神様夫婦のなんでも屋 ~その人生をリセットします~

饕餮

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9話目 ~こだわりの紅茶~

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 紅茶ティーと一口にいっても、産地によって味も香りも違う。そして飲み方も。
 ストレート、レモン、ジャムにミルクティー。挙げ句には茶葉が入っていない、生薬や薬草から作られるハーブティーもある。
 とにかく、〝ティー〟といえど、多種多様な種類があるのだ。

 そんな私がこだわっているものは紅茶。同じダージリンでも、メーカーによって若干味が違う。これは茶葉を摘んだ時期によるものだ。
 一般的に聞いたことがあるのは、春摘みといわれるファーストフラッシュと、夏摘み、もしくは二番摘みといわれるセカンドフラッシュだろうか。他にも早摘み茶やインビトウィーン、オータムナルというものもある。
 もちろん、紅茶の茶葉の中にも等級があり、なかなか興味深いのだ。
 オレンジペコにフラワリー・オレンジペコ、ブロークン・オレンジペコにペコ。等級が上のものとして、ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコやファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコ、なんてものもあるのだ。
 最上級の茶葉は、シルバー・ファイン・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコというそうだ。さすがに私はお目にかかったことはないが。

 そんな私は香りがいいものや、香りはそんなでもないが味がいいもの。その中に、果物を入れてフレーバーティーにするのが、私のこだわりだ。
 夏のこの時期なら、桃やハウスみかんを入れてもいいし、パイナップルやスイカ、キウイを入れてもいい。お気に入りの紅茶が手に入ったから、とにかくフルーツフレーバーティーが飲みたくて、果物を買うためにスーパーをはしごしていた。

 ――あ! アップルマンゴーがあるなんて珍しい!

 これは買いでしょ! と三個手に取り、籠の中に入れる。他にも桃やオレンジ、早採りなのかリンゴと梨もあったので、それも三個ずつ籠の中へと放り込む。
 ついでに食料の買い出しもして、レジでお金を払い、エコバッグに詰めている時にハタと我に返る。
 店をやっているわけでもないのに、こんなに果物が必要だろうか、と。
 一人で食べるにしても、フレーバーティーにするにしても、こんなにいらないのに、と。
 つい昔憧れていたこととも相まって、ダメだなあ……と内心溜息をついた。

 憧れていたのは、祖父母と一緒に喫茶店を開くこと。そのためにはどんな資格が必要なのかたくさん調べた。
 けれど、今はもう無理な話だと小さく溜息をつき、買ってしまったんだから持って帰ろうと、途中になっていた袋詰めを再開。全てを詰めてスーパーを出ると、自転車の籠に買ったものを入れ、自宅に帰る。
 さっそく桃を使ったフレーバーティーを淹れ、その香りと味にホッと息をついた。仄かに香る紅茶と桃の香りと、桃の甘みが口の中で広がる。

 ――ああ、いいなあ! これよ、これ!

 ニマニマしつつ一緒に買ってきたクッキーを食べ、まったりしなからがら目の前にあるパソコンの画面を眺め、マウスを操作して無料投稿動画のアプリを開く。

 ――さて、今日は何をBGMにしようかな。

 前回はクラッシックだったから、今回はジャズにしようと検索バーに〝ジャズ〟と入れ、検索を開始。
 お? 〝My Favorite Things〟がある。〝この素晴らしき世界〟や〝星に願いを〟もいいなあ。〝Take Five〟に〝Moanin’〟、〝Spain〟や〝Sing Sing Sing〟もある!
 有名なものから知らない曲まで、自分のアカウントにかたっぱしからお気に入り登録し、それを繰り返しの設定にしてパソコンから流し始める。

「あ~、いいわ~。おじいちゃんと一緒にレコードで聞いていたのを思い出すなあ……」

 祖父は大のジャズ好きで、今では珍しいレコードをたくさん持っていた。そんな祖父の影響なのか祖母もジャズが大好きで、曲をかけては祖父と一緒に歌ったり踊ったりしていたっけ。
 本当に懐かしいと感じるとともに、寂しいとも感じる。私が喫茶店に憧れたのは、そんな祖父母の影響もあったのだから。
 祖父母は霊験あらたかな神社がある町に住んでいて、自宅の一階を飲食スペースにリフォームし、レコードでジャズを流しながらコーヒーや紅茶、軽食を出していた。私が小さいころに何度か行ったけど、落ち着いた雰囲気がよかったのか、町の人や旅行客と思しき人たちがいて、かなり繁盛していたのを覚えている。
 そんな祖父母も寄る年波には勝てず、店を畳むか誰かに譲ろうと考えてたのだ。その結果、今の私の立ち位置があるわけで……。
 そこまで考えて溜息をつき、頭を横に振る。今さら考えても仕方がないことだから。
 とりあえず今は、買ってきた大量の果物をなんとかしなければと立ち上がり、果物の処理を始める。ジュースにしたり、シロップ漬けにしたり、ドライフルーツにするために処理を施してザルに広げ、窓際に干したり。
 あとは紅茶に入れられるよう、皮を小さく刻んで、これも干した。この段階で一日が終わってしまったので、その日は眠った。

 翌日、同じようにジャズを流しつつ、つい祖父母がいた家のことを思い出す。

 ――ここから電車で行けるし……行ってみようか。

 なんとなく行かないと後悔するような気がして、でかける用意を始めると、すぐに出発する。どのみち明日までは休暇だし、なんとか日帰りできる距離にある。
 すぐに駅まで行って電車に乗り込むと、祖父母の家があった町に向かった。
 そして数時間後、最寄り駅に着く。

「……変わってないなあ」

 駅のロータリーを眺め、ぽつりと零す。まあ、数年離れていただけだからそれほどの変化はないよねと苦笑し、懐かしい場所を散策し始める。
 駅から少し行くと、土産物店がずらりと並ぶ歩道に出る。ここを真っ直ぐ行くと小高い丘のようになっていて、そこに霊験あらたかな神社があるのだ。
 祖父母の家はその途中にある脇道を入り、住宅街へと続く道の真ん中あたりにあった。
 行ってみようかと思うものの、きっと当時とは違う様相になっているかもしれないと思い、つい二の足を踏んでしまう。どうしようか迷っていたら、私を通り越し、先を歩いている日傘をさした人の鞄から、何かが落ちる。
 落とした本人は気づいていないようで、すぐに声をかけなければと落としたものを拾うと、白檀の香りがする扇子だった。香りと繊細で美しい造りから高価なものだと判断し、すぐに日傘をさした人に声をかける。

「あの、すみません。扇子を落としましたよ」
「え?」

 振り向いた人は真っ白な髪と赤い目をし、お腹が膨らんだ女性だった。妊婦さんなんだろう。とても綺麗な人で、着ている着物もよく似合っているからか、つい見惚れてしまう。
 見惚れている場合ではないと我に返り、もう一度扇子を落としましたよと扇子を差し出す。

「まあ……。ありがとうございます。気づきませんでした」
「い、いえ。それでは」

 危うく違う扉を開きそうだと気づき、慌てて「気にしていません」というふうに装って、その場を離れようとした。

「あ、待って。お礼をしたいのだけど、一緒に来てくれないかしら」
「え? いえ、たいしたことはしていませんし」
「遠慮なさらず。実はね、初対面で不躾なんだけれど、協力してほしいことがあるの」
「協力、ですか?」
「ええ」

 確かに初対面だけど、嫌な感じはしなかった。むしろ、どこかで会ったような気がしていたのだ。
 そんなはずはないのにと思いつつ女性の話を聞くと、数年前に美味しい紅茶の淹れ方を教わったものの、彼女も彼女の旦那さんもどちらかといえばコーヒーを淹れるほうが得意で、本当に美味しい紅茶を淹れられているのかわからないという。
 だから、その味見をしてほしいとお願いされた。

「それくらいなら……」
「本当? 助かるわ!」

 こっちよと案内されて歩き始める。すると、祖父母の家がある通りを曲がらずそのまま通り過ぎ、二本先の脇道へと入る。
 その先にあったのは、藁葺き屋根の立派な家で、扉のところには縄暖簾がかかっていた。

 ――あれ? この先って、住宅街しかなかったような……。あんなに大きな邸宅とお店、あったっけ?

 首を傾げながら記憶を辿っても思い出せないから、もしかしたら私の知らないうちに建てたのかもと考える。まあいっかと彼女のあとをついていくと、縄暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ。ああ、おかえり」
「ただいま。あのね」

 中に入ると、右目を長い前髪で隠し、左目のところに縦に傷がある男性が声をかける。どうやら彼が女性の旦那さんのようで、嬉しそうにあれこれと話をしている。
 そして私のことを説明したようで、とても申し訳なさそうな顔した。そしてカウンターに案内される。

「すぐに淹れてくるわね」
「はい」

 カウンターから見える位置で、彼女が紅茶を淹れ始める。手際もいいし、ポットにカバーをかけたり、カップにお湯を入れているのもバッチリ。
 所作は完璧で、ついほぅと感嘆の息をはく。
 蒸らす時間が来てカップのお湯を捨て、そこに紅茶を淹れる女性。それを見つつ、旦那さんがケーキを用意して、私の前に置いた。

「あの、これは?」
「お詫びという名のサービスです。紅茶と一緒にどうぞ」
「あ、あ~。別にいいのに……。でも、ありがとうございます」
「さあ、できたわ! どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」

 女性は三人分の紅茶を淹れ、それぞれの前にカップを置く。別添えで砂糖とハチミツ、レモンの輪切りとイチゴジャム、ミルクを出された。
 その気遣いも凄いし、どれでも好きなもので試してほしいとの願いなんだろう。
 とりあえず香りを嗅ぎ、色を確かめる。色も完璧だし、香りも凄くいい。
 茶葉はなんだろう……。ダージリンか、レディ・グレイか。そんな香り。
 香りを堪能したら、一口、口に含む。馥郁ふくいくたる香りと同時に紅茶の甘みと苦みが広がって、その懐かしい味に驚く。
 それは、祖父が淹れてくれた紅茶の味と同じだったから。

 ――こんな偶然ってあるの?

 まさかと思ってもう一口飲んでみても、私が知っている味だった。その味を噛みしめながら、つい過去に想いを馳せてしまう。

 もしもあの時、私が騙されなかったら。
 もしもあの時、私が声をあげたら。

 いくつもの〝もしも〟が頭を過るけど、過去は変えられないのだ。
 そんなことを思い、つい小さな溜息をついてしまう。
 とりあえず今は協力すると言ったことに専念しようと、どこかで会ったことがあるような気がするご夫婦の質問に答えたり、味の感想を言ったりして過ごした。
 ケーキも絶品でとても美味しく、紅茶も茶葉を変えて何杯も飲んだものだから、もうお腹がいっぱいだ。さすがに長居しすぎたと席を立ち、最初に出されたケーキ以外のお金を払うと言ったら、ご夫婦に「お礼とお詫びですよ」と言われてしまえば、それ以上はどうにもできず……。

「紅茶もケーキも、どちらもとても美味しかったです」
「それはよかったわ。貴女なら大丈夫よ。勇気を持って対処すれば、きっと願いは叶うわ」
「え……? あ、はい。ありがとうございます」

 頑張りますと言うと、見目麗しいご夫婦は、それはもう優しく自愛に満ちた目と顔で微笑んだ。
 ああ~、推しに出会ったような気がする~!
 もう一度お礼を言って外に出る。ふと、どこかで会った気がしたのは、神社に飾られていた夫婦神にそっくりだったからだと思い至った。慌ててうしろを振り返るとそこには大きな邸宅も縄暖簾もなく、鬱蒼と茂った森が広がっているだけだ。

「え……? そんな、だって……!」

 お腹はたぷたぷだし、その味もしっかりと思い出すことができる。だけど。

 ――もしかしたら、元気がない私を励ましてくれたのかな。

 そうだといいなと嬉しくなり、家に帰る前に神社に寄って行こうと思い、歩き始める。そして一歩前に出るごとに、何かが変わっていくような気がして不思議。
 そのことに首を傾げつつも通りに出たら、「探したよ」と声をかけられて驚く。その声は、数年前になくなったはずの、祖父の声だったから。
 そして何気なく角にあったカーブミラーに目を向けると、十五年前の――二十歳のころの私がいた。しかも、成人式で着た着物を着ていたのだ!

 ――どうして……?

 そんなことを思うと同時に、祖父母と一緒に神社にお参りに来たことを思い出す。そして、これから祖父母の家に一緒に住んで、一緒に喫茶店をやろうと話していたことも。

「ほら。これから一緒に住むなら、神様にご挨拶しておかんと」
「そうよ。ご挨拶して、よろしくお願いしますと、それだけでいいのよ」
「うん、わかったわ」
「ほら、儂が手を引いてやるから」
「あら。あたしも手を引くわ」
「そんな歳じゃないのに、恥ずかしいよ!」

 右手を祖父に、左手を祖母に引かれ、神社へと至る階段を登る。着物で登るのは大変だったけど、達成感が湧いた。
 そして三人でお参りして、ふと神様の絵が飾られているところに目を向ける。

「ご夫婦なんだね」
「そうよ。とても仲のいいお方でねぇ。なんて言ったかしら……ら、ら、」
「ラブラブ?」
「そう、それ! とてもラブラブなご夫婦なのよ」
「……おばあちゃん、まるで会ったことがあるみたいな言い方ね」
「ふふ……あるわ。おじいさんと知り合ったのも、白髪の神様のおかげだもの」
「ああ。本当に感謝しとるよ。ばあさんがあの男と別れてくれたから、今の儂らがいるんだし」
「ふうん……? 素敵ね」

 私もそんな人に巡り合いたいなあと思ったけど、今は祖父母と一緒に喫茶店をすることが重要なんだからと、祖父母の健康と喫茶店の成功を祈った。それが終わると家に戻り、着替える。
 喫茶店は家のリフォームが終わってからだけど、見積もりを見て依頼をしようとしていた業者に対し、なんだか変だし以前もあったようなと思い、そことは別にもう一社、見積もりを出してもらった。その時に聞いた話で、最初に見積もりを出した業者は業績が悪化していて、あちこちから詐欺まがいのことをしていると聞いてしまった。
 なので祖父母と話し合った結果、最初の業者には断りの電話を入れ、あとから見積もりを出してもらったところに依頼。他にも何社か見積もりを出してもらったけど、ここが一番しっかりとした計画と見積もり、金額を出していたし、なんとなくここなら大丈夫だという気がしたから。
 それは祖父母も感じていて、きっと神様が後押ししてくれたんだよ、なんて言っていた。
 それから二ヶ月後、リフォームが終わる。元々の喫茶店の雰囲気を利用しつつ、三人で話し合って決めた通りの内装になっていて、本当に嬉しい。店内放送は祖父が持っているレコードと、有線放送を兼用。
 茶器も一新して綺麗に揃え、軽食も出す予定だ。
 メニューの数は多くないけど、それでもコーヒーと紅茶、フレーバーティーとハーブティーを出すお店なのだ。そのために、私は祖父母も持っている衛生関連と火気取扱責任者、紅茶アドバイザーと紅茶マイスター、ティースペシャリストの三つを取得したのだから。
 いよいよ今日から開店だ。
 ケーキは手作りで祖母も担当で、軽食は祖父の担当。もちろん私も手伝うけど、基本は紅茶関連と接客だ。

「よし、開くぞ」
「ええ」
「うん!」

 祖父の合図で祖母が出入口の鍵を開け、レコードから音楽を流す祖父。今日はジャズのようで、〝My Favorite Things私のお気に入り〟が流れてくる。
 お客さんがくるまで、残ってしまった準備をしようと私だけ奥に入ったら、チリリンと扉のベルが鳴る。

「「いらっしゃいませ」」
「開店おめでとう」
「とても素敵になったわ」
「まあ! ご無沙汰しておりますわ!」
「おお! これはこれは! こちらにどうぞ!」

 若い男性と女性の声がして、祖父母が弾んだ声でお客さんを出迎える。会話の端々から、その人たちは祖父母にとってとても大事な人だというのが伺える。
 どんな人かなとひょっこり顔を出したら、なんと、三ヶ月以上前に夢で見たご夫婦だったのだ!
 しかも、神社にあった神様夫婦の絵にそっくり!

 ――もしかして、あのご夫婦って……!

 目を丸くして見ていたら、白髪の女性がこっちを見て、目が合う。そして慈愛の笑みを浮かべて口を動かした。

「よかったですね」
「……っ!」

 聞こえるはずがない距離にいるのに、はっきりと聞こえた彼女の声。
 そして思い出す、自分のことを。

 ――夢だけど、夢じゃなかった! また、推しに会えた!

 嬉しくて、私の心は大フィーバー。小さく「はい!」と返事をすると、彼女はまるで私の声が聞こえるかのように、「ふふっ」と笑い、唇に指をあてて内緒というジェスチャーをする。
 ええ、ええ! もちろん黙っていますとも!
 きっと祖父母もお二人のことを知っていて、黙っているのだ。そして毎日神社にお参りに行ったり、月に一度は純米吟醸酒を持って行くのは、願いが叶ったお礼を持っていっているに違いない。
 あとで聞いてみようと思い、祖母からオーダーされた、妊婦さんにも飲めるハーブティーとケーキを用意し、ご夫婦に持って行くのだった。

 その二年後に素敵な人と出会い、祖父母と一緒に喫茶店を盛り上げていくことになるんだけど、それはまた別の話。

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