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王族専用の馬車は、長時間の移動でも苦痛にならないように、揺れが少ないのはもちろんのこと、上質なクッションが引かれており、臀部へのダメージも少ない。
キャロルの外出に同行する際は、愛馬に乗って護衛に当たっていたので、馬車内がこんなにも快適だとセレーナは今日初めて知った。
(……けれど、まさか、こんな状況で知ることになるとは)
──フィクスにセレーナの家族に挨拶に行こうと言われてから二日後の現在。
セレーナは、フィクスの瞳の色と同じ色のドレスを身に纏い、王族専用の馬車に揺られていた。
目的地はセレーナの実家──ティアライズ伯爵家だ。
「いつも綺麗だけど、今日のセレーナもとっても綺麗だね。可愛い。俺が送ったドレス、気に入ってくれた?」
「は、はい。このドレス以外にも、たくさん贈ってくださり、ありがとうございます……」
胸元に光るサファイアのネックレスも、髪型をハーフアップした際に付けてもらった髪飾りも、全てフィクスが贈ってくれたものだ。
──『ドレスもアクセサリーもこんなに贈ってくださるなんて、セレーナ様は殿下に愛されておいでですね!』
今朝、興奮気味にそう話していたリッチェルを思い出し、セレーナは小さく溜息を漏らした。
(これも、仲睦まじく見えるための作戦だけどね。王宮の者たちはもちろん、この姿の私を見たら、多分家族も仮初の婚約者だとは思わないはず)
正面から、足を組んでこちらを見つめるフィクスの目はとても優しいが、これも演技に違いない。
(密室でも、婚約者の演技を欠かさないお姿、感服いたします)
婚約者として頑張らなければと、セレーナは拳を作って内心意気込んだ。
「セレーナ、それにしてもごめんね。君のご家族への挨拶の日時を、俺が勝手に決めてしまって」
「いえ、王女殿下からも休暇の許可はいただけておりますので、問題ありません。……むしろ、わざわざ実家まで殿下にご足労いただいて、感謝しかありません」
着席したまま頭を垂れれば、フィクスは間を置くことなく口を開いた。
「いや、婚約者なんだから当然でしょ。ティアライズ伯爵家には、セレーナが婚約者になりたいと言ってくれた日の夜に、挨拶に行きたい旨の手紙は出して置いたんだけど、互いの予定が合うのが今日しかなくてね」
「左様でしたか」
フィクス曰く、その手紙には『仮初』であることを除いた婚約についてと、ウェリンドット侯爵家の悪事の証拠を掴んだことが書かれているのだという。
因みに、状況を理解したティアライズ家は既に書面でフィクスとセレーナの婚約については承諾はしている。
そのため、今回の挨拶は婚約の許しを得るためのものではなく、フィクスがセレーナの家族を安心させるために、一度は顔を合わせておきたいという理由らしいのだ。
「殿下、実家までの道中、ごゆるりとお過ごしください。なにがあっても、私がお守りいたします」
「はは。ドレスを着てても、セレーナはセレーナだね」
ドレスのため帯剣はできない代わりに、自身の右側の近くに置いてある愛刀を、右手で握り締める。
すると、剣に触れたことでとある疑問を思い出したセレーナは、少し不安げな顔で問いかけた。
「殿下、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「もちろん、どうしたの?」
「殿下の婚約者となった私は、このまま騎士の仕事を続けていても構わないのでしょうか?」
フィクスやキャロル、もちろん国王からも、騎士の仕事について辞めるようには言われていない。
しかし、セレーナは仮初とは言えフィクスの婚約者だ。
いくら騎士の仕事が好きでも、将来王族の妻になる者として、諸々教育や勉強があるのではとセレーナは考えていたのである。
「もちろん。セレーナはこのまま騎士の仕事──キャロルの専属護衛騎士を勤めてくれて構わないよ。むしろ、俺もキャロルもそれを望んでいる。両陛下も、同意見みたいだよ」
「それは願ってもないことなのですが……。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
窺うような眼差しを向けるセレーナに、フィクスはさらりと答えた。
「セレーナは騎士としてとても優秀だから、辞めさせない方が良いって、話になったんだよ。ほら、キャロルの暗殺を未然に防いだのは、他でもないセレーナでしょ。……常に周りを警戒し、迅速に敵を確保することは口で言うのは簡単だけど、実際には血が滲むような努力が必要なことくらい、俺たち王族は分かってる。そんなセレーナから騎士の職を奪うことは、国にとって損でしかないからね」
能力を認められたことはもちろん、それを得るまでの努力を認められたことが心から嬉しくて、胸がいっぱいになる。
「……っ、ありがとうございます」
体中が熱くなって、うまく言葉が出てこない。
頬が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えたセレーナは、感謝の言葉を吐き出すだけで精一杯だった。
「それに、セレーナが騎士として在り続けることは、俺の願いでもあるから」
見たことがないくらい穏やかな表情をしているフィクスは、真剣な声色でそう囁く。
馬車の車輪が回る音で掻き消されそうなほどに小さな声だったが、それは確かにセレーナの耳に届いた。
「……? 殿下、それはどういう──」
(願いって、なんで……?)
しかし、セレーナのそんな問いかけは、フィクスのいつも通りの茶目っ気を含んだ声に遮られた。
「そろそろさ、それ、やめない?」
「……それ、とは?」
──はて、なんのことだろう。
セレーナが質問で返すと、フィクスは長い足を組み直し、僅かに口角を上げた。
「セレーナに殿下って呼ばれるのは、淋しいな」
「!?」
「もう婚約者なんだから、フィクスって呼んでほしいんだけど」
確かに、一般的な婚約者たちは、互いに名前を呼び合うことが多い。
やはり名前で呼ばれることは、親近感が湧くからなのだろう。おそらくキャロルもそういう理由のはず。
(第三王子殿下の場合は──……)
──うん。仮初の婚約者だとバレないために、名前呼びは必須だと考えているに違いない。
そう判断したセレーナは、琥珀色の瞳をフィクスへと向ける。
呼吸を調えてから、その名を呼んだ。
「……フィクス、様」
「……っ」
「こう口にすると多少恥ずかしさはありますが、周りの方に違和感を持たれないためにも、頑張らせていただきま──っ!」
ガタンと音を立てて馬車が右に曲がれば、ちょうどセレーナの顔あたりに、窓から太陽の陽射しが射し込んでくる。
(眩しい……!)
目に眩い光が届き、驚いたセレーナは咄嗟に目を閉じた。
──だから、セレーナが気付くことはなかった。
フィクスの頬が、ほんのりと赤らんでいることに。
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