婚約破棄から始まる仮初の婚約〜恩返しのはずが由緒正しき王家の兄妹に甘く囲われました〜

櫻田りん@【悪人公爵様2】12/14発売

文字の大きさ
39 / 43

39

しおりを挟む
 
 どれくらい眠っていたのだろう。分からない。
 けれどたった今、まるで深海から浮かび上がってくるような、そんな感覚があった。

 過去にないほど瞼が重たい。朧気な意識の中でも頭、肩、手首に太腿には痛みが走り、起き上がるのが億劫だ。

「セレーナ! セレーナ……!!」

(誰か……呼んでる)

 聞き覚えのある声。けれど、いつもこんなに切羽詰まったような声色だっただろうか。
 そう、いつもはもっと、どこか意地悪で、人を誂うような……。

(けれど、とても優しい声)

 確か、そうだった。そしてセレーナは、そんな彼の声が大好きだった。

(……聞きたい、な)

 そう思ったら、痛みがふと軽くなって、セレーナは腕を動かすことができた。
 そっと腕を上に伸ばし、降りてこようとする瞼に逆らって目を開く。

 目の前に居る美しい碧い瞳の彼の名を、そっと呼んだ。

「フィクス、さま……」
「セレーナ……! 良かった……! 目を覚ましてくれて、本当に良かった……!」

 フィクスはセレーナの手を両手で握り締めて、今にも泣き出しそうな表情を見せる。

 ああ、心配をかけてしまったんだな……。

 早くフィクスを安心させてあげたい。セレーナはできる限りの笑顔を浮かべた。

「もう、大丈夫、です……」

 セレーナそう伝えたら、フィクスは僅かに唇を震わせながら、「うん」と小さな声で応える。

 何故だかそんなフィクスを見て、セレーナは涙が零れた。


 その後、セレーナが目覚めてからのフィクスの行動は速かった。

 感動に浸っていたのはほんの少しで、フィクスは直ぐ様セレーナの体を心配して王宮医を呼んでくれた。

 王宮医からの説明では、デビットから受けた傷に致命傷になるようなものはなかったらしい。
 ただ、あまりに血を流し過ぎたため、意識を失うに至ったそうだった。いつ目覚めるかは王宮医にも予想できなかったようだ。

 これからの療養については、一ヶ月ほど安静にしていれば大丈夫とのこと。
 体に後遺症が残るようなことはなく、傷もほとんど見えなくなるだろうとのことだった。体力を戻せば、また騎士として復帰できるだろうと言われた時は、ホッと胸を撫で下ろした。

 王宮医がお大事にと部屋を出て行くと、ちょうどそのタイミングで、セレーナが目覚めたことをセレーナの家族やキャロルなどの近しい人物に伝達するようフィクスが部下に指示した。
 フィクスの計らいにより、現在はクロードだけでなく両親も一時的に城に部屋を与えてもらっているらしく、おそらく一時間もしないうちに来るだろうとのこと。

 この頃には目覚めてから約一時間ほど経っており、セレーナの意識は完全にはっきりしていた。
 支えがあれば上半身を起こせるほどになっていたので、フィクスが食事の手配をしてくれた。

 王宮医からの話では、なんと二日間も眠り続けていたらしいので、怪我の痛みと同じくらい空腹がとんでもなかった。用意されたスープは、涙が出るほど美味しかった。

「……ご馳走様でした。えっと、フィクス様、色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません……。それと、助けてくださって、ありがとうございました」 

 セレーナは空になった皿とスプーンをベッドサイドテーブルに置いてから、フィクスに頭を下げる。
 サイドテーブルと反対側に置いた椅子に腰掛けているフィクスは、ゆっくりと首を横に振った。

「ううん。俺は王宮医のところに連れて行っただけだから」
「いえ、王宮医様のもとに運んでくださったことだけではなく……」

 一時は死ぬと思ったのに、こんなふうに話せるなんて、まるで夢みたいだ。

 この穏やかな時間を堪能していたいものの、セレーナは今、王宮医の話による自分の体の状況しか理解できていないので、フィクスに質問することにした。

「何故、あの地下室に助けに来てくださったんですか……?」

 助けに来てくれた時のフィクスの様子から察するに、偶然あの地下室に来たという感じはしなかった。

 意図的に助けに来きてくれとして、何故あの場所が分かったのだろう? そもそも、何故セレーナが何者かに連れ去られていると分かったのだろう?

「ああ、そうだね。それじゃあまず、順を追って話そうか。まず、セレーナになにかあったのかもしれないと気付いたのは、御前試合の準決勝が始まる直前だよ。セレーナは棄権をしたはずなのに、通常通り試合が行われる流れになっていたからおかしいと思ったんだ」
「……! なるほど、そういうことですか」

 準決勝は二試合あり、セレーナが先に試合を行い、その後にフィクスの試合が行われる予定だった。

 だが、セレーナは左手首の怪我が原因で棄権をするつもりだったので、セレーナの対戦相手は不戦勝になり、速やかにフィクスたちの試合が行われるはずだ。

 それなのに、御前試合の運営はセレーナの棄権を認知しておらず、会場にセレーナが現れないことに観客たちは騒然としていたようだ。

「真面目なセレーナが、棄権の旨を伝え忘れるなんてことあるはずがない。つまり、伝えられない状況にセレーナはいるんじゃないかと考えて、俺は直ぐに捜しに行った」
「ま、待ってください……! 私が現れなければ、遅かれ早かれ不戦敗になるはずです。その次はフィクス様の試合ですよね?」
「そうだね。……けど、御前試合なんかより、セレーナのことが心配だったから」
「……っ」

 つまり、フィクスは試合を放り出して、セレーナを捜しにきてくれたのだ。
 セレーナが危険な目に遭っている確証なんてないのに。

「で、セレーナがどこに居るかまでは分からなかったから、とりあえず地上に向かったんだ」

 フィクスは当たり前のように話すけれど、何一つ当たり前なんかじゃない。
 優しすぎるフィクスにセレーナは胸が熱くなる中、引き続き彼の話に耳を傾けた。

「それから救護テントの付近を捜した。けど姿がなかったから、次は会場の裏側の方を捜しに行ったんだけど……。そうしたら、地面に血痕があって」
「……おそらく、あの男に頭を殴られた時のものだと思います」
「うん。初めは誰の血痕なのか分からなかったけど、これを見つけた時に、セレーナの血痕なのかもしれないと思った」
「これ……?」

 フィクスは一旦立ち上がると、ズボンのポケットに手を入れてなにかを取り出す。
 そして、もう一度腰を下ろしてから、その手をセレーナの方へと差し出した。

「……これだよ。俺がセレーナにあげたネックレスが落ちてたんだ」
「……!」

 フィクスはセレーナにネックレスを手渡す。
 セレーナは愛おしそうにそのネックレスを握り締めると、そんな彼女の手をフィクスは優しく包み込んだ。

「セレーナの棄権連絡が届いていないこと。血痕と同じ場所にネックレスが落ちていたことから、セレーナがなにか危険な目に遭っていると確信を持った俺は、地下に続く血痕を追った。そして、血痕が消えた場所にある扉を開けたら、セレーナとあの男が居たんだ。……これで、疑問は解けたかい?」

 フィクスの問いかけに、セレーナは何度も頷いた。

(まさか、無くしたと思っていたネックレスのおかげで、フィクス様が助けに来てくれたなんて……)

 驚きで上手く声が出せないでいると、フィクスは次に、デビットのことを話し始めた。

「デビット・ウェリンドットはあの後騎士たちに拘束されて、牢屋に戻された。二度と脱獄ができないよう、厳重に拘束具をつけられて、見張りも強化してね。……脱獄の上に逆恨みでセレーナを傷付けただけでも罪は相当重いけど、デビット本人が俺の命も狙っていたことと、セレーナを殺したらキャロルを連れ去ろうと考えていたと自白したらしいから、おそらく死刑は免れないだろうね」
「…………それは、致し方ありませんね」

 キャロルを連れ去ろうとしていたとは驚きだ。
 だが、確かにデビットはキャロルのことを盲目的に愛しているように見えたので、おかしな話ではないかとセレーナは納得した。

「フィクス様、詳しく話していただいてありがとうございました」
「いや、構わないよ。……けど、俺からも一つ質問して良い?」

 はて、質問とはなんだろう。これと言って思いであることがなかったセレーナだったが、「もちろんです」と返事をした。

 すると、フィクス派少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、窺うように問いかけた。

「セレーナが意識を失う直前に言った言葉、覚えてる?」
「…………あ」

 その問いかけを耳にした瞬間、セレーナはこれからフィクスがなんの話をしようとしているのか、分かってしまった。

「──俺のこと、好きって本当?」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...