婚約破棄から始まる仮初の婚約〜恩返しのはずが由緒正しき王家の兄妹に甘く囲われました〜

櫻田りん@【悪人公爵様2】12/14発売

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 ──話は、婚約破棄事件の約一ヶ月前に遡る。

「セレーナ? 聞いてる?」

 どこからともなく春の陽気が漂ってくる頃。

 王女宮の中庭にある丸い天井をしたガゼボ内。姿勢良く立っていたセレーナは、優雅にお茶を飲んでいる可憐な少女から、そう声をかけられた。

 セレーナはラベンダー色のドレスに身を包む少女に対して「申し訳ありません」と頭を下げる。

「少し考え事をしておりました。もう一度お聞きしても宜しいですか?」
「セレーナがぼーっとしてるなんて珍しいわね……。医者を呼びましょうか!? なんなら私が診察しましょうか!?」

 心配してくれる少女に、セレーナは「王女殿下のお気遣い、痛み入ります」と笑顔で返した。

(ん? 私が診察しましょうかって言ってた? まあ良いか)

 細かいことは気にしてもしょうがない。セレーナは考えることをやめ、職務を全うするために少女と、その周辺に意識集中させた。

 ──少女の名は、キャロル・マクフォーレン。
 華奢な体型に人形のような整った顔。ふわふわとした長いプラチナブロンドに、王族特有の碧眼。今年で十六歳。
 お茶を飲む所作が非常に美しく、庇護欲を掻き立てられるようなこの美少女こそが、セレーナの護衛対象だった。

「セレーナったら! 非公式の場ではキャロルって呼んでって言ってるのじゃないの!」
「申し訳ありません。……では、キャロル様。やはりお名前で呼ぶのは少し緊張してしまいますね。あ、美しい御髪に花びらが。失礼しますね」
「ひゃー! 好きぃぃぃ!!」

 キャロルを名前で呼んだことか、そのことに対してセレーナが少し照れたからなのか、キャロルの髪についている花びらを取ったからか。

 どれに対してキャロルが好きと言っているかは分からなかったけれど、セレーナは不快にさせていないようならば良かったと、ニコリと微笑む。

 すると、セレーナを溺愛するキャロルを筆頭に、彼女の専属侍女たちも黄色い声を上げた。

「きゃ~! セレーナ様、本当に麗しいですわぁ! 白い騎士服が本当に良くお似合いで……」
「騎士の方って威圧的な方も少なくないですから、本当にセレーナ様が王女殿下の護衛で良かったです!」
「分かるわぁ。それにお強いとまできたら、完璧よね!」

 ──かれこれ四年前。
騎士学園を卒業して直ぐに、セレーナは騎士としての高い能力を見初められて、キャロルの専属護衛騎士に大抜擢された。
 中性的な部分を兼ね備えた麗しい外見と、男性に劣らぬ強さを持つこと、真面目で気遣いができることなども相まって、セレーナは王宮内の女性からかなり人気があった。
 その最たるものはキャロルと、三人の侍女たちである。

 セレーナからしてみれば、特別なにかをしている訳ではないので、自分の周りには優しい人たちしか居ないなぁ、という認識だった。

「お褒めに預かり光栄です。キャロル様をお守りするため、日々穏やかに暮らしていただくために、これからも精進してまいります」
「「「きゃ~!! 素敵~!!」」」

 侍女たちに礼を伝えれば、まるで憧れの殿方を見つけたような恍惚とした表情で、甲高い声を上げる侍女たち。

 キャロルはそんな侍女たちに「気持ちは分かるけれど、少し静かになさいね!」と注意すると、ミルクたっぷりの紅茶を一口喉に流し込む。
 それから、セレーナに対して「そういえば」と話を切り出した。

「珍しくぼんやりしてたけれど、どうしたのかしら? 悩みなら聞くわ! 寧ろなんだって話して!? 私の全てを使ってでもどうにかしてあげるからね!?」

 ティーカップをソーサーに戻し、やや興奮気味にキャロルはそう話す。

(なんてお優しい主なのだろう)

 専属護衛騎士に対してここまで気を揉んでくれるのは、当たり前のことではない。

(こんなキャロル様には、やはり早めに報告しておくべきね)

 セレーナ琥珀色の瞳を薄っすらと細めて、やや口角を上げる。
 そして、改めてキャロルに「ありがとうございます」とお礼を伝えてから、落ち着いた声色で話し始めた。

「……実は昨日、婚約が決まりまして。そのことについて、少し考えておりました」
「…………は? 誰の婚約が決まったって?」

 普段のキャロルとは思えないほど低い声に、その場はぴしゃりと凍りついた。

 同時に、一番古参の侍女が先程までキャロルが飲んでいた紅茶をサッとテーブルから退ける。

 セレーナはそんな侍女の行動の理由が分からないまま、キャロルの質問に淡々と答えた。

「私です。お相手はウェリンドット侯爵家のデビッド様です」
「なんですってえええ!?」

 ──バンッ!!
 鬼のような形相をしたキャロルがテーブルに両手を思い切り叩きながら立ち上がる。幸い侍女のファインプレーのお陰で、テーブルが紅茶まみれになることはなかった。

(さすが、よくキャロル様の行動パターンが分かっていらっしゃる。……ではなく)

 怒り心頭のキャロルに、セレーナは此度の婚約についての説明を続けた。

「マクフォーレン王国において、二十歳の私は行き遅れです。こんな私に侯爵家の嫡男、それも初婚の方との縁談が叶うなど奇跡に近い話です。……それでですね、実は三ヶ月後には婚姻を結び、その際にウェリンドット侯爵家に輿入れ致しますので、騎士を引退することに──」 

 ──ガッシャーーン!!!
 セレーナの言葉を遮るように、テーブルから紅茶を退けた侍女が、あまりの衝撃にポロッとティーカップを落とす。

 セレーナは慌ててその侍女の元へ駆け寄ると、彼女の全身を素早く観察した。

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「……は、はい。いえ、そうではなく! セレーナ様……騎士をお辞めになる、のですか……?」
「……お相手がそれを望んでいますので」

 セレーナがティアライズ伯爵家の長女として生を受けてもう二十年が経つ。

 ティアライズ家は代々騎士の家系だ。
 父は騎士として活躍しており、その背中を見て育ったセレーナは、兄と共に『将来はお父様みたいな強い騎士になる!』と豪語していた。

 そんなセレーナは、十二歳の時に騎士を育成するための騎士学園への入学を果たした。

 そして、四年間の学園生活を経て、めでたく卒業したセレーナは、この国に三人しか居ない女性騎士になる夢を叶えた。そして直ぐに、騎士としての腕を買われ、キャロルの専属護衛騎士に大抜擢された、のだけれど。

『お母様、申し訳ありませんが、縁談の話はまた今度……』

 セレーナは騎士になってからというもの、帰省するたびに母が持ちかけてくる縁談の話を蹴っていた。騎士として務める日々があまりに充実しており、結婚をしたらこの日々が失われることを危惧したからである。縁談の相手が全て下級貴族だったため、こちらに断る権利があることも大きい。

 一般的に、貴族令嬢は結婚したら屋敷の管理や子供を産み育てるもので、外で働き続けることは良しとされなかった。騎士という危険な仕事なら、なおさらだった。

 もちろん、伯爵令嬢として、どこかのタイミングでは結婚をしなければならないということは分かっていた。

 だが、長い間騎士として働けるのならば、セレーナは結婚相手は誰でも良いと考えていたので、結婚を急ぐつもりはなかったのだ。

 けれど、セレーナの女としての幸せを願う母は、そうではなかったらしい。

『セレーナ!! 貴方もう二十歳でしょう!? 四の五の言わずにさっさと結婚なさぁぁい!! これ以上ない縁談の話がきたのだから、文句は言わせないわよぉぉぉ!!』
『ひっ』

 セレーナが二十歳になったのを皮切りに、母は本気を出したのだ。ブチブチと、額に青筋を立てながら。

 普段は穏やかな母の堪忍袋の緒が切れたのを見て、セレーナは流石に母の望みを汲まなければという思いと、貴族令嬢としての責務もあるしという思い、相手が侯爵家であることから、頷く他なかった。

 そうして、セレーナは縁談相手──デビッド・ウェリンドット侯爵令息との婚約が、昨日正式に決まったのだ。


「──貴族令嬢として生まれた以上、結婚となれば家を守るために騎士の仕事は辞めなければなりません。キャロル様には大変申し訳有りませんが、後任の専属護衛騎士への申し送りなどはしっかりとさせていただきます」

 セレーナはキャロルに対して、深く頭を下げる。

 昔から夢だった騎士という仕事を辞めるのは本意ではないが、格上の侯爵家の長男との結婚は、ティアライズ家にとって利があるのも事実だ。

(デビッド様とは挨拶しかしていないから人柄は知らないけれど。まあ、お母様の勧めなら大丈夫でしょう)

 だから、残り少ない騎士としての仕事を精一杯勤めよう。
 そう思っていたセレーナは、キャロルに「顔を上げなさい」と命じられたので、それに従った。

「セレーナ、お相手はデビッド様だったわよね?」
「はい。そうですが……キャロル様……?」

 すると、背後にゴォォ! と禍々しいオーラが見えているのに、晴れやかな笑顔のキャロルの姿に、セレーナには少し動揺が走る。

「近いうちに私のお茶会にデビッド様を招待するわね? 大切で大好きなセレーナの伴侶となる方ですもの。私もお会いして話したいわ? セレーナに相応しい殿方かも見ておきたいもの。ふふふふ」
「……! キャロル様はなんて従者思いなのでしょうか……。私は幸せ者です」

 けれど、こんなに思いやりに溢れた言葉をかけられれば、動揺など簡単に消えていった。


「……大好きなセレーナを、安々と渡すつもりはないもの」


 キャロルの懐の深さに感動していたセレーナには、地を這うような低い声で呟いたキャロルの声は届かなかった。
 
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