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最終話

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 忙しい年末を乗り切り、新年会もそろそろ落ち着き始めた一月の半ばの日曜日、そろそろお昼に近い時間のことだった。

「お義母さん、なんだかお腹が……」
「あらあら。念のため病院に連絡する?」
「お願いします」
「徹也! 病院に連絡してちょうだい!」

 朝からお腹を気にしていた籐子が義母に違和感を訴え、様子を見ていた義母が徹也に声を張り上げた。それを聞いた徹也は電話のそばに貼ってあった病院に連絡を入れると、すぐに来るように言われた。
 それを聞いた両親は籐子にその場にいるように言い、すぐに動いて荷物を持って来た母親と、籐子を支えるようにして歩く徹也を見た父親が、車のキーを持ってエンジンをかけに行く。その間に徹也は籐子の実家の篠原豆腐店に連絡を入れて病院の場所を伝えると、「あとから行く」と言って電話を切った。その後四人揃って父親の運転で病院まで行った。

「籐子ちゃん、大丈夫かしら……」

 様子見をすると言った女性医師の指示に従って椅子に座っていた母親は、心配そうにそう呟く。彼女は籐子が流産させられたことを覚えており、その時のことを思い出していた。

「月読神社の氏神様のお墨付きだし、大丈夫だろ」
「え?」

 どこか落ち着かない様子ながらもそう言った徹也に両親が不思議そうな顔をして徹也を見ると、徹也は去年の夏に願解きをしに月読神社に行ったさい、そこで体験した話を両親にしたのだ。

「そうだったの。相変わらず不思議な場所よね、月読神社って」
「そういやあ、俺たちの時もなかなか子供ができなくて、月読神社に行ったな……」
「そういえば。あのあと二人も子供を授かって、願解きも行ったわねぇ……」

 しみじみと昔を思い出しながらはなしてくれた両親に、親子揃って月読神社にお世話になったのかと苦笑する。

「今ごろ、何をしてるのかしらね」
「のたれ死んでなけりゃ、そのうち連絡くんだろ」
「そうねぇ……時期的に、そろそろ連絡きそうですしねえ」

 のほほんとそう言った両親は、今はどこにいるかわからない娘を案じる。
 徹也には二つ上の姉がいるが、姉は両親に似て旅行が好きで、学生時代からふらふらと飛び回っていた。絵はがきや電話に連絡はあるものの、ひとつところに落ち着く様子がないことから、両親だけでなく徹也や籐子も心配していた。

 そんな話をしているうちに周囲が慌ただしくなり、三人が籐子のそばに呼ばれた。

「籐子」
「徹也さん……」

 不安そうに揺れる籐子の目に徹也が籐子の手を握ると、籐子はその手をギュッと握る。

「大丈夫だ、籐子……月読神社で太鼓判を押されただろう?」
「そう……そうよね……」
「もうじき籐子の親父さんも、義兄さんたちも義姉さんも来るから」
「うん」

 時々来る陣痛に呻きながらもホッとしたように笑う籐子に徹也がこっそりキスをすると、籐子は微かに頬を染める。

「……頑張れるおまじないだ」

 徹也自身も耳を赤く染めながらも普段言わないようなことを言ったはいいが、二人して照れてしまってそこだけが別世界のようだと、徹也の両親は生温い視線を浴びせていた。
 そうこうするうちに籐子の父と長兄の籐矢夫婦とその子供たち、次兄の籐志朗も到着し、それぞれ言葉をかけて話しているうちに陣痛の間隔が短くなった籐子は、ちょうど来た医師にそれを告げた。
 慌ただしく動き回る医師と、それを邪魔しないように病室を出た徹也たちは、病室から出た籐子のあとをついて行く。
 籐子のそばにいて手を握る徹也、病室の外で祈るように待つ家族たち。子供を産んだ女性陣は落ち着いていたが、男性陣は檻の中の動物のようにうろうろしている中で、籐志朗は椅子に座って腕組みをし、目を瞑りながら足を揺すっていた。

 どれくらいの時間がたったのか……。

 赤子が泣く声が響き、待っていた家族はホッと安堵の息を吐いた。


 ***


「あら、いらっしゃい。今日は何名様かしら?」

 ガラリと音を立てて開いたドアを見た籐子は、常連客の顔を見てそう聞く。

「今日は五人。座敷空いてる?」
「もちろん。こちらへどうぞ」

 常連客を案内しながら蓮司に人数を告げ、おしぼりとお通しをお願いする。


 籐子が最初の子供を産んでから三年がたった。籐子は現在、思ってもみなかった三人目を妊娠中にも関わらず、一人目、二人目と変わらず店に出て、義両親や徹也、嗣治や蓮司をハラハラとさせている。
 あれから、籐子が男の子を産んだしばらくあと、嗣治の嫁である桃香も子供を産んだ。
 大空は無事に司法試験に受かったものの相変わらず店の二階に住んでいて、食事する時は店で食べては店内をうろつく籐子を叱っている。
 蓮司は社員になったあとで店長となり、籐子をサポートしたり大空同様に叱ったりしている。
 籐志朗も一年半前に身を固め、現在は妻が妊娠中だ


 これからも続くであろう幸せを噛みしめながら、籐子はそんなことを考えていた。


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みんなの感想(1件)

いくちゃん
2020.06.26 いくちゃん

22話に出てくる『香田』ハクレイ酒造株式会社のお酒でしょうか。そうなら田舎の無名のお酒を知っていただき作中にだしていただき有難う御座いました。大好きなお酒で大感激です。

饕餮
2020.06.26 饕餮

いくちゃん様

お読みいただき、ありがとうございます。
さすがです!神様に差し上げるお神酒として最適なお酒を調べている時にこのお酒に出会いまして。「これだ!」と一発で決めました!

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