出戻り巫女の日常

饕餮

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帝国編

知って、いたのですか……

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「桜、あーん」
「……」

 のっけから申し訳ない。
 現在私は、レウティグリスの膝の上にいる。正確に言えば、膝の上で親鳥よろしく彼がせっせと私の口に野菜やら肉やら魚やらを運んでくるのを、雛鳥よろしく私がそれを食べている……いや、無理矢理食べさせられている。しかも、がっちり捕まってるから逃げたくとも逃げられない……!

 おおぅ……二十六にもなって、抱っこからの「あーん」攻撃とは、なんたる羞恥プレイか……!!

 つか、カムイもザヴィドもロドリクも、微笑ましそうに見てないで止めてくれ!

「兄上、次は僕ですからね? どうしてもと言うから、父親の僕ではなく、伯父である兄上を優先したんですから」

 なんと、敵はここにもいた! そんなことをのほほんと言うなよ、カムイ! しかもいつもと言葉遣いやら喋り方やらが違うんだけど?! 「我」や「私」じゃなく、「僕」はまさかの皇族プライベートモード発動ですかっ?! それとも、こっちが素ですか、お父さん!?


 事の起こりは二十分くらい前だった。私がカムイの娘だとか最高位の巫女だとか暴露してから固まっていた三人をシカトし、そのまま召喚されたことも含め、今までのことをかいつまんで話した。で、最高位の巫女だから水を浄化できると話したあたりで復活した三人――特にレウティグリスが、何故か目を輝かせてカムイが使うよく判らない言葉を発した途端、私の体が縮んだのだ。

 大事なことだからもう一度いうが、私の体が縮んだのだ! しかも、三歳児くらいの身体に!

 そのせいで服はブカブカになるわ、下着もブカブカになるわ、それらが床に落ちて真っ裸になるわで私が羞恥心で固まっている間に、おっさん四人に寄って集られた。
 それからああでもない、こうでもないと話しながらどこから取り出したのか、レウティグリス達から下着やらドレス――薄いピンクのエプロンドレスやらを着せられ、靴下やら靴やらを履かせられた。その挙げ句、髪を丁寧にとかされて両サイドを少しだけ掬って三つ編みにし、それを後頭部の後ろあたりで纏めて一つにし、三つ編みがほどけないようにリボンまで結んだのだよ、この四人のおっさんは! 侍女さんとか女官さんも真っ青だよ!
 そして上下左右周囲をじっくり眺めたあと、その姿に満足したのかしきりに頷き、今度は私を膝に乗せて「桜にご飯を食べさせてやりたい! どうしても一番に食べさせたい!」とまで言いやがったのだ。しかも、ちゃんと日本語っぽく「桜」と言えてるのが嬉しい反面、癪にさわる。

『可愛いなぁ……桜は。やっぱり女の子はいい……』
『そうでございますな』
『仰る通りですな』
『兄上、ザヴィド、ロドリク。僕の娘ですから、あげませんよ?』

 私の髪をすくようにして頭を撫でるレウティグリスに、ザヴィドとロドリクが顔を綻ばせて頷き、カムイが何やら釘をさしていた。それからレウティグリスの「桜、あーん」に繋がり、今に至るのだが……。

「ほら、あーんしてごらん?」
「……っ」

 何度も同じことをされてその羞恥心に悶えつつ、仕方なく無言で口を開けると、小さく切られた野菜が口の中に放り込まれる。それを咀嚼していると

「くうぅぅぅぅっ! 何度見ても、ほっぺたを膨らませて食べる姿が可愛いっ!」

 と、私が食べる度にじたばたしはじめる始末。……はっきり言って、鬱陶しい。

「桜、次は魚を食べようか」
「……あにょね……おじしゃま」
「『おじしゃま』……だと……?! なんて可愛いんだっ!」
「ぐえっ」

 三歳児の身体だからさ、舌ったらずな言葉と「伯父様」になるのは仕方ない。でも、そんなにきつく抱きしめられたら苦しいんですが! カムイもーん、助けてー!
 じたばたしてたら私の願いが通じたのかカムイが椅子から立ち上がるとレウティグリスの側にきて、「兄上、いい加減にしてください! 桜が嫌がっているでしょう?!」と注意しながら彼の頭を叩いて腕を緩めさせると、ひょいっと私を抱き上げた。ふう……助かったよ、カムイ。

「とうしゃま、ありあとー。おじしゃまのぎゅーはいたかったのー」
「……っ、『とうしゃま』……っ! そうか……痛かったのか……。後で僕がもう一度兄上を殴っておくからね。さて、今度は僕の膝の上で食事の再開をしようか」

 どうしても「お父さん」が言えない気がして「父様」になったんだけど……おおぅ、カムイもかよ……! しまった、話さなきゃよかった! そうすれば、多少の羞恥心だけで済んだのに!
 元の場所に戻ったカムイは私を膝に乗せると、レウティグリスと同じように「あーん」攻撃してくる。

 うう……もう、私のHPとMPは0でございます。とりあえず、食事が終わったら、元の姿に戻してくれぇぇぇぇっ!!

 舌っ足らずでそう叫ぶものの、兄弟やザヴィドやロドリク達、四人揃って「可愛い!」と連発されてから却下された。……ちくしょうっ!

 食後に暖炉の前にゆったりと座ったカムイは、低くて優しい声で子守唄らしきものを歌いながら私の背中を優しく叩く。お腹がいっぱいだったこともあってか、その絶妙な背中トントン攻撃にあった私は、あっけなくカムイの腕の中と膝の上で撃沈し、寝落ちたのだった。


 ***


 ヴォールクリフの膝の上で、彼と良く似た黒髪の娘――桜が柔らかい寝息をたてて寝ている。その姿を愛おしいそうに眺めながら髪をすく弟は、本当に幸せそうに見える。
 彼はリーチェの時も桜の時も、赤子の姿まで――ほんの数ヶ月までしか見て育てられなかった。そしてこの世界に召喚された桜はリーチェの記憶を宿してはいたが、既に大人の女性となっていた。たった三年でそれだけの差が開いたのだ……そのことが不憫でならず、帝国の直系王族しか使えない術を発動し、桜を子供の姿に変えた。
 尤もこの術は、直系王族の血が流れている者にしかかからない。桜が本当にヴォールクリフの血が流れているのか確かめる意味もあったのだが……見事に縮んで安堵した。

 縮んだことによって裸になり、顔を真っ赤にしながら固まった桜に、いい機会だとばかりに真新しい下着と薄いピンクのドレスを着せる。髪が黒いせいか、よく似合っていた。俺の娘は妻に似て金色だからなあ……。似合わないわけではないが、桜ほど映えはしないのだ。
 しかも最近は皇女として自覚してきているせいか、この術すらもかけさせてはくれない。……まあ、既に十六だし、もうすぐ国内の侯爵家に嫁ぐせいもあると思うが、少々寂しい。

「兄上、ありがとうございます。娘の……桜のこんな姿が見れるなんて、夢のようです……」

 ヴォールクリフのこんなに嬉しそうな顔を見るのは、何年ぶりだろうか……。アイリーンとリーチェを失い、消沈していた弟に何と声をかけてやればいいのか、あのときは判らなかった。
 それでも今、幸せそうにしている弟を見るのは嬉しい。

「構わないが……何故、あの術を桜にかけなかった? お前とてあの術を使えるだろう?」
「使えますよ? でも、あまりにも桜が色々と巻き込まれてしまって術をかける暇がなかったのと、フェンリルの姿でいる方が甘えてくれていたというのもありますね」
「なるほどねえ……」
「でも、これからは、度々術を使うことにします。大人の姿と違い、小さなこの姿の桜は、愛莉によく似ていますから……」

 哀しい目をしながら微笑む弟に、胸が痛む。なぜ弟ばかりがこんな目にあうのか、不憫で仕方がない。
 だが、二度と会えない筈だった娘は、フローレン様の……いや、フローレン様や帝国の主神である月姫様の父親とされている、神々の頂点たる世界の理の計らいにより、再び相見あいまみえた。
 だからこそ俺は、二人を帝国へと連れて行きたかった。弟が桜と過ごせるように、桜が異世界の人間だと知られても守れるように。
 桜に拘わった神殿関係者が口を滑らすとは思わないが、どこから漏れるか判らないのだから。

「なあ、クリフ。桜の中にあった『リーチェ』の辛い記憶は、本当に消えているのか?」
「おや、懐かしい呼び方ですね。ええ、消えていますよ。正しくは、『桜』の魂の輝きと力が強すぎて『リーチェ』の記憶の欠片が壊された、といった感じでしょうか。恐らく桜は、本当はこちらの世界に来たくなかったのでしょう。だからこそ、フローレン様も理様も桜の願いを叶え、眠る度に神殿にいた頃の記憶や教義を忘れるようにしたのかも知れません」
「ふむ……」
「ただ……」
「ただ?」
「記憶の中にある神殿での生活や、最高位の巫女の二人と会話したことや楽しかったことや強い思いを抱いた記憶と、最高位の巫女の力と技術が残っているのが不思議というか、不自然というか……」

 弟は首を捻りながら、桜に最高位の巫女の力があることを不思議がっている。その話声に混じって暖炉の薪が弾ける音がし、火の粉が飛び散った。
 ザヴィドもロドリクも何も言わずに黙って聞いている。が、その顔には「判りません」と書いてあった。

「これは俺の推測になるが、恐らくフローレン様も理様も、最終的には桜を帝国に連れて行くつもりだったんじゃないか?」
「何故です? 帝国には月姫様の最高位の巫女が二人いるでしょう? 何かあったとしても、二人が月姫様のご神託を伝え、それに対処できるはずです。何故、桜が帝国へ……」
「……今の月姫様の最高位の巫女は、一人は年老いて神殿を辞し、もう一人は最近流行り始めた病に侵されて寝込んでいる。神殿側も病を治そうと手を尽くしているが、フローレン様の巫女達と違って月姫神殿の巫女達は薬を作れない。例外が三人ほどいるが、だからこそ五年以上前からフローレン様の神殿に行ってその技術を学ばせて神殿に伝えたかったが、今のところ誰一人として帰ってこない」

 溜息混じりに帝国内の――神殿の状況を話した時だった。寝ている桜から神気が膨れ上がり、その髪が虹色に染まると、目を開けた。

『それは、全ての技術を学ぶのに、五年では足りないからです。五年ではせいぜい傷薬を作ることしか学べず、能力のある人でも中級巫女になれるかなれないかくらいなのです。解毒薬は中級からですし、水を浄化するとなると上級巫女の技術とそれまで培った知識が必要となりますから、そこまでの技術と知識を学ぶとなると、最低でも十年はかかりますよ』
「フローレン様……」

 桜から溢れた神気は、フローレン様のものだった。慌てて礼を取ると、『今は誰もいませんから、そんなことをしなくていいのです』と、コロコロと笑う。

『帝国が今、とても大変なことは月姫から聞いていますが、それはヴォールクリフに懸想したロシェルのことが発端となっています。その件については解決したのでこれ以上酷くなることはありませんが、病を治すには巫女が作る薬が必要になります。それも、リーチェのみが作ることができた、特別な薬が』
「リーチェのみが作れる薬……」
「その薬は、リーチェの記憶を持つ桜も作れると……?」
『そうです』

 鋭い視線をフローレン様に向けてヴォールクリフが問いただし、フローレン様が頷いた瞬間、弟から力の源が――帝国で魔力と呼ばれているものが吹き出した。珍しいことに温厚な弟が怒っていた……魔力を吹き出すほどに。

「何故! 何故、桜ばかりが辛い思いをし、巻き込まれるのですか! 桜の願い事は、僕と一緒にのんびりと旅をすることだと、貴女は知っているはずだ! そしてフローレン様の娘であるあの二人ならば、王家に嫁いだあの二人ならば、自力でなんとか出来る力があった……なのに、何故貴女は桜を巻き込んだのですか?! リーチェはでしょう! なのに、何故、桜に降臨できるのですか!」

 弟の言葉に、俺もザヴィドもロドリクも息を呑む。神々には、必ず最高位の巫女達がいる。そして、その巫女達は娘や息子と言われ、神殿からも人々からも敬われるのだ。
 それが、桜にはフローレン様の最高位の巫女の力があるにも拘わらず、フローレン様の娘ではないという。なら、誰の娘だというのか。

『……っ! 知って、いたのですか……』
「当然でしょう? 三歳で力が発現するなど……! 本当は、理様の娘なのでしょう?! なのに、なのに貴女は……!」
『ええ……そうです。リーチェは父神の……理様の娘で、その娘は数百年に一人しか娘が生まれないのです。そしてその娘は、滅多に理様が降臨できない代わりにわたくし達姉妹が降臨でき、理様の力以外の他の神々の力を使えるのです』

 そこで一旦口を閉じたフローレン様は、何かを思い出すように目を閉じたあと、また開けて口を開いた。

『リーチェの力が発現したあと、貴方にリーチェを返して帝国へ帰還する手筈でした。ですが、理様の巫女だと気付いたあの神官長は、あろうことかリーチェを利用しようとしたのです。それを知った当時の最高位の巫女はわたくしに願い神官長を破門にしましたが、結局は次の神官長も同じことをし、貴方に返すことはありませんでした。けれど、娘は諦めなかった。いつ貴方がリーチェを迎えに来てもいいように悪しきことを教えようとした者を遠ざけ、神殿の教えを純粋に学ばせた。リーチェ自身も何かを感じていたのか、そういった者には一切近付かなかった。そして、貴方がくる度に追い返していたのは、リーチェを迎えに来ていることを知りながら、利用しようと考えていた者達です』
「……っ!」
『あの時、わたくしが神託をしてでもリーチェを貴方に返していれば、彼の国は今のようにならなかった。アストリッドもレーテも、今のようにはならなかった。帝国も今のようにはならなかった……。全ては、見通しの甘かった、わたくしのミスです』
「今さら……! 今さらそんなことを言って何になるというのか! リーチェはもういない……いるのは桜だ! そして、死んだアイリーンの魂の元へと導いたのは兄上と月姫様であって、貴女じゃない……桜を自分の都合のいいように扱う貴女に、桜に降臨する資格はない!」
『!!』
「クリフ、言い過ぎだ。だがな、フローレン様。リーチェのことは終わったことだからどうしようもないが、今回の桜の巻き込まれに関しては、俺もやり過ぎだと思う。自力でできることなのにそれをさせないと、いつまでも成長はしない。『フローレン様の神殿関係者は巫女を過保護に育てて甘やかすから、いつまでたっても成長しない』って他国で言われているのを知らないのか? 桜が巻き込まれた二人の娘の話を桜とクリフに聞いたが、どう考えても自分たちで解決できる範囲だぞ? それに、最高位の巫女を王家に嫁がせる? どう考えたって、世間知らずの巫女を利用する気満々じゃないか」

 弟を叱りつつも、フローレン様に冷たくいい放つ。頼るのは悪いことじゃない。だが、頼る相手を間違っている。フローレン様の巫女なんだから、まずは彼女や同じ最高位の巫女、神殿に頼むべきだったのだ。

「桜には、クリフの血が流れてる。そして俺の姪でもある。これ以上桜を利用する気ならば、帝国は黙っちゃいないし、そろそろ理様も月姫様も黙っちゃいないだろう」
『……そう、ですね。その通りです。帝国に広がっている病は、サクラが作る薬で治せます。材料は、帝国にのみ生えている薬草です。傷薬や胃薬などの丸薬と同じ作り方だと、サクラに伝えてください』
「わかった」
『……申し訳、ありませんでした。貴方達親子と帝国に、幸あらんことを』

 神が人間ごときに謝罪するなど、珍しい。まあ、自覚していながら自分の娘や息子だけを甘やかすなんざ、例え神だろうと許されはしない。

「クリフ」
「判って、います。今、抑えます」

 魔力が吹き出しっぱなしだった弟に注意を促すと、大きく息を吸ったり吐いたりしながら、なんとか怒りを収める弟。

「……とりあえず、帝国に来ないか?」
「行こうという話を桜としていましたが、先にこの家をなんとかしないとどうにもならないですね。まあ、その辺りは明日桜と話し合いをしなければなりませんが……」
「頼む。ふあぁぁ……。流石に疲れた。そろそろ休みたい」
「ああ……申し訳ありません、兄上。ザヴィド、ロドリク。悪いけど、この薪を持って僕についてきてくれないかな。部屋が寒いから、暖炉に火をいれるから。桜が部屋を用意していたから、ついでに案内するよ」

 弟に頼み事をされた二人は、それぞれ薪を持ってついていく。案内されたのは二階の部屋で、そこには俺たちが持ってきていた荷物と、夜着などが置いてあった。

「ここでは警備は要りませんから、二人とも一緒に眠ってください。汗や埃を流したいのであれば、浴室にも案内します。疲れがとれるので、入る事をオススメしますよ」
「お、浴室があるのか! なら、久しぶりに入れるな!」
「……陛下、気を抜きすぎかと」
「何をいう、桜がわざわざ俺たちのために用意したんだぞ? それに、ここは城じゃないしクリフの結界もある。そうだろ?」
「当然ですね。普段の僕はフェンリルになっていて姿を隠していることが多く、桜の独り暮らしと思われてますから、そういった結界は必ず張っていますよ。なので、大丈夫です」

 きっぱりと言い切った弟に、ザヴィドとロドリクは「さようですか」と言って息を抜き、結局は交代で湯浴みをして眠りについた。

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