺は目を細めながら、その西日をその背に浴びて立つ人物達を見て、驚愕した。
…………そこに立っていたのは。
「はは、この程度の出来事でこんなにも驚かれると、脅かし甲斐があるというものだね」
「よぉ、半日ぶりだな。ぴんぴんしてて安心したぜ」
「蓮さん、祐樹先生……」
「俺、この森何度往復したらいいのかなぁ……靴変えてくれば良かった」
「備えていない自分が悪い。それでは下に示しがつかないぞ?……やぁ、リリー。その分だと、俺達の話は聞いている様だな」
「慎也さん、新庄さん……」
「九條さん、ごめんなさいって。本当に、待たせてたつもりは無かったんですよ……」
「私に謝らなくて結構。しかし、他の誰でもない御方をお待たせしてしまった事は、いくら頭を下げられてもね……ははは」
「真智さん、九條さん……」
そこに居たのは、御方の手で集められた、懐刀達。選ばれし精鋭、『薔薇の八大原種』のメンバー達だった。
ロサ・フェティダさんを除いた全員が勢揃いした事で、その場の空気は格段に引き締まった。壮観、という言葉が似合うその人達の、支配者たる圧巻の風格に、首筋から前身にかけてびっしりと鳥肌が立つ。なんなんだ、この人達の持つカリスマ性は。一人一人だけでも存在感が凄まじいのに、それが六人揃えば、彼らの前に立っているだけで、精一杯だ。
「さて、真司が『薔薇の八大原種』になるかならないかは別として、だ。この辺りでまず、自己紹介と行こうか……という訳で、『ロサ・ギガンティア』、準備は出来ているな?」
「出来てますよ。全く、人使いが荒いんだよなぁ」
と、ぶちぶちと文句を言いながら、とはいえ恐らく雰囲気的に見て『薔薇の八大原種』の中でも下っ端属性のある慎也さんが、大きなポリタンクをどっこいしょ、と背負って此方に向かって歩き始めた。俺が状況に全く着いて行けず、何事かと思いながら慎也さんの行動をまじまじと見つめると、慎也さんはポリタンクの中に入っている液体を、教会の至る場所に向かってビシャビシャと掛け始めた。むわっと鼻につくその匂いで、俺はその液体がガソリンか灯油の様な液体であると推定した。
慎也さんは次から次へとポリタンクを教会の中に運び込み、液体を撒いては、空になったポリタンクを外に運び出して、を繰り返している。いつの間にか集まっていた黒服を着た男達もそれを手伝い、あれよあれよという間に、教会の入り口には空になったポリタンクが堆く積み重なり、小さな小山となっていった。
御方に促されて教会の外に出ると、御方は、せっせと動き回る慎也さんと黒服達を眺めていた俺に、本当にマイペースな雰囲気を保ちながら、『薔薇の八大原種』のメンバーの紹介を始めた。そして、ロサ・ギガンティアと呼ばれていた慎也さんを除いた他の五名を、恐らく古参である人物から順に説明していった。
濃紅色の薔薇の祖である、『ロサ・ガリカ』と呼ばれているのが、薔薇の花園の総元締めである、九條さんだ。九條さんは、御方と共に広く教会内に置ける人事を担当しており、その耳に入らない教会内の情報は無いと認知されている。年齢差はあれどロサ・フェティダさんとは殆ど同期なのだそうだ。御方が御方としての地位を確立する下地を形成するところからの知古の間柄であり、『薔薇の八大原種』の中で最も強い権能を有しているのだという。
豊かなダマスク香と返り咲きの親とされている『ロサ・ダマスケナ』の名を冠しているのが、御方の表面を担当し、御方の影武者として生きている蓮さんだ。元教祖の葬儀後、少しづつ教会が落ち着いてきた頃に、御方から、『一緒に働かないか?』という打診を受けたらしい。蓮さんは一も二も無く頷いて、御方に恭順する意思を示し、もう二度とその座を奪う様な真似はしないと誓って、進んで御方の肉の盾になる人生を選んだ。御方に騙されていたとしても構わないと開き直っているその姿や、御方の為にその命を差し出しても問題ないと言い張る所を見るに、『薔薇の八大原種』の中でも随一の信仰心を御方に捧げている人物とも言える。
『ロサ・ルキアエ』という、つる性園芸品種の親と言われている薔薇の名前を授けられたのが、御方の家庭教師として幼い頃から心の支えとなっていた、祐樹先生だ。先生は、当時のロサ・フェティダであった教会の司祭から家庭教師を辞めさせられてから、その悔しさをバネに猛勉強を果たして見事に弁護士資格を取得すると、国内最大手の弁護士事務所に在籍し、破竹の勢いでその名前を法曹界に轟かせた。そして、充分に自分に箔を付けてから独立開業を果たして、教会の顧問弁護士としてその強権を振るう様になった。御方の頭を悩ませる厄介事担当は基本的にこの人で、御方が日頃から最もお世話になっている人物の一人だ。基本的には『御方』として活動している蓮さんにくっ付いて行動しているらしいのだが、時折衝動的に本当の御方の元を訪れては御方の身の回りの世話を一手に引き受けて、気が済むと去って行く……という謎行動を起こすらしい。本当に謎だ。
ムスク香の親として、その強い香りが特徴的な『ロサ・モスカータ』の名前を拝命されたのが新庄さんだ。普段、蓮さんの身の回りの世話をしている執事長の様な役割を果たしているけれど、蓮さんの声を直接その耳で聞き、その言葉を信者に告げるという、蓮さんの窓口係を担当している。御方の意向によっては御方の声も届ける役割を担っていて、繊細な配慮が必要な仕事を、あっさりとこなしてしまうところが、人間離れしていると、信者達からは尊敬と畏怖を抱かれているのだそうだ。ちなみに、紹介はされなかったけれど、恐らくは蓮さんの愛妾としての面も持ち合わせている。主従カップルの関係性にはあまり興味を持てなかったけれど、夜の関係では下克上を果たしているらしい新庄さんには、今後の展開次第では、お話を伺う機会があるかもしれないなと思った。
房咲きする園芸品種の親である『ロサ・ムルティフロラ』は、一輪咲の多い他の原種と比べて、見る者を楽しませる様な沢山の花をつける薔薇だそうだ。その、見た目からして明るくて、イメージにぴったり合う薔薇の名前を付けられたのが、俺のバーテンダーとしての師匠でもある真智さんだった。真智さんは以前話してくれた様に、国内で随一を誇る繁華街をすっぽりとその手中に収めている人物であり、未来の教会の人材を育成・確保する為に、若者を中心として勧誘の手を伸ばしている。『この町の首領』を地でやっている真智さんは、主に政財界や有名芸能人達に顔が効く人物だ。真智さんの人柄や権力に憧れて入信する信者も多いそうで、時には御方以上の影響力を若者を中心として持ち合わせている。現在の若い信者達が、真智さんの顔利きで知り合った政財界の人間達に橋渡しを受けてその勢力を拡大して行けば、真智さんの教会に与える影響力は、今よりも更に飛躍していくだろう。一度でも敵に回したら、後で絶対に後悔するタイプが、この人だと思う。
大輪の花を咲かせる性質と剣弁咲き、さらにティー香の親としての顔を持つ、様々な要素が重なり合った『ロサ・ギガンティア』という薔薇の名前を授与されているのが、慎也さんだ。御方に先程も名前を呼ばれていて、その扱いはまるで雑用を押し付けられた下っ端みたいに思える。けれど、そんな慎也さんが持つ役割は、簡単には説明がつかないまでに、幅広い範囲に及んでいるという。慎也さんが個人的に抱えている私兵とも呼べる『黒服』達は、主に教会の雑多な仕事を片付ける、文字通りの雑用係的な位置を配されている様なのだけど……その説明が、どうにも怪しい。このおどろおどろしい場所にあって、夥しい量のガソリンか灯油か何かを運んできては、何やら工作めいた事をしている雰囲気を見るからに、教会の暗部で暗躍している人間達に思えてならないのだ。もしかして黒服達って、粛清の名の下に裏切った信者を『修行の旅』に出させる危ない集団なのでは。そして、見た印象からは決してそんなイメージは抱かせないけれど、その黒服達を手足の様に動かしている慎也さんを見るからに、この人って案外、一癖も二癖もある人物なんじゃないか……だなんて、疑いの眼差しを向けてしまった。
そんなこんなで、御方による『薔薇の八大原種』のメンバー説明は淡々と行われていった。そして、それが終わるのと丁度時を同じくして、慎也さんと黒服達による作業が終了した。これから先、この小さな教会にどんな未来が待ち受けているのか、流石の俺も分かっていて。だから、こんな森の奥深くにある場所で火遊び(そんな真似)なんてしたら大事になるんじゃ……とハラハラしてしまった。これから一体どうなるんだろうと思いながら固唾を飲んで成り行きを見守っていると、俺の隣に立っていた御方が、点火の時を今にも迎えそうになっている現場に視線を向けながら、自分の胸の内を語り始めた。
「………あの子には、この場所を見せたくなかったんだ。だから、あの子の手にこの場所が移される前に、証拠を隠滅しようと思ってね。この場所についての資料と一緒に、全てここで燃やし尽くしてしまおうと決めた。血で血を洗う人生を、あの子には歩んで欲しくないから」
次代の御方になるかもしれない、ロサ・フェティダさんへの親心にも似た感情を抱く御方には、自分や、教会が抱えてきたその罪ごと、自分自身を滅ぼそうという覚悟が見えた。死をリアルに実感している人間の、立つ鳥跡を濁さずの精神には、人として見習わなければならない面が多々あって。過去の行いを省みて、それでも前に進み、後進の人間の為に自分自身の仕事を全て片付けてから、表舞台のみならず裏舞台からも姿を消そうとしている御方に、俺は、掛ける言葉が見当たらなかった。
「点火ぁー」
何処か間の抜けた慎也さんの号令のもと、教会に火が放たれる。ごうっ、と一瞬にして建物の内部に火が回り、教会を中心として辺りが明るくなった。西日はすっかり落ち、日が暮れかけていた森の中に、圧倒的な熱源が出現する。周囲を見渡せば、いつの間にかポンプ車の様なものが運び込まれていた。そんなものいつの間に?この深い森をどうやって抜けてきたんだ?……という疑問はすぐに解決した。昔通っていた教会が、森から見て外にうっすらと見えたからだ。
いつの間にか、俺の知らない内に、車一台分くらいは問題なく通れる道が整備されていたらしい。道としては、木を引っこ抜いた先から簡単に慣らしてある程度の舗装しかされていないので、恐らく短期間のうちに工事は終了したのだろう。こんな場所に、よく道なんて通しましたね、と御方に話をしたら、将来的にこの森は、花園や庭園から見えない範囲までを教会が管理する墓地にする予定なのだと聞かされた。何というか、この場所に相応しいこれ以上ない使い道だと思えてしまって、嫌になる。何処までも計算尽くされたこの人の行動には、ただただ脱帽するばかりだった。
俺達は、花園から来た道ではなく、ポンプ車が余裕で通れた道を歩いて、昔通っていた教会の敷地内に出た。教会の敷地内に足を踏み入れると、その全く変わっていない景観に、様々な記憶が脳裏に蘇ってきた。
本当に、砂場と教会以外に、何も無い場所だ。こんな箱庭にずっと閉じ込められていた御方の気持ちを思うだけで、胸が苦しい。回顧する記憶の波に飲まれて、俺が砂場の前にぼんやりと立ち尽くしながら、後片付けの作業に追われている黒服達を眺めていると、御方の隣にいた新庄さんが、御方に耳打ちをしている姿が目に入った。なんだか、此方をチラッと見ている様な。気の所為かな、と思っていると、問題の御方が、俺に向けて『こっちに来い』というジェスチャーをした。
何だろう?と訝しみながら近づいて行くと、御方は、『会わせたい人がいるんだ』と俺に向かって悪戯っ子の様に笑った。その姿に、教会の人間を相手にして、かつて悪戯を仕掛けようとしては失敗していた少年の姿が重なって見えて。こんなにも思い出があったのに、これまで全く思い出して来なかった自分の頭の出来の悪さに、閉口した。
「なんですか?」
「いいから、ついてこいよ」
よく分からないままに、前を行く御方の後ろ姿について行く。すると、教会の大聖堂の中へと足を進めていった。訳も分からず、俺も御方に続いて大聖堂に進んでいくと、ずらりと並べられた長椅子の一つに、ぽつん、と一人だけ座っている女性の後ろ姿が見えた。
俺達が近付いても、全く物音に気が付いていないのか、祭壇に向かって必死に祈りを捧げている。しかし、その祈りを捧げるべき対象はその女性の真後ろにいるものだから、生きている人間を信仰する人間の気持ちは、やっぱり分からないな、と思った。こんな信仰心のカケラすら湧いてこない人間に、御方の言う『薔薇の八大原種』の一柱が務まるのかについては、甚だ疑問しかない。
その辺りについて、御方はどう考えているのか。確かに、ロサ・フェティダさんが尊い身となっても、いつでも会いに行ってその身に触れられる立場は、前にも言った様に、喉から手が出る程欲しい。だけど、それだけの利益を受けるなら、その利益に見合った仕事や責務を全うしなくてはならないだろう。美味しい話には裏があるのだ。だとしたら、御方は俺に、何を求めているんだ?
ロサ・フェティダさんに対する強い愛情と執着はあっても、信仰心までは有していない俺に、御方はどんな役割を与えるつもりなんだろう。しかし、その疑問は、またもや御方その人の口から発せられた言葉によって、解決の道に誘われたのだった。
「さて、お前には散々と、もしも『薔薇の八大原種』なれたならこんなにお得だよ、という情報を与えてきたが……ここまでは、単なる勧誘と同じだ。はっきり言って、これで食い付かれでもしたら興醒めもいい所だった。だから、お前が素直に頷かなかった点は、褒められるべき点だ。もしあの場で頷いていたら、お前に寄せる俺や『薔薇の八大原種』達の評価は地の底まで落ちていた。自分の利益のみを追求していった幹部達が私腹を肥やしてきた結果、元教会は堕落の一途を辿った。同じ轍を踏む様な可能性がある人間に、可愛いロサ・フェティダの側近である『薔薇の八大原種』は任せられないからね」
まだここまで来て、俺はこの人に試されていたのかと、肩を落とす。もはや、慣れの領域に近付いてはいるものの、こんな調子の御方に振り回されていたら、いずれこの身が悲鳴をあげるだろう。『薔薇の八大原種』の人達は、こんな御方に日頃から付き合い続けているという事になるわけだけど、一体どれだけ強靭な精神力をしているのだろうか。もし俺が『薔薇の八大原種』になったら、ちゃんとその利益や権利に見合った仕事をしながら、この人について行けるだろうか。
けれど、そうと考えついた瞬間に、そうだ、この人は、あと半年で……という気付きを得た。こんなに元気で、明るくて、そんな重病を抱えているとは思えないくらいに、エネルギーに満ち溢れているのに。
この人は、あるともしれないロサ・フェティダさんの襲名の儀まで生きていられるんだろうか。そして、自分の友にその後進を譲るその時を、この人は、自分の手で行えるのだろうか。そればかりは未来になってみないと分からないけれど。ロサ・フェティダさんがその身を尊い存在へと昇華するその傍らに、この人の笑顔がある事を祈らざるを得なかった。
「つまり、これからが本格的な勧誘の始まりだと、そう仰りたいんですね?」
「そうだ。そして、それこそが、これまであったお前の旅路の終わりとなる……よくぞ、ここまで来れたものだよ。ふふ、お前を見込んだ甲斐はあったな」
「……御方は、俺が昔自分を裏切った人物だと分かっていながら、俺を薔薇に任命して、こうして勧誘までしてきましたよね。何故、過去に酷い仕打ちをした俺に、ここまでの気遣いを向けてくれたんですか?」
満足気に笑う御方に向けて、ずっと疑問に思っていたその話をすると、御方は祭壇に向かって視線を向けながら、自重する様にして、笑った。
「………自慢したかったから」
「…………自慢?」
言われた事の意味が、分からなくて。そのまま尋ね返す。
「お前に自慢したかったんだよ、『どう?俺って、凄いだろ?』ってね。色んな権力を使って、お前を振り回してきたけど……本当の気持ちは昔と全く変わっていない。お前に尊敬して欲しかった。そして……」
こちらを振り返った、その笑顔に、俺は目を奪われた。
「好きになって、欲しかったんだ」
純粋な、ただ、ただ純粋なそれに。俺は、どんな気持ちになればいいのか分からなくなって。何と言ってあげたらいいのか、分からなくなって。今まで、色んな策略の限りを尽くしてきた人の、その心の中にある、たった一つの願いに、俺の胸は強く打たれた。
「お前だからこそ、大好きなロサ・フェティダを任せてもいいと思えた。お前やあの子を見ていると嫉妬したし、辛い時もあったけれど……でも、それ以上に、嬉しかったんだ。だから、どうあっても、俺の命が尽きる前に、あの子にお前を委ねたかった。駆け足ではあったが、お前がこんなに成長してくれた事を、俺は……『友達』として、誇らしく思うよ」
「お兄ちゃん………」
最後の最後になって、貴方は。
こんな俺を、『友達』と呼んでくれるんですか?
こんなにも人の手を借りないと、一丁前に自分の人生すら歩けない、情け無いばかりの俺を。
本当は、誰よりも優しいだろう、貴方が。大切な物を、大切に扱うのに、長けた貴方が。
胸を張って言います。いまだから、言えます。
貴方は、俺にとって、『最高の友達』だった。
「ロサ・フェティダを、あの子を、これからも側で支えてあげて欲しい。それが………俺の願いだよ」
そう言って、御方……お兄ちゃんは、俺にスッと道を譲った。その道の果てに、さっきまで祭壇に向けて、必死の祈りを捧げていた女性が、枯れ枝の様な相貌で、ぽつん、と佇んでいた。そして、その女性の正体に気が付いた時、稲妻に打たれた様な衝撃が全身に走ったんだ。
「…………母さん」
何処かで見た事がある様な景色の中を、御方に続いて歩いていく。心の中は『やってみせるぞ』という強い意気込みに溢れていたけれど、御方が深い森の中に分け行って行けば行くほど不安に駆られて。圧倒的なまでに神々しく、誰もを萎縮させる威圧感を放つオーラを放つ、それでいて尚、俺よりも一回り小さなその人の背中に声を掛けた。
「あの、……何処まで歩いて行くんですか?」
「着いてくれば分かると話した筈だ。お前は馬鹿なのか?俺の正体を追求していった時の勢いはどうした」
「…….大変申し訳ありません」
言われましたとも、確かに。だけど、陽の光が当たらなくなるくらい深い森に入って行かれたら、誰だって不安になるでしょうに……と言えたら何の苦労もしない。言われっ放しは悲しいけれど、他にどうする事も出来ずに、とぼとぼと後をついて行った。この人、俺に興味というか、強い執着があるはずなんだけど、今のところ、その片鱗すら見せてこない。蓮さんに引き続き、謎の人物だ。というか、ここ最近の俺を取り囲む人間達は、基本的に謎に包まれてばかりいる。真智さんですらあんな過去や現在の顔を持っていたんだ。これでいて、割とお世話になっていたカーディナル先輩が巨大宗教法人の親玉だっただなんて、危うく人間不信になりそうだ。
俺が物思いに耽っていると、森の中に、見た事がある様な建物が突如として現れた。現れたという表現は、自分達がこの場に来た存在なのだから、正しくはないのだけど。そうとしか表現出来ない様な唐突さでもってその建物が目の前に立ち塞がったので、俺は呆気に取られて、ぽかんと口を開いたまま、その建物を上から下へと眺めた。そして、あ、と小さな気付きを得ると、その小さな気付きは、みるみると俺の胸の中に広がっていった。
「カーディ……あの、御方、これ、この場所って、もしかして……」
「漸く分かったか。気が付くのが遅いぞ?まぁ、いい……中に入ろう」
御方に促されて、俺は御方の後に続いてその建物の中に入った。そして、そこに広がる光景を見て、俺は思わず、自分の口を掌で覆った。過去の記憶と寸分違わずに、全ての物の配置が変わっていない。しかし、そこかしこの床や壁、祭壇に向けて並べられた長椅子や、その祭壇そのものに至るまでもが、大量の墨でも撒いたかのように、真っ黒に染色されていた。しかし、そこに漂う、死の気配を濃厚に纏った空気は、その建物を染色した液体が須く『同じ液体』である事を俺に告げていた。
「御方……ここは、あの?」
「同じ場所だとも。お前が、あの日『招待』された場所と、同じな」
そう、その場所は、間違いなく。俺が幼い頃に御方に招待を受けた、あの小さな教会だった。薔薇の花園がある場所の、ほんの目と鼻の先に、深い森を通じてこの教会があっただなんて。考えてみれば、確かに、花園がある場所は、俺が母親と共に通っていた教会からほど近い場所にあった。間に深い森があったので地図を上から見れば近く感じるけれど、それは直線距離で繋いだだけの話であって、実際に必要な移動距離に換算すると、大人の足でもそれなりに掛かる。だから俺も、古くからあるトラウマに悩まされる事なく花園で生活してこれたのだけど。蓋を開けてみれば、なんてことはない。とんでもなく広大な土地を教会が有していた、という事実が目の前に転がっていたのだ。
「一体、この場所で何があったんですか?」
俺は、腹の底から迫り上がってくる恐怖に耐えながら、頭にこびり付いてしまった疑問を口にした。しかし、誰しもがこの場所に連れて来られれば抱く当然の疑問だとは言え、それを口にするのとしないのでは、精神面に雲泥の差がある。この場合、俺はこの場所の物言わぬ歴史と空気に、完全に負けてしまっていた。恐怖を理由として負けてしまった人間の取る行動の一つとして、状況を把握したいという気持ち、つまり、未来の自分に襲い来るかもしれない現実を今の内に知っておきたい、という気持ちが頭を擡げる場合がある。今の俺の状況はそれに完全に当て嵌まっていて。まるで死刑執行の予定日が知らされたばかりの死刑囚の様な心境でもって、御方の口から話される真実を知ろうとした。
「その昔、粛清の対象に選ばれた信者達は、ここに集められ、最後の時を迎えた。教義の中では修行の旅に出た事になっているがな……御方としてのその地位を盤石な物とするまで……この場所はずっと、血の味を覚えていたんだ。気が付いた時には、大量の屍が築き上げられていた。今ではもう閉鎖されているが、俺は時たまここを訪れて、鎮魂の為に祈りを捧げている。花園をこの場所の近くに新設したのも、そんな都合からだよ」
漸く懺悔が叶った旅人の様な瞳で祭壇に視線を移す御方は、とても疲れた様な口調で、自らの過去を語り始めた。
「最初から、おかしいと感じていた。あまりにも自分にとって都合良く話が進んでいくし、昔俺を酷い目に遭わせて来た人間達は、悉くその姿を眩ましていくから。だけど、考えてみれば知れた事。御方としてのその権能を持って口にした『邪魔だ』という台詞は、神の子を祀り上げている人間に取って、存在の消滅そのものを意味していたんだ。その内、狂信者ばかりが集る様になり、御方としての行動を抑止しようとする人間は、いなくなってしまった……だから、そんな人間には、教祖を名乗る資格なんて、本当はないんだ」
突然始まった御方の懺悔を、俺はただ黙って見守るしかなかった。何の為に御方は、この場所に俺を連れて来たのか。そもそも、何故俺に何の見返りもなくその正体を現したのだろうか。それに何より、どうしてこんな話を俺にしてくるのか分からなくて、困惑する。すると、御方が自分の立場を明確に表現していく事で、困惑しきっている俺を、パッと振り返った。そして、振り返った御方のその顔を見た俺は、その目をギョッと見開いたんだ。
「お願いだ、真司……俺を、俺をここから、連れ出してくれ……ッ」
「………お兄ちゃん」
「いまは、俺の最後の願いを聞いてくれたロサ・ガリカのおかげで、完璧に人払いが出来てる。だから、チャンスは今だけなんだッ……だから、頼む!」
その、泣き噦る姿を。教祖としての『仮面』を脱ぎ捨て、本当の自分というものを曝け出した御方を見て、俺は自然に、御方の事を『お兄ちゃん』と呼ぶ様になっていた。
『仮面』……そう、それは、御方と俺との間の記憶と、切っても切り離せない最重要アイテムだった。そして、そのアイテムこそ、俺が御方の顔をどうしても思い出せなかった理由に直結している。
御方は、お兄ちゃんは、俺の前にその姿を現した時、いつも同じ仮面を被っていた。真っ白で、何の装飾もされていない、のっぺらぼうの様な、つるりとした仮面をいつも付けていて。はっきり言うと、異様な見た目をしていたんだ。子供だったから、あまり先入観を抱かずに、『そんな子なんだろう』と考えて付き合っていたけれど、大人であれば普通はその見た目を不気味がって近付いたりはしない。御方であるお兄ちゃんの御身を預かる教会の人間としては、例え信者であっても、御方に近付かれるのに、あまりいい感情は抱かないだろうから、そんな目に見えるバリアとして仮面がその効力を発揮していたとしても、なんら不思議では無かった。
俺がこの、いまでは呪われた場所として扱われるようになってしまった教会を訪れた際に着用したのが、まさにその真っ白な仮面だった。お兄ちゃんは教会の集会に参列する人間にとっての目印であり、一眼見ただけでその立場が保証される通行手形でもあるそれを俺に渡し、自らが神の子と崇められている姿を俺に見せて、自慢したり、褒めて欲しかったのかもしれない。俺が、あんな約束をしてしまった所為で、お兄ちゃんは俺を『特別扱い』しようとしてくれたんだ。
あんな、幼い頃の俺の思い付きを、本当に喜んで受け入れて。
そしていま、お兄ちゃんはまた俺に、その手を取って、この場所から連れ出して欲しいと願ってきた。そんな俺に、どうしてこの手が振り解けるだろう。俺は、だから、縋り付いて泣き叫ぶお兄ちゃんを見て、どうしたらいいか分からなくなってしまった。
巨大信仰宗教の教祖であり、御方としてあらゆる業界のVIP達の意思をその名の下に文字通り牛耳って来た人間……しかして、その内面には、こんなにも脆く儚い、それでいて何処までも人間味に溢れた姿を、ずっと抱え込んできたのだ。幼い頃から、狂信的な信者にその身を囲われ、何も分からないままに祀り上げられ、子供染みた言動を真に受けた人間達に、大量の屍を築かれて。そして、その大いなる責任と重圧とに押し潰されそうになりながらも、亡霊達のその怨念が、逃げ道を塞ぐ。
『コノ セカイヲ ミチビケ』………と。
「これまで、本当に苦労を掛けたな。ずっとずっと、必要以上に沢山追い詰めて。だけど、こうでもしないと、この場所からはどうあっても抜け出せなかった。同じ様に傷付いてきた人達のいる花園に隠れながら、みんなに守られて、そんな風にビクビク怯えて過ごして……でも、そんな自分が、本当は嫌で嫌で、堪らなかった……」
魂からの告白に、俺の胸は震えた。死者の魂が未だに渦巻いている様な場所にあって、すっかり強張っていた身体も、お兄ちゃんの涙ながらの告白を聞いているうちに、この場所を訪れる以前の状態くらいまでには、元の調子を戻しつつあった。
「お前が、真司の存在だけが心の支えだった。真司がいつか、この場所から連れ出してくれるって、信じて、それだけを頼りに生きて来たんだ……本当に、大好きだった。お前は、初恋の人だったから」
お兄ちゃんは、その身体に隠し持っていた俺への激情を、惜しみなく俺に伝えてきた。瞳を潤ませ、俺のその背中に腕を回して、俺の身体に小さなその身体で、ぎゅっとしがみついてきた。近くで見るお兄ちゃんの顔は、とても愛らしい顔立ちをしているから、俺は少しだけ、どきっ、としたけれど、次の瞬間にはロサ・フェティダさんの顔がフッと頭を過って。僅かばかりに身体に籠りそうになった熱も、途端に、すう、と冷めていった。
「お兄ちゃん、気持ちは、凄く嬉しいです。こんな俺を好きになってくれて、ありがとうございます。だけど、俺には、心に決めた人がいて……だから、貴方を救いたい気持ちは勿論ありますが、例え、貴方をここから連れ出しても、俺は貴方の気持ちには応えられそうにはないんです。そんな悲しみを、貴方に与える事は、出来ません……あの時の約束を、もう一度破ってしまって、ごめんなさい」
「真司………」
涙が一筋、お兄ちゃんの頬を伝っている。その泣き方すらも不器用に見えて、俺は胸が苦しくなった。こんな風に上手く泣くことも出来なかった、お兄ちゃんの人生を思うだけで、俺はとても深い罪悪感を抱える事になった。そして、そんな人生を歩ませてしまった俺の過去の行いに対する後悔は、今後の俺の長い人生のうち、最も深い楔を俺の心に打ち込むのだった。
「………分かってた。お前が、ロサ・フェティダの事を、どれだけ大切に思っているか。ずっと近くで見てきたからな」
やはり、この人には見抜かれていたか、と思わず苦笑する。まぁ、周囲にはばればれだったのは自分でも分かっていたから、そこまでの羞恥心は無かった。とはいえ、相手は、俺の事をずっと好きでいてくれた人物でもあるわけで。そんな人物を好きなのが、俺の好きな相手で……上手くいかない人間関係の矢印を見て、人生は本当にままならないな、とつくづく思った。
「お兄ちゃん、いい機会だから尋ねますが……貴方は、ロサ・フェティダさんの自分に対する気持ちに、気付いていましたよね?なのに、どうして一度も、あの人の気持ちに応えてあげなかったんですか?」
一度でも触れてあげれば、もしかしたら、あの人は、あそこまで自分自身を追い詰める様な人にはならなかったかもしれない。確かに、性に対する自認の、そんな自分の中にある矢印に正直に生きたい、という気持ちは分かる。だけど、その一瞬の触れ合いを、自分の人生すら捧げてしまうほど熱望している人間を自らの傍に置き、自分の為に身を粉にしている姿を見ても何も思わないというのなら、俺はそれは断じて間違っている、と告げようとした。すると、お兄ちゃんは唇をひよこの様に尖らせて、そっぽを向いた。
「……それは……あの子が、俺より可愛いから」
「…………………は?」
俺の人生で最大級の、渾身の『は?』を繰り出すと、お兄ちゃんはブスッとむくれ様な表情を浮かべたまま、ボソボソと聞き取りづらい声で、どうしてロサ・フェティダさんのその身に『慈悲』を向けて来なかったのか、その理由を説明し始めた。
「あの子は、俺が気に入ったな、と思う雄花を、全部持って行っていってしまう様な子だった。それでいて『この身は御方の物だから』と意固地になって……慎也なんて、俺だって狙ってたのに、キスしか許して無いと話していた。はっきり言って、面白くなかったんだ。だから、態と手を出さなかったんだよ。『どうしたら俺は御方に愛されますか?』と聞いてきて落ち込んでいるのを見ると、本当に胸がスッとしたよ。今ではいい玩具だと思ってるし、だから側に置いても大して気に留めなくなったけどな」
なんだよ。
『じゃあ、分かりやすい話をしよう。僕のこの心は全て、御方の物。御方以外の愛を、僕は必要としていない。僕は、御方の為に生き、御方の為に死ぬ。御方が花園を大切に思うなら、それを守る事こそが、僕の至上の喜び。花園の調和を乱すというのなら、君は僕にとって邪魔な存在になる。僕は御方の為だけに咲く事を決め、この花園に送り込まれた者。新庄さんが連れてきた慎也は、僕の同僚だよ。これで分かっただろう?……君が好きになったロサ・フェティダという薔薇は、あの花園にも、この世のどこにも存在しない。だから、『幻の花』を求めるのは、もう辞めなさい』
なんだよ、それ。
『ごめんなさい、ごめん、なさい……許して。僕は貴方のものだから、だから、これは、違うの。お願いだから、僕を見て、僕を……』
自分より可愛いから?
だから、手を出さなかった?
つまり、何、嫉妬?
そんな、子供っぽい理由で?
玩具?
………誰が?
てめぇ、いまなんつった?
「こんなロマンチックじゃない場所だから、格好は付かないんだけどさ、あの子は辞めて、俺にしないか?俺はこれでも『交配』した相手からの受けは凄く良いんだ。真司の交配は、俺もロサ・ガリカと一緒に見たよ……ゾクゾクした。近年稀に見る、最高の交配だ。他に見た事がないくらいのな。自分が経験すると考えただけで、勝手に身体が反応したよ。あんな体験は、初めてだった。お前さえ良ければ、このままここを抜け出して、一晩だけでも一緒にいないか?そうしたら、お前だって気が変わるかも……」
「………お前は、餓鬼だ」
ずっと、本当は、御方に会ってからずっと、いや、その以前からずっとずっと胸に抱いていた台詞を口にする。断られると思っていなかった訳ではないのだろうが、流石にこんな暴言を吐かれるとは考えていなかったようだ。『なっ……』と驚愕を露わにするお兄ちゃん……もういい、御方に、俺は冷たい一瞥を向けた。
「もう一度言う。お前は、俺がこれまで見てきたどんな人間よりも、餓鬼だ」
「…………」
言葉を無くすという表現が、見事に当て嵌まる反応を見せる御方に、俺は自分自身の感情を露わにして、続け様に畳み掛けていった。
「自分が気に入ったからといって砂場を独占し、元から遊んでいた子供を追いやって、自分だけの砂の城を作っては、誰も褒めてくれないと拗ねている。お前があの紅茶畑でやってきた事は、それと同じ事だ」
「な、……お前、この俺に向かって……どういうつもりだ?」
「どういうつもりも、何でもない。ただ、事実を伝えているだけだ。納得がいかないなら、何度でも言ってやる。お前は、餓鬼だ。自分自身の罪から逃げ、何かあっても自分自身の所為ではないと駄々を捏ねて、あまつさえ、自分を誰よりも大切に想ってくれている人間に嫉妬して、気に入らないからと冷たく当たる………これの何処が、大人のやる事だ」
大体に置いて、俺はずっと、周囲の人間に丸め込まれながらも、それでも同じ感情を持ち続けてきた。その感情は、これまで出逢ってきた人達との対話や交流を交わしていく中で、少しずつ角が取れ、俺の手元にあっても何とか扱える程度にはなり始めていた。にも関わらず、その感情を俺の中に発生させた人物が突然現れて、扱いやすくなっていたその感情を激しく突き回してきた。そんな事をされては、もはやこの感情を爆発させるしか無くなってしまう。
この結果が、どんな結末を迎えても、構わない。例え、この命がここで潰えたとしても、深い後悔はない。
だから、俺はその感情、『憤怒』を爆発させた。
「悪い事をした事は謝る。だけど俺は、絶対にお前の思い通りになんてならない。自分のした事に対して、きちんとした詫びすらせずに、相手の大切にしている物を傷付けたり馬鹿にしたり……教祖がなんだ。御方がどうした。人に悪い事したら、先ずは『ごめんなさい』だろうが……ッッ!!」
小さな教会に、俺の怒号がビリビリと反響する。その声は、まるでその場所に漂っていた浮かばれない魂達の声をも代弁していたかの様で、その教会の内部の見た目は全く変わっていないのに、そこにあった怨念の様な感情が残らず霧散していったような、不思議な静寂に包まれていた。
秋の訪れと共に日が落ちる時間は早くなる。その西日が天窓から教会内に差し込んで、祭壇を明るく照らし出していた。そこに立って、信者である人間達から、盛大に祀り上げられていた少年は、その心が成熟する時を迎えないままに、大人になってしまった。あの時、あの少年の手を取って教会の外に走り出して、自分が思い付く限りの面白い場所を渡り歩き、最後に教会の人間から二人して大目玉を食らっていたら、そして悪戯がバレて恥ずかしい気持ちを紛らわす為にお互いにこっそりと笑い合ったなら……こんな未来は訪れはしなかったんだろうか。
分からない。何も分からないけれど、でも俺はもう。もう、この場所には、居たくない。
「これだけ話しても響いた様子がないなら、俺にはもう、話す事はありません。だからこれ以上は、俺に構わないで下さい」
御方に背中を向け、さっさとその場を離れようとする。こんな場所、もう一秒だっていたくない。だから、踏み出す足にも力強さが漲っていたのだけれど。そんな怒りや悲しみや後悔の念を背負った俺の背中に、『待ってくれ!!』と叫び声にも似た声が掛けられた。次いで、背中に軽い衝撃が走る。後ろから抱きつかれたんだと分かった俺は、深い溜息を吐いた。
「………離して下さい」
「いやだ………こんな風にして、また置いて行くなんて、許さない」
完全に、駄々っ子だ。子供っぽいを通り過ぎて、本当に子供。こんな人が、普段は悪の権化みたいな顔とオーラで、世界中のトップクラスの人間達を相手にして、尚且つそれを圧倒しているのだというのだから、二面性があるにも程がある。だけど、その声には、さっきまであった若干の芝居がかった調子は全く感じられなくて。だからこその、本心からの言葉なんだと素直に思えた。
「どうして、あの子なんだ。どうして、俺じゃ駄目なんだ。ずっと、出会った時から好きだった。初めて、心から好きになれた人だったんだ。だから……俺を見てくれよ」
「御方………」
「何でもする。俺に出来る事なら……何が欲しい?いまの俺には、なんでも出来てしまうんだ。だから、だからお願い、俺の側にいてくれ」
「貴方に、俺が欲しい物は、残念ながら用意出来ません。けれど、一つだけお願いがあります。それを叶えてくれるなら、俺はどうなっても良い」
「ほ、本当か?」
背中を向けていた体勢をクルッと反転させてから、子供の様に純粋な、きらきらとした輝きを放つ御方の瞳を真っ直ぐに見つめ、俺は、この時の為にこの人の所までやって来た、という感情を必死で押し殺して、渋々と言った風に、それを口にした。
……この場所をこのまま離れようとしたのは、ブラフだった。俺は、本当はこの時をずっと待っていたのだから。人生最大にして最後の掛け。こちらが掛けているのは、文字通り、自分自身の残りの人生、その『全て』だった。
「ロサ・フェティダさんを、解放してあげて下さい。あの人は、貴方を完全無欠な超人だと思って、必要以上の信仰を傾けている。そんなあの人の目を覚ます為に、自分もただの人なんだと説明し、過去の行いを謝罪して、これからも良き友であって欲しいと、言ってあげて下さい。そして……キスだけでも良い。親愛からくるそれだけでも良い。あの人に、触れてあげて下さい。それが、きっとあの人が救われる、ただ一つの道なんです」
この願いが御方に聞き届けられるなら、俺はもう、この世に未練などない。あの人が、ロサ・フェティダさんが、その人生を自分なりに幸福に生きて行ってくれるなら、俺はそれだけで充分だ。例え自分が、御方にとって恋人やペットの様に扱われる様になっても、耐えるでもなく、その立場を受け入れる。そして、ロサ・フェティダさんと肌を交わしたあの記憶だけを頼りに自分を奮い立たせて、御方の欲求が満たされるまで、その仕事をやり遂げてみせる。
愛してる、ロサ・フェティダ。
貴方に出逢えて、良かった。
「………お前は、どこまで行っても、そのままなんだね。それじゃあ、俺はいつまでもあの子には敵わないじゃないか」
御方の言葉の中に、俺やロサ・フェティダさんを批判する棘は感じられなかった。自嘲する様な笑みを浮かべて、かつて血溜まりだったと思わしき場所に、力無く立ち尽くしている。
「俺が、心の内を少しでもと思って話せたのは、ロサ・ガリカと、ロサ・フェティダだけだった。だから、俺にとってロサ・フェティダは、本当の友達なんだ。だから、友達同士の関係を壊したくなくて……あの子には、辛い目に遭わせてるのを分かりながら、何もしてあげられなかった」
ロサ・フェティダさんの事を玩具だなんて揶揄していたけれど、それはこの人が俺に向けて強い恋慕の感情を抱いていたからに過ぎないのだろう。嫉妬していた気持ちがあったのは間違いないのだろうけれど、それだけを理由にして、本当はこの世界中にいる誰よりも聡い人かもしれないこの人が、あんな暴論を展開する筈もないのだから。それに、もしかしたら、この人なりに俺の出方を待っていたのかもしれないし。その辺りの真相はもう知る由もないけれど、つまり、総合的に見ても、御方は本心からあんな馬鹿げた話をしていた訳ではない、という結論に至るのだ。
ロサ・フェティダさんに寄せる本当の気持ちを吐露した御方は、照れ臭そうに頬を掻いてから、俺に向けて、ぺこり、と頭を下げてきた。その直角90度の綺麗なお辞儀を見て、俺は少しだけ挙動不審になった。なんと言っても相手はあの御方。そんな人物に頭を下げられるなんて、誰が想定出来るだろう。
「申し訳なかった。俺は、お前にとても酷いことをした。謝って許される事じゃないのは分かる。けれど、いまはこれで勘弁して欲しい。それに、これからは、もっとあの子とも向き合って、これまで以上の信頼関係を結んで行きたいと思ってる。だから、お前の願いは、決して願いなんかにはしないよ」
正直に言って。率直に言って。俺は、御方を、それはそれは、見直した。子供だと怒鳴ったり、その他にも色んな失礼な話をしてしまったけれど、この人は、悪い事をしたと分かれば、きちんと『ごめんなさい』が出来る人だったのだ。もしかしたら、俺に促されたからこその発言だったのかもしれないけれど、だとしたら何だと言うのか。失敗を指摘され、尚且つ恫喝されても、拗ねて臍を曲げ、自分自身の権能を使って俺を強制的に黙らせるという行動には出なかった。だから、俺はそんな御方を、ふっ、と穏やかに笑ってから、顔を上げる様に促したんだ。やっぱり、この人は、俺になんて絶対に計り知れない人なんだな、と思いながら。
「俺も言い過ぎてしまった面も多いですから。だから、顔を上げて下さい」
「もう、怒ってはいないのか?」
「はい。怖がらせてしまって、すみませんでした」
「ふふ、そうか……なら最後に、俺からも一つお願いがあるんだが」
「何ですか?俺に出来る事なら……」
「俺を、いまここで、抱いてくれ」
その、今まで築き上げてきた、いや、再構築していた空気や話の流れを、根底からぶち壊す様な話をされて、仰天する。真剣な眼差しに、御方はその願いを只管に込めていて、俺はその願いに寄せる御方の本気をそこに見て、思わず狼狽えてしまった。
「ここを出れば、俺はまた御方の仮面を被らなくちゃ行けなくなる。だから、一度だけで良いんだ。真司との思い出があれば、俺は……」
「ま、待って下さい、御方……お兄ちゃんッ」
「そこの長椅子にズボンを脱いで座ってくれ。そうしたら、あとは全部俺がやる」
これは、梃子でも動きそうにない。背筋に、つぅ、と冷たい汗が流れて行く。どうしたら、この場を回避出来るのか、頭を働かせて色々と考えを巡らせるけれど、どうあってもその解答が導き出せず、俺は悄然とその場に立ち尽くした。
「仕方ない奴だな。なら、立ったままでいてもいい。俺が、絶対にその気にさせてみせるから」
言うが早いか、御方はパッと俺の視界から消えた。そして、気が付いた時には、御方は既に俺のズボンのチャックに手を掛けて引き下げ、社会の窓から見えているボクサーパンツの中に手を入れて、そこを弄っていた。
「いや、ちょ……ッッ、ま、待って下さい、御方!!」
「あぁ、本当に大きいな……絶対に口に収まりきらない。これで全く勃ってもいないだなんて、嘘みたいだ」
俺の静止を振り切ってボクサーパンツの中に手を入れ、下生えを通り越してから、なんの兆しも見せていない怒張をずるりと外へと取り出す。すると、飛行機での移動と陸路での移動を長時間掛けて行い、その間一度も清潔にするタイミングが無かった怒張はしっかりと蒸れていて、独特の臭気をそこから放っていた。
「き、汚いですし、だから、もう辞めて……」
「こんなもの、俺にとってはご馳走さ。だから、飛行機に乗っていて碌に自分の身体の相手をしてやれなかった分まで、いっぱい飲ませてくれよ」
目をハート型にしているかの様な、完全なる雌の表情をした御方が、下品な台詞を言った次の瞬間、俺の怒張の先端部にむしゃぶりついた。
その尊いとされる身の上で、過去に一瞬だけ人生が交錯したというだけの存在でしかない俺に、こうまでして必死になって迫ってくるだなんて。それだけの想いを俺に寄せてくれているのは、単純に気持ちとしては嬉しい。
嬉しいのだけど。残念ながら、俺の心は既に決まっている。
「………何故だ?どうして、全く勃たない?これまでどんな男だって、この口で落として来たのに…ッ」
そう、俺の心は、ただ一人だけの物。その人が俺の胸の中にある限り、どれだけの刺激を受けても、その刺激を与える人物がその人でない限り、俺の身体は、ピクリとも反応しない。分かりきっていたけれど、こうして『雌花』としての才覚にも、充分な資質にも恵まれている御方の手でもまるで反応しない所を見るからに、想定の範囲での出来事だったな、という感想しか述べられなかった。
俺はもう、ロサ・フェティダさんが相手でなければ、『雄花』としての恵まれた才覚を発揮出来ない身体になってしまっているのだから。
薔薇としては、当然失格だろう。だから、俺はこの状況を回避して、ロサ・フェティダさんと御方が無事に和解したその時を見守ったら、あの花園を去るつもりでいる。
最初は……いや、これまでずっと、俺はあの花園を出て、ロサ・フェティダさんと一緒に生きて行きたいと思っていた。だけど、あの人の心が御方と深く結び付いたなら、もうロサ・フェティダさんにとっての、俺の入り込める隙間なんてないも同然になってしまう。御方と和解を果たせれば、心に余裕が生まれれば、俺があの人の心の中に入り込む事も可能かも知れないと思ってここまで来たけれど、御方を見ているうちに、それは間違いだと気が付いたんだ。
この二人はいつか絶対に、主従や友達の域を越えた関係性を築いていってしまうだろう、と。男の勘、というやつが働いたんだ。根拠はない。だけど、それだけに充分な説得力があった。
悲しいけれど、辛くて辛くて堪らないけれど。俺はロサ・フェティダさんの未来の為に、この身を退けなくてはいけないんだ。
「………すみません、御方。俺の身体は、もう……」
「そう……そうだったんだね。これだけ頑張っても無理なら、もう諦めるしかないかな」
口元を拭い、外に取り出していた怒張を丁寧にパンツとズボンの中に戻してから、御方はしゃがみ込んでいた状態から一気に立ち上がり、ググッと伸びをした。
「はぁ、もう、自信無くすよ………でも、うん、これで踏ん切りが付いた。下手に相手になっていたら、一回だけ、なんて絶対に無理だからな。真司との交配は、それくらい中毒性があるだろうしね」
「………え?」
ズボンのチャックまでお世話になる訳にはいかないので、そこだけは自分が担当を死守すると、御方が聞き逃せない話を始めた。
「お前の全力を身体に叩き込まれたら、そんじょそこらの男や道具では絶対に満たされないと思う。ただでさえロサ・フェティダは処女だったし、もう、お前以外には身体を満足させてはあげられない筈だよ。俺の大事な子の身体をそんな風にしたんだから、ちゃんと責任をとってくれよな?」
「いや、その、……でも、御方とロサ・フェティダさんは、これから和解の道を選ばれるんですよね?だとしたら、もう俺の出番なんて……」
「馬鹿かお前、全然分かってないな。何とも思っていない奴の為に、あの子が肌を許すわけないだろう?そんな事が出来るくらいなら、慎也とか他の雄花かなんかに、さっさと食われてるよ」
俺の男の勘、まるで働いてませんでした……すみません、ロサ・フェティダさん。貴方が、憎からず俺を想ってくれているだなんて、ちっとも知りませんでした。だけど、待てよ。なら、俺にはまだ可能性が残されているという事になるのか?まさか、ひょっとしたら、ロサ・フェティダさんと、これから先も一緒に生きていけるかもしれない?
うわぁ、どうしよう。
走り回って、ガッツポーズして、貴方が好きだって、叫びたい。
きっと花園にいるだろう貴方に聞こえるくらいの、大きな声で、高らかに。
歓喜に震え、目尻に涙すら浮かべた俺を見て、御方は盛大に呆れ返っている様だったけれど。少しだけ穏やかに、全くしょうがないね、と笑って、それ以上は何も言わずに、俺の好きにさせてくれた。
「いいか、よく聞けよ?」
と、御方は、俺の歓喜の涙が落ち着きを見せ始めてから、ゆっくりと前置きをして、御方としての目から見たロサ・フェティダさんという人間を説明し始めた。
ロサ・フェティダさんは、その身体も心も全て、信仰に捧げてきた。自分の身体は御方の物であり、例えそれが髪の毛一本であったとしても、自分の自由にした事はない。蜂蜜色に髪の毛を染めているのも、全ては御方である自分の信仰を捧げた人間の意向が反映されていた。御方としては、気軽に言った一言を真に受けられてしまって罪悪感を抱いていた様だけれど、それくらいに、自分の意思という物を持って来なかった人間だったのだという。しかし、俺という存在が花園に入園してきてからというものの、その兆候にゆっくりと変化が現れてきた。それをいち早く察したのが、花園を管理している御方と九條さんだった。
俺の実技練習にロサ・フェティダさんを当ててみたのも、これまでと違った反応を見せ始めたロサ・フェティダさんの様子を探るためでもあった。御方からしてみても、最近のロサ・フェティダさんの変化には著しい興味を抱いていたので、その実技練習を見て判断を下そうと考えていたのだそうだ。
その判断とは何か。御方は、指を一本だけ立てると、それを口元へと持っていき、秘事を話す様にして、それを語った。
「ロサ・フェティダの変化によって判断したかったもの。それは、御方の世代交代……つまり、ロサ・フェティダを、御方の『次期後継者』にするかどうか、という話さ」
あまりに予想外の展開を見せて行く話に、俺はすっかりと置いていかれそうになっていたけれど。その話の中心人物がロサ・フェティダさんだという所に意識の焦点が定まって、何とか変な声を上げなくて済んだ。
「それは何故……?御方は、まだまだお若いじゃないですか、それなのに……」
「俺は、もう長くは生きられない。幼い頃から、心臓を患っていてね。主治医には、もってあと半年の命だと言われているんだ」
目の前にいる御方が、そんなに重い病に侵されているなんて露とも知らず。俺は、今度こそ、言葉を失ってしまった。どんな言葉を掛けても、慰めにはならない。あまつさえ、俺は御方の伸ばした手を振り払った身の上だ。そんな人間に、今更優しい言葉を掛けられても、迷惑なだけだろう。にも関わらず、俺はそのまま、震える声で奇跡を願ってしまった。
「なんとか、ならないんですか?」
目を閉じて、微かな微笑みを浮かべる御方に、とうとう、俺の悲しみは臨界点を突破した。涙が両目から溢れて、止めどなく頬を濡らして行く。御方は、そんな俺に近付いて、その頬を綺麗なハンカチで拭ってくれた。優しい手つきだった。こんなにも優しい人を、俺はずっと忌み嫌ってきたのかと、酷い罪悪感に苛まれる。そして、そんな人をずっと孤独の淵に立たせ続けてきたのは、この俺なんだ。申し訳なくて、俺はずっと、涙を拭ってくれる御方に向けて、すみません、と繰り返し謝罪をした。
あれだけ必死の形相で、俺に外に連れ出して欲しいと願ったり、一度でいいから抱いて欲しいなんて言い始めた時は面食らってしまったけれど。御方に残された時間が少ないのだとしたら、とても納得がいく。
御方は、残り僅かな時間を、俺と思い出をつくる時間として活用したかったんだ。それが最初から分かっていたら、俺の心は動いていたかもしれない。ロサ・フェティダさんに一方的に操を立ててはいるけれど、一度だけその自らに立てた誓いを破って、自分自身の身体はぴくりとも働かずとも、御方のその身に触れようと思えていたかもしれない。けれど、御方は、俺にそれを告げては来なかった。そしてそれを理由にして、俺に迫っても来なかった。
誠実な人だと思った。だからこそ、遣る瀬無い。
「残された半年の時間を使って、何とかして後継者を選ばなければならなかった。そこで目を向けたのが、傷付いた薔薇達の心を、癒し、励まし、救ってきた、ロサ・フェティダだった。あの子なら絶対に、立派に教祖を名乗る事が出来るはず。だけど、どうしても懸念される問題が、あの子にはあったんだ」
「それは………俺にも、分かります」
御方が、『次世代の御方』としてこれ以上のない資質をロサ・フェティダさんの中に見出していながら、その座をこれまで譲渡してこなかった理由、それは恐らく、ロサ・フェティダさんの、精神的な不安定にこそ、その理由があると見ていた。
「あの子は、自分自身が定めた絶対的な存在以上に完璧な人間などいない、と信じきり、その存在に導かれる世界の中でしか生きていけられない子だった。そんな子に、信仰の対象がいなくなった後の世界を考えさたり、あまつさえその後のことは頼んだよ、だなんて話が出来るはずもなかったんだ」
御方という絶対神が担う世界には、恒久的な栄華が約束されていると考えてきたロサ・フェティダさんにとって、その申告はあまりにも残酷だ。下手をしたら御方の後を追う可能性すらある。そんな精神的な不安定さを抱えている状態のロサ・フェティダさんには、例えその資質が優れていようとも、『御方』を名乗り、教会の未来を担っていく存在を任せる事は出来ない。どうしたものかと、御方は九條さんや蓮さんと一緒になって悩み続けた。しかし、そんな時に、その問題を全て片付けてくれるかもしれない存在が、彗星の如く現れたのだった。
「それが、お前だよ。お前は、あの子の世界を、その明るさと類い稀な自主性でもって、強引に広げていった。お前にとっては特別な事をした自覚はないのかも知れない。だけど、お前は、その生まれ持った資質と努力で、固まりきっていたロサ・フェティダの常識に風穴を開けたんだ。『好きな人が振り向いてくれないのなら、こっちを向かせるまで』というお前の強引さに魅せられたあの子は、これまでにない積極性を見せていった。あの子が自分の部屋にお前を招待したと聞いた時は、それはそれは驚いたものさ。全くのデートでしかない経験を、お前のその時の様子を、楽しそうに語っていたその姿は………まるで本当の恋に漸く巡り合ったばかりの、妙齢の女性の様だった」
ロサ・フェティダさんが、何処となく俺に対してだけは特別気にかけていてくれたのを、俺は肌の感覚で理解していた。話しかけてくれる単純な回数。様々な勉強に纏わる便宜。初デートでの自宅への誘い。そんな出来事を繰り返しているうちに、俺達は、俺達だけの歴史を積み重ねてきた。それが、次第に俺の中で恋から愛に変わって行くのに、時間は掛からなかった。俺という存在がある事で、ロサ・フェティダさんが本当の恋に巡り合ったというのであれば、俺にはそれを、愛へと進化させる責務がある。ロサ・フェティダさんが、俺の伸ばした手を取り、俺の胸の中に収まって、俺に愛を囁いてくれる様になるまで、俺は絶対に、あの人を諦めたりしない。
一度、御方にその座を譲りそうにはなったけれど、その辺りは、ちょっとだけ気が弱くなっていたのと、あの人の想いを最大限尊重したかったから、というまでの事。今ではもう、俺は絶対に、何があってもあの人と一緒に幸せになってみせると心に誓っていた。
「本当の恋が何かを知り、あの子は変わっていった。そして、その身体をお前に委ねた事により、その変化はより一層顕著になった。自覚はしていないけれど、これはあの子にとっては大きな前進だったんだ。そして、あの子を正式な次期後継者と認めて、教会の一部幹部達に通達した。そして、これから先、あの子の存在を影から支え続ける人間達を再び集める事にしたんだ………『薔薇の八大原種』に準えた字名を付けた、精鋭をね。ロサ・フェティダこそが次期後継者であると通達をしたのも、何を隠そう、この『薔薇の八大原種』のメンバー達なのさ」
その身体を俺に委ねてから、より一層変わっていったというロサ・フェティダさんの様子について、もっと深くまで知りたいと思ったけれど。それ以上に気になる『薔薇の八大原種』の精鋭、というキーワードに、俺の童心は簡単に擽られた。好奇心の赴くままに、御選ばれしその精鋭達について御方に質問してみる。これだけ話をされてしまえば、それはもう予定調和の中にある流れでしかなかった。
「その……『薔薇の八大原種』のメンバーとは、一体?」
「教祖を影から支える存在である『薔薇の八大原種』の精鋭達は、それまで世襲制にその人事を委ねていたんだ。けれど、現在の体制に移ってからは、その限りでは無くなった。時流によって人員はその都度アップデートされ続け、様々な代替わりを果たして、今のところ、漸く七人までその人員を確保するに至ったのだけど、その内の席の一つは、現状ロサ・フェティダが担っている。あの子が教祖となれば、その席は空白となるので、現状主力として集まっている次世代の『薔薇の八大原種』は、六名だ………ふふ、それが誰だか、お前に分かるかな?」
俺にその質問をしてきたという事は、俺には、その六人が誰なのか分かるだけの情報が手元に集められているという事にもなる。あっさりと答えを教えてくれればいいのに、と思いながらも、俺はその御方の出した質問の体を成した挑戦に乗ってみようと思った。
まず考え付くのが、御方の表面を担当している蓮さんだ。この人が、御方の腹心で無い筈もないし、次期後継者にとっての懐刀として今後も機能して行くと考えるのは当然だろう。ので、一名は確定だ。
その次に思い付いたのが、九條さんだ。九條さんがいなければ、御方肝煎りの花園はその運営に大きな不安を抱える事になる。また、御方と直接対峙するに辺り、最後の関門となったのも、この人だった。それを考慮すれば、間違いなく九條さんは『薔薇の八大原種』の一員だと考えられる。
次いで頭に思い浮かんだのが、この教会が有する広大な土地が跨いでいる国内有数の繁華街を牛耳り、信者の幅を次世代を担う若者の中にまで広げていっている人物。バーの経営者としての顔をも併せ持っている、真智さんだ。この人については、本人の口から自分の立場を明言していたので、迷う必要はない。確定、と。
次からは悩みどころだ。はっきり言って、他の人達に比べてみれば、与えられている権限が弱過ぎるからだ。とはいえ、いま頭に浮かんでいる人物は、教会内でその強権を振るう人物。だから、その立場は他の幹部から見ても保証されている様にも見受けられるけど……あの人、確か信者じゃ無かったんじゃ?いや、話を思い返してみれば、一応その辺りの明言は避けていた。それに、教会の内情にもやたらと詳しかったし、御方とも教師と教え子の関係から、相棒の様な存在へと変わっていったと言っていたから、きっとこの人も『薔薇の八大原種』の一員で間違いない筈だ。だから、教会の顧問弁護士である祐樹先生も、決定。
残り二人に関しては、希望的観測でしかない。とはいえ、御方の表面である蓮さんのボディーガードを常に務めてきた二人だし、蓮さんの話を直接聞いて口頭で説明するなんて妙技を日頃から成し遂げているのを見るに、可能性は大だ。だから、新庄さんと慎也さんも、候補者として挙げるべきだろう。
さて、これで六人が出揃った。これにロサ・フェティダさんが加われば、御方の言っていた様に、七人の人員が確保できる。俺は、前述した六人の名前を御方に告げた。すると御方は、満足気に頷き、『大義である』と鷹揚に頷いた。
「お前の言うその六人が、いまの『薔薇の八大原種』の一員だ。それにロサ・フェティダを入れた七名で、いま現在の薔薇の八大原種は出揃った事になる………つまり」
「………あと一名、空白の席がある、という事ですね?」
「その通りだ。理解が早くて助かる。いつもこの調子で励めよ」
御方モードで俺に語り掛けるカーディナル先輩には、まるで隙というものを感じなかった。ただ褒められたというだけで、俺の背筋は、しゃんと伸びた。
「さて、ここまで俺は、教会についてごく一部の人間しか知らない内情を深くまで掘り下げて話した………その理由を、お前はどう考える?」
再びの質問を投げかけてきた御方を前にして、決して問題の先送りには出来ないその話題に、腕を組んで考え込む。御方が、何故こんな話を俺にしてきたのかという、その理由を。こんな場所にまで俺を連れ込み、極めて秘匿性の高い話を、教会の中で最も権力のある人物の御方自らがする理由とは何か。そして、何故『薔薇の八大原種』の空白の一席をこれまで放置してきたのか。その席に座するに値する人間がこれまで見つからなかったのなら話は分かるけれど……ならば、こうして御方である自分の姿を俺の前に晒し、その話題をわざわざ口にしたその本当の理由は、何なのか。
まるで子供染みた『芝居』を打って、俺の内面を引き摺りだし、ロサ・フェティダさんへの愛の深さを試す様な真似をした理由。もしも、その全てが、御方による『謀』であるとするならば。
『そして、あの子を正式な次期後継者と認めて、教会の一部幹部達に通達した。そして、これから先、あの子の存在を影から支え続ける人間達を再び集める事にしたんだ………『薔薇の八大原種』に準えた字名を付けた、精鋭をね。ロサ・フェティダこそが次期後継者であると通達をしたのも、何を隠そう、この『薔薇の八大原種』のメンバー達なのさ』
全身に電流が走った様な気付きを得る。そして、次の瞬間には『まさか』という気持ちと『それしかない』という気持ちが胸の中で交錯した。俺は、御方という人間を分かっていた様で、全く分かっていなかったのかもしれない。蓮さんや九條さんの様な支配者階級にこれ以上なく相応しい人間達が、こぞって心酔している御方という人物を、俺はずっと、見誤り続けてきたんだ。そして俺は頭に閃いたその答えを、俺の勘違いであって欲しい……という気持ちで、恐る恐る口にした。
「もしかして、この俺をスカウトしているんですか?俺が、『薔薇の八大原種』のメンバーになる様に、と」
なんて、そんな話ある訳ないですよね……と自分の発言を否定しようとした時。俺は既に、御方にその肩をポンと叩かれていた。
「『ロサ・キネンシス』の席は、今のところ空席だ。お前の字名であるリリー・マルレーンと同じ赤薔薇で、原種薔薇のなかで唯一の四季咲きの性質を持ち、木立性樹形の親とされて親しまれている薔薇でもある。環境さえ整えば季節を選ばずに咲き乱れる事のできるその薔薇は……ロサ・フェティダをこよなく愛して、いついかなる時も、その愛を惜しみなくあの子に向けて振り撒いているお前にとって、ぴったりな薔薇だとは思わないかい?」
その、俺にとってあまりにも適した特徴を持つ薔薇のチョイスに、受け入れ難い現実を前に思考が停止していた現状も相まって、思わずその場で同意しそうになる。しかし、そのすんでの所で慌てて気を取り直し、ぶんぶん、と顔の前で手を降り、まさか、とそれを否定した。すると、御方は、俺の耳元で囁く様にして、俺を口説き落とす為に情け容赦ない説得を試み始めた。
「『薔薇の八大原種』に選ばれた人間は、いついかなる時も、アポイント無しに御方の元に馳せ参じる事が許されている。自分の気持ち一つで、愛する人間の周りにいつでも侍る事が可能だと言う寸法さ。そして、その職務はたった一つ。『御方の求める薔薇で在り続ける事』……それのみだ。つまりお前は、御方となったロサ・フェティダの周囲に、自分の意思一つで侍り続け、御方となったロサ・フェティダのその身体の火照りを冷ます為だけに存在する、唯一無二の『雄花』になれる可能性を秘めているという訳さ。もしもこのままロサ・フェティダが周囲の勧めのままに教祖を名乗り、次期御方となったら。ロサ・フェティダとお前は、その立場の違いから、このままで行けばどうあっても離れ離れになってしまう。ならば、ロサ・フェティダの懐に深く入り込んで、いつでも一緒に居られる愛妾となる道を選んでもいいのではないかな?」
あまりにも強烈な誘惑に、頭がくらくらとする。ずっとずっとロサ・フェティダさんの隣にいて、あの人が尊い立場に座する様になっても、いつまでも変わらずに、その身体を独占出来るかもしれない立場……そんなもの、喉から手が出るほど欲しいに決まっている。思わず、口内にどっと沸いた生唾を、ごくり、と盛大に飲み込む。あまりに甘美な誘いに、即断即決で頷いてしまいそうになった。
ロサ・フェティダさんがもしも本当に教祖を名乗り、その身を御方に変えるとなるのであれば、当然俺達の恋は、身分の違いから破局の道を辿るだろう。そんな未来を俺は望んでいないし、ロサ・フェティダさんも少しはそう思っていてくれるといいなと思う。実際に、ロサ・フェティダさんがどれだけ御方となる事に意欲を見せるかはまだ不透明だけど、もしもロサ・フェティダさん本人がそれだけの決意を固める様であれば、その身体を影から支え、癒したいと願ってしまう気持ちには、どうあっても歯止めが効かない。
とはいえ、ロサ・フェティダさんが、このまま御方の意思を継いで次期後継者となるとすれば、ロサ・フェティダさんは、文字通り、御方の意思に囚われ続ける生き方を選んでいくという事になってしまう。それでは、俺がこれまでロサ・フェティダさんの為に頑張ってきた意味がなくなってしまうのでは……そう考えた俺は、御方に向けて自分の考えを話していった。
「成る程、あの子が自分の意思で御方になる道を選んだとしても、そこに俺みたいな人間の思惑がある限り、あの子の本当の自由は保証されていないのではないか?という悩みを抱えているんだね。確かに道理は成り立つが……お前は本当に強欲な人間だな」
自分自身が強欲な一面を持っている事は、自分でも良く分かっていたけれど、面と向かって言われてしまうと、流石に言葉に詰まってしまう。
「いくら好きだからと言っても、人の人生に口出しが出来る権利なんて、血の繋がった親子兄弟にすらない。そんな事も分からないのかい?」
まさか、御方の口から混じり気のない正論が飛び出してくるとは思わず、しかし、貴方にそれを言う資格があるんだろうかと、どうしても思ってしまう気持ちはとどめておけなかった。
「貴方は、あの人に『こうあれ』と指示してきた。『薔薇の八大原種』の人達にだって、同じ様な接し方をしている雰囲気すらあります。そんな貴方に、そんな事を言われるのは……」
「ははは、お前は本当に信仰という物を理解していないな。お前みたいな人間ばかりなら、この世の中はもっといい世界になるかも知れない。しかし、自分よりも高次元にいる存在に見守られているという実感を得て、それを自信に繋げていく人間だっている。その信仰を傾けている人間にとって、神たる存在の言葉は、金言にも勝る導きだ。そんな人間の言葉一つで死という現実や人生に対する迷いが消えていくなら、それに越した事は無いだろう?」
これは、どこまで行っても、平行線を辿ってしまう話だ。宗教そのものの概念に立ち向かっているのだから、一筋縄では行かない事は分かっていたけれど。御方の意思をこの場で変えるのは、到底不可能に思えてならない。そして、そんな御方の思想の影響を多大に受けているロサ・フェティダさんの意思も、恐らく同様か、それ以上に難しいだろう。
悔しかった。ここまで来ても、やっと御方と対峙する機会を得ても、打つ手がないだなんて。自分自身の無力さに、打ち拉がれる。しかし、そんな俺を労る様にして、御方はこんな話を俺にしてきた。
それは、俺がずっと知りたかった、御方とロサ・フェティダさんとの間にあった、出会いと思い出に纏わる話だった。
教会に軟禁されて生活をしてきた御方の精神は限界を迎えつつあった。話し相手になってくれる祐樹先生の様な存在もいてくれたが、その訪問は不定期だったのもあり、心の拠り所にするには時間という制約が存在していた。俺の様な人間との交流の中で僅かな癒しを感じた時もあったが、そんな俺は小さなこの教会での出来事をきっかけにして完全に失われてしまった。司祭からの性的虐待も徐々にエスカレートしていき、信者からは無責任なまでに祀り上げられる一方。自暴自棄になった御方は、自分の人生を悲観して、自死の道を選ぼうとした。そんな時に現れたのが、御方と丁度同い年の少年だった、ロサ・フェティダさんだった。
ロサ・フェティダさんにも、友達は一人もいなかった。だから、一番の話し相手になってくれた御方に、ロサ・フェティダさんは、すっかりと懐いた。御方はそんなロサ・フェティダさんをとても大好きになって、こっそりと秘密の洗礼の儀を行ったりしたのだという。そして、御方としての立場が本当に巡ってきたその時は、自分の側に友達としていて欲しい、とロサ・フェティダさんにお願いをした。すると、ロサ・フェティダさんはとても喜んで、御方に着いていく事を約束したのだという。
「あの子は、司祭の虐待に立ち向かい、身代わりにまでなってくれた。髭面の教会司祭も、小さな頃から愛らしかったあの子の方に夢中になっていって……そして、もう、本当に最後まで手を出されてしまうかも知れない、という寸前になった頃、教祖が危篤の状態を迎えたんだ。そして、ロサ・フェティダという名前を冠していた、髭面の教会司祭をその座から引き摺り落として粛清の対象とし、あの子にその席を明け渡した。だから、あの子は『薔薇の八大原種』達の中で、最も古参でありながらあまり特筆した権能を有さないにも関わらず、『薔薇の八大原種』達からも一目も二目も置かれ、『御方随一にして無二の友人』として、その存在を不動の物としている。だから、本当の懐刀は、他の誰でも無い、あの子なんだよ」
御方とロサ・フェティダさんとの間にあった話を聞かされて、俺はより一層、あの人の笑顔の為に生きていきたいと思った。初めて出来た友達……いや、自分の好きな人の為に、自分自身のその身を尽くすロサ・フェティダさんは、何処までも健気で、美しかった。美談に仕立て上げるには、あまりにも残酷な現実がそれを拒んでしまうけれど。二人の強固な関係性は、その目に明らかだった。
「ロサ・フェティダさんが御方の次期後継者になるという判断が下された時も、『薔薇の八大原種』の方々の反発は無かったんですか?」
「あぁ、あの子を次代の御方に推すと話をした時も、何の反論も出なかったよ。みんな、ロサ・フェティダが御方となった暁には、変わらぬ忠誠を誓うと言ってくれた。しかし、それ以外の下の幹部達からのやっかみは激しくてね。あの子は下からの突き上げやプレッシャーに弱いから、その精神的支柱となってくれる存在を探していたんだ。丁度良くロサ・キネンシスの席は今のところ空白だったしね。そこに相応しい人間が現れるのを、『薔薇の八大原種』のみんなと一緒に、ずっと待ち続けていたんだ。そして、そこで現れたお前に、俺達は希望を見出したんだ」
ロサ・キネンシスを担う人材として俺を見出し、育み、鍛えてきてくれた、これまで出会ってきた主要人物の全員の顔が、脳裏にパッと、甦る。
………九條さん。
『このまま私の切り花になるか。それとも、新天地を求めて、ここで花開く道を選ぶか、決めなさい』
………新庄さん
『いや、君で合っている。というか、君を見て確信したよ。間違いなく、御方が探していた人物は、君であると』
………真智さん
『受験とか就職試験みたいなものだと思って頑張れよ。だから、こっちは心配するな。取り敢えず、ファイト!!』
………祐樹先生
『なら、俺にお前の事を話せ。自分を理解して欲しいなら、その意思を示せ。俺も俺の話をお前にする。まぁ、どうせ暇だしな……』
………蓮さん
『………あの子を、助けてやってくれ』
………そして、慎也さん
『……乗るよ。そして、お前のお手並みを拝見させて貰うとしようか』
「お前が、過去にどんな行動を起こしたのか……ロサ・ガリカとロサ・フェティダ以外の人間は、その詳細を知らなかった。だから、それ以外の幹部達の中では、目に見えない反発はどうしても抱えていたと思う。それでも、みんな文句を言わずに従ってくれた。そして、お前は見事に、みんなの信頼を勝ち取ったのさ」
御方のその意思を汲み、御方その為に存在している『薔薇の八大原種』のメンバー達。そんな、誰しもがそれぞれ、御方に対する深い忠誠心を抱えながら、その存在を深く傷付けた俺に対して、厳しくも温かく接してくれていた。その心中を思うだけで、俺は饒舌に尽くし難い感情を胸に抱いた。たった二ヶ月間での出来事ではあったけれど、俺は、俺という存在を育んでくれた人達に、深い感謝をした。
「つまり、俺は……これまでずっと、『薔薇の八大原種』の皆さんに、見守られてきたんですね」
「その通りさ。お前に付けたリリー・マルレーンという赤薔薇の字名も、いつか同じ赤薔薇であるロサ・キネンシス……『薔薇の八大原種』の一柱を担う存在になれればという思いから。これまで、お前は、俺達が用意した様々な試練を、あの子に向ける気持ち一つで乗り越えてきた。勿論、自力も凄まじいが、あの子に寄せる熱意を前にしたら、それも霞む勢いだと言わざる負えないよ……さて、どうやら時間が来てしまった様だね」
御方はそう言うと、この小さな教会の入り口に向けて視線を移した。すると、まるで図ったかというタイミングで、重厚な両開きの扉が、建物の内側に向けてゆっくりと開いていった。
差し込んできた秋の西日に、視界が眩む。そして、俺は目を細めながら、その西日をその背に浴びて立つ人物達を見て、驚愕した。
…………そこに立っていたのは。
「はは、この程度の出来事でこんなにも驚かれると、脅かし甲斐があるというものだね」
「よぉ、半日ぶりだな。ぴんぴんしてて安心したぜ」
「蓮さん、祐樹先生……」
「俺、この森何度往復したらいいのかなぁ……靴変えてくれば良かった」
「備えていない自分が悪い。それでは下に示しがつかないぞ?……やぁ、リリー。その分だと、俺達の話は聞いている様だな」
「慎也さん、新庄さん……」
「九條さん、ごめんなさいって。本当に、待たせてたつもりは無かったんですよ……」
「私に謝らなくて結構。しかし、他の誰でもない御方をお待たせしてしまった事は、いくら頭を下げられてもね……ははは」
「真智さん、九條さん……」
そこに居たのは、御方の手で集められた、懐刀達。選ばれし精鋭、『薔薇の八大原種』のメンバー達だった。
ロサ・フェティダさんを除いた全員が勢揃いした事で、その場の空気は格段に引き締まった。壮観、という言葉が似合うその人達の、支配者たる圧巻の風格に、首筋から前身にかけてびっしりと鳥肌が立つ。なんなんだ、この人達の持つカリスマ性は。一人一人だけでも存在感が凄まじいのに、それが六人揃えば、彼らの前に立っているだけで、精一杯だ。
「さて、真司が『薔薇の八大原種』になるかならないかは別として、だ。この辺りでまず、自己紹介と行こうか……という訳で、『ロサ・ギガンティア』、準備は出来ているな?」
「出来てますよ。全く、人使いが荒いんだよなぁ」
と、ぶちぶちと文句を言いながら、とはいえ恐らく雰囲気的に見て『薔薇の八大原種』の中でも下っ端属性のある慎也さんが、大きなポリタンクをどっこいしょ、と背負って此方に向かって歩き始めた。俺が状況に全く着いて行けず、何事かと思いながら慎也さんの行動をまじまじと見つめると、慎也さんはポリタンクの中に入っている液体を、教会の至る場所に向かってビシャビシャと掛け始めた。むわっと鼻につくその匂いで、俺はその液体がガソリンか灯油の様な液体であると推定した。
慎也さんは次から次へとポリタンクを教会の中に運び込み、液体を撒いては、空になったポリタンクを外に運び出して、を繰り返している。いつの間にか集まっていた黒服を着た男達もそれを手伝い、あれよあれよという間に、教会の入り口には空になったポリタンクが堆く積み重なり、小さな小山となっていった。
御方に促されて教会の外に出ると、御方は、せっせと動き回る慎也さんと黒服達を眺めていた俺に、本当にマイペースな雰囲気を保ちながら、『薔薇の八大原種』のメンバーの紹介を始めた。そして、ロサ・ギガンティアと呼ばれていた慎也さんを除いた他の五名を、恐らく古参である人物から順に説明していった。
濃紅色の薔薇の祖である、『ロサ・ガリカ』と呼ばれているのが、薔薇の花園の総元締めである、九條さんだ。九條さんは、御方と共に広く教会内に置ける人事を担当しており、その耳に入らない教会内の情報は無いと認知されている。年齢差はあれどロサ・フェティダさんとは殆ど同期なのだそうだ。御方が御方としての地位を確立する下地を形成するところからの知古の間柄であり、『薔薇の八大原種』の中で最も強い権能を有しているのだという。
豊かなダマスク香と返り咲きの親とされている『ロサ・ダマスケナ』の名を冠しているのが、御方の表面を担当し、御方の影武者として生きている蓮さんだ。元教祖の葬儀後、少しづつ教会が落ち着いてきた頃に、御方から、『一緒に働かないか?』という打診を受けたらしい。蓮さんは一も二も無く頷いて、御方に恭順する意思を示し、もう二度とその座を奪う様な真似はしないと誓って、進んで御方の肉の盾になる人生を選んだ。御方に騙されていたとしても構わないと開き直っているその姿や、御方の為にその命を差し出しても問題ないと言い張る所を見るに、『薔薇の八大原種』の中でも随一の信仰心を御方に捧げている人物とも言える。
『ロサ・ルキアエ』という、つる性園芸品種の親と言われている薔薇の名前を授けられたのが、御方の家庭教師として幼い頃から心の支えとなっていた、祐樹先生だ。先生は、当時のロサ・フェティダであった教会の司祭から家庭教師を辞めさせられてから、その悔しさをバネに猛勉強を果たして見事に弁護士資格を取得すると、国内最大手の弁護士事務所に在籍し、破竹の勢いでその名前を法曹界に轟かせた。そして、充分に自分に箔を付けてから独立開業を果たして、教会の顧問弁護士としてその強権を振るう様になった。御方の頭を悩ませる厄介事担当は基本的にこの人で、御方が日頃から最もお世話になっている人物の一人だ。基本的には『御方』として活動している蓮さんにくっ付いて行動しているらしいのだが、時折衝動的に本当の御方の元を訪れては御方の身の回りの世話を一手に引き受けて、気が済むと去って行く……という謎行動を起こすらしい。本当に謎だ。
ムスク香の親として、その強い香りが特徴的な『ロサ・モスカータ』の名前を拝命されたのが新庄さんだ。普段、蓮さんの身の回りの世話をしている執事長の様な役割を果たしているけれど、蓮さんの声を直接その耳で聞き、その言葉を信者に告げるという、蓮さんの窓口係を担当している。御方の意向によっては御方の声も届ける役割を担っていて、繊細な配慮が必要な仕事を、あっさりとこなしてしまうところが、人間離れしていると、信者達からは尊敬と畏怖を抱かれているのだそうだ。ちなみに、紹介はされなかったけれど、恐らくは蓮さんの愛妾としての面も持ち合わせている。主従カップルの関係性にはあまり興味を持てなかったけれど、夜の関係では下克上を果たしているらしい新庄さんには、今後の展開次第では、お話を伺う機会があるかもしれないなと思った。
房咲きする園芸品種の親である『ロサ・ムルティフロラ』は、一輪咲の多い他の原種と比べて、見る者を楽しませる様な沢山の花をつける薔薇だそうだ。その、見た目からして明るくて、イメージにぴったり合う薔薇の名前を付けられたのが、俺のバーテンダーとしての師匠でもある真智さんだった。真智さんは以前話してくれた様に、国内で随一を誇る繁華街をすっぽりとその手中に収めている人物であり、未来の教会の人材を育成・確保する為に、若者を中心として勧誘の手を伸ばしている。『この町の首領』を地でやっている真智さんは、主に政財界や有名芸能人達に顔が効く人物だ。真智さんの人柄や権力に憧れて入信する信者も多いそうで、時には御方以上の影響力を若者を中心として持ち合わせている。現在の若い信者達が、真智さんの顔利きで知り合った政財界の人間達に橋渡しを受けてその勢力を拡大して行けば、真智さんの教会に与える影響力は、今よりも更に飛躍していくだろう。一度でも敵に回したら、後で絶対に後悔するタイプが、この人だと思う。
大輪の花を咲かせる性質と剣弁咲き、さらにティー香の親としての顔を持つ、様々な要素が重なり合った『ロサ・ギガンティア』という薔薇の名前を授与されているのが、慎也さんだ。御方に先程も名前を呼ばれていて、その扱いはまるで雑用を押し付けられた下っ端みたいに思える。けれど、そんな慎也さんが持つ役割は、簡単には説明がつかないまでに、幅広い範囲に及んでいるという。慎也さんが個人的に抱えている私兵とも呼べる『黒服』達は、主に教会の雑多な仕事を片付ける、文字通りの雑用係的な位置を配されている様なのだけど……その説明が、どうにも怪しい。このおどろおどろしい場所にあって、夥しい量のガソリンか灯油か何かを運んできては、何やら工作めいた事をしている雰囲気を見るからに、教会の暗部で暗躍している人間達に思えてならないのだ。もしかして黒服達って、粛清の名の下に裏切った信者を『修行の旅』に出させる危ない集団なのでは。そして、見た印象からは決してそんなイメージは抱かせないけれど、その黒服達を手足の様に動かしている慎也さんを見るからに、この人って案外、一癖も二癖もある人物なんじゃないか……だなんて、疑いの眼差しを向けてしまった。
そんなこんなで、御方による『薔薇の八大原種』のメンバー説明は淡々と行われていった。そして、それが終わるのと丁度時を同じくして、慎也さんと黒服達による作業が終了した。これから先、この小さな教会にどんな未来が待ち受けているのか、流石の俺も分かっていて。だから、こんな森の奥深くにある場所で火遊び(そんな真似)なんてしたら大事になるんじゃ……とハラハラしてしまった。これから一体どうなるんだろうと思いながら固唾を飲んで成り行きを見守っていると、俺の隣に立っていた御方が、点火の時を今にも迎えそうになっている現場に視線を向けながら、自分の胸の内を語り始めた。
「………あの子には、この場所を見せたくなかったんだ。だから、あの子の手にこの場所が移される前に、証拠を隠滅しようと思ってね。この場所についての資料と一緒に、全てここで燃やし尽くしてしまおうと決めた。血で血を洗う人生を、あの子には歩んで欲しくないから」
次代の御方になるかもしれない、ロサ・フェティダさんへの親心にも似た感情を抱く御方には、自分や、教会が抱えてきたその罪ごと、自分自身を滅ぼそうという覚悟が見えた。死をリアルに実感している人間の、立つ鳥跡を濁さずの精神には、人として見習わなければならない面が多々あって。過去の行いを省みて、それでも前に進み、後進の人間の為に自分自身の仕事を全て片付けてから、表舞台のみならず裏舞台からも姿を消そうとしている御方に、俺は、掛ける言葉が見当たらなかった。
「点火ぁー」
何処か間の抜けた慎也さんの号令のもと、教会に火が放たれる。ごうっ、と一瞬にして建物の内部に火が回り、教会を中心として辺りが明るくなった。西日はすっかり落ち、日が暮れかけていた森の中に、圧倒的な熱源が出現する。周囲を見渡せば、いつの間にかポンプ車の様なものが運び込まれていた。そんなものいつの間に?この深い森をどうやって抜けてきたんだ?……という疑問はすぐに解決した。昔通っていた教会が、森から見て外にうっすらと見えたからだ。
いつの間にか、俺の知らない内に、車一台分くらいは問題なく通れる道が整備されていたらしい。道としては、木を引っこ抜いた先から簡単に慣らしてある程度の舗装しかされていないので、恐らく短期間のうちに工事は終了したのだろう。こんな場所に、よく道なんて通しましたね、と御方に話をしたら、将来的にこの森は、花園や庭園から見えない範囲までを教会が管理する墓地にする予定なのだと聞かされた。何というか、この場所に相応しいこれ以上ない使い道だと思えてしまって、嫌になる。何処までも計算尽くされたこの人の行動には、ただただ脱帽するばかりだった。
俺達は、花園から来た道ではなく、ポンプ車が余裕で通れた道を歩いて、昔通っていた教会の敷地内に出た。教会の敷地内に足を踏み入れると、その全く変わっていない景観に、様々な記憶が脳裏に蘇ってきた。
本当に、砂場と教会以外に、何も無い場所だ。こんな箱庭にずっと閉じ込められていた御方の気持ちを思うだけで、胸が苦しい。回顧する記憶の波に飲まれて、俺が砂場の前にぼんやりと立ち尽くしながら、後片付けの作業に追われている黒服達を眺めていると、御方の隣にいた新庄さんが、御方に耳打ちをしている姿が目に入った。なんだか、此方をチラッと見ている様な。気の所為かな、と思っていると、問題の御方が、俺に向けて『こっちに来い』というジェスチャーをした。
何だろう?と訝しみながら近づいて行くと、御方は、『会わせたい人がいるんだ』と俺に向かって悪戯っ子の様に笑った。その姿に、教会の人間を相手にして、かつて悪戯を仕掛けようとしては失敗していた少年の姿が重なって見えて。こんなにも思い出があったのに、これまで全く思い出して来なかった自分の頭の出来の悪さに、閉口した。
「なんですか?」
「いいから、ついてこいよ」
よく分からないままに、前を行く御方の後ろ姿について行く。すると、教会の大聖堂の中へと足を進めていった。訳も分からず、俺も御方に続いて大聖堂に進んでいくと、ずらりと並べられた長椅子の一つに、ぽつん、と一人だけ座っている女性の後ろ姿が見えた。
俺達が近付いても、全く物音に気が付いていないのか、祭壇に向かって必死に祈りを捧げている。しかし、その祈りを捧げるべき対象はその女性の真後ろにいるものだから、生きている人間を信仰する人間の気持ちは、やっぱり分からないな、と思った。こんな信仰心のカケラすら湧いてこない人間に、御方の言う『薔薇の八大原種』の一柱が務まるのかについては、甚だ疑問しかない。
その辺りについて、御方はどう考えているのか。確かに、ロサ・フェティダさんが尊い身となっても、いつでも会いに行ってその身に触れられる立場は、前にも言った様に、喉から手が出る程欲しい。だけど、それだけの利益を受けるなら、その利益に見合った仕事や責務を全うしなくてはならないだろう。美味しい話には裏があるのだ。だとしたら、御方は俺に、何を求めているんだ?
ロサ・フェティダさんに対する強い愛情と執着はあっても、信仰心までは有していない俺に、御方はどんな役割を与えるつもりなんだろう。しかし、その疑問は、またもや御方その人の口から発せられた言葉によって、解決の道に誘われたのだった。
「さて、お前には散々と、もしも『薔薇の八大原種』なれたならこんなにお得だよ、という情報を与えてきたが……ここまでは、単なる勧誘と同じだ。はっきり言って、これで食い付かれでもしたら興醒めもいい所だった。だから、お前が素直に頷かなかった点は、褒められるべき点だ。もしあの場で頷いていたら、お前に寄せる俺や『薔薇の八大原種』達の評価は地の底まで落ちていた。自分の利益のみを追求していった幹部達が私腹を肥やしてきた結果、元教会は堕落の一途を辿った。同じ轍を踏む様な可能性がある人間に、可愛いロサ・フェティダの側近である『薔薇の八大原種』は任せられないからね」
まだここまで来て、俺はこの人に試されていたのかと、肩を落とす。もはや、慣れの領域に近付いてはいるものの、こんな調子の御方に振り回されていたら、いずれこの身が悲鳴をあげるだろう。『薔薇の八大原種』の人達は、こんな御方に日頃から付き合い続けているという事になるわけだけど、一体どれだけ強靭な精神力をしているのだろうか。もし俺が『薔薇の八大原種』になったら、ちゃんとその利益や権利に見合った仕事をしながら、この人について行けるだろうか。
けれど、そうと考えついた瞬間に、そうだ、この人は、あと半年で……という気付きを得た。こんなに元気で、明るくて、そんな重病を抱えているとは思えないくらいに、エネルギーに満ち溢れているのに。
この人は、あるともしれないロサ・フェティダさんの襲名の儀まで生きていられるんだろうか。そして、自分の友にその後進を譲るその時を、この人は、自分の手で行えるのだろうか。そればかりは未来になってみないと分からないけれど。ロサ・フェティダさんがその身を尊い存在へと昇華するその傍らに、この人の笑顔がある事を祈らざるを得なかった。
「つまり、これからが本格的な勧誘の始まりだと、そう仰りたいんですね?」
「そうだ。そして、それこそが、これまであったお前の旅路の終わりとなる……よくぞ、ここまで来れたものだよ。ふふ、お前を見込んだ甲斐はあったな」
「……御方は、俺が昔自分を裏切った人物だと分かっていながら、俺を薔薇に任命して、こうして勧誘までしてきましたよね。何故、過去に酷い仕打ちをした俺に、ここまでの気遣いを向けてくれたんですか?」
満足気に笑う御方に向けて、ずっと疑問に思っていたその話をすると、御方は祭壇に向かって視線を向けながら、自重する様にして、笑った。
「………自慢したかったから」
「…………自慢?」
言われた事の意味が、分からなくて。そのまま尋ね返す。
「お前に自慢したかったんだよ、『どう?俺って、凄いだろ?』ってね。色んな権力を使って、お前を振り回してきたけど……本当の気持ちは昔と全く変わっていない。お前に尊敬して欲しかった。そして……」
こちらを振り返った、その笑顔に、俺は目を奪われた。
「好きになって、欲しかったんだ」
純粋な、ただ、ただ純粋なそれに。俺は、どんな気持ちになればいいのか分からなくなって。何と言ってあげたらいいのか、分からなくなって。今まで、色んな策略の限りを尽くしてきた人の、その心の中にある、たった一つの願いに、俺の胸は強く打たれた。
「お前だからこそ、大好きなロサ・フェティダを任せてもいいと思えた。お前やあの子を見ていると嫉妬したし、辛い時もあったけれど……でも、それ以上に、嬉しかったんだ。だから、どうあっても、俺の命が尽きる前に、あの子にお前を委ねたかった。駆け足ではあったが、お前がこんなに成長してくれた事を、俺は……『友達』として、誇らしく思うよ」
「お兄ちゃん………」
最後の最後になって、貴方は。
こんな俺を、『友達』と呼んでくれるんですか?
こんなにも人の手を借りないと、一丁前に自分の人生すら歩けない、情け無いばかりの俺を。
本当は、誰よりも優しいだろう、貴方が。大切な物を、大切に扱うのに、長けた貴方が。
胸を張って言います。いまだから、言えます。
貴方は、俺にとって、『最高の友達』だった。
「ロサ・フェティダを、あの子を、これからも側で支えてあげて欲しい。それが………俺の願いだよ」
そう言って、御方……お兄ちゃんは、俺にスッと道を譲った。その道の果てに、さっきまで祭壇に向けて、必死の祈りを捧げていた女性が、枯れ枝の様な相貌で、ぽつん、と佇んでいた。そして、その女性の正体に気が付いた時、稲妻に打たれた様な衝撃が全身に走ったんだ。
「…………母さん」
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