2 / 43
02
しおりを挟む──話は、婚約破棄事件の約一ヶ月前に遡る。
「セレーナ? 聞いてる?」
どこからともなく春の陽気が漂ってくる頃。
王女宮の中庭にある丸い天井をしたガゼボ内。姿勢良く立っていたセレーナは、優雅にお茶を飲んでいる可憐な少女から、そう声をかけられた。
セレーナはラベンダー色のドレスに身を包む少女に対して「申し訳ありません」と頭を下げる。
「少し考え事をしておりました。もう一度お聞きしても宜しいですか?」
「セレーナがぼーっとしてるなんて珍しいわね……。医者を呼びましょうか!? なんなら私が診察しましょうか!?」
心配してくれる少女に、セレーナは「王女殿下のお気遣い、痛み入ります」と笑顔で返した。
(ん? 私が診察しましょうかって言ってた? まあ良いか)
細かいことは気にしてもしょうがない。セレーナは考えることをやめ、職務を全うするために少女と、その周辺に意識集中させた。
──少女の名は、キャロル・マクフォーレン。
華奢な体型に人形のような整った顔。ふわふわとした長いプラチナブロンドに、王族特有の碧眼。今年で十六歳。
お茶を飲む所作が非常に美しく、庇護欲を掻き立てられるようなこの美少女こそが、セレーナの護衛対象だった。
「セレーナったら! 非公式の場ではキャロルって呼んでって言ってるのじゃないの!」
「申し訳ありません。……では、キャロル様。やはりお名前で呼ぶのは少し緊張してしまいますね。あ、美しい御髪に花びらが。失礼しますね」
「ひゃー! 好きぃぃぃ!!」
キャロルを名前で呼んだことか、そのことに対してセレーナが少し照れたからなのか、キャロルの髪についている花びらを取ったからか。
どれに対してキャロルが好きと言っているかは分からなかったけれど、セレーナは不快にさせていないようならば良かったと、ニコリと微笑む。
すると、セレーナを溺愛するキャロルを筆頭に、彼女の専属侍女たちも黄色い声を上げた。
「きゃ~! セレーナ様、本当に麗しいですわぁ! 白い騎士服が本当に良くお似合いで……」
「騎士の方って威圧的な方も少なくないですから、本当にセレーナ様が王女殿下の護衛で良かったです!」
「分かるわぁ。それにお強いとまできたら、完璧よね!」
──かれこれ四年前。
騎士学園を卒業して直ぐに、セレーナは騎士としての高い能力を見初められて、キャロルの専属護衛騎士に大抜擢された。
中性的な部分を兼ね備えた麗しい外見と、男性に劣らぬ強さを持つこと、真面目で気遣いができることなども相まって、セレーナは王宮内の女性からかなり人気があった。
その最たるものはキャロルと、三人の侍女たちである。
セレーナからしてみれば、特別なにかをしている訳ではないので、自分の周りには優しい人たちしか居ないなぁ、という認識だった。
「お褒めに預かり光栄です。キャロル様をお守りするため、日々穏やかに暮らしていただくために、これからも精進してまいります」
「「「きゃ~!! 素敵~!!」」」
侍女たちに礼を伝えれば、まるで憧れの殿方を見つけたような恍惚とした表情で、甲高い声を上げる侍女たち。
キャロルはそんな侍女たちに「気持ちは分かるけれど、少し静かになさいね!」と注意すると、ミルクたっぷりの紅茶を一口喉に流し込む。
それから、セレーナに対して「そういえば」と話を切り出した。
「珍しくぼんやりしてたけれど、どうしたのかしら? 悩みなら聞くわ! 寧ろなんだって話して!? 私の全てを使ってでもどうにかしてあげるからね!?」
ティーカップをソーサーに戻し、やや興奮気味にキャロルはそう話す。
(なんてお優しい主なのだろう)
専属護衛騎士に対してここまで気を揉んでくれるのは、当たり前のことではない。
(こんなキャロル様には、やはり早めに報告しておくべきね)
セレーナ琥珀色の瞳を薄っすらと細めて、やや口角を上げる。
そして、改めてキャロルに「ありがとうございます」とお礼を伝えてから、落ち着いた声色で話し始めた。
「……実は昨日、婚約が決まりまして。そのことについて、少し考えておりました」
「…………は? 誰の婚約が決まったって?」
普段のキャロルとは思えないほど低い声に、その場はぴしゃりと凍りついた。
同時に、一番古参の侍女が先程までキャロルが飲んでいた紅茶をサッとテーブルから退ける。
セレーナはそんな侍女の行動の理由が分からないまま、キャロルの質問に淡々と答えた。
「私です。お相手はウェリンドット侯爵家のデビッド様です」
「なんですってえええ!?」
──バンッ!!
鬼のような形相をしたキャロルがテーブルに両手を思い切り叩きながら立ち上がる。幸い侍女のファインプレーのお陰で、テーブルが紅茶まみれになることはなかった。
(さすが、よくキャロル様の行動パターンが分かっていらっしゃる。……ではなく)
怒り心頭のキャロルに、セレーナは此度の婚約についての説明を続けた。
「マクフォーレン王国において、二十歳の私は行き遅れです。こんな私に侯爵家の嫡男、それも初婚の方との縁談が叶うなど奇跡に近い話です。……それでですね、実は三ヶ月後には婚姻を結び、その際にウェリンドット侯爵家に輿入れ致しますので、騎士を引退することに──」
──ガッシャーーン!!!
セレーナの言葉を遮るように、テーブルから紅茶を退けた侍女が、あまりの衝撃にポロッとティーカップを落とす。
セレーナは慌ててその侍女の元へ駆け寄ると、彼女の全身を素早く観察した。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「……は、はい。いえ、そうではなく! セレーナ様……騎士をお辞めになる、のですか……?」
「……お相手がそれを望んでいますので」
セレーナがティアライズ伯爵家の長女として生を受けてもう二十年が経つ。
ティアライズ家は代々騎士の家系だ。
父は騎士として活躍しており、その背中を見て育ったセレーナは、兄と共に『将来はお父様みたいな強い騎士になる!』と豪語していた。
そんなセレーナは、十二歳の時に騎士を育成するための騎士学園への入学を果たした。
そして、四年間の学園生活を経て、めでたく卒業したセレーナは、この国に三人しか居ない女性騎士になる夢を叶えた。そして直ぐに、騎士としての腕を買われ、キャロルの専属護衛騎士に大抜擢された、のだけれど。
『お母様、申し訳ありませんが、縁談の話はまた今度……』
セレーナは騎士になってからというもの、帰省するたびに母が持ちかけてくる縁談の話を蹴っていた。騎士として務める日々があまりに充実しており、結婚をしたらこの日々が失われることを危惧したからである。縁談の相手が全て下級貴族だったため、こちらに断る権利があることも大きい。
一般的に、貴族令嬢は結婚したら屋敷の管理や子供を産み育てるもので、外で働き続けることは良しとされなかった。騎士という危険な仕事なら、なおさらだった。
もちろん、伯爵令嬢として、どこかのタイミングでは結婚をしなければならないということは分かっていた。
だが、長い間騎士として働けるのならば、セレーナは結婚相手は誰でも良いと考えていたので、結婚を急ぐつもりはなかったのだ。
けれど、セレーナの女としての幸せを願う母は、そうではなかったらしい。
『セレーナ!! 貴方もう二十歳でしょう!? 四の五の言わずにさっさと結婚なさぁぁい!! これ以上ない縁談の話がきたのだから、文句は言わせないわよぉぉぉ!!』
『ひっ』
セレーナが二十歳になったのを皮切りに、母は本気を出したのだ。ブチブチと、額に青筋を立てながら。
普段は穏やかな母の堪忍袋の緒が切れたのを見て、セレーナは流石に母の望みを汲まなければという思いと、貴族令嬢としての責務もあるしという思い、相手が侯爵家であることから、頷く他なかった。
そうして、セレーナは縁談相手──デビッド・ウェリンドット侯爵令息との婚約が、昨日正式に決まったのだ。
「──貴族令嬢として生まれた以上、結婚となれば家を守るために騎士の仕事は辞めなければなりません。キャロル様には大変申し訳有りませんが、後任の専属護衛騎士への申し送りなどはしっかりとさせていただきます」
セレーナはキャロルに対して、深く頭を下げる。
昔から夢だった騎士という仕事を辞めるのは本意ではないが、格上の侯爵家の長男との結婚は、ティアライズ家にとって利があるのも事実だ。
(デビッド様とは挨拶しかしていないから人柄は知らないけれど。まあ、お母様の勧めなら大丈夫でしょう)
だから、残り少ない騎士としての仕事を精一杯勤めよう。
そう思っていたセレーナは、キャロルに「顔を上げなさい」と命じられたので、それに従った。
「セレーナ、お相手はデビッド様だったわよね?」
「はい。そうですが……キャロル様……?」
すると、背後にゴォォ! と禍々しいオーラが見えているのに、晴れやかな笑顔のキャロルの姿に、セレーナには少し動揺が走る。
「近いうちに私のお茶会にデビッド様を招待するわね? 大切で大好きなセレーナの伴侶となる方ですもの。私もお会いして話したいわ? セレーナに相応しい殿方かも見ておきたいもの。ふふふふ」
「……! キャロル様はなんて従者思いなのでしょうか……。私は幸せ者です」
けれど、こんなに思いやりに溢れた言葉をかけられれば、動揺など簡単に消えていった。
「……大好きなセレーナを、安々と渡すつもりはないもの」
キャロルの懐の深さに感動していたセレーナには、地を這うような低い声で呟いたキャロルの声は届かなかった。
27
あなたにおすすめの小説
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる