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ファウルハーバー領編
第201話 閑話 手懐けた野良猫は(ルードルフ視点)
大変お待たせいたしました!
200話記念的な閑話です。
*******
「……行ってしまいましたわね」
「そうだな」
アリサたちがいた離れから戻り、ロジーネのいるサロンにくると、彼女は窓際に立っていた。昨夜は、専属医師から「そろそろ閨事をしてもいい」とやっと許可が下り、久しぶりだからと少し無理をさせてしまった。
今朝はなかなか起きられなかったようだが、歩けるくらいには回復したのだろう。
……ま、まあ、夫婦だし、前世では晩婚で一人しかできなかったから、今世は若いうちに結婚したから、せめて三人は欲しいとお互いに合意している。それに、生まれたばかりの息子は可愛いし、早めに弟か妹を作ってやりたいという親心もある。
ちょっと張り切り……いや、頑張り……いやいや。まあ、とにかく、いろんな意味で心地よく気持ちいい夜だったと言っておこう。
そんなことは綺麗に隠し、ロジーネの傍に寄って視線を辿ると、その先にいたのは従魔を連れ、門に向かって歩くアリサたちだ。
「ロジー、アリサから手紙を送れる魔法陣を預かったよ」
「まあ、ありがとう! ……ねえ、ルー。アリサは怒っていないかしら。散々振り回したものね、ルーが」
「……どうだろうな。怒っているようには見えなかったが……」
「その言い方からすると、もしかして、無意識に距離を取られたのかしら?」
「……」
ロジーネの指摘に、つい視線を逸らす。アリサがどう思っているのかその内面をはかり知ることはできないが、距離を感じたのは事実だった。アリサにとっては無意識かもしれないが。
「もう。だから言ったではありませんか。既に部下ではないのだから、前世と同じ感覚でいたらダメですと」
「そこはわかっているつもり、だったんだがな」
「つもりでは明らかにダメですわ。しかも、側近の言葉も真に受けて」
「面目ない」
溜息混じりであれこれロジーネに指摘され、つい自分も溜息をこぼす。
アリサが桐淵さんだとわかった時、僕自身はとても驚いたと同時に、心は歓喜した。僕たちよりも先に逝ってしまった桐淵さんに――アリサに、前世の姿を若くした姿で再び出会うことができたから。
それを、僕たちの事情を知っている側近に話してしまったはいいが、奴はアリサを自領の解決に巻き込めと言ったのだ。もちろんその時は却下したが、結局は僕自身がアリサだけではなく、彼女のパーティーメンバーで、まだ未成年だというヤミンとヤナまで巻き込んでしまった。
貴族として、それ以上に王族として、人を使うのは当たり前だと、この世界に転生して嫌というほど味わった。人を使うという意味では前世でも経験しているが、それは仕事や従業員としてであって、使用人としてではない。
約二十年、この世界にどっぷりと浸かった生活をしていたからか、どうやら無意識に側近の言葉を受け入れ、自領の解決にアリサを巻き込んでしまったのは否めない。それを当然と思う気持ちと、マズいと思う気持ちもあったが、結局は前世の自分と今世の自分が交じり合ってしまった結果。
きっと許してくれるだろうと甘え、アリサたちを自分の従業員や使用人のように使ってしまったのだ。その結果、アリサから叱責され、距離を置かれてしまったのだ。
自領に来るまでも、そして自領に来てからも、旅の途中ではヤミンとヤナはそこまで警戒してはいなかったが、アリサは違った。普通に話をしていても、常に警戒していた。
まるで、前世で初めて会った時の様子にそっくりだったのだ。もしかしたら、その時以上に警戒していたかもしれない。
魔物や盗賊がいる世界だから警戒するのは当然だが、今にして思えば、どうにもそういった類いの警戒ではなかったと感じるのだ。
確かに、気安い感じで話をしてくれてはいたが、それは僕とロジーネだけの時であって、側近の誰か一人でもいると、言葉は気安くても態度はどこか警戒していた。いや、警戒というよりは、拒否に近い感じだった。
それで思い出したのだ……アリサは人間嫌いであったな、と。
アリサ自身の諸々を知らないととてもわかりづらいが、普通に話しているから警戒や拒否しているように見えない。が、実際は相手との間には高く聳えたつ越えられない壁があり、その壁自体も、下手をすると数キロ単位で分厚いのだ。
それ故にアリサと他愛ない話ができるようになるまで、親に近い年齢の僕たち夫婦ですら数年を要したのだから、初対面や年齢の近い奴らなど、場合によっては歯牙にもかけないだろう。
それをすっかり忘れ、前世のように振舞った結果が、現状だった。
懐かない野良猫をやっとの思いで手懐けたのに、自分の些細なミスで野良猫が離れていってしまったような気持ちになったのは、言うまでもないことだ。
それは己の自業自得なのだから、どうしようもない。
それでも、完全に離れていかなかっただけ、マシなのだろう。前世でも、仕出かした奴が距離を置かれてアリサに冷たくあしらわれたり、離れてしまったのだから。
先ほどの状況を見る限り話もできるし、村で会う約束まがいなこともできたのだから、そこまでに至っていないだけマシだと思おう。
そこまで考えていた時、ロジーネに話しかけられて、意識を戻す。
「ねえ、ルー。今度アリサに会えるのはいつになるかしら」
「ドルト村に行った時じゃないかな」
「そうね、それしかないわよね」
残念そうに溜息をついたロジーネだが、こればかりは仕方がない。
今度ドルト村に行くのは、三週間後だ。その時に、例の側近は連れて行かないようにしようと決意をしていると、侍女がロジーネを呼びにきた。
「奥様、お乳が欲しいようで、フィデル様が泣いておられます」
「あら、大変! すぐに行くわ。ルーはしばらくたってからいらして」
「そうするよ」
慌てたように侍女と一緒にサロンを出ていくロジーネを見送り、既に姿が見えなくなったアリサたちの姿を探し、門のほうへ視線を向ける。
「次は、アリサたち抜きで、もっといい知らせができるよう、しっかりと準備を整えないとな」
そんな独り言を呟いて息を吐き出すと、甜菜とビーツの進捗状況を確認するべく、実験場へ向かったのだった。
200話記念的な閑話です。
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「……行ってしまいましたわね」
「そうだな」
アリサたちがいた離れから戻り、ロジーネのいるサロンにくると、彼女は窓際に立っていた。昨夜は、専属医師から「そろそろ閨事をしてもいい」とやっと許可が下り、久しぶりだからと少し無理をさせてしまった。
今朝はなかなか起きられなかったようだが、歩けるくらいには回復したのだろう。
……ま、まあ、夫婦だし、前世では晩婚で一人しかできなかったから、今世は若いうちに結婚したから、せめて三人は欲しいとお互いに合意している。それに、生まれたばかりの息子は可愛いし、早めに弟か妹を作ってやりたいという親心もある。
ちょっと張り切り……いや、頑張り……いやいや。まあ、とにかく、いろんな意味で心地よく気持ちいい夜だったと言っておこう。
そんなことは綺麗に隠し、ロジーネの傍に寄って視線を辿ると、その先にいたのは従魔を連れ、門に向かって歩くアリサたちだ。
「ロジー、アリサから手紙を送れる魔法陣を預かったよ」
「まあ、ありがとう! ……ねえ、ルー。アリサは怒っていないかしら。散々振り回したものね、ルーが」
「……どうだろうな。怒っているようには見えなかったが……」
「その言い方からすると、もしかして、無意識に距離を取られたのかしら?」
「……」
ロジーネの指摘に、つい視線を逸らす。アリサがどう思っているのかその内面をはかり知ることはできないが、距離を感じたのは事実だった。アリサにとっては無意識かもしれないが。
「もう。だから言ったではありませんか。既に部下ではないのだから、前世と同じ感覚でいたらダメですと」
「そこはわかっているつもり、だったんだがな」
「つもりでは明らかにダメですわ。しかも、側近の言葉も真に受けて」
「面目ない」
溜息混じりであれこれロジーネに指摘され、つい自分も溜息をこぼす。
アリサが桐淵さんだとわかった時、僕自身はとても驚いたと同時に、心は歓喜した。僕たちよりも先に逝ってしまった桐淵さんに――アリサに、前世の姿を若くした姿で再び出会うことができたから。
それを、僕たちの事情を知っている側近に話してしまったはいいが、奴はアリサを自領の解決に巻き込めと言ったのだ。もちろんその時は却下したが、結局は僕自身がアリサだけではなく、彼女のパーティーメンバーで、まだ未成年だというヤミンとヤナまで巻き込んでしまった。
貴族として、それ以上に王族として、人を使うのは当たり前だと、この世界に転生して嫌というほど味わった。人を使うという意味では前世でも経験しているが、それは仕事や従業員としてであって、使用人としてではない。
約二十年、この世界にどっぷりと浸かった生活をしていたからか、どうやら無意識に側近の言葉を受け入れ、自領の解決にアリサを巻き込んでしまったのは否めない。それを当然と思う気持ちと、マズいと思う気持ちもあったが、結局は前世の自分と今世の自分が交じり合ってしまった結果。
きっと許してくれるだろうと甘え、アリサたちを自分の従業員や使用人のように使ってしまったのだ。その結果、アリサから叱責され、距離を置かれてしまったのだ。
自領に来るまでも、そして自領に来てからも、旅の途中ではヤミンとヤナはそこまで警戒してはいなかったが、アリサは違った。普通に話をしていても、常に警戒していた。
まるで、前世で初めて会った時の様子にそっくりだったのだ。もしかしたら、その時以上に警戒していたかもしれない。
魔物や盗賊がいる世界だから警戒するのは当然だが、今にして思えば、どうにもそういった類いの警戒ではなかったと感じるのだ。
確かに、気安い感じで話をしてくれてはいたが、それは僕とロジーネだけの時であって、側近の誰か一人でもいると、言葉は気安くても態度はどこか警戒していた。いや、警戒というよりは、拒否に近い感じだった。
それで思い出したのだ……アリサは人間嫌いであったな、と。
アリサ自身の諸々を知らないととてもわかりづらいが、普通に話しているから警戒や拒否しているように見えない。が、実際は相手との間には高く聳えたつ越えられない壁があり、その壁自体も、下手をすると数キロ単位で分厚いのだ。
それ故にアリサと他愛ない話ができるようになるまで、親に近い年齢の僕たち夫婦ですら数年を要したのだから、初対面や年齢の近い奴らなど、場合によっては歯牙にもかけないだろう。
それをすっかり忘れ、前世のように振舞った結果が、現状だった。
懐かない野良猫をやっとの思いで手懐けたのに、自分の些細なミスで野良猫が離れていってしまったような気持ちになったのは、言うまでもないことだ。
それは己の自業自得なのだから、どうしようもない。
それでも、完全に離れていかなかっただけ、マシなのだろう。前世でも、仕出かした奴が距離を置かれてアリサに冷たくあしらわれたり、離れてしまったのだから。
先ほどの状況を見る限り話もできるし、村で会う約束まがいなこともできたのだから、そこまでに至っていないだけマシだと思おう。
そこまで考えていた時、ロジーネに話しかけられて、意識を戻す。
「ねえ、ルー。今度アリサに会えるのはいつになるかしら」
「ドルト村に行った時じゃないかな」
「そうね、それしかないわよね」
残念そうに溜息をついたロジーネだが、こればかりは仕方がない。
今度ドルト村に行くのは、三週間後だ。その時に、例の側近は連れて行かないようにしようと決意をしていると、侍女がロジーネを呼びにきた。
「奥様、お乳が欲しいようで、フィデル様が泣いておられます」
「あら、大変! すぐに行くわ。ルーはしばらくたってからいらして」
「そうするよ」
慌てたように侍女と一緒にサロンを出ていくロジーネを見送り、既に姿が見えなくなったアリサたちの姿を探し、門のほうへ視線を向ける。
「次は、アリサたち抜きで、もっといい知らせができるよう、しっかりと準備を整えないとな」
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