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第一章
Case 6.シャーロット・ホームズ完全体!!
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ITuberカナタの配信は、アイドルのライブのような催しを最後に終了し、周囲の人々は離れていき──。
「──ジョーカーは、決して尻尾を見せぬ、謎に満ちた連続殺人鬼。知らない人など居ないだろうがな」
甲冑は兜を外した後、そう言った。無精ひげを生やした、茶髪の端正な顔立ちの男だった。
「いや、私は知らないな。一から説明願いたい」
馬鹿正直に言うメリットはなさそうだが、嘘を付くと他人を悲しませてしまうので、私は素直に話した。
「そうなのか? どこもかしこもその話題で持ち切りなのだが……」
「長い間、部屋に引き籠っていてな。世間というものをあまり知らないのだ」
「あぁ、なるほど、だから……」
「何だその納得したような目は!」
頭がおかしいのは社会と関わり合いが少ないからだったのか、と顔に書いてあった。
「頭がおかしいのは社会と関わり合いが少ないからだったのか……」
書くだけには飽き足らないようだった。
「大丈夫さ嬢ちゃん、嬢ちゃんは確かに常識人ではないかもしれないが、常識外れの推理力がある」
「え? そうだよな、ぶへへへっ」
「……! この不気味な笑顔も、なるほど、そうなのか……表情筋を動かす機会がないせいで……」
「言いたい放題だな」
同室のサムさんは、独特な笑い方だと褒めてくれたのに。デフォルメされたアンコウみたいだと。
「っと、話が逸れたな」
だがその頭のおかしさを補うほどの推理力があれば、私はいい。彼の話に耳を傾ける。
「ジョーカーは──いわば、国民の暗殺屋だ。ヤツは、個人個人の恨み人……言い換えれば、”死んで欲しい”と名を挙げられた者を次々と屠っている。民衆の私刑執行人、といったところだな」
「ほう。だから、支持を得ているのか」
「あぁ。当然ヤツのしていることは到底許されざる行為だが……一番の問題は、ターゲットとされるのは悪人ばかりではないということだ」
「どういうことだ?」
「例えば、権力を持つ者は、得てしてその名が知れ渡る。たとい、清廉潔白な活動を行っていたとしてもな。そして、ボタンの掛け違いで、逆恨みをされることもある」
なるほど。いわゆるネームバリューがある人は、そうか。ネームバリューとは諸刃の剣で。様々な媒体で話題のエサにされ、時には根も葉もない噂を立てられる。ネットで見たときある。
「しかし、火のない所に煙は立たぬ、というがな」
「それは耳の痛い話だな。……ここだけの話、ウララ様をターゲットにしろと、声を上げる者も聖麗会で多い。所詮嫉妬心ではあるが……オレもその気持ちが分からないでもない」
「ほう、麗ちんが」
男は、どこか気まずそうにしながら、つづける。
「……ウララ様は、あの若さで、目にも止まらぬ速さで、聖麗会のトップに上り詰めた。そして実力は面目躍如。反発する者には、有無を言わさぬ剣技と指導力で黙らせる。あれは天性のものだ。ゆえに、勝てない才能だと分かっているからこそ、嫉妬するしか──いや、これ以上は陰口と捉えられてもおかしくないな」
彼も何か思うところがあるのだろう。釈然としない表情をしていた。こほんと咳払いをして、彼は再び口を開く。
「とにかく、そんなウララ様率いる聖麗会でも、ジョーカーには手を焼いている」
「そこで、私に白羽の矢が立ったと」
「あぁ。先のベル書店での殺人事件──決定的な証拠を突きつけることなく、犯人に自白をさせるなんて、感服した」
「おーそうかそうか、ぶへへへっ」
とても気分がよかったので、私は笑った。
だけど、アンジェラ婦人を救えなかった。麗ちんを納得させられなかった。すぐに気持ちを切り替える。
「……そのジョーカーとは、本当に、証拠を決して現場に残さないのか?」
「あぁ。ターゲットに予告状を出し、確実にその手で殺害しているにも関わらず──手がかりを残さない。さらに性別、年齢、容貌何もかもが未だに掴めていない」
「そんな完全犯罪があり得るとは到底思えないが」
さすれば、魔法が関わっている、ということだろうが。それにしたって、何一つ痕跡を残さないのは不可能なハズだ。どんなに完全犯罪に見えたって、犯人が居たという事実は変わらないのだから。本で見たときある。
「しかしジョーカーはそれを可能としている。おそらく、稀有な魔法を使えるのだろうが……」
「それなら、そんな謎に満ちた人間に、皆どうやって依頼するんだ?」
「一人で居るところに突如として現れ、殺して欲しい人間は居るのか、そう問いかけられるらしい。そこで、依頼をすれば、例外なく実行される」
「おい雑だな。なんでそれで捕まらないんだ……」
「もはや、舐められてる気分だな」
やはり、魔法が関わっていそうだった。
「それなら、依頼主を特定して当たればいいんじゃないか?」
「あぁ、ウララ様も同じことを仰って、尽力したのだが──」
男の顔が曇る。次の言葉が継がれるのには、時間がかかった。
「──依頼主であっただろう人間も殺されるのだ。聖麗会が特定するよりも、ずっと前にな」
「……人を呪わば穴二つ、ということか」
同室のサムさんが、よく言っていたセリフよろしく。
そして、ジョーカーは口封じにも手を抜かないのか。
「オレ達は……どの事件も忸怩たる思いをさせられている。嬢ちゃん、頼まれてくれないか?」
男は、恭しく頭を下げる。答えは、決まりきっていた。私はアンジェラ婦人と──約束したのだから。
「それは当然。私は名探偵になるのだからな」
「そのメイタンテイ?というのはよく分からないが、助かる」
私とてさっきの事件は忸怩たる思いだが、異世界での私の礎となってくれたのも事実なのだろう。
こうして、信頼を得て──権力のある聖麗会と繋がっていれば、もしかしたら、これから多くの事件と関わることができるかもしれない。私は口角を上げて、口を開く。
「して、予告状では、パーティで殺人を実行すると認められていたようだが、私は参加できるのか?」
「あぁ、そのパーティの主催者は、傲慢な貴族で、何がしかで名声を得た人物しか招待しないという。しかし、ローランド家にオレの知り合いが居てな。交渉すれば問題ないだろう。さらに今日の殺人事件を解決したことも話せば、嬢ちゃんに興味を惹かれる筈だ」
「ほう、それは都合がいい」
それならこの人に任せて、パーティまでとにかくこの世界の知識を付けなければな。図書館みたいなものがあればいいが。
「ならばオレは早速交渉に向かう。……もう少し、ジョーカーの情報を渡したあげたかったが……」
「どうした?」
「あ、あぁ、言い忘れていたな。パーティは──明日なんだ」
しかしどうやら、その時間は無さそうだった……。
◆
甲冑の男──最後にレオンと名乗った彼と別れ、私はどうしようかと考えていた。彼とは明日の0時にこの場所で落ち合おうと約束している。馬車を用意してくれるそうで、それで遠方のローランド家に向かうという算段なのだ。
「──閉まっているな」
ヴェルサイユ通りを練り歩いてやっとこさ見つけたイドル図書館は、既に閉館していた。すっかり日が沈んでいるので、無理もない。明かりが点いている店舗も、ぽつりぽつりとしか存在しない。私は嘆息して、石畳に再び歩みを進めていく。
「ここは──」
高級感纏う店舗に、ふと目を惹かれる。『ブティック・アーサー』と看板に記されていた。その名の通り衣服専門店だろう。
「……!!」
いいことを思いついた私は、中に入っていった。
そうして、店を出た私は、心を躍らせながら鏡に反射する自分を見つめる。
探偵を象徴するような、鹿撃ち帽子──ディアストーカー帽子。そして薄茶色のインバネスコートを身に纏った自分が映っている。
金貨3枚を使い果たし、素寒貧になってしまったが、収穫は大きい。
「これはテンションがあがるなー、ぶへへへっ」
見ているだけで、笑みが零れる。無理を言って、特注してもらってよかった。いや、無理を有理にする魔法がある世界でよかったのか。
「──これにてシャーロット・ホームズの完成だッ!」
私はガラスに映る自分を、いつまでも見つめていた──。
「──ジョーカーは、決して尻尾を見せぬ、謎に満ちた連続殺人鬼。知らない人など居ないだろうがな」
甲冑は兜を外した後、そう言った。無精ひげを生やした、茶髪の端正な顔立ちの男だった。
「いや、私は知らないな。一から説明願いたい」
馬鹿正直に言うメリットはなさそうだが、嘘を付くと他人を悲しませてしまうので、私は素直に話した。
「そうなのか? どこもかしこもその話題で持ち切りなのだが……」
「長い間、部屋に引き籠っていてな。世間というものをあまり知らないのだ」
「あぁ、なるほど、だから……」
「何だその納得したような目は!」
頭がおかしいのは社会と関わり合いが少ないからだったのか、と顔に書いてあった。
「頭がおかしいのは社会と関わり合いが少ないからだったのか……」
書くだけには飽き足らないようだった。
「大丈夫さ嬢ちゃん、嬢ちゃんは確かに常識人ではないかもしれないが、常識外れの推理力がある」
「え? そうだよな、ぶへへへっ」
「……! この不気味な笑顔も、なるほど、そうなのか……表情筋を動かす機会がないせいで……」
「言いたい放題だな」
同室のサムさんは、独特な笑い方だと褒めてくれたのに。デフォルメされたアンコウみたいだと。
「っと、話が逸れたな」
だがその頭のおかしさを補うほどの推理力があれば、私はいい。彼の話に耳を傾ける。
「ジョーカーは──いわば、国民の暗殺屋だ。ヤツは、個人個人の恨み人……言い換えれば、”死んで欲しい”と名を挙げられた者を次々と屠っている。民衆の私刑執行人、といったところだな」
「ほう。だから、支持を得ているのか」
「あぁ。当然ヤツのしていることは到底許されざる行為だが……一番の問題は、ターゲットとされるのは悪人ばかりではないということだ」
「どういうことだ?」
「例えば、権力を持つ者は、得てしてその名が知れ渡る。たとい、清廉潔白な活動を行っていたとしてもな。そして、ボタンの掛け違いで、逆恨みをされることもある」
なるほど。いわゆるネームバリューがある人は、そうか。ネームバリューとは諸刃の剣で。様々な媒体で話題のエサにされ、時には根も葉もない噂を立てられる。ネットで見たときある。
「しかし、火のない所に煙は立たぬ、というがな」
「それは耳の痛い話だな。……ここだけの話、ウララ様をターゲットにしろと、声を上げる者も聖麗会で多い。所詮嫉妬心ではあるが……オレもその気持ちが分からないでもない」
「ほう、麗ちんが」
男は、どこか気まずそうにしながら、つづける。
「……ウララ様は、あの若さで、目にも止まらぬ速さで、聖麗会のトップに上り詰めた。そして実力は面目躍如。反発する者には、有無を言わさぬ剣技と指導力で黙らせる。あれは天性のものだ。ゆえに、勝てない才能だと分かっているからこそ、嫉妬するしか──いや、これ以上は陰口と捉えられてもおかしくないな」
彼も何か思うところがあるのだろう。釈然としない表情をしていた。こほんと咳払いをして、彼は再び口を開く。
「とにかく、そんなウララ様率いる聖麗会でも、ジョーカーには手を焼いている」
「そこで、私に白羽の矢が立ったと」
「あぁ。先のベル書店での殺人事件──決定的な証拠を突きつけることなく、犯人に自白をさせるなんて、感服した」
「おーそうかそうか、ぶへへへっ」
とても気分がよかったので、私は笑った。
だけど、アンジェラ婦人を救えなかった。麗ちんを納得させられなかった。すぐに気持ちを切り替える。
「……そのジョーカーとは、本当に、証拠を決して現場に残さないのか?」
「あぁ。ターゲットに予告状を出し、確実にその手で殺害しているにも関わらず──手がかりを残さない。さらに性別、年齢、容貌何もかもが未だに掴めていない」
「そんな完全犯罪があり得るとは到底思えないが」
さすれば、魔法が関わっている、ということだろうが。それにしたって、何一つ痕跡を残さないのは不可能なハズだ。どんなに完全犯罪に見えたって、犯人が居たという事実は変わらないのだから。本で見たときある。
「しかしジョーカーはそれを可能としている。おそらく、稀有な魔法を使えるのだろうが……」
「それなら、そんな謎に満ちた人間に、皆どうやって依頼するんだ?」
「一人で居るところに突如として現れ、殺して欲しい人間は居るのか、そう問いかけられるらしい。そこで、依頼をすれば、例外なく実行される」
「おい雑だな。なんでそれで捕まらないんだ……」
「もはや、舐められてる気分だな」
やはり、魔法が関わっていそうだった。
「それなら、依頼主を特定して当たればいいんじゃないか?」
「あぁ、ウララ様も同じことを仰って、尽力したのだが──」
男の顔が曇る。次の言葉が継がれるのには、時間がかかった。
「──依頼主であっただろう人間も殺されるのだ。聖麗会が特定するよりも、ずっと前にな」
「……人を呪わば穴二つ、ということか」
同室のサムさんが、よく言っていたセリフよろしく。
そして、ジョーカーは口封じにも手を抜かないのか。
「オレ達は……どの事件も忸怩たる思いをさせられている。嬢ちゃん、頼まれてくれないか?」
男は、恭しく頭を下げる。答えは、決まりきっていた。私はアンジェラ婦人と──約束したのだから。
「それは当然。私は名探偵になるのだからな」
「そのメイタンテイ?というのはよく分からないが、助かる」
私とてさっきの事件は忸怩たる思いだが、異世界での私の礎となってくれたのも事実なのだろう。
こうして、信頼を得て──権力のある聖麗会と繋がっていれば、もしかしたら、これから多くの事件と関わることができるかもしれない。私は口角を上げて、口を開く。
「して、予告状では、パーティで殺人を実行すると認められていたようだが、私は参加できるのか?」
「あぁ、そのパーティの主催者は、傲慢な貴族で、何がしかで名声を得た人物しか招待しないという。しかし、ローランド家にオレの知り合いが居てな。交渉すれば問題ないだろう。さらに今日の殺人事件を解決したことも話せば、嬢ちゃんに興味を惹かれる筈だ」
「ほう、それは都合がいい」
それならこの人に任せて、パーティまでとにかくこの世界の知識を付けなければな。図書館みたいなものがあればいいが。
「ならばオレは早速交渉に向かう。……もう少し、ジョーカーの情報を渡したあげたかったが……」
「どうした?」
「あ、あぁ、言い忘れていたな。パーティは──明日なんだ」
しかしどうやら、その時間は無さそうだった……。
◆
甲冑の男──最後にレオンと名乗った彼と別れ、私はどうしようかと考えていた。彼とは明日の0時にこの場所で落ち合おうと約束している。馬車を用意してくれるそうで、それで遠方のローランド家に向かうという算段なのだ。
「──閉まっているな」
ヴェルサイユ通りを練り歩いてやっとこさ見つけたイドル図書館は、既に閉館していた。すっかり日が沈んでいるので、無理もない。明かりが点いている店舗も、ぽつりぽつりとしか存在しない。私は嘆息して、石畳に再び歩みを進めていく。
「ここは──」
高級感纏う店舗に、ふと目を惹かれる。『ブティック・アーサー』と看板に記されていた。その名の通り衣服専門店だろう。
「……!!」
いいことを思いついた私は、中に入っていった。
そうして、店を出た私は、心を躍らせながら鏡に反射する自分を見つめる。
探偵を象徴するような、鹿撃ち帽子──ディアストーカー帽子。そして薄茶色のインバネスコートを身に纏った自分が映っている。
金貨3枚を使い果たし、素寒貧になってしまったが、収穫は大きい。
「これはテンションがあがるなー、ぶへへへっ」
見ているだけで、笑みが零れる。無理を言って、特注してもらってよかった。いや、無理を有理にする魔法がある世界でよかったのか。
「──これにてシャーロット・ホームズの完成だッ!」
私はガラスに映る自分を、いつまでも見つめていた──。
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