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しおりを挟むフィクスは、正式な婚約者とするための挨拶や手続きは後日行うと取り込めてから、その日はセレーナと別れた。
それから、同日の夜。
窓の外は日が落ち、暗闇が立ち込めている中、フィクスはソファにゆったりと腰掛けながら、斜め前に直立しているリックに目を向けた。
「──と、いうわけでセレーナが俺の婚約者になるわけだけど、理解したかい?」
「いやいやいやいやいや、ちょ、え、いや、え?」
挙動不審な態度を取っているのは、フィクスの側近兼従者のリック・フェンデル。
ブラウンの髪と瞳をした、やや幼い顔つきの二十代の男性である。
今日、セレーナから提案されたことを早速共有したのはいいものの、リックの動揺具合に、フィクスは微笑を浮かべた。
「……お前が驚くのは無理もないけどね。俺も驚いたし」
「未だに信じられません……! あの生真面目なセレーナ嬢が、そんな提案をするだなんて……」
「……いや、生真面目で、義理堅いからこそでしょ」
──本当ならば、フィクスはセレーナのいかなる提案も突っぱねるつもりだった。
セレーナを傷付けたくないために動いたことではあったけれど、セレーナを誰かに取られたくないという個人的な感情がとても強かったからだ。もちろん、ウェリンドット侯爵の悪事を手に入れる良い機会であったことも、多少はあるけれど。
「まあ、けど、俺にとってみればこんなに幸運なことはないよね」
「……そりゃあ、六年もの間片思いしていらっしゃる相手と、仮初とは言え婚約者になれるわけですからね」
「うん。話をされた時は、一瞬都合のいい夢かと思ったよ」
本来ならば『仮初』なんて言葉はないに越したことはないけれど、現時点で一般的な婚約者同士になれると思うほど、フィクスは愚かではなかった。
「婚約者になれば、今までよりずっと傍に居られる。好きになってもらえる可能性だって増えるはず。……こんなチャンスを逃すわけにはいかない」
婚約者ともなれば、デートもできるし、パートナーとして舞踏会にも参加できる。
可愛いと何度だって伝えられるし、あの柔らかな碧い髪の毛に触れたって誰も咎めない。
「それに、この婚約には大きく二つ。セレーナにも利点があるからね」
「……ああ、確かにそうですね」
「はは。セレーナは自分に利があるなんてこと考えずに提案したんだろうけどね。あの性格だから」
仮初の婚約者にしてほしいと提案してきた時の真っ直ぐなセレーナの目を思い出し、フィクスはついつい頬が緩んでしまう。
(好きだなぁ。ああいう、真っ直ぐで、人の為に行動できるところ)
しかし、浮かれてばかりではいられない。
現時点では、フィクスとセレーナの婚約はただの口約束だ。国王と王妃、そしてセレーナの両親に婚約の承諾を得て、書面を交わすことによって、ようやく正式な婚約者になれる。
「リック、両陛下に婚約の話をするから、予定を確認してくれ。それが終わったら、セレーナのご両親に便りを出すから、諸々の準備を」
「ハッ!」
国王と王妃の側近たちと予定を擦り合わせるためだろう。
足早に部屋を出ていくリックの背中を見送ったフィクスは、ローテーブルに置かれている紅茶を口に含む。
「さて、両陛下はすんなり婚約の承諾をしてくれると思うけど、問題はセレーナの家族だな」
入れてから時間が経っているためか、紅茶はほんのり冷たい。
いつもなら入れ直してもらうところだが、セレーナと口約束とは言え婚約者になれたことに浮足立ってしまいそうなフィクスには、この冷たさがちょうど良かった。
「おそらく、彼女のご両親は反対をしないだろうが──問題は、あいつだな」
セレーナと同じ琥珀色の瞳を持つ、とある男のことを頭に思い浮かべたフィクスは、部屋に響き渡るほどの溜息を漏らした。
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